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さらわれました

 ……えーと。


 私、公爵家のお庭でお茶会をしてたよね? なんで森の中にいるんだろう?


 ていうか、なんで夜? 今さっきまでお昼だったのに! 私、知らない間に寝てたとか?

 えええー? でも寝てた感じは全くないし、服だってお茶会のドレス姿のままだし……はっ!


 ………。


 ……もしかして、なんだけど。私、さらわれた?


「………」


 えええええー!? どうしようどうしよう!? あ、そうだ!


「メノウー!」


 私はメノウを呼んでみた。契約で繋がっているから、ここがどこだとしてもそばに来てくれるはずだ。


「………」


 でも、しばらく待ってみても、メノウは現れない。


「もしかして、呼んでるのが届いてない? それとも、ここはメノウが来られないところなのかな……」


 私は少し不安になってきて、精霊たちを呼んでみた。


《みんな、いる?》


 呼びかけてみたけれど、一人も現れない。今まではそんなこと一度もなかったのに。


 ……もしかしてこの場所には精霊がいないとか? ここは一体どこなんだろう。精霊が一人もいない場所なんて、少なくともフェリアエーデンでないことは確かだよね。あんなお茶会の途中でいなくなっちゃって、みんな心配してないかな。


 でも、私をさらった人は一体何がしたいのだろうか。私に攻撃するでもないし、何か要求するでもない。姿すら現さないんだもんね。


 その人は何か目的があって、私をこんなとこに飛ばした……んだよね?


「うーん?」


 考えてみてもさっぱりわからない。私は首を傾げながら周囲を見渡した。


 すると、少し奥に真っ黒な場所があるように見えた。


 なんだろう、と近づいていくと、どうやらそれは水面であるらしかった。


「泉?」


 気がついたら森の中の泉にいただなんて、まるで精霊王に会った時みたいだ。でも、ここには精霊がいないし、なんだか木々も元気がないし、暗いから泉も真っ黒でちょっと不気味だし、同じ場所ではないと思う。


「誰かいませんかー?」


 問いかけてみたけれど、その声はむなしく響くだけだった。


「んーどうしよう。まっすぐ歩いていったらどこか人がいる場所に着くかな? でも暗いから危ないよね……」


 わずかな星明かりしかないこの場所では足元すらよく見えない。


《灯りをつけて》


 いつものように精霊にお願いしてみたけれど、何も起こらなかった。やっぱり精霊がいないんだろうな。ここでは魔法は使えないみたい。


「でも、何か灯りがないと暗くって……灯り?」


 そういえば、と自分の指に嵌まっている指輪を見る。ビシャス様からさっき預かった魔術具、返してなかったんだ。確か、これは灯りをともす魔術具だって言ってなかったっけ。


 指輪に魔力を込めてみた。


 すると、指輪からぽわぽわといくつかの小さな灯りが飛び出してきた。


「うわあ、綺麗!」


 この場所にも魔力自体はあるようで、自分の魔力を込めれば込めるだけ指輪から次々と灯りが出てくる。その一つが泉に反射していることに気づいて、私はギリギリまで泉に近づいた。


「わぁ……」


 数十個の灯りが水面に反射してキラキラ光る様がとても幻想的だ。私は自分が置かれた状況も忘れて、美しい光景に見入った。


【****~】


「え?」


 今、何か聞こえた。


【****?】


 やっぱり、何か聞こえた。誰かが何か言っているみたいだけれど、何て言っているのかはわからない。


「誰かいるのー?」


 声が聞こえた泉の中心の方へ向かって声をかけてみた。すると、灯りとは別の光がキラキラと集まってきて、人の形を取り始めた。


 精霊王と会った時みたいだと思ったけれど、現れるのが精霊王でないことはなんとなくわかった。


 ゆっくりと形は完全になっていき、現れたのは……長くてまっすぐな黒髪の、絶世の美女だった。


 その人は明らかに人間ではなかった。光が集まって現れたからというのもあるけれど、大きな角が二本、頭の左右から生えていた。その角は赤くて綺麗な宝石みたい。

 角と同じ赤い目は鈍く光っていて、見つめられるだけで気圧されそうな力を感じる。


 その綺麗な顔立ちはどことなく精霊王に似ているけれど、肌は褐色で、顔つきもまるで違う。精霊王のような優しげな雰囲気はどこにもなくて、不敵に微笑む彼女は若い女性に見えるのに、まるで何歳も年上のような貫禄を感じる。


 魔石と思われる綺麗な石をちりばめた黒いドレスを着ている彼女は、とても妖艶で風格があった。


【***】

「え? なに?」


 彼女が何かを言っているけれど、何を言っているのかわからない。


 私が首を傾げていると、彼女は面倒臭そうに顔をしかめて、私に向かって手をかざした。キラキラした光が降ってきて、それらは私の中に消えていった。


【これで言葉がわかるでしょ?】

「あ、はい。わかります」


 どうやら言葉がわかるようにしてくれたみたい。違う言葉を話しているのに意味がわかるなんて、精霊たちの言葉みたいだな。


「私、ナディアです。初めまして。あなたは?」

【ふふ、こんな状況でまず自己紹介? さっきからずっと見てたけど、あんたって本当に変な子ね】


 黒髪の美女はおかしそうにクスクスと笑った。


 ……名前は教えてくれないのかな?


「えっと、じゃあ、ここはどこですか? あなたが私をここに連れてきたんですか?」

【そうよ。あんたを連れて来たら面白そうかなーと思って】

「お、面白そう?」


 この人は私を知っていたってこと?


「えっと……私たち、初めて会いますよね?」

【そうね、でもあたしはあんたを知ってたわよ。メノウのお気に入りサン?】

「!」


 黒髪だから関係があるのかなと思っていたけれど、どうやらメノウの知り合いのようだ。


「あなたもメノウの友達なんですか?」

【やっだあ、そんなわけないじゃない。あの子の友達なんてあんたしかいないわよぉ】


 おかしくてしょうがないというようにケタケタと笑う彼女にムッとした気持ちが込み上げる。

 そんなに笑うことじゃないと思う。少なくともビシャス様はメノウと友達になりたそうだったし、メノウさえ受け入れればきっとすぐ他にも友達ができるはずだもん。


【悪魔族はね、自分さえ良ければそれでいいのよ。そういう種族なの。友達も恋人も、気まぐれにちょっと付き合うだけ。今はあんたとの友達ごっこが楽しいみたいだけど、飽きたらそれですぐ終わりよ?】


 私は今度こそカチンときた。


「他の悪魔族がどうなのかは知らないけど、メノウは絶対そんなことないです! 確かにちょっと乱暴な考えの時もあるけどいつも話せばわかってくれるし、ちゃんと友達を大切に思う心がある人だもん!」


 私が怒ると、彼女はきょとんとした顔をした。


【あら、人間って本当によくわからないわね。どうしてあんたが怒るのよ? ああ、でも、あの人もよくわからないことでいつも怒っていたものね……】


 そう言って懐かしそうに目を細めた。


 あの人って誰? 本当に、さっきからわからないことだらけだ。

 ここはどこで、この人は誰なのか。この人は私をどうしたいのか。でも、ここにはあまり長居したいと思わないし、メノウのことを悪く言うこの人とはあまり仲良くできる気がしない。


「私に何か用があるんじゃないのなら、もう帰してくれませんか?」

【あら駄目よ。もっとあたしを楽しませてくれないと。さっきの灯りは綺麗で好きよ。もっとやってみせて、ほら】


 ……な、なんという身勝手さ。灯りをつけるくらい構わないけれど、どうせなら名前くらい教えてほしい。

 

「じゃあ、まずあなたの名前を教えてくれたらいいですよ」

【まあ、生意気に交換条件をつける気? あたしに名前なんてな……いや、あの人が呼んでた名前があったわね。……じゃあ、あんたもあたしをレイって呼ぶことを許してあげるわ】


 ……? 何か引っかかる言い方だ。まるで元々は名前がなかったみたい。


【さあ。名前は教えたんだから、早くなさい】

「もう。わかりましたよ、レイさん」


 私はもう一度指輪に魔力を込めた。ぽわぽわと灯りが宙を舞う。


【ふふ、綺麗。ねえ、それちょうだい? 欲しくなっちゃった】

「え、ダメです。これは借りているだけで、私のじゃないですし」

【いいじゃない。その人にはなくしたって言いなさいよ】


 えええええ!?


「ダメですよ! どうしてそんなに自分勝手なことばかり言うんですか!」

【あら、言ったでしょ。悪魔族ってこういう種族だって。私はその王たる存在だしね】


 レイさんの言葉に思わずぽかんと口を開けた。


「王?」

【そうよ。私は悪魔と悪魔族を統べる存在。人間たちは……魔王、とか呼んでたかしらね?】

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