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一方その頃(sideザック)

 俺はザック。リングランド商会を営む大商人の跡継ぎ息子だ。平民だけど魔力持ちで、実家はそこらの貴族より金を持っている。


 魔術学園は貴族の子ばかりだから平民だって見下してくる奴も最初は結構いた。リングランド商会を敵に回すのは嫌なのか表立って何かされたりはしなかったけど、会話の端々に蔑みを感じることは多々あった。


 でも、この国の第二王子であるフィルハイドと友達になってからはそんなこともほとんどなくなった。


 フィルと友達になったのは、あいつがすげー普通だったからだ。


 ほとんどの同級生は俺を下に見たり商会と繋がりを作りたいという下心が見え見えだったりする中、フィルは王子なのにめちゃくちゃ普通の態度で話しかけてきた。


 あまりに普通だから、「お前、俺が商人の息子だって知ってる?」ってつい聞いてしまったのだ。


 そうしたら、あいつはおかしそうに笑ってこう言った。


「当たり前だろ。君こそ俺が王子だって知ってる?」


 俺は無意識に、王子に向かってめちゃくちゃ普通に話しかけてしまっていたことに気づいた。でも、フィルはそんなこと全く気にしてなくて、これからも気にするなと言ってくれた。


 あいつも王子という立場にすり寄ってこられたり敬遠されたりばかりで、俺が普通に接してきたのが嬉しかったらしい。


 そして気がついたら、いつも一緒にいるくらい仲良くなっていた。


 フィルはたまにルトという偽名を使い、魔術で変装して王都を歩いていると聞いてからは、二人でよく遊んだりした。幼なじみの公爵令嬢が呪いにかけられた時は一緒に調査したりもした。


 王子の友人という立場は色々面倒なこともあるけど、お互い気を使わなくていい関係はすごく楽だ。フィルはたまに腹黒いけど、基本的にいい奴だし。


 ……でも、今日のこいつは面倒な雰囲気がガンガン出てる。


「おい、久しぶりに会ったってのになんなんだよ、変な顔して」


 俺は久しぶりに学園に姿を見せた親友に呆れをたっぷり含んだ声をかけた。こいつはさっきからずっとぼんやりしながら何か考えに耽っている。


「……なんだよ、俺の顔のどこが変だって?」

「どこってお前……」


 ちょっとは周りを見ろよ。みんなお前のこと見てるんだけど?


 窓枠にもたれかかりながら、フィルはまるで儚い世を憂いているかのように切なげに、色気たっぷりにため息吐いている。その姿は、立っているだけだというのにまるで一枚の絵画のように見えるほど様になってやがる。


 ……控え目に言って、かなり嫌味な奴だよねお前って。


 もともと綺麗な顔をしているとは思っていたけど、ちょっと会わない間にさらに磨きがかかってねえ?


 なんつーか、雰囲気がちょっと変わった気がする。


 同級生である周囲の令嬢たちが頬を染めながらフィルを見ている。なんかぷるぷる震えてて、今にも倒れそうなやつもいるんだけど大丈夫か?


「おい、そのフェロモンみたいなやつを今すぐ止めろ。そろそろ失神者が出そうだぞ」

「……何言ってるんだ? ザック」


 わけがわからない、と言うようにフィルが眉を寄せて首を傾げた。

 信じられないことに、どうやらこの公害的精神攻撃は無意識でやっていることらしい。今まで誰も指摘しなかったのかよ。

 ……いや、王子に向かって面と向かって言うことじゃねえけど。


 俺はフィルの天然タラシぶりに呆れながらも、しょうがないので話を聞いてやろうと口を開いた。


「全部片付いたから学園に来たんじゃないのか? 婚約者候補にかけられた呪いとか後継者とかの王家の問題を何とかするための休学だっただろ?」

「ああ、それらは雑務も含め全部片付いたよ。試験で点数さえ取れれば評価を受けられるように申請しておいたから、今日受けに来たんじゃないか」

「……じゃあ何でそんな『悩んでます』みたいな顔してんだよ。お前に限って試験が上手くいかなかったってわけじゃないんだろ?」


 フィルはまた、はぁとため息を吐いて、窓の外に視線を向けた。いちいち仕草が様になる野郎だな、こいつは。


「……ナディアに会いたいなって思ってただけだよ」

「そんな理由かよ!」


 フィルから返ってきた答えがアホらしすぎて、俺は思わず声を荒げた。


「お前な、婚約して少しは落ち着いたかと思えば重症化してるじゃねえか!」

「だって、婚約したとはいえあれから全然ナディアに会えてないんだよ? やっと会いにいけたと思えばナディアは他の男の話をするし、それをネタに少しでもくっつこうと思えば邪魔は入るし……はぁ、 ナディアが足りない」

「はうっ……」

「や・め・ろ!」


 胸を押さえながら切なげな表情でため息を吐くこいつの姿に、さっきぷるぷると震えながら見ていた令嬢がついに限界を迎えたらしい。よろりとふらつき倒れそうになったところを、そばにいた令嬢たちが支えている。


「ほら見ろ! その顔でフェロモン撒き散らしながら物憂げにため息を吐くな! 歩く凶器かお前は!」

「うるさいなぁ。俺がどんな表情でため息を吐こうが勝手だろ?」


(ご覧になって……)

(ええ、相変わらず仲のよろしいこと)

(殿下には婚約者ができましたけれど、やはりお二人はそれとは別な、特別な仲。切っても切れぬ間柄なのですね!)

(きゃああ~っ)


 ……なんかまた俺らを見ながら嬉しそうにこそこそ話してる奴らがいんな。なんなんだありゃ一体。


 一瞬逸れた意識と視線をフィルに戻す。


「まさかお前がそんな風になるとは思ってもみなかったよ……今までどんな美人にも目もくれなかったくせに」

「それは俺も不思議に思ってるところではあるけど、今となっては俺はナディアと出会うのを待っていたんだとすら思えるね」

「………」


 予想以上のフィルの色ボケぶりに、俺は顔をひきつらせながら呆れた目を向けるしかなかった。


 まあ、どんな女性にも興味がなかったフィルが、出会ったその日からナディアには異様な執着を見せていたもんな。


 魔法使いが物珍しくて興味があるだけかとも思ってたけど違ったみたいだし、ナディアがこの婚約を了承してくれて本当によかったよ……。


 そんなことを考えていた、その時。


 突如教室の何もない空間に、闇色の歪みが生じた。


「!?」


 その場にいた生徒たちが異変を察知してざわざわと動揺が広がり始めた時、黒髪の背の高い男がその歪みから姿を現した。


 黒髪!? 誰だ!?


「! 死神!?」

「おい、お前、一緒に来い!」

「なっ……」


 フィルがこぼした一言により、俺はその人物が誰なのかを知った。というか思い出した。


 死神って、ナディアの従魔になった、闇の大魔術師じゃねえか! そういえばナディアが黒髪っつってたな!


「フィル!」


 フィルに向かって手を伸ばしたがそれが届くことはなく、フィルはそいつに闇の歪みに引きずり込まれ、共に姿を消してしまった。


 突然であっという間の出来事に何もすることができなかった俺は、しばらく呆然としてしまった。それでも、動揺を押し殺し冷静に頭を巡らせた。


 どうなってんだ? 闇の大魔術師がなんでフィルをさらうんだよ? ……でもあいつ、だいぶ焦った様子だったな。あいつが焦るってことはもしかして……ナディアに何かあったのか? それで、フィルを呼びに来たとか?


「い、今のは何だ!?」

「大変、殿下が!」

「さらわれたのか!?」

「殿下が消えたぞ!」


 同級生たちが騒ぎ出したので、俺はとりあえず宥めることにした。闇の大魔術師はナディアには従順であり危険はないようだってフィルが言っていた。また犯罪者だと認識されれば、たぶんナディアが困ることになるはずだ。


「みんな、落ち着け! 今のはフィルの婚約者の例の従魔だ。たぶん何かあってフィルを呼びに来たんだと思う。俺も後で確認してみるから」

「そ、そうなのか……?」

「大丈夫かしら……」


 少し落ち着いた同級生たちを見回して、俺はそれでもなお心に残る不安を押し隠し、たった今フィルが消えた空間を見つめた。


「……一体、何が起こったんだ……?」



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