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お礼

「えっ、ローナが!?」


思わず大きな声を出してしまって、私はばっと手で口を塞いだ。


お養母様はそんな私を見てクスクスと笑っている。


フィルとの婚約が発表されてからというもの、私は毎日貴族教育に励んでいた。


貴族としての御披露目である挨拶会が終わったので、私は正式に他の貴族のお茶会に行くことができるようになった。そして届く招待状のそれはそれは多いこと。


一度どっさり机に積み上がった招待状の山を見た時はかなり引いた。


みんな、フィルとの婚約についてだったり、メノウのことを聞きたいのだろう、とお養父様もお養母様も苦笑いしていた。


お茶会となると、長い時間色々なことを考えながら行動しなければならない。まだ振る舞いが十分に身についているとは言えないし、私には先に約束した王妃様とお養母様とアデライド様とのお茶会という難関が待ち受けているのだ。


魔術の基礎知識の勉強もあるし、他のお茶会のことなんて考えていられないので、全て断ってもらっている。


しばらくレッスンで忙しくしている中で先日のフィルの訪問があり、嬉しく思いながらも少しぐったりしていたところ、お養母様が驚くべき知らせを持ってきたのだ。


「うふふ、そうらしいわ。あなたに頼まれていた通り、先日あった孤児院のローナという子の洗礼式に使いを出していたのだけれど、その子は魔力使いどころか、立派な魔術師になれる程の魔力があったらしいわ。その場でうちの使用人になるか、別の貴族の養子になるか尋ねたら、うちに来たいとすぐ答えたそうよ」

「……!」


ろ、ローナ。本当に魔力があったことにも驚いたけれど、他の貴族の養子になって魔術師になる道を蹴ってまで公爵家の使用人になるって、それでよかったの!?


そう思いながらも、ローナがここに来ることを選んでくれたことが嬉しくて仕方がない。ローナはきっと、私を追いかけてきてくれたんだろうから。


「あの、ではローナを雇ってくださるのですか?」

「もちろんですよ、魔力が多いということはそれだけで貴重な人材ですもの。それに元々貴族の使用人をしていたそうね? 立ち居振舞いもある程度しっかりしているようですし、少し研修をすればそんなに間を置かずここで働けることになると思うわ」


私は嬉しくて跳ね回りたい衝動に駆られたけれど、ぐっと手に力を込めるだけで我慢する。

そんなはしたないことはもう絶対にできないのだ。


やった! ローナすごい! ローナに会えるんだ!

まだしばらくは孤児院のみんなには会えないと思っていたからすごく嬉しい。


「ありがとうございます、お養母様!」

「うふふ、お礼を言うのはまだ早いと思うわよ?」

「?」


お養母様がもったいぶるように私の反応を窺いながら話してくる。

これ以上まだ何かあるの?


「メイベルがね、あと一年もしたらここを辞めることになるでしょう? そうしたら、ローナをあなたの専属メイドにしようと思っているのだけど、どうかしら?」

「! い、いいのですか?」


専属メイドは、普通経験豊富な人がやるもののはずだ。


「ええ、それに、彼女には魔術師になってもらおうと思っているの。あなたと一緒に魔術学園に通ってもらってね」


私は驚きのあまり絶句した。

魔力の多い子供を養子にして魔術学園に通わせることは珍しくないけれど、使用人として雇った人を高額な入学金や授業料を支払って学園に通わせるだなんて聞いたことがない。せっかく魔術師に育てても、仕事を辞めてしまったら意味がないからだ。女の子の場合は特にそうだと思う。結婚すればほとんどの人は仕事を辞めることになるから。


「あの、でも、ローナは使用人としてここに来るのですよね?」

「ふふ、そうね、さすがに魔力がそこそこあるというだけで公爵家の養子にすることはできないですもの。けれど、専属メイドはまだしも魔術学園へ行くとなると平民のままでは風当たりが強いでしょうから、形式上はランディの弟であるメルティス子爵の養子に入ってもらって、そこからこちらへ行儀見習いに来ることになるわ。先方にはもう了承をとってあるの。彼女はせっかく魔術師になれる魔力があるのですし、あなたのために他の貴族の養子になることを蹴るほどに、あなたを慕っているようです。魔術師になって、あなたの護衛も兼ねたメイドになってもらおうと思ったのよ」

「……っ」


嬉しすぎて声が出ない。ローナと一緒に魔術学園に通えるだなんて。ローナも貴族になって、私の専属メイドになってくれるだなんて。


……あれ? でも。


「お養母様、ローナはわたくしより一つ年下です。一緒に通うのは無理なのではありませんか?」

「あら? ナディアは知らなかったのね。上級貴族は年の近い子を側近としてそばに置くことができるよう、側近として登録をした子は一、二年ならばずらして入学させることができるのよ。ローナも魔術に関しては基礎がありませんから追い付くのは大変でしょうけれど、わたくしたちもしっかり手助けするつもりですし、彼女の努力次第で何とかなるでしょう」


そ、そうなのか……。側近とかメイドとか、ローナをそんな立場に置くのはちょっと気が引けるけれど、私の立場が上がってしまったのだから仕方ない。ローナがそれを了承してそばにいてくれるというのなら、私はすごく嬉しい。


「お養母様、わたくし、何とお礼を言えばいいのでしょうか。本当に本当に、ありがとうございます……!」


ぎゅっと自分の右手を左手で握り感情が爆発しそうになるのを堪える。

そんな私に、お養母様は穏やかな目を向けた。


「ナディア、これはね、本当はあなたへのお礼でもあるのですよ」

「お礼、ですか?」


いつもお世話になっているのは私なのに何のことだろうか、ときょとんとお養母様を見つめる。


「わたくしたちは、あなたのおかげで大切な甥であるアレクサンダーを失わずに済んだわ。本当に感謝しているの。ありがとう。あなたがいてくれてよかったわ」

「あ……」


そっか、あのことか。世間的にはアデライド様とメノウがやったことになってるし、正直自分が手伝ったことを忘れかけていた。


それに、そんな風に改めて言われると照れてしまう。実際、私はそんなに大したことはしていない。アデライド様に呪文を教えて、魔力を渡しただけだ。

たまたま精霊と会話できて、たまたま魔力をたくさん持っていたからそうしただけで、アデライド様のようにそのために何かを頑張ったというわけではない。結果的に上手くいったというだけなので、こんなに感謝されるとなんだかむず痒い気持ちになる。


でも。


「お養母様、わたくし、ここまでしていただくような大したことはしていませんが、ローナの件はわたくしにとってこれ以上なく嬉しいお礼です。ありがたく、受け取らせてくださいませ。本当に、ありがとうございます!」


力を込めてお礼を言うと、お養母様はふふっと笑った。


「わたくしからもお返しに、先日覚えたちょっとした魔術をお見せしたいのですけれど、よろしいでしょうか?」

「あら、初めて会った時みたいね。ちょっとした魔術って?」

「はい。アゾート先生の講義でできるようになったことがあるのです」

「まあ、それは楽しみね!」


お養母様がわくわくしたような顔を見せた。

私は精霊たちにお願いをする。


《魔力をあげる。姿を見せて。声を聞かせて》


数匹の精霊が姿を現す。普段なら私にしか見えない彼らは、今は私の魔術によってお養母様に見えているはずだ。


《リリアナ!》

《ナディア喜んでる!》

《ありがとーリリアナ!》


「まあ! 声が……!」


お養母様が驚いたように手を口元に当てた。

そう、魔法では声までは聞かせられなかったのだけれど、それは単にエネルギー不足だったかららしく、私の魔力をあげることで精霊たちの声も聞こえるようになったのだ。


……精霊語だからみんなにはあまり何を言っているのかわからないみたいなんだけどね。アゾート先生も声を聞けたことはすごく喜んでいたけれど、言葉を理解できなくてかなりがっかりしていた。


「い、今この子たち、わたくしのことを名前で呼ばなかったかしら? リリアナ、と聞こえた気がするのだけれど」

「はい。わたくしがとても喜んでいるのがわかって一緒にお礼を言ってくれているみたいなのです。わたくしたちの言葉を話すのはさすがにできないようなのですけれど、『リリアナありがとう』と言っていますよ」

「まあ……! なんて可愛いの!」


お養母様は少女のように目を輝かせて精霊に見入っている。


その後、「精霊たちに名前を呼んでもらったのよ」と自慢された他の家族たちにも同じことを要求されることになった。


みんなにも喜んでもらえたようでよかった。


ちなみにこの魔術、呪文を教えても他の人にはなぜか使えなかったんだよね。おかげでアリアナとマリエラに会うたびにお願いされるようになってしまったけれど、こんなことでよければいくらでもやります、可愛い妹たちのためなら!


そして、私をお姉様と呼ぶもう一人の妹のような存在、ローナに、もうすぐ会えるんだ。


……楽しみすぎる!

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