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君と交わす未来の約束(sideアレクサンダー)


「ではアレクサンダー、頑張れよ」

「ふふ、そうね、頑張って」


 両親の言葉に、私は首を傾げた。


「頑張る、とは、リハビリのことでしょうか?」


 先ほど医師長が言っていたことを思い出してそう言ったが、どこか面白そうに言う二人を見ているとそれは違うだろうと思われる。


「何を言っている。病が治ったら、アデライドに一番に言うことがあるのだろう?」

「!」


 父上にそう言われて、私は思わず顔が赤くなるのを感じた。

 そういえば、みんなの前にも関わらず自分はそう宣言したのだ。


 病が治った今、それをする時なのだと言われてそばにいるアディを嫌でも意識してしまう。

 今はまともに彼女の方を向くこともできない。


「私も自分の言ったことを守らねばな。すぐにお前の立太子に向けて動くとしよう」

「アデライド、また後でね」

「ちょっ……!」


 そう言ってさっさと二人きりにされてしまった。侍女の一人も残さないとは、どういうことなんだ!? かろうじて扉は少し開けてあるが、アディとはまだ正式に婚約したわけでもないというのに!


「……」


 私はしばらく彼女の顔を見ることもできなかった。

 アディの方からも、緊張したような、気恥ずかしいような空気を感じる。


「ええと……とりあえず、ここに座る?」

「は、はい」


 私が自分の隣を示すと、アディは緊張した様子ながらも素直にそこに腰を下ろした。


 ……しまった。自分が今いるのはベッドなのだ。いくら何でも隣に誘導するのはまずかったかもしれない。

 しかし今から椅子に移動するように言うのも意識していますと言うようなものなので、私は大人しく口をつぐんだ。


「…………」

「…………」


 無言の時が過ぎる。


 お互いに顔を見てはいないけれど、どこか穏やかで落ち着く時間だと感じる。


 幼い頃に一目惚れをして、彼女の努力している姿にさらに想いを募らせ、それが叶った時には夢のようだと思った。


 いつも自分を応援してくれて、病弱な自分のために癒術を磨く道を選んでくれた。


 彼女は美しく優しく、自分を愛してくれる最愛の人だ。

 彼女以外の女性など考えられない。


 ……一度は彼女の手を自分から離した。

 自分には未来がなく、どうせ手を離さなければならないのなら、彼女には王太子妃となって幸せになってほしい。


 見捨てないでくれと醜くすがる姿ではなく、幸せを願ってくれた男として自分を覚えておいて欲しかった。


 けれど、それが逆に彼女に絶望を与えてしまうほどに、彼女は自分を愛してくれていたのだ。


 アディと出会えた私は、本当に幸せ者だと思う。

 病が治り、未来を得た今、これからは何を憂うことなく彼女に想いを伝えることができる。


 私はそばにあるアディの手に手を伸ばし、そっと触れた。


 アディがそれを握り返してくれたことで気持ちが落ち着き、ようやく彼女と目を合わせることができた。


 ……私の本当の気持ちを、きちんと伝えなければ。


「……アディ、本当にありがとう。君が癒術に長けていたから魔術は成功したのだと、ナディア嬢は言っていた。私の病が治ったのは、君が私のために聖女と呼ばれるほどにあちこち動きまわって、癒術を磨こうと頑張ってくれていたからだ」


 私がそう言うと、アディはほわりと笑った。


「わたくしはわたくしのやりたいようにしていただけなのです。聖女だなんて過分な表現をされて、恐縮するばかりだったのですよ」


 クスクスとアディは笑った。


 なんて可愛いんだ。彼女は外見だけでなく、心まで美しい。

 今まで彼女が私を想って行動してくれた分、私も彼女にできるだけのことをしてやりたい。


 当然、彼女が先ほど言っていたことは全てやる。


「今まで、私のためにたくさん我慢をさせたよね。リハビリをして体を自由に動かせるようになったら、さっき言っていたことを全てやろう。観劇も、遠乗りも、ダンスも、夜の庭園も」


 アディは嬉しそうに微笑みながら、こくりと頷いた。


「…………」


 ……そして、ずっと共にいるという約束も。


 愛しい彼女の頬に触れ、彼女に想いを伝えた。


「……アディ、愛しているよ。どうか、私と結婚してください」


 そう言うと、みるみる内に触れているアディの頬に熱が集まり、その目には涙が溢れてきた。


「……アレク様……っ」


 言葉につまり、ぽろぽろと涙を流すアディにさらに愛しさが募る。

 私は思わずアディを腕の中に閉じ込めた。

 あの時の気持ちを伝えなければならない。


「アディ、あの時は、君に格好悪いところを見せたくなくて、気にするなと笑って君をフィルのところへ送り出したんだ。でも、本当は心が引き裂かれるほど辛かった。自分が長く生きられないことよりも、君が他の誰かのものになってしまうと思ったら、頭がおかしくなりそうだった」

「……っ」


 腕の中のアディが、小さく肩を震わせた。


「私が君を幸せにすることができないのなら、せめて、王太子となる弟に任せようと思ったけれど……それでも嫌だった。こんな自分勝手な男だと思われたくなくて、必死で君に嘘をついたんだ」

「……そんなこと、思うわけがありません」


 ぎゅ、と、アディは私のことを抱きしめ返してくれた。


「……そうだね。君は私のその言葉に絶望して呪いを受け入れてしまった。フィルにそれを指摘されて、ようやく私は、君も私と同じくらい私のことを想ってくれていたのだと理解できたんだ」

「……気づくのが遅いです、アレク様。わたくし、幼い頃からあなたのことしか見えていないのですよ。たとえ貴族の義務だと言われても、フィルハイドと結婚する運命を受け入れられないほどに」


 少し体を離してお互いを見つめあった。


「……将来の王妃になる者としては、ふさわしくない考えだとわかっています。王妃となる者は国のことを一番に考えなくてはならないのに、わたくしは王太子がアレク様でないならば、王太子妃になどなりたくないと思い、呪いを受け入れてしまったのですもの。……アレク様はこれから立太子なさいます。そのお相手が、こんな弱いわたくしでも、いいのですか……?」


 アデライドの目が不安に揺れる。

 彼女はずっとそのことを気にしていたのか?

 王太子妃にふさわしいと思っていたのに、幻滅されてしまったのではないかと。


 ……そんなはずはないのに。


「……アディ、もうひとつ、言っていなかったことがあるんだ」

「……?」


 私の言葉に、アディは不安そうに首を傾げた。

 言わないでおこうかとも思っていたが、言わなければならないようだ。


「君が私の言葉で呪いを受け入れてしまうほど、私を想ってくれているのだと知って……私は嬉しかったんだ。君を苦しめたのは自分だというのに、私は卑しくも喜んだ。そんな身勝手な私でも、君は受け入れてくれるだろうか」


 少し不安に思いながら彼女を見つめると、アディは驚いたように目を見開き、嬉しそうに顔をほころばせた。


「まあ、わたくしたち、お互いに不安に思っていたのですね」

「……そのようだね」


 彼女はむしろ嬉しそうに微笑んでくれた。

 私たちは、自然に手を取り合った。


「二人ともまだまだ成長しなければならないようですが、アレク様と一緒ならば、わたくし、いくらでも頑張ることができます」

「私も、アディが一緒にいてくれるなら何だってできる気がするよ」


 私はアディを見つめながら、先ほどの答えを促した。


「それで、アディ。返事をもらえる?」

「……わたくしも、アレク様を愛しています。喜んで、お受け致します……」


 アディが目に涙を浮かべながら微笑んでくれて、私は喜びで胸が熱くなった。

 彼女が愛しくて仕方がない。


「アディ……」


 ゆっくりと顔を近づけると、彼女は目を閉じた。

 柔らかい感触が唇に伝わる。


 私たちの間には、もはや何の憂いもない。

 過去私たちを襲った絶望など今は影も形もなく消え去った。

 希望に溢れた未来だけが、その先に待っていることを感じることができた。

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