恋する王子、暴走中
三話前の続きです。
フィルに手を取られ唇を落とされて、ぐわっと一気に顔に熱が集まってきた。今私の顔は真っ赤になっているに違いない。
恥ずかしくて手をバッと引きたい気持ちをぐっと堪える。
そんなことをしてはダメなことくらいはもうわかっているのだ。
それに、貴族は手にキスするなんて挨拶のうちだと先生が言っていた。
意味は確か、『敬愛』だっけ?
フィルは、お兄さんを救う魔術をお手伝いした私にとても感謝してくれているってことはよくわかりました!
だから早く離してー!
私の手から唇を離してにっこりと微笑んだフィルは壮絶に蠱惑的だった。
……ああもう、やめてほしい。
人の気も知らないで、フィルはいつも私を惑わしてくるんだから。
こっちは心が動かないように、いつも必死なんだからね!
私が真っ赤になっておろおろと視線を彷徨わせている様子を見て、またフィルは面白そうに笑った。
「……ナディア」
私の名前を呼んで、フィルは私を真剣な目で見つめてきた。
何か言いたいことがあるみたい。
なんだろう?
というかこの体勢、いつまで続くの?
めちゃくちゃ恥ずかしいよー! もうこの手は離してもいいんじゃないかな!?
これのせいでいつまでもフィルの綺麗な顔がすごく近くになってるんだもん!
「……え、と、その」
フィルが真剣な目で見つめてきたのも束の間、フィルは次第にその視線を彷徨わせ、私から目を逸らした。
「……?」
どうしたんだろう?
「ちょっと待って、こんなに緊張するものだとは思ってなかった。想像以上過ぎてやばい」
フィルは胸を押さえた。
顔がかなり赤くなっている。
そんなフィルを見て、私は逆に少し力が抜けた。
よく分からないけれど、フィルのこんな姿は意外すぎる!
「ふふ、フィルもそんなに緊張することがあるんだね」
「……ナディアは俺を何だと思ってるの?」
「え? うーん……」
フィルがジトリとした視線を私に向けてきたので、ちょっと真面目に考えてみた。
私、フィルのことどういう風に思っているのかな?
「ええとね、頼りになって、優しくて、いつも私のことを助けてくれる、格好良くて素敵な王子様だと思ってる、かな?」
「!!」
出会ったのも私が危ない時に助けてくれたのがきっかけで、たまに怖い笑顔の時もあるけどいつも優しく笑いかけてくれる。
メノウに屋根に連れていかれた時も焦った様子で迎えに来てくれたし、パン屋に変な人たちが押し掛けてきた時も、怖いと思う暇もないくらいすぐに私を心配して駆け付けてくれた。
孤児院にいられなくなった私に今の家族を紹介してくれた。
フィルはいつも私を心配して助けに来てくれるのだ。
フィルが片手で顔を覆い、がくりと項垂れた。
「……だから、可愛すぎるんだって……!」
「フィル?」
ごにょごにょと何か言っているようだけれど、全然聞こえない。
「ナディア、あのね。俺、小さい頃から、欲しいものってあんまりなかったんだ」
「……そうなの?」
フィルが視線を逸らしたままそんなことを言ってきた。
いきなり何の話だろうか。
「うん、でもね、最近、欲しくて欲しくて、どうしようもないものができたんだ」
「そ、そうなんだ」
次の言葉を言う時には、また真剣な目を私に向けていた。
私は首を傾げた。
フィルは何が言いたいんだろう?
……あ、そうか。
「私が何かお手伝いできるもの?」
「……うん。むしろ、ナディアにしかできないよ。ナディア、さっきは冗談ぽく言ったけど、その花を……パーティーで、いつもつけていて欲しいんだ」
私は、自分の膝の上にある、さっきフィルにもらった紫の花を見た。
……でも、これをつけてると、フィルの婚約者だと思われるって言ってなかった?
「でも、勘違いされちゃうんでしょう?」
「……ナディア、つまり、その」
今までになく言い辛そうにしているフィルを不思議に思いながら見上げる。
いつも余裕そうにしている表情が、今は迷いとか不安とか躊躇いでいっぱいに見える。
けれど、次の瞬間、覚悟を決めたように強い眼差しで私を見た。
「勘違いじゃなくて、本当にそうなって欲しいんだ。俺の婚約者に」
「……………………」
私はぽかんとしてしまって、しばらく言葉を口に出すことができなかった。
フィルの婚約者になって欲しいって、誰が?
ええと、フィルは今、私にこの紫の花をつけて欲しいって言ったんだよね?
……てことは、私が!?
「フィル、ちょっと待って、おおおお、落ち着いて! こ、婚約者って、それ、私に言うことで合ってる!?」
「……もちろん合ってるよ。ああもう、本当に可愛いな」
フィルはそう言って、また私の手にキスをした。
なぜか今度は手首辺りに。
ぎゃー!
待って、今のは絶対に『敬愛』のキスじゃなかったよ!
私は混乱して目がぐるぐる回ってきた。
「ふぃ、フィル、急にどうしたの!?」
「急にじゃない。ナディアはずっとからかってるって言ってたけど、俺はずっと本気で口説いてたつもりなんだけど」
え、え、えええええ!?
……いや、私ももしかして、とは思っていたんだけど!
だって、今もそうなんだけど、たまに、フィルの眼差しが。
私を見る目がキラキラしていて、なんていうか、す、すごく、好意が籠っているというか……いや、もうはっきり言うと、恋をしているようにしか見えないんだよ。
でも、そんなの信じられないよ。
だって、身分が釣り合わないでしょう?
もしフィルにそんな気持ちがあったとしても、フィルは王子なんだから、それを無視して相手を選んだりできないでしょう?
「あの、あの、フィル?」
「なに、ナディア」
あああ、フィルの目がキラキラしてる。
頬も何だか赤らんでいてまた色気が全開になっているし、フィルの仕草全てが甘く感じる。
やめてー!
私には刺激が強すぎるよ!
ドキドキしすぎて視線だけで殺されそうだよ!?
「あ、あのね、私は元々平民で、フィルは王子でしょ? 婚約者になるなんて、私じゃ無理だよ。フィルには、もっとふさわしい生まれのご令嬢が」
「俺は他のどんなご令嬢にも全く興味ない。ナディアは以前もそんなことを言っていたけど、今はれっきとした公爵令嬢だし、元々平民だとしても初代女王の生まれ変わりだっていうことと膨大な魔力量があることを差し引けば、俺の婚約者にふさわしくないなんてことは絶対ないよ?」
当然というように断言するフィルに戸惑いしか出てこない。
「そ、そんなことないよ、周囲の人はきっと反対するでしょう?」
「……ナディア、俺がしばらくナディアに会えないほど忙しくしてたのは、どうしてだと思う?」
急にフィルの目がキラリと剣呑な光を帯びた。
……え? どうしたの?




