君が好き
えっと、私に会えないほどって、フィルは私に会う用事が特にないから、会いに来なかっただけじゃないの?
私が首を傾げると、フィルは不機嫌そうにしながらも教えてくれた。
「他の公務が忙しかったのもあるけど、ナディアに婚約を申し込みたいって許可を求める申請書がたくさん届いて、それを処理してたんだよ。公爵家の婚姻には国王の許可が必要だからね。俺はそれの対応を全てやらされてたんだ」
……え?
わ、私に婚約を申し込みたい貴族の人がたくさんいるってこと?
「侯爵家や伯爵家の当主や嫡男、次男や三男でも魔術師団の師団長とか副師団長だったり騎士団の幹部だったり、ナディアは本当に人気者だね」
フィルはにっこりと笑っているけれど、これはいつもの怖い笑顔のやつですね。うん。
「……ナディア、自覚して? 貴族にとって、ナディアはもうただの平民じゃないんだよ。婚姻を結びたいっていう人がこんなにいるんだ。血筋がどうのってうるさく言う人がいてもほんの少しだよ」
そ、そうだったのか。
意外と、生まれはそんなに気にならない人が多いのかな。
それとも、それを補って余りあるほど、初代女王の生まれ変わりだということの影響力が強かったり、魔力が多いことが重要だったりするのかもしれない。
でも、魔術師団の師団長とか騎士団の幹部って、よく知らないけど、私よりだいぶ年上なんじゃないのかな?
貴族の女性は若いうちから婚約するのも珍しくないと聞くけれど、私はまだ半成人もしていないし、向こうからしたら子供だと思うんだけどな。
婚約したいって言われても、絶対に私自身のことはどうでもいいんだろうから、全然嬉しくないよ……。
……でも、じゃあフィルは?
王族のフィルには、私と婚約するメリットなんて特にない気がする。
むしろ、多くの人が許してくれたとしても、王族の相手が平民出身だなんて、ってうるさく言う人もいたりして面倒なことも多いんじゃないだろうか。
……それに、私を婚約者にしたいというフィルの言葉を素直に受け取れない理由がもう一つあるのだ。
「あの……でも、フィルは、憧れていた人がいたんじゃなかったの?」
「え?」
「その、仮面パーティーへ行く時、馬車の中で……」
憧れている人がいるって言っていた。
手に入らないと諦めていたけれど、手に入るかもしれないなら欲しいと思ってる、みたいなことを言っていた。
だからフィルは、その人のことが好きなんじゃないの?
「……あー、いや、ごめん。あれは、ちょっと暴走したの。ナディアがザックのことを気にするものだから、渡したくないって思って、つい……今思えば、あれは完全に意味のわからない主張だった。本当にごめん」
フィルはなぜか少し落ち込んでいる。
確かにあの時のフィルはちょっと怖かったもんね。
「でも、ずっと憧れている人はいるんでしょう? 私とは会ったばかりだったんだから、私のことじゃないよね?」
「いや、うーん……」
フィルはとても言い辛そうだ。
「……ナディア、引かないで欲しいんだけど、それは、初代女王アイリスのことなんだ」
「えっ」
フィルは、アイリスに憧れていたの?
「自分でもよく分からないんだけど、彼女の肖像画を見ているとなんだか懐かしい気持ちになって、親しみを感じたと言うか……俺はどのご令嬢にも興味を持ったことはなかったけど、彼女だけは例外だった。アイリスみたいな女の子がいればいいのに、なんて考えてたんだ」
……それって、もしかしなくても、フィルは私の中のアイリスに恋をしているということ?
私はそのことに気がついて、とても悲しくなってきた。
……どうしてこんなに悲しくなるんだろう。
だいたい、フィルがあんな、好意を含んだ視線を私に向けてくること自体が、あるわけないことだったんだよ。
あれはアイリスに向けられたもので、私に向けたものじゃなかったんだ。
そう考えると、なぜか私の胸はぎゅっと痛んだ。
私の表情が曇ったことで考えていることがわかったのか、フィルは焦ったように説明を加えた。
「違うよ、ナディア。それはもちろんただの憧れというだけで、絵の中の昔の人物に恋なんてするわけないでしょう?」
「でも……」
フィルは必死な様子でそう言うけれど、アイリスの魂が現実に今私の中にいるから、フィルは私を婚約者にしたいなんて言うんでしょう?
私はフィルに握られている手を外そうとしたけれど、フィルは逆に力を込めてきて離してくれない。
「最初に興味を持ったのは、確かにそれがきっかけだった。髪色や目の色、ナディアが悪漢に立ち向かう強さを持っているのを見て、アイリスに似てるって。でも、ナディアはケーキくらいで簡単に警戒心を解いたり、初対面の俺やザックに馬鹿正直に能力のことを話したりしてどこか抜けてるし、俺が思っていたアイリスとは全然違ったんだよ」
……あれ? もしかして私、バカにされてる?
「でも俺にはそれがとても可愛く思えて、ナディアが虹を見せて得意気に笑った時、ナディアは普通の女の子なんだって思ったんだ。こんなに特別な力を持っているのに、なんて素直で可愛い女の子なんだろうって」
フィルが握っている私の手にさらにぎゅっと力を込めた。今は少し痛いくらいになっているけれど、私は何も言えず真っ赤になって固まっていることしかできない。
「アイリスの生まれ変わりだからなんかじゃないよ。頑張り屋で、他人の為には危険を冒すことも厭わないのに自分には全く見返りを求めないような、優しい君が好きなんだ。ナディアといると楽しくて、ずっと一緒にいたいと思う。君が兄上に魔力を使って魔力欠乏状態になった時、辛いのに、心配をかけまいと倒れないように頑張っていたよね。俺はその時、ナディアを世界で一番素敵な女の子だと思ったんだ」
フィルの言葉がとても嬉しくて、胸が熱くなる。なんだか視界も滲んできた。
フィルはこんなに私のことを見てくれていた。
それで、私のことを好きだと言ってくれている。
「フィル……」
「ナディア、君が好きだ。どうか俺の婚約者になって欲しい」
フィルが真剣な眼差しで見つめてきて、自分の胸が高鳴っているのを感じる。
私も、考えないようにしていた自分の気持ちに、きちんと向き合わないといけない。
……私は、釣り合わないからって自分に言い聞かせていただけで、本当はフィルに惹かれていることにはなんとなく気づいていた。
初めはなんて美人な男の子なんだろうって思って、意外と怖いところもあるけど、いつも私のことを気遣ってくれて、助けてくれた。
一緒にいるとドキドキして、でも楽しくて、またすぐに会いたくなる。
……会いたくなるのも、会えなくて寂しかったのも、好きだからなのかもしれない。
……そっか、愛しそうな目で、私じゃなくてアイリスを見ていたのかと思ってすごく胸が苦しかったのは、フィルのことが好きだったからだ。
でもフィルは、ちゃんと私のことを見てくれていたんだね。
私は、嬉しい気持ちで胸がいっぱいになった。
改めてフィルを見ると、なぜか今までよりずっとフィルが素敵に見える気がする。
「フィル……私も、フィルのことが好きだよ」
「ナディア!」
フィルの顔がぱあっと輝いた。
こんなに嬉しそうな顔をされると、こちらが照れてしまう。
うう、胸が爆発しそうなくらいドキドキしている。
こんな風になるのはいつもフィルの前だけだったのに、よく知らない振りができていたものだと思う。
「じゃあ、婚約してくれるんだね?」
「えっ、う……うん」
戸惑いながらもそう返事をすると、フィルは笑みを深めた。
「本当に?」
「うん」
「抱きしめてもいい?」
「う……う?」
流れるように質問されて、思わず「うん」と言いそうになったけれど、我に返って踏みとどまる。
さっきあれほど問答したのに、まだ諦めていなかったらしい。
いや、さっきとは状況が違うけれど。
好きだと自覚したばかりなのに婚約するという展開は急すぎて戸惑ってしまうけれど、断るのもおかしいし……嬉しいから、それは、いいんだけれど。
でも、ただでさえそのせいで心臓がばくばくいっているのに、抱きしめられたりしたら私はどうなってしまうんだろうか。
おずおずとフィルを見上げると、すごく嬉しそうな、期待に満ちたキラキラした表情で私を見ている。
そんなフィルの様子を見ると、なんだか胸に愛しい気持ちが込み上げてきて、私もフィルにぎゅっと抱きつきたくなってきた。
私は自分から腕を広げて「うん」と返事をした。するとフィルの腕は、すぐにぎゅうっと私の体を包みこんできた。
「ナディア! やった! 嬉しい!」
フィルの腕の中は温かくて、胸がいっぱいになった。
やった、なんて子供みたいに喜ぶフィルが可愛くて、またさらにフィルのことを好きになってしまった気がした。
お読みくださりありがとうございます!
フィルの前世がわかるもうひとつのお話、「初代女王アイリス~精霊王と私とある少年の物語~」を読むと、今回のお話をまた違った印象で読んで頂けるかもしれません。
「精霊の国シリーズ」のリンクから飛べますので、よろしければそちらもご覧くださいませ。




