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お茶会の始まり

 ローナはお屋敷に来てから数日で、あっという間に屋敷のみんなと仲良くなった。家族たちとも使用人たちとも。


 元々私の友達だということでみんなが好意的だったのもあるけれど、ローナは礼儀正しいし気が利くし優しいし可愛いから当然だよね!


 メイベルとはなぜかとても気が合ったみたいで、二人とも私と話す時より盛り上がっているような気がして少し寂しく思ったくらいだ。


 今はまず仕事を覚えないといけないし、私も忙しくしているから専属になるまではあんまり会えないけれど、メノウにも紹介することはできた。メノウは「そうか」と言うだけだったけれど、ローナは少し驚いたように口をぽかんと開けていた。


 公爵家の家族たちに紹介した時もそうだったんだけど、みんなメノウを見るとびっくりするんだよね。もう姿を隠す必要もないということで、幻術を使ってないからかな。メノウはすごく背が高いし、黒髪は珍しいもんね。


 そう言うと、ローナは困ったような顔をして「やっぱり殿下は苦労なさりそう」なんて言っていたけれど、どういう意味だろうね?

 意味は聞いても教えてくれなかったし。



 そして、ビシャス様とアゾート先生を招いてのお茶会の日がやってきた。


 今回はメイベルについてローナも控えてくれているのが嬉しい。立場が違うので、お茶会中に会話をすることはできないけれど。


 独身で異性の人を一人だけお茶会に招くのは外聞が良くないそうで、同僚だと言うアゾート先生も一緒にお招きすることになったのだけれど、お誘いした時のアゾート先生の反応は凄かった。


『ええっ、私を呼んで頂けるのですか!? 授業以外でナディア様と魔術について語れるなど、あの男と一緒でも構いません、喜んで行かせて頂きます!』


 とめちゃくちゃ喜んでいた。

 ただのお茶会なのに大げさだよね。


 だけど「あの男」だなんて、もしかして二人はあんまり仲良くないのかな?

 招くのがあの二人で果たして大丈夫だったのだろうかと思いながらも、他にビシャス様と共通の知り合いに当てはないので仕方ない。


 せっかくなので、今回は勉強のためにお養母様が準備を進めるのを見させてもらった。


 お茶会をやるのって、招く側は結構大変なのだ。今回は二人だけだけど、失礼がないように招待する人のことは全員色々調べて覚えておかないといけない。名前や家柄、最低限の経歴や好き嫌いなど。


 招待状の書き方も難しいし、招待客の好き嫌いによってどんな食べ物や飲み物を準備するかもちゃんと考えて料理人に伝えておく必要があるのだ。

 だからアデライド様も、フィルに聞いた私の好きなものをちゃんとお茶会で出してくれていたんだね。


 それに、会場のセッティングや装飾も指示しなきゃいけないんだって。

 今回は小規模なお茶会だからそこまで手間はかかっていないとお養母様は言っていたけれど、十分大変そうだった。大勢知らない人を招くお茶会を開くのはとても大変だと思う。


 二人について経歴とかを軽く調べて教えてもらったのだけれど、二人とも思っていたよりもかなりすごい人だったということが判明した。


 アゾート先生が優秀だということは最初から聞いていたし、授業を受けていても質問にはいつもスラスラ答えてくれたりして博識だなぁと思っていたけれど、改めて経歴を聞くとすごかった。

 在学中の成績は中等部高等部ともほとんど常に一番で、「効率的な魔石の作り方」とか「色による魔力の特性」とか様々な論文を在学中に発表し、それらが高く評価されたこともあって最終学年になる前には全魔術師団から勧誘があったとか。たくさんの上級貴族からお抱えの研究者にならないかと誘いを受けたとか。

 本人は研究よりも実戦が好きらしく、赤の魔術師団に入団を決めたそうだ。


 ……本当に優秀な人だったんだね、アゾート先生。


 でも、やっぱり意外だったのはビシャス様だ。


 彼については怪しそうだったり親切だったりよくわからない人という印象だったのだけれど、「魔法陣学」においてかなり名の通った実力者のようだった。


 魔術には中等部で習う基本の魔力操作と、高等部から本格的に習い始める「呪文学」と「魔法陣学」と「魔法薬学」がある。もっと専門的な分野に分かれた選択科目もあるけれど、大きく分けるとその三つ。

 私は精霊にお願いして現象を起こす呪文学についてはほとんど学ぶ必要はなかったのだけれど、魔法陣学と魔法薬学についてはさっぱりだった。


 これらはメノウが得意らしいので、必要なら教えてもらおうかなと思っている。

 魔法陣学は魔術具を作るための知識や技術に繋がるものらしくて、メノウは自作の国宝級の魔術具をたくさん持ってるって言ってたもんね。


 メノウほどじゃないと思うけれど、ビシャス様もかなりたくさんの魔術具を作り出している人気の高い魔法陣研究者らしい。誰も持っていなかった第三級の回復薬を持っていたし、魔法薬学にも精通しているようだ。

 ビシャス様も熱心な研究者みたいだから、魔法について詳しく知りたくて私と話をしたがっていたのかな。魔法陣について聞かれても、正直何も答えられないと思うけど大丈夫かなぁ。



「ビシャス・ランドローディ様とアゾート・ウォルグレイ様がお越しになられました」


 会場である庭でお養母様と最終確認をしながら待っていると、メイドが二人を連れてやって来た。

 主催はお養母様なので、お養母様が挨拶をする為に前に出る。私はそのすぐ後ろに控えてお出迎えするのだ。


「ようこそおいでくださいました、ランドローディ様、ウォルグレイ様」


 二人ともさすがに今日はきちっとした服に身を包んでいる。アゾート先生はいつもローブだから貴族っぽい服が何か新鮮だ。

 ビシャス様は少し変わった服を着ているけれど、それがとてもお洒落で落ち着いた色合いの服だからか、以前の着崩した装いの時よりかなりきちんとした雰囲気だ。


 ……二人とも、黙っていればとても素敵な貴族男性に見えるよね。


 お養母様が二人と挨拶を交わしているのを見ながらそんなことを考えていると、アゾート先生が私に声をかけてきた。


「ナディア様、本日はお誘いくださりありがとうございます」

「アゾート先生、ようこそおいでくださいました」


 定型の挨拶を交わすと、アゾート先生は険しい顔で声をひそめ、こそっと忠告してきた。


「ナディア様、あまりあの男を信用してはいけませんよ。何かナディア様に対して狙いがあるようなのです。どうかお気をつけください」

「……狙い、ですか?」


 アゾート先生はそう言ってちらりとビシャス様に視線を向けた。やっぱりあまり仲は良くないようだ。

 でも、彼の評判ならすでに聞いている。研究熱心なのはいいけれど、そのためには多少強引な手を使うことも厭わない人物だということだった。でも、今日はお養母様もアゾート先生もいてくれるし、下手に安請け合いしなければ大丈夫だと思う。


「ありがとうございます、アゾート先生。気をつけますので、先生はどうぞお茶会を楽しんでくださいませ」


 私も小声でそう言って笑顔を見せると、アゾート先生は少しホッとしたような顔をした。そのすぐあと、お養母様への挨拶を終えたビシャス様がこちらに顔を向けた。


「ビシャス様、ようこそおいでくださいました。先日は貴重な回復薬をお譲りくださり、ありがとうございました。お礼としてはささやかではございますが、今日のお茶会を楽しんで頂けると嬉しく思います」

「ナディア嬢、ご機嫌麗しく。今日も花のように可愛らしいですね。ナディア嬢と会えるのに、楽しめないわけがありませんよ。今日お話ができると思うと楽しみで、昨日はなかなか寝付けませんでした」


 ……おおう、よくこんな台詞を恥ずかしげもなく言えるなあ。やっぱりパン屋の常連の「ナンパ野郎」さんを思い出してしまう。


「ビシャス様はお上手ですね。今日はアゾート様もいらっしゃっていますから、魔術のお話が弾むかと思われます。わたくしも楽しみです」

「ああ、そうですね。彼はとても素晴らしい魔術師ですから」


 そう言って爽やかな笑顔をアゾート先生に向けた。

 ……うーん、仲が悪いというわけではないのかな? アゾート先生は心なしか嫌そうな顔をしているけれど。


 こうして少し不安の種を胸に感じながらも、お茶会は始まったのだった。


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