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帰宅後の受難

「じゃあ、この話は俺から父上に報告しておくけど……お前、もうナディアの部屋で二人きりにはなるなよ」


フィルがそう言ってジロリとメノウを見た。


「うるさい奴だ、私とナディアにはやましいことなど何もないというのに。貴様のような欲に囚われた輩にはこの崇高な関係がわからんのだな」

「わけのわからないことを言うな!」


フィルとメノウが口げんかしている。


……崇高な関係ってなんだろうね?

私はメノウと、姉と弟とか、飼い主と動物って感じだと思ってるんだけど、これはメノウには言わない方がいいかもしれない。


いつの間にか結界は解除されていたようで、それに気づいたメイベルが心配そうな顔で私に駆け寄ってきた。


「ナディア様、大丈夫でしたか?」

「メイベル、ありがとう。私は何にも問題ないよ」


笑ってそう言うと、メイベルはホッと息を吐いた。


「ああ、よかったです。闇の大魔術師が現れた時はどうなることかと思いました」

「……メイベルも、メノウのこと、やっぱり怖い?」


闇の大魔術師は悪い噂がたくさんあることは知っている。噂というかほとんどは事実みたいだし、怖れられるのも仕方ないことなのかもしれない。

でも本当は悪い人ではないのだ。身近な人にメノウを怖がられると悲しいな、と思ってそう聞くと、メイベルはクスリと笑った。


「先ほどまではとても怖ろしかったです。けれど、ナディア様に対する態度を見ていたら、わたくし、是非仲良くしたいと思いました」

「!」


よかった! そうだよね、メノウは全然怖くなんかないもん。メイベルがそう言ってくれるなら、メイベルにもいてもらって、メノウと部屋で会うこともできるかもしれない。


そう思ってメノウの方を見ると、まだフィルと何か言い争っている。二人とも遠慮が全くない。


「ねえメイベル、あの二人、もしかして結構仲良くなれるんじゃないかな?」

「え、そ、そうでしょうか……」


メイベルは苦笑いしながら首を傾げている。

でも、私は意外と気が合うんじゃないかと思うんだけどなぁ。


「あぁもう、せっかくナディアに婚約を受け入れてもらえたっていうのに、お前のせいで気分が台無しだよ」

「ふん、まだ婚約であろう。貴様のように立場も性格も面倒な男はいつナディアに見限られるとも知れんのだから、精々精進しろ」

「縁起でもないことを言うな! さっき俺を攻撃してきたことも罪状に加えてやろうか?」


あ! そういえば、メノウはさっきいきなりフィルを攻撃してきたんだった!


私は慌ててまだ口論している二人の間に入り、メノウに注意した。


「メノウ、もうフィルに攻撃なんてしちゃダメだよ、王族に攻撃するのは立派な罪だし、フィルは私の大切な人なんだからね?」


私が真剣にそう言うと、メノウは思い切り顔をしかめた。


「……どんなに腹が立ってもか?」

「当たり前でしょ!」


腹が立つ度に王族を攻撃してたらいくら功績を立てても罪がなくならないよ。


「フィル、ごめんね、あの、さっきはメノウが……」


本当に罪状に加えられたらどうしよう、と思いながらフィルを見ると、フィルはまた片手で顔を覆って項垂れていた。


「フィル?」

「ううん、いいよ。ナディアから嬉しい言葉が聞けたからもう全部忘れた」

「ええ?」


フィルは顔を上げて爽やかな笑顔でそう言った。


嬉しい言葉? 何か言ったっけ?


「お前たちも、何も問題はなかったよね?」


フィルが振り返って護衛の二人にそう聞くと、二人とも壊れたおもちゃのようにこくこくと素早く首を縦に振った。

二人とも心なしか顔色が悪い。


そっか、この二人も、フィルに何かあったとなるとちゃんと仕事できなかったって怒られるかもしれないもんね。

フィルが許してくれてよかった。フィルは本当に優しいな。



その後、フィルがメノウにきちんと処遇が決定するまで絶対に人前で私の前に姿を現すことがないようにと念を押すと、メノウが「三日以内にやるのだぞ」なんて返すものだからまた言い争いが始まりそうになってしまい、私が必死で止めるはめになってしまった。


メノウは自分の希望に素直すぎるんだよね。


「ではまたな」と言ってメノウがまた闇に溶けるように帰っていき、私がフィルの手配してくれた馬車に乗ってメイベルと一緒に公爵邸へ帰ることができるようになった頃には、もうだいぶ日が傾いていた。


「ナディア、できるだけ早く会いに行くね。話がまとまったら手紙を出すから」

「うぇ? う、うん……」


別れ際、名残惜しそうにそう言うフィルの雰囲気がすごく甘くて、私の返事はしどろもどろになってしまった。フィルはそんな私を見てクスクスと楽しそうに笑っている。


ダメだ。なんだかフィルのキラキラ攻撃が甘さを増していて、とどまるところを知らないんですけど?

ええと、もしかして、フィルはこれからずっとこうなんだろうか。早く慣れないとまともに返事をすることもできない。……でも私、はたしてこれに慣れる日が来るんだろうか。


メイベルと馬車で二人きりになると、にこにこしているメイベルが何を考えているのか少し気になる。メイベルは何も言わないけれど、フィルと話していたのをずっと見ていたんだよね……。


私は我慢できなくなって、口を開いた。


「メイベル、あの……フィルと話してた内容……その、聞こえてた?」

「言葉までは聞こえておりませんが、殿下が想いを伝えられ、ナディア様が戸惑いながらも受け入れられたことはわかりましたよ。よかったですね、ナディア様!」


私は思わず両手で顔を覆った。


うわーっ! 恥ずかしすぎる!

メイベルたちがいるのを忘れてた私のバカ!


いやでも、周囲を気にしている余裕なんてなかったし、覚えていたとしても……答えは変わらなかったから、仕方ないのかもしれない。


メノウがいきなり乱入してきたから余韻に浸る間もなかったけれど、私、フィルの婚約者になったんだなぁ。


さっきフィルが言ってくれたことを思い出すとまた顔に熱が集まってきて、思わずゆるゆるの表情になってしまいそうになる。

両手で頬をつまんでぐにぐにと押さえて誤魔化そうとしたけれど、メイベルはそんな私の様子すら微笑ましい目で見ていて、なんだか余計に恥ずかしくなってしまったのだった。




「ナディア、明日の朝食後にお部屋に行きますから、別れたあとにあったこと、じっくり聞かせてちょうだいね?」


その日の夕食時、なぜかお養母様はとても楽しそうなキラキラ笑顔でそう言った。

絶対に逃がしてもらえそうにないと感じるのは気のせいではないと思う。


もしかしてとチラリとメイベルを見ると、困ったような、申し訳なさそうな様子で微笑んでいる。


メイベル、話しちゃったんだね……。

いや、婚約することは絶対に伝わることだし話すべきことなんだけど、お養母様、察知するのが早すぎじゃないですか?

ついさっきのことなんですけど?


以前私にフィルのことをどう思っているか聞いてきたりしていたし、もしかしてお養母様、ある程度こうなることを予測してたとか?


貴族令嬢はみんな恋愛事情が家族に駄々もれなんだろうか……いや、お養母様が特別に鋭いのかもしれない。



翌朝、とても楽しそうなお養母様にフィルとのやりとりを洗いざらい吐かされた。

言葉を濁そうとしたけれど、お養母様の話術に抗う術は私にはない。


根掘り葉掘り聞かれて、私は真っ赤になった頬を押さえながら、後でからかわれたらごめんねとフィルに心の中で謝った。



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