お茶会という名の女子会
今日は王妃様とお養母様とアデライド様とのお茶会の日。
アデライド様に招待を受けたので、スターリン公爵家で行われる。
「ああ、お姉様羨ましい。わたくしもアデライド様にお会いしたいわー!」
アリアナがとても羨ましがっているのはどうやらアデライド様に憧れているかららしいのだけれど、それは私もよくわかる。
だって、アデライド様はとっても素敵な方だったもん!
「アリアナのこともお話しておくから、招待された時に困らないようにきちんとお勉強しておくんだよ」
そう言ってアリアナの頭を撫でる。むくれた顔も可愛い。
まだ貴族として御披露目が済んでいないアリアナはまだ他家のお茶会には参加できないのだ。
アリアナに若干涙目で見送られながら、私はお養母様と共に馬車に乗り込んだ。
「ああ、緊張します……」
「そんなに気を張らないで。みんな身内になる仲じゃないの、ただおしゃべりをするだけですよ」
お養母様はそう言ってクスクスと笑っているけれど、緊張するに決まっている。今日のお茶会は、なぜ私が混ざっているのか、と言わざるを得ないそうそうたる顔ぶれなのだ。
いや、私も今や第二王子の婚約者である公爵令嬢なんだけど。この事実がまだ信じられないだけなんだけど。
……本当に、なんでこんなことになってるんだろうね? 改めて考えると余計不思議に思えてくるな。
「ようこそおいでくださいました、リリアナ様、ナディア様」
グレイスフェル公爵家に負けないくらいの豪邸に到着すると、綺麗な中庭に通された。
そこにはすでにティーセットやお菓子がたくさん用意されていて、アデライド様がお出迎えしてくれた。
相変わらず完璧で美しい立ち居振舞い。これが私の目指すべき姿だと思うと道のりは果てしなく遠く感じる。
「本日はお招きありがとう。とても楽しみにしていたのよ」
お養母様がいつもとは見事に雰囲気の違う、風格のある佇まいで礼で応じた。
お、お養母様、さすが公爵夫人。今まで気さくな姿しか見ていなかったけれど、さすがですね!
気品とか風格とか二人には全く敵わないだろうけれど、私も出来るだけ丁寧に挨拶をした。
「アデライド様、本日はお招きありがとう存じます」
「ナディア様、どうぞ気楽になさってくださいませ。皆様に喜んでいただけるよう、心を込めて準備致しましたの。本日は楽しんでいらしてね」
花が咲くような笑顔とはこのことだろう、ふわりと微笑むアデライド様がとてもまぶしい。
「あら、わたくしが最後だったみたいね。お待たせしてしまったかしら?」
護衛と侍女たちを連れた王妃様が到着した。
なんだろう、この前挨拶会でお会いした時よりも装いは控えめなのに、髪型とかドレスとか、とても洗練されていて気品が漂っている。堂々とした雰囲気もあってなんだか威厳すら感じるのはさすが王族というべきなのだろうか。
王妃様が私に目を留めて、とても優しい笑顔を向けてくれた。美しい微笑みなのになぜか色気が滲み出ている。
その笑顔がとてもフィルと似ていて、私は思わずドキリとしてしまった。
う、この前のことを思い出してしまった。やっぱりフィルは王妃様似だよね。
それにしても、妖艶な美しさってこういうことなんだろうな。私にはきっと一生かかっても出せない雰囲気だよ……。
「わたくしたちも今到着したばかりよ。セレーナ、お茶会なんて久しぶりね!」
「本当ね。またこんな風に穏やかにお茶会ができるなんて、本当に嬉しいわ」
お養母様と王妃様が手を取り合ってはしゃいでいる。
前も思ったけど、仲良いんだなぁ。
「お二人は同級生だったらしいですよ。元々とても仲が良かったのだとか」
ぽかんと二人の様子を見ていたら、アデライド様が教えてくれた。
そうなのか。王妃様はとてもお若く見えると思っていたけれど、やっぱり若かったみたい。
お茶会は和やかな空気のまま始まった。
目の前には色とりどりの焼菓子や軽食、それにケーキがある。
うっわああああ、美味しそうっ!
どれも小さく切り分けられていて、見た目も可愛いしたくさんの種類を食べられそう。
でも、これは貴族の、しかも王妃様もいらっしゃるお茶会。いくら美味しそうでも、ばくばく食べるわけにはいかないのだ。
「ナディア様、こちらのケーキ、是非召し上がってくださいませ。ケーキがお好きと伺って、シェフが気合いを入れて作った自信作だそうですよ」
そう言ってアデライド様がキラキラしたデリーが乗ったケーキを勧めてくれる。
「えっ!」
「フィルハイドがそれは楽しそうに話していたのです。どうかシェフのためにも、遠慮なさらずお召し上がりになってくださいね」
「は、はい。ありがとうございます」
嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。楽しそうにって、フィルは何を話したのかな。
……まさか、ケーキに釣られる簡単な子だなんて話してないよね?
「フィルハイドがナディアさんを射止めてくれて本当に良かったわ。あの子と結婚したら、わたくしもリリアナと同じくあなたの母となります。これからよろしくお願いしますね」
王妃様がさっきからずっと、とても嬉しそうに私を見ているので、なんだか恐縮してしまう。
「い、射止めただなんて、とんでもないことでございます。元々平民のわたくしでも婚約者として受け入れてくださって、皆様には感謝しております」
「まあ、そんなことは気にしないで。あなたはあれだけのことをしてくださったのだもの。わたくしはこの婚約をとても嬉しく思っていますよ。わたくしのことはセレーナと呼んでくださる? 義母と呼ぶのはまだ早いですものね」
ひょええええ!
王妃様を名前で!?
「いえっ、そんな、恐れ多いです!」
「まあ、ナディアさん、アデライドにも正式にアレクサンダーの婚約者となってからは名前で呼んでもらっているのよ。どうか名前で呼んでちょうだい?」
王妃様に、手を握られ上目遣いでお願いされる。
うっ……! 私はこんな風にお願いされると弱いのだ。
しかも王妃様はやっぱりフィルに似ている。王妃様は元祖色気魔人だったのね! 本当になんなんだろうこの色気は!
「わ、わかりました、セレーナ様。わたくしのことも、アデライド様のことのようにどうか気安く呼んでくださいませ」
「うふふ、ありがとう、ナディア」
ぱっと手を離してくれたセレーナ様は満足そうだ。
アデライド様が今日のお茶やお菓子について説明してくれて、みんなお茶やお菓子に手をつけ始めると、セレーナ様がフィルのことを話し始めた。
「あの子ったら、今までにもたくさんの令嬢と引き合わせたのですけれど、誰にも興味を持たなかったのよ。もしや男性が好きなのではとグレアムと話していたくらいなの。ザックという商人の子ととても仲良くしていたようでしたしね。ナディアさんと婚約したいと言い出した時は驚きましたが、少し安心もしたのですよ」
「んぐっ」
あ、危うく紅茶を吹くところだった。フィルと恋人同士だと疑われていたのか、ザック。
お養母様とアデライド様はおかしそうにクスクスと笑っている。
ええと、グレアムっていうのは国王陛下のことだよね。確かアルグレアムっていう名前だった。
「そうと決めたら根回しの早いこと早いこと。フィルハイドが恋愛のことになるとあんなに行動的だったなんて初めて知りましたよ」
「長い付き合いですけれど、わたくしも初めて知りました。いつもどこか冷めた目をしていたフィルハイドが、変われば変わるものですね」
「ふふふ、本当にね」
「……」
三人はおかしそうに笑っているけれど、私は何と言っていいやら分からなかった。
フィルが、冷めてる……?
落ち着いてるなぁと思ったことはあるけど、そんな風に感じたことはなかったから意外だ。
昔はそうだったのかな?
「アデライドは、まだ病院や協会を回ってるんですって?」
お養母様が尋ねた。
「はい。アレク様の病は治りましたが、わたくしを待っている方がまだまだたくさんいるのです。途中で放り出すわけにもいきませんから」
そう言って胸に手を当て微笑むアデライド様の笑顔は慈愛に満ちていて、まさに聖女だ、と見とれるほど綺麗だった。
うーん、フィルはこんなに美人で完璧な幼なじみがそばにいて、どうして好きにならなかったんだろう?
……自分で言うのも何だけど、フィルの好みって変わってるよね。
そう思いながらまた紅茶をひとくち飲むと、アデライド様が楽しそうに私を見た。
「フィルハイドは、本当にナディア様が好きですよね」
「んぐっ!?」
ま、また紅茶を吹き出しそうになったよ!
いきなりどうしたのアデライド様!?
「フィルハイドがナディア様の養子先をグレイスフェル公爵家に選んだと聞いた時は、どうしてわたくしのところに話を持って来てくれなかったのかと、少し文句を言ったのです。わたくしを呪いから救ってくださったナディア様を是非我が公爵家にお迎えしたかったのに、と」
えええー!?
私はぎょっとアデライド様を見た。
「そうしたら、フィルハイドはなんて言ったと思いますか? もしわたくしがアレク様と婚姻を結ぶことになればそれでは都合が悪いから、としれっと言ったのですよ」
おかしそうにアデライド様がクスクスと笑う。
「確かに、スターリン公爵家から二人も王子の相手を出すのはさすがにまずいですものね」
「あの時点ではまだナディアの気持ちもわかっていなかったでしょうに、最初からまるで逃がす気はなかったのねぇ。異性を愛称で呼ぶのは恋仲である証明みたいなものなのに、最初から堂々と呼ばせるものだから驚いたわ」
「まあそうだったの? きっと虫除けのつもりだったのでしょうね」
三人とも楽しそうに笑っているけれど、私は知らなかった事実を次々と暴露されて内心混乱していた。
フィルは本当にずっと前から私と婚約するために根回しをしていたらしい。というかお養母様、愛称で呼ぶことにそんな意味があるなら教えておいてぇー!!
「わたくし、好きな方にそんな風に熱く想われるのは少し羨ましく思います。アレク様はとてもお優しいのですけれど、わたくしの為と言って一度はわたくしとの婚約を諦めてしまわれましたから」
ふう、と物憂げにアデライド様がため息を吐く。
「アレクサンダーは少し考えすぎるところがありますからね。けれど、最近はずいぶんと仲が良いと聞いていますよ? 二人の仲睦まじい様子は周囲も思わず頬を染めるほどだとか」
「セ、セレーナ様っ」
アデライド様が照れたようにあわあわと王妃様に抗議した。
……二人が幸せそうで何よりだ。
私はデリーのケーキをぱくりと頬張った。
……はうぅ、幸せ。
緊張していたお茶会だったけれど、本当にただお茶をしながらおしゃべりをするだけの楽しい会だった。
貴族だって、こういう息抜きも必要だよね。
次はビシャス様とあともう一人を招いてのお茶会だけれど、それもこんな風に和やかな時間になるといいな。




