メノウの話 5(sideメノウ)
《魔力をあげる。水柱! 雷!》
膨大な魔力の放出を感じたかと思うと、魔獣の足元から渦を巻いた水の柱が現れて奴を閉じ込めた。同時に上空に黒い雲がすごい勢いで収束し始める。
水の柱はそこかしこでも立ち上っており、燃えている木々を濡らして火を消していく。
私はなんとか魔術具を取り出して魔力を込め、それを地面に叩きつけた。結界が発動する。これで余波は防げるはずだ。
さすがアイリス、水の中に閉じ込められては魔獣も息ができまい。しかもあの水柱ごと雷を落とすつもりらしい。雷を纏った水に閉じ込められれば、ただ雷を落とすよりも効果が高いだろう。
……これで、倒せるか?
「グォアアアアア!」
ところが、奴は水柱から魔力を吸収し、構成を破壊して魔術を解除した。
「「!?」」
魔獣は魔力を吸収してさらに巨大化した。もはや木々を下に見る高さだ。これほど巨大な魔獣は見たことがない。
そして水を操り頭上に集めたかと思うと、それをアイリスに向けて放った。
水での攻撃? それにしては勢いや威力がないが……いや、違う。あの水には魔術が仕掛けられている。
……まさか!
私はもう一つ結界用の魔術具を取り出して魔力を込め、アイリスの足元へ投げつけた。
それに気づいたアイリスが呪文を唱えてさらに結界を展開する。
次の瞬間、アイリスの魔術によって魔獣へと落ちてきた雷が水に軌道を変えられ、アイリスへと向かった。
「!!」
バリンバリンバリン!
アイリスが渾身の魔力を込めたと思われる雷は、私の魔術具による結界とアイリスの魔術具による結界、呪文による結界までも砕いた。
「きゃああっ!」
「アイリス!」
私は力が入らない体を叱咤してアイリスの元へ向かった。
「アイリス、大丈夫か!?」
「うう……いったぁ、大丈夫、ちょっと痺れただけ。結界ありがと、メノウ」
三重の結界でも完全には防ぎきれなかったようだ。直撃していれば全身炭になっていただろう。
「魔獣があんな風に魔術を使うなんて……」
「アイリス、奴は元が人間の魔術師だからか、ずっと私の中にいた悪魔だからか、魔術を使いこなしている。それに、ガルノーの魔術の影響か、魔力を吸収することを覚えたようだ」
「はは、なにそれ。あの巨体で、信じられない性能ね」
アイリスは強がって笑いながらそう言ったが、実際かなりまずい状況といえる。ここまでの道中でもアイリスはかなり魔力を使っていたし、先ほどの攻撃でかなり消費してしまったはずだ。
「!」
「まずい、あれは……」
急速な魔力の収束を感じる。大技を放つつもりらしい。
《拘束して!》
「! 駄目だアイリス!」
アイリスが放った魔力の鎖は、奴に魔力を吸収され、砕けて消えた。鎖から吸収した魔力で奴の力がさらに増す。
「くっ、あれも吸収するわけ!?」
「魔術に込められた魔力を吸収できるようだ。魔術は使わない方がいい」
「てことは、私には攻撃手段がないわね……」
アイリスが悔しそうに魔獣を見つめる。
「陛下ー!!」
「ご無事ですか!?」
「! みんな!」
どうやら援軍が来たようだ。早く移動できる魔術師たちが先んじて到着したらしい。魔術師ならばこの魔獣のための戦闘員としては期待できんが、アイリスを連れ帰ることはできるかもしれない。
アイリスとそちらへ視線を向けると、ヒュッと横を魔力の塊が通り過ぎた。
「えっ……」
「……!」
ドォォーン、という激しい音と爆風が私とアイリスを襲う。
魔獣が放った魔術は一瞬にして到着した十数人の援軍を爆炎に包み込んだ。バリンバリンと、魔術師たちが用意していたであろう結界が割れる音が聞こえる。
「うわあぁぁっ」
「ぐああっ……」
「うああああ!」
バタバタと人が倒れていき、もはや動ける者は誰一人残っていないようだった。魔術師たちは防火効果のあるローブを纏っているが、それでも全員が動けなくなるほどの凄まじい威力の魔術。
私はアイリスと共に呆然とそれを見ていることしかできなかった。
アイリスはへたりと地面に座り込み、震えながら魔獣を見上げた。
「っ、……どうして……?」
悲痛な声で理由を問うても、魔獣の赤い目にそれに答え得る知性は感じられない。
アイリスは辛そうな顔で倒れている魔術師たちに視線を戻した。
《魔力を、あげる。みんなを癒して》
「アイリス!」
癒しの魔術は燃費が悪い。今の状態でこのような大勢にこんな大規模な癒しをかけては、いかにアイリスとて負担になるはずだ。
金色の光がキラキラと何人かの魔術師たちに降り注いだ。何人かはすでに手遅れなのだろう。
「……っ」
「アイリス!」
ぐらりとアイリスの体が傾き、地面に手をついた。やはり、魔力欠乏を起こしたようだ。
「アイリス、これを飲め」
私はアイリスに魔力の回復薬を飲ませた。だがこれはまだまだ開発中のもので、回復の量や早さが十分ではない。くそ、なぜ私はもっと早くこの薬の改善に手をつけなかったのだ!
もう結界の魔術具もない。悪魔を宿していない私ではまともな魔術は使えないだろう。今の私には、奴を倒すのも足止めするのも難しい。
私は別のある魔術具に魔力を込め、魔術を発動した。ふわりと薄い霧のようなものが視界に広がる。
そして狙い通り、魔獣はキョロキョロと視線を動かし始めた。
「……? いまの、何?」
「ここから動かない限り、外から認識されないようにした。ここはやりすごすしかない」
「……やりすごすって、でも、あいつは……」
私たちを見失った魔獣は思った通り、王都方面に向かって移動を始めた。
「っ、ダメ、そっちは……!」
「魔獣には破壊本能がある。より多くの人間がいる場所を目指しているのだろう」
「そんな! 止めないと……!」
「アイリス、今はこうするしかないのだ。私は他の何万の人間が死んでも、お前には死んで欲しくない」
「……メノウ」
アイリスは弟にするかのように、また優しく私の頭を撫でた。この手を失うなど考えられない。
「本当に、メノウはひねくれてる。私のことをそんなに大切に思ってくれてるのに、他の人も、私の願いもどうでもいいと思ってるのね?」
「……アイリスの願い?」
「私はフェリアエーデンの女王なの。私は民を守りたい。こんな私を女王として慕ってくれる、全ての民に誠実でありたいわ。だから、逃げるわけにはいかないの」
アイリスの言っていることがわからない。そんなもの、自分の身には代えられぬではないか。
「ごめんね。私、行かなきゃ」
こんな時なのに、なぜかアイリスは優しく微笑んだ。私の頭にあった手を下げ、頬を撫でる。
「私の大切な友人であり、二人目の弟。あなたに会えてよかったわ」
「何を……」
まるでこれが最後のような台詞だ。アイリスは何をしようとしている?
少し回復したのか、アイリスは魔獣を追って駆け出した。
「アイリス!」
私が呼び止めても、アイリスは振り返らずにまっすぐ走って行ってしまった。追いかけたいが、私はゆっくり動くのがやっとの状態だ。
「くっ……」
言うことを聞かない足を無理矢理前に進める。
アイリスはどうあってもあの魔獣を止めるつもりらしい。だが、アイリスはこれ以上魔術を使ってはそれだけで命の危険がある。
アイリスがいなくなる、そう考えただけで背筋に冷たいものが走った。
それだけは嫌だ。何としても止めなくては。
体が重く歩くのも辛いが、しばらく歩いていると王都入り口辺りでアイリスの強い魔力の放出を感じた。他の魔術師たちのものも混ざっているが、大部分はアイリスのものだ。
アイリス、一体どこにこのような魔力が残っていたというのだ?
魔力とは体内になくてはならないものだ。あまりに減少すると体が危機を訴え不調をきたす。それは、減りすぎると体が生命活動を維持できなくなるからだ。
少し回復させたとはいえあの状態からこんなに魔力を使うなど、アイリスは何を考えているのだ!
ようやく魔獣が見えるところまで追い付いた。
予想通り、王都の入り口手前でアイリスと魔術師たちが交戦している。
アイリスの顔が真っ青なことに気づいて、私はさらに足を速めた。
先ほどよりも魔獣が巨大化している。多少魔術で攻撃してしまったようだ。
いや、今も少しずつ大きくなっている?
……そうか、結界から魔力を吸収し続けているのか!
だが魔獣は常に攻撃魔術を放っているので、結界を解除すれば大規模な被害が出ることは明白だ。
アイリスが結界を張り、それをその他の魔術師たちが補助、騎士たちが魔獣の攻撃にあたっている。ずいぶん人が増えたが、あれでは倒す前に結界が破られるだろう。
……契約の方法がわからんなどと言っていられるか。
アレは元々私の中にいた悪魔だろう!
アイリスが逃げることを選択しないならば、あの魔獣をなんとかするしかない。まだあの悪魔との契約が残っていることは感じられるのだ。
私は全身に薄く魔力を巡らせて契約の魔術の痕跡を探す。
見つけなくては。私の体の中のどこかに、必ずそれはあるはずだ!
「!」
「きゃあっ!」
「陛下!」
バリン! と大きな音を立てて、結界が砕けた。その衝撃で正面にいたアイリスが地面に倒れた。
「アイリス!!」
無我夢中で駆け寄り抱き起こすと、地面で擦ったのか側頭部から血が出ている。魔力を使いすぎたのか顔色はもはや青白く、呼び掛けても反応がない。
私は頭が真っ白になった。
「貴様」
自分の声とは思えない程低い声が出た。魔獣がビクリと動きを止める。
何も考えられないほどの怒りが頭を占めているのに、一部では冷静にあの悪魔を屈服させる方法を模索している。そして、見つけた。大昔に私の体の心臓辺りに刻まれた、魔術の痕跡を。
「貴様の主は私だ。戻れ」
私と悪魔を結ぶ魔術の痕跡に再び魔力を注ぎながらまっすぐに魔獣の中の悪魔を見据える。
ガタガタと震える魔獣がザッと一歩後退りした。
私は着ていたマントを外しそこにアイリスを寝かせ、一歩前に足を出す。
「貴様の」
また一歩進む。魔獣は怯えたような目を私に向けている。
「主は」
また一歩。魔獣は動かない。いや、動けないのか。
「私だ!!」
「!」
胸を押さえ、そこへいっそう強く魔力を込める。そして、悪魔族のみに伝わる魔術を重ねがけした。
【悪魔よ我と同化せよ】
「グ……ギャアアァァァ!」
私との契約に引き摺られ、ズルリと魔獣から巨大な黒い影が出てきた。私の中にいた時よりも大きくなっている。
抵抗しているようだが、もはやそれを許すつもりはない。
今まで私は心のどこかでこやつを拒絶していた。あの儀式を憎んでいたのだ。
だから、知ってはいてもこの魔術を使ったことはなかった。
同族が当たり前のように使う悪魔との同化。
私だけは一時的なものではないそれを、苦々しく思っていたからだ。
だが、それがこやつとの契約を弱めていたのだとしたら。
私はお前を受け入れてやる。
暴れたいのなら、私が器になって暴れてやる。
だから、大人しく私の元へ戻ってこい!
強く念じると抵抗はだんだんと弱まり、巨大化していた悪魔は私の中に収まった。
脱け殻となった魔獣は大きな音を立てて地面に倒れ伏し、それ以上動くことはなかった。
次回でメノウ編は終了です。




