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メノウの話 3(sideメノウ)

アイリスは相変わらず、私と話していてもシスイが来ればさっさとあいつの方へ行ってしまう。


その度に私が不満を訴えていると、アイリスはとても言い辛そうにしがらも、意を決したように私に問いかけてきた。


「あの、メノウ? 違ってたら本当に恥ずかしいしこんなことあんまり聞きたくないんだけど、私のこと、その、そういう意味で好きなわけじゃないよね? いやその、ちょっと昔あったことを思い出して」

「そういう意味?」


アイリスは馬鹿みたいに挙動不審に、視線を彷徨わせたり手で手をいじったりしている。一体何を言っているのだ、アイリスは?


私が顔をしかめながら問い返すと、アイリスはホッとしたような顔になった。


「あー違うみたいね、よかった。ごめん忘れて。なんかメノウがやきもち妬いてるみたいだったからさ。子供もいるしもう若くないっていうのに自意識過剰だよね」

「!?」


あははとアイリスが笑う。

やきもちとは、人間が『番に望む相手が他の相手と仲良くしている時に嫉妬すること』ではなかったか?


「馬鹿なことを言うな。私には番など必要ないし、ましてや人間であるアイリスにそれを望むわけがないだろう」

「ごめんってば。でもメノウがむすっとしながら『アイリスはいつもシスイのことばかり』なんて言うからでしょ? あ、でも、もしかしたらメノウも私のこと姉みたいに思ってくれてるとか? お姉さんを取られて不満ってこと?」


ふふふ、と嬉しそうに笑いながらアイリスがからかうようにそう言って、私の頭を優しく撫でた。


また性懲りもなく私を弟扱いしている。

だが、私には姉とはどういうものなのかわからない。もしかしたら、アイリスの言う通りなのだろうか? 確かにいつもアイリスを取られたように感じて不満に思っているということは自分でもわかっている。


だが私はアイリスを番に望んでいるわけではない。シスイの立場になりたいかと言われれば、そうではないのだ。きっと面倒ですぐ逃げ出していると思う。私が悪魔族だからであろうか、やはり番を持つ人間の気が知れぬ。


……だが、私の頭を撫でるアイリスの手は心地良い。何かが心に満たされていくような気がするのだ。


弟ではなく、せめて兄と言ってくれれば受け入れてやらなくもないというのに。私の方が長く生きていると、本当にわかっているのかアイリスは。


……ふと、アイリスは人間なのだと考えると心が沈む。人間の寿命は短い。あっという間に年老いて死んでしまう。

私はその時、それを受け入れることができるのだろうか。



しばらく城に出入りしていると、人間の女どもから色を含んだ声をかけられることが多々あった。

遊ぶくらいならいいが城の人間だと後腐れがある。人間と番になる気はないし、悪魔族だと言えば引くだろうがそれで城に出入りできなくなると困る。睨んだり無視したりしているとそれもじきに収まったが、なぜか遠くからじっと見られることが増えた。


少し鬱陶しいが殺すとアイリスに怒られるし、特に害はないので放っておくことにした。どうせ悪魔族と知れば離れて行くだろう人間のことを考えるなど無駄なことだ。


だが、アイリスは違う。

アイリスは私が何者だろうが、私自身を見て、叱ったり笑いかけたりしてくれる。私はそれが心地良いと思っているのだと、もうわかっていた。


これまで生きてきた中で私にそんなことをするのはアイリスだけだった。シスイには私が悪魔族であることもおそらくアイリスが話していると思う。それでもにこやかに笑いかけてはくるが、それはアイリスがそうしているからだ。本当に奴の目に映っているのはアイリスだけ。可愛がってはいても、奴はおそらく自分の子供ですらアイリスのおまけだと思っている。


アイリスがいなければ奴はきっと私には……いや他の誰にも見向きもしなかったのだろうとなぜか私には感じた。


だから、私はアイリスのそばにいるのが好きだ。それゆえ、それを邪魔するシスイのことは気に入らないのだ。



「これ以上陛下に近づくな。汚らわしい悪魔族め。貴様の目的は何だ」


こいつは、ずっと私を憎々しげに見ていた男だ。見たところ魔術師か。

なぜ私が悪魔族だと言っているのか知らんが、ハッタリか? とりあえず否定も肯定もしないのが吉か。目の光がおかしいと思うのだが、アイリスはこんな男を臣下にしていて大丈夫なのか?


「私は友人だとアイリスが言っていただろう。友人に会いに来て何が悪い?」

「陛下と呼べ、無礼者ッ!」


うるさい奴だ。アイリスが名で呼べと言ったのだというのに。


こやつの考えが透けて見える。シスイではなく私につっかかっていることから、アイリスを女王として慕い、もっとそばで仕えたいのに後から来た私が自分よりもアイリスのそばにいることを妬んでいるのだ。


「私に八つ当たりするな。羨ましいなら貴様も友人になればよかろう。話しかける勇気がないからと言って他人を妬むなど愚かしい男だ」

「なっ!? へ、陛下は軽々しく話しかけていいお方ではないのだ! 貴様、陛下がどれだけ尊い存在なのか知りもせぬ癖に……!」


こやつは何を勘違いしているのだ?


「アイリスはただの人間だろうが。女王だろうが桁外れの魔術師だろうが、アイリスはアイリスだ。偶像化するのは勝手だが、それを押し付けるなど周囲もアイリスも迷惑だとなぜわからん」

「き、貴様……よくもそのようなことを……!」


男の目に危険な光が宿っているのがわかる。

この男、頭が相当おかしいな。アイリスに注意しておかねば。


「覚えていろ! 必ず後悔させてやるからな!」


陳腐な捨て台詞を吐いて男は去って行った。



「あー、ガルノーか……。私を慕ってくれてるのは確かなんだけどねぇ……う~ん、わかった。ちょっと彼と話してみるね。ありがと、メノウ」


アイリスに先ほどの男のことを話すと、心当たりがあったのか苦笑いしている。


「それにしても、どうしてメノウが悪魔族だってわかったんだろうね? メノウの中の悪魔がにゅっと出てきたのでも見えたかな?」

「出るか。あれは出したくても出せぬ。勝手に繋げられて離せぬのだからな」


クスクスと笑いながら気持ちの悪いことをからかうように言うアイリスをひと睨みして、ため息を吐く。


「始末してもいいか? あのような男は生かしておいてもきっと良いことはないぞ」

「なんてこと言うの」


アイリスは寒気のする笑顔で拳を握った。これ以上言うとまた殴られそうだ。

アイリスはどうやらこの考えは気に入らないらしい。一番面倒がない解決法だというのに、人間は色々考えすぎなのだ。


……この時、あの男を殺しておかなかったことを、私は一生後悔することになる。



それから数年ほどは何事もなく平穏な日々だった。


私は気ままに色々な場所へ行ったが、たまにアイリスに会いに来てはそれまでにあったことを話したりするのが習慣になっていた。

アイリスに見たものを話して聞かせるのが楽しかったのだ。

その目的があると、どこへ行くにも楽しめた。自分が生きているのだと実感した。


フェリアエーデンに住まないのかと聞かれたが、私は一定の土地に住み続けるのは性に合わない。


それに、魔術や魔術具の研究に興味があった私は、空間隔離の魔術を会得した時に設備を整えた屋敷を造り所有しているのだ。基本的にはどこに行ってもそこで寝泊まりしている。


私は闇の魔術に適性があり空間移動や隠密、吸収や契約などといった魔術が得手だったため、最近では“闇の大魔術師”などという呼ばれ方をしている。誰が言い出したのかは知らんが、人間は闇に適性がある者が少ないから珍しいのだろう。


アイリスは三十八歳になったらしい。だが外見は出会った頃とあまり変わらないような気がする。シスイが魔力の多さが関係しているのかもと言っていたな。


二人の子供もだいぶ大きくなった。アイリスがよく楽しそうに子供の話をするが、正直全く興味がない。聞き流していると怒るので、仕方なく聞いてやるのだが。


しかし、やはりあのガルノーという男は何年経っても変わらない。アイリスが何か話したおかげか私に口を出してくることはなかったが、いつも私を射殺しそうな目で睨んでくる。アイリスがやめろと言っていなければ、とっくに殺していただろう。



アイリスが最近魔獣が大量発生して大変なのだとぼやいていたので、今日は魔獣の討伐に一人で森に来ている。

新しく作った魔術具や新しく考案した魔術の試運転もしたいと思っていたしな。


「む、先客か」


数人の魔術師や騎士たちが森を歩いている。どうやら奴らも魔獣の討伐に来ているらしい。

その中に、ガルノーも混ざっているのがわかって私は顔をしかめた。向こうは気づいていないようだが、奴に遭遇するとはついていない。


「なぁ、最近魔獣の大量発生が多くないか?」

「お前もそう思うか? 少なくともここ半年で三回だもんな。去年までは一年に一回あるかないかだったのに……」


魔術師と騎士の混合兵士たちが話をしている。


ふむ、そうなのか?


精霊の魔力が満ちる土地にも悪魔は少数ながら存在する。逆もまた然りだ。

その悪魔たちが動物に入り込み意識を乗っ取ることで魔獣が生まれる。

私の生まれた土地では強力な悪魔が稀に動物の体ごと乗っ取って悪魔そのものの恐ろしい姿の魔獣になるという場合もある。この辺りではそんなことはほぼないだろうが。


つまり魔獣が増えるということは、悪魔が増えているということだ。


だが理由もなく急激に増えるとは考え辛い。

もしや、何者かの陰謀によるものか?


私はなんとなくガルノーに目をやった。

奴は無表情で言葉を発することもなく歩いているが、その目は相変わらず淀んでいる。


「出た! 魔獣だ! 数が多い、気をつけろ!」

「陣形をとれ! 魔術師たちは発動準備!」


大きな犬のような姿の魔獣の群れが現れて、兵士たちがバタバタと戦闘準備を始めた。

……遅い。


私はシュッと魔術具を取り出して魔力を込め、魔獣の群れの中に放った。


ドォォォォーン!


「「…………」」


大爆発を起こしたそれは、派手な煙を上げながら魔獣の群れと周辺の木々を黒焦げにした。


「ふむ、予想よりも威力が低かったな。要改善か」


魔術師たちが皆一様に口を開けてこちらを見ている。何だ? 手助けしてやったというのに。


私から言わせれば人間どもが主に使う精霊頼みの詠唱魔術など非効率で不確かである。

悪魔族は基本的に自身の魔力操作で魔術を構成し事象を実現させる。事前の研究と準備は必要だが、魔力を込めるだけで効果を発動できる魔術具の方が使い勝手がいい。


それは悪魔や精霊に頼むことで現象を起こすのではなく、魔術具に組み込んだ魔法陣により直接魔力を変換して現象を起こすからだ。


起こしたい現象の情報を魔法陣に仕立てるのが人間は得手ではないようだがな。


「や、闇の大魔術師様……助太刀、感謝致します……」

「あ、ああ……ははは……」


若干怯えたような苦笑いを向けてくる連中の中で一人、ガルノーだけが、無表情で私を見ていた。



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