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衝突


「あぁ、嬉しい。ものすごく嬉しい。ありがとう、ナディア」


ぎゅうっと抱きしめられて、ドキドキして死にそうだけど、とても幸せな気持ちになった。


「私も嬉しい。ありがとうフィル、大好き」

「~~~~っ」


ぎゅっと抱きしめ返すと、私を包むフィルの腕にさらに力が込められた。


「あーもう、あんまり可愛いと持って帰っちゃうよ? ナディア」

「フィル?」


フィルがまたよくわからないことを言い出した。

何を持って帰るの?


「はあ、でもさすがにまだ早すぎるし、今は十分幸せだから我慢するよ」


そう言ってまた強く抱きしめながら私の髪を撫でたりいじったりしているのに、一体どこが我慢していると言うんだろうか。


「!」


キンッ!


「えっ!?」


いきなり耳元で鋭い金属音がしたので顔を上げると、フィルがいつの間にか手に持っていた小さめの盾をかざして庭園の中心辺りを厳しい目で見つめていた。


……え、何? もしかして、何か飛んできたの!?


「殿下!」

「ナディア様!」


フィルの護衛の人たちとメイベルが遠くから飛び出してきた。


そ、そう言えば人がいたんだった!


そんなことはすっかり頭から抜けていた私は、自分の顔に熱が集まるのがわかった。


「……ナディアから離れろ」


あ、この声は。


「メノウ?」


フィルの見る方向に視線を向けると、やっぱりメノウがそこに立っていた。


ど、どうしてここに?

人前に現れてしまったら、もしかしたらメノウは捕まえられてしまうかもしれないのに。


というか、もしかしてメノウ、今フィルに向かって攻撃したの!?


私はさあっと青ざめた。

王族に攻撃するなんて、とんでもない罪だ。


メノウは美しい庭園に不釣り合いなものすごく恐ろしい、いや、えっと、不機嫌な顔でこちらを見ている。


「黒い髪に深い緑の目……ナディアが言っていた容姿だな。お前、死神か? 今日は幻術は使っていないのか」

「聞こえなかったのか。ナディアから離れろ」


メノウは今にも爆発しそうなくらい怒っているようだ。


「ちょ、ちょっと待って、どうしたの? メノウ」

「ナディア、そいつから離れろ」

「誰が離れるか、ナディアは俺の婚約者だ」

「!」


フィルが私を抱き寄せて挑発するようなことを言うものだから、メノウの怒りはさらに増したようだ。

目がかなり据わっている。


一方、私は嬉しいやら恥ずかしいやらで頭が沸騰しそうになっていた。

こ、婚約者……。

なんだか信じられないけれど、そうなったんだよね。


「貴様、死にたいのか」


ゆらゆらと、メノウから不穏なものが立ち昇っている気がする。


「うわっ!?」

「くそっ、結界か!」


護衛の人たちがこちらへ来ようとしていたけれど、いつの間にか結界が張られていたようで、弾き飛ばされてしまった。

解除しようとしているのか、無事だった方の人は何やら魔術を使おうとしているようだ。


メイベルもその後ろから心配そうな眼差しをこちらへ向けている。


ど、どうしよう。なんだか大変なことになってきているよ!


「あの、フィル」

「……ナディア、もしかして、あれからあいつと何回か会ってるの?」


フィルはメノウに視線を向けたまま、小さな声で聞いてきた。


私は、うっ、と言葉につまった。

メノウと友達であることは、誰にも言っていない。

メノウが今までやってきたことが良いことでないことはわかっているし、捕まえるのに協力しろだなんて言われると困るので、黙っていた方がいいと思っていたのだ。


「……うん。友達なの」

「友達!?」


フィルがさすがに驚いたのか私を見ると、メノウが瞬く間に距離を詰めてきてシュッと手を振り上げ、フィルに向かって振り下ろした。


「!」


けれど、直前でピタリとその手を止めた。フィルはメノウの不意打ちにも、冷静にメノウに向けて盾をかざして対応していた。


「……」


私は突然の荒事に唖然として、呆然と二人を見ていることしかできなかった。


「……人間にしてはなかなかいい盾を持っているではないか。反射の付与効果がついているようだな」

「ちっ、なんでわかるんだよ。そのまま攻撃してくれてれば、今頃はお前の倒れてる姿が拝めたのに」


二人はバチバチと火花を散らしながら威嚇し合っている。


「ナディア、ずいぶん物騒な友達ができたんだね?」


そう言うフィルの目が笑っていない。

そ、そうだよね。この状況じゃあとても反論できない。


「メノウ、やめて! どうしてフィルを攻撃するの?」

「安心しろ、約束したからな、殺しはしない。気絶させてナディアから永遠に引き離すだけだ」


……何言ってるの!?


「やめて、メノウのバカ! そんなことしたらもう友達やめるからね!」

「!!」


青ざめたメノウの体がぐらりと傾いた。

その隙に、フィルが素早く事前呪文を唱え始め、何か魔術具も取り出したようだ。


「待って、お願いフィル。メノウから攻撃してきたんだから反撃するのは当然だと思うけど、ちゃんと話してみるから、お願い。攻撃しないで」

「ナディア、あいつは危険な奴なんだよ。平気で嘘をつき、人を操り、面白半分で人や国を滅ぼしてきたとんでもない奴なんだ」


メノウを庇う私にフィルが眉をひそめる。


「でも私、もうメノウと友達になったの。悪いことをしてた人なのはわかってるけど、でも、もう簡単に人を殺さないって約束もしてくれたの。だから、ちゃんと話せばきっとわかってくれるから」

「……」


ぎゅっとフィルの服を掴んでお願いすると、不満そうにしながらもフィルは魔術具をしまってくれたので、私はホッとして、メノウに向き直った。


「メノウ、ねぇ、どうしたの? なんでそんなに怒ってるの?」

「…………」


メノウはふてくされたようにそっぽを向いた。

どうやらまた拗ねてしまったらしい。

私は立ち上がって、少しメノウに近づいた。


「メノウ?」

「……ナディアが、あんまり浮かれているから」

「!?」


う、浮かれてる!?


「め、メノウ? まさか、ずっと見てたなんて言わないよね?」


さっきのフィルとのやりとりを見られていたとしたら恥ずかしすぎるよ!


「見てはいないが、だいたいの状態はわかると言っただろう。さっき伝わってきたナディアの状態が、精霊王といる時のアイリスのようだったから」

「……!」


私は思わず両手で頬を押さえた。

み、見られてはいないとしても、把握されすぎててやっぱり恥ずかしいのは変わらなかったよ!


「ナディアが困るだろうから人前に出ないようにしていたが、ナディアがアイリスみたいにそいつのことばかりになって、私と話してくれなくなるのかと思ったら……我慢できなかったのだ」

「メノウ……」


しゅん、と落ち込んだメノウは萎れた犬の耳が見えるようで、やっぱりとても可愛い。


「そんなことないよ、メノウは私の大切な友達だもん。私だってこれからもメノウと話したいし、メノウといる時にそれを放り出してフィルのところへ行くなんてことは絶対にしないよ」

「ナディア……!」

「わっ」

「おい!」


メノウが私の体を覆うように抱き込んだので、フィルが抗議の声をあげた。


私がいくらメノウのことを懐いてきた動物のような存在だと思っていても、メノウの見た目は格好いい成人の男の人だもんね。

この状態はちょっとまずいと私も思う。


「メノウ、ダメだよ! 離して」

「……」


私がそう言うと、メノウはむすっとした顔をしながらも解放してくれた。


「ねえメノウ、以前、魔法では無理なことも魔力を使う魔術なら叶えることができるって教えてくれたのは、今日のことを予測してたからだったんだよね? 私が、アレクサンダー様を助けようとするだろうと思ったから」

「「!?」」

「…………」


周囲のみんなは私が言った事実に驚いたみたい。


メノウは無言で目を逸らしたけれど、否定しないと言うことは、やっぱりそうだったんだろう。

ひねくれてるけど、優しいところもあるんだよね。


「ありがとう。すごく助かったよ」

「……ふん。私は、ナディアが悲しむのを見るのが嫌だっただけだ」


メノウは目を合わせてくれなかったけれど、頬が少し赤くなっているので、たぶん喜んでくれていると思う。


私は振り返ってみんなを見た。


メノウは危険じゃないんだってわかってもらいたい、と思ったんだけど、みんなはメノウよりも、私のことを変なものを見る目で見ていた。


……あれ? どうしたの?

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