初めてのカフェ
「ふうっ、ここまでくれば大丈夫だよね」
私は後ろを振り返ってそう呟いた。
昔の誰かが言うことによると、こういう台詞は逆の展開になる前触れになってしまうんだとか。
……そして本当にそうだったようで。
「何が大丈夫なの?」
さっき聞いたような声がすぐそばから聞こえて、恐る恐る見上げると、そこには振り切ったはずの二人の少年が私の前に立ち塞がっていた。
ひええええ!?
な、なんで先回りされてるの!? 魔術を使って全力で逃げたはずなのに!
「君足速いねぇ、逃げたのが必ずここに出る道じゃなければ見失ってたかも」
赤毛の少年が言った。
あああああしまった!
あの道は狭い通りが何本もあって複雑に見えるけど、大通りに出るにはこの出口を通るしかない。ここで待ち伏せされたらそりゃ見つかるよ!
「あ、あの、まだ私に、何か……」
ううう、なんでそっとしといてくれないのー!
助けてくれたからいい人なのかと思ったけど、もしかして私をさらって売ろうとか考えているんだろうか。服装や口調からして平民だけど、身綺麗でお金に困っていそうではない。むしろさっきの動きからして、しっかり働いてる人なんじゃないかと思うんだけど。
「そんなに怯えないでよ。君に何かしようなんて考えてないからさ」
銀髪の少年がにっこりと優しげに言った。
何だろう、助けてくれたし、優しそうなのに、どこか信用してはならないような感じがする。
私は警戒を込めた眼差しで銀髪の少年を見返した。
するとなぜか、少年は少し目を瞬かせ、驚いたような顔をした。
「まあまあ、俺らは君と少し話がしたいだけなんだ。俺はザック。こいつはルトね。命を張って君を助けたお礼として、ちょっとお茶に付き合ってくんないかな?」
からっとした笑顔で、赤毛の少年、ザックが言った。
この人はあんまり裏表がなさそうで、話しやすい感じだ。さらりとさっきのことを恩に着せて断りにくくしてきたところを見ると、この人も一筋縄ではいかなそうだけれど。
もちろん、見ず知らずの私のために、あんな大男四人を相手に素手と木剣で立ち向かってくれたのだ。
命を張ったと言うのも大げさではないと思う。
そして、それに報いようと思うのならば、お茶くらい付き合わなければならないのかもしれない。
しかし。
「あの、でも、私そんなにお金持ってなくて」
本当に申し訳ないけれど、事実なんですっ!
話したくないとかもう早く帰りたいからとかじゃなくて、王都のカフェでお茶なんてもったいなくてしたこともないんです!
だって、この辺りでお茶しようと思ったら、なぜか孤児院での食事二、三食分のお金がかかるんだよ!? ただのお茶なのに!
「ああ、お金は俺らが出すから気にしないで。可愛い女の子の時間をもらうんだから、それくらい当たり前だよ」
ひらひらと手を振りながら、爽やかな笑顔でザックが言った。
えええええー!?
私は衝撃を受けた。
いろんな意味でびっくりだ。
お茶をする時間をもらうんだからお金を出すのは当たり前だなんて、そんな常識があったのか!
はっ、でも、この人は可愛い女の子って言ったから、可愛い子限定のルールなのかもしれない。だったら今まで私が知らなかったのも無理はないよね……。
でも、この人は私の分も出してくれるつもりらしい。女の子なら誰でもいい人なんだろうか?
私は髪を短くしていることもあってか、自慢じゃないけれど、同世代の異性に可愛いなんて言われたことはない。女の子はみんな髪を伸ばすのが普通なのだ。
貴族の未婚女性は特に、長くて美しい髪はステータスになるらしい。
いや、でも待って。この人は、きっとこういう風に煽てて気を良くさせて、私からさっきの話を聞きだそうとしているだけなんだよ。私がお世辞でもなく可愛いなんて言われるわけがないもの。
そう結論づけると、妙に心が落ち着いた。
そういうことなら、命を助けてもらった手前、もう断る理由はない。
「わかりました。ご一緒します」
よし。来るなら来い!
急に素直に返事をしたからかザックと名乗った少年は少し肩透かしをくらった様子だったけれど、すぐに持ち直し、「じゃあこっちね」と知っているお店へ案内してくれた。
王都で初めて、いや、生まれて初めて入ったカフェは、それはオシャレなお店だった。
木目調の落ち着いた雰囲気だけれど、テーブルや椅子も洗練されたデザインで置いてある小物すらも可愛い。今大人気のカフェで、長い行列ができていたのにも拘わらず、なぜかすぐ席に案内された。
それがまたテラス席だったものだから、ものすごく目立っている気がする。
まずい。いろんな意味で浮いている。
まず目の前には二人の美形。
二人がこのお店にいることには全く違和感がないけれど、その美貌とスタイルの良さで注目を集めまくってしまっている。
そして、その麗しいお二人の正面には、なぜかパッとしない私が座っているのだ。男の子と間違われるような短い髪の上にぼろっちい帽子を被った、ぼろっちいズボンスタイルの、パッと見男の子か女の子かもわからないちまっこい私が。
しかし何だろう目の前のこのお茶。茶葉の銘柄なのか、メニューにあった名前がなんなのかよく分からなくて二人と同じものを頼んだんだけど、明らかにお茶ではない。真っ黒なんだもん。良い香りがするけど、味が全く想像できない。
二人が美味しそうに口にするのを見て、恐る恐る飲んでみる。
にっっっが!
なにこれ苦いっ!
こんなの美味しそうに飲んでるなんて信じられない! それとも実は私だけ違うもの出されてる?
渋面を作ってそっと目の前のお茶もどきを脇にやる。これで孤児院の食事ほぼ三食分……。
「ぶはっ」
顔を上げると、二人とも笑いをこらえたような顔をしている。吹き出したのは声からしてザックのようだ。
「貸してくれる?」
ルトは笑いの衝動から立ち直ると、私のお茶もどきを引き寄せ、テーブルにあった角砂糖を二つ入れ、添えられていたミルクのようなものも入れた。スプーンで混ぜてから、私に返してくれる。
「飲んでみて」
さっきの笑顔とは違う自然な微笑みを向けられて、なんだか安心してしまい、素直に飲んでみた。
「あ、美味しいです……」
なんて不思議! 苦くてとても飲めなかったのが、こんなに美味しくなるなんて!
「ルトさん、ありがとう」
尊敬の眼差しをルトに向けると、照れたように目を逸らして「別に」と言った。
「へぇ~珍しいねぇお前がそんな風に世話焼くなんて」
ニヤニヤしながらザックが揶揄うように言うと、ルトは鬱陶しそうに「うるさい」と言った。仲良しだなぁ。
「で、お嬢ちゃんの名前はなんてーの?」
「あ、ナディア、です。さっきは本当にありがとうございました。あと、逃げてごめんなさい」
私は少し迷ったけれど、やっぱり二人は悪人には思えないし、命を助けてもらったのは確かなのだ。
聞かれたことは、ちゃんと正直に話そう。
二人は少し面食らったような顔をしたけれど、ふっと笑ったので、場の空気が落ち着いたような気がした。
「いいねぇ、女の子は素直だとなお可愛い!」
でも、ザックはやっぱりただの女たらしかもしれない、と思った。