少し前、別室にて(side国王)
読んでくださりありがとうございます!
ここから二話、別人物視点のお話が続きます。
私はフェリアエーデンの第十四代国王、アルグレアム・フェリアエーデンだ。
私はつい先ほど、奇跡を目の当たりにした。
「……信じられない。一体何があったのですか? どこにも悪いところはありません。すっかり治っておられます」
息子を診察した宮廷医師長の言葉が、それを証明している。
アレクサンダーはまだ足にあまり力が入らないようでベッドに腰掛けながら診察を受けていたが、その結果を聞いてほっと息を吐いていた。
周囲にいて医師長の診断を待っていた私と王妃、アデライドも、安心して顔を見合せ、お互いに笑顔を見せた。
アレクサンダーは自分でも体がすっかり良くなっていると感じてはいるようだったが、医師長に完治していると診断されてしっかりと確信が持てたことで、安堵したように笑みをこぼしている。
本当に信じられない。
生まれつき体が弱く、先天性の病であることが判明し、幼い頃からずっとアレクサンダーは病に苦しめられてきた。
私たちがどれだけ願おうと、どれだけ手を尽くそうと回復の兆しすらなく、王太子とすることどころかもはやその命すら諦めかけていた。
その病が、息子の体からすっかりなくなったというのだから、本当に奇跡としか言いようがない。
「……アデライドと、みんなのおかげで奇跡が起きたんだよ」
「なんと、そのようなことが……いえ、殿下がそうおっしゃるのならばそうなのでしょう。深くは聞きますまい」
思慮深い医師長はそう言って穏やかな顔で首を振った。
「医師長、今まで長年苦労をかけた、ありがとう」
「殿下……」
初老の医師長は、ぎゅっと目頭を押さえた。
彼にはアレクサンダーが幼少の頃から世話になっている。彼の感慨もひとしおだろう。
「本当にようございました。宮廷医師長という役職にありながら、殿下をお救いすることも叶わずふがいない自分を嘆くばかりでしたが、殿下はご自分で奇跡を勝ち取られたのですね。最近はあまり歩くこともできなくなっておられたので少しリハビリは必要ですが、我慢強い殿下ならば心配はいらないでしょう。いや、本当によかった……」
そう言って、これからのリハビリの方法や期間、全快までのスケジュールを確認していった。
魔術では筋肉量の増加や回復は見込めないのだ。
予定を確認し終えると、医師長は晴れ晴れとした顔で部屋を去っていった。
それを見送って、アレクサンダーはふうと息を吐いた。
「……ナディア嬢のこと、本当に言わなくてよかったのだろうか」
我々はナディア嬢をアレクサンダーの病を治した命の恩人だと、感謝していると公の場で伝えて全国民に広く知らしめ、相応の褒美を与えたいと考えていたが、医師長が来る前にフィルから話があったのだ。
このことを公表するかについては彼女にも聞いてみるが、結論が出るまではとりあえず誰にも言わないように、と念を押してさっさとナディア嬢の元へ行ってしまった。
完治したと思われる兄よりも彼女の方が大事らしい。
フィルハイドにもそれほど大切に思う相手が現れてくれたことは喜ばしいが、思わず苦笑してしまった。
ナディア嬢が第一王子の病を治したと公表することは彼女の功績を知らしめ名誉を高めることではあるが、確かにそうすることによって起こる弊害もある。
彼女は奇跡を起こした。
あと一月ほどで失われるはずだった、一人の人間の命を救ったのだ。
余命については公表していなかったが、病状が思わしくないことは多少なりとも知られていた。回復の見込みが薄いことも。
当然そんな状態にある患者を救える力が彼女にあると知られれば、「自分のことも助けてほしい」と言う者がたくさん現れるだろう。
だが、彼女とて無限に病人を救えるわけではない。
奇跡の代償はあるのだ。
アレクサンダーの病を治す魔術には大量の魔力が必要だったようで、彼女はとても辛そうにしていた。
魔力回復薬を飲んでいたが効きが悪いようで、今は別室で診察を受けている。
洗礼式では精霊殿を包むほどの強大な魔力を見せたと聞いた。
それほどの魔力を持つ彼女を以てして、あのような状態になるのだ。
とてもじゃないが全ての人を救うなどということはできないだろう。
そうなれば、下手をすると彼女に良くない思いを抱く者も現れるかもしれない。
王族は助けても自分のことは助けてくれないのか、などと言われ、彼女が傷つくことになるかもしれないのだ。
「……彼女がどう決断するかによるが、おそらく公表はして欲しくないと言うだろうな。アデライドを救ったことに関しても、あのように言っていたのだ。英雄になりたいなどとは思っていないだろう」
私は静かにそう言った。
彼女は先ほどアデライドと初めて対面しお礼を言われた時、自分は大したことはしていない、解決したのはアデライドの人徳の賜物だと言っていた。
確かに功績を主張するタイプではないのだろう。
「しかし何もしないという訳にはいきません。私の予算から非公式に報酬を渡しましょう。金銭ですと彼女は受け取ってくれないことも考えられますから、何か別のものがいいでしょうか。何が喜ぶか、フィルに聞くのがいいかな。いや叔母上か?」
うーん、と考え出したアレクサンダーを見て、私は王妃と顔を見合せ苦笑した。
この子がこんなに饒舌に話すのを見るのも久しぶりだ、と思うと、安堵の気持ちが広がっていく。
最近は元気な時がほぼなくなり、声を出すのも辛そうにしていたのだから。
そう思うと、息子の病が治ったのだと、実感が湧いてきた。
幼い頃から病気に苦しんできた我が子が、余命一月だと言われていた我が子が、命を、人生を取り戻した。
ナディア嬢には、感謝してもしきれない恩ができた。
このことを公表できなくとも、非公式ではあるが今後王家は全面的に彼女を支援するという認識をフィルハイドと共有した。
彼女にはフィルハイドが伝えてくれるだろう。
フィルハイドから初代女王の生まれ変わりである魔法使いの少女が見つかったと聞かされた時は、驚きと共に少し不安に思いもした。
彼女の考えによっては多少国が荒れることにもなりかねないのだから。
しかし、フィルハイドはそんな心配はないと言い切った。
彼女は心優しく、権力欲などまるでない人間だからと。
将来は自分の婚約者として考えていると言われた時は正直仰天した。
何度茶会やパーティーに参加させても、どんな美しい令嬢にも興味を示さなかった息子がそれほどまでに入れ込むとは、と。
もしかしたら女性に興味を持たない体質なのではと心配もしていたが、杞憂だったようで何よりだと安堵したものだ。
今は公爵家の養女になってはいるが、元平民だということは周知の事実だ。
それを理由に王子の婚約者とすることを反対する者もいるだろう。
……フィルハイドは最初から、初代女王の生まれ変わりなのだから平民でも関係ない、と思っていたようだが。
私はクスリと笑みをこぼし、アデライドに視線を向ける。
アデライドは素晴らしい令嬢だが、アレクサンダーを想うあまり、フィルハイドを王太子とした場合には、王太子妃とすることは難しいようだった。
彼女が目標に向かってひたすら努力するのも、周囲に慈愛を振り撒くのも、強い心を持ち続けているのも、全てはアレクサンダーがいてこそだったのだ。
無理にフィルハイドと婚約させたところで、彼女は王太子妃としての役目を果たしていけるかどうかは疑問だった。
それゆえ、アデライドはフィルハイドの相手としては望ましくない。
となれば、当然フィルハイドには別の相手を探さなければならない。
王太子となる者がいつまでも独り身でいるわけにはいかないのだから。
初代女王の生まれ変わりの魔法使いであるナディア嬢なら、公爵令嬢となった今は王太子となるフィルハイドの相手としても申し分ない。
良からぬことを考える輩に利用されては面倒なことにもなるので、フィルハイドが彼女に婚約を申し出ることを許可しただけであったのだが。
こうなった今となっては、何としてもフィルハイドには彼女の心を手に入れて欲しいものだ。
是非彼女を義娘として迎えたい。
アレクサンダーとアデライドを穏やかな表情で見ている王妃の嬉しそうな様子からも、彼女が私と同じ考えであることは見てとれる。
まだナディア嬢の了承はとれていないが、近々きちんと伝えるつもりだと言っていた。
先ほどは少し緊張していたようだったから、おそらく今日これから伝えるつもりなのだろう、と予想している。
フィルハイドは上手くやれるだろうか。
先ほど彼女に思い切り「友人」だと言われていたフィルハイドのことを思い出して、私は思わず苦い笑みをこぼした。
実は国王様、お養母様を通じて魔法でアレクサンダーの病を治せないかそれとなくナディアに探りを入れてもらっていました。けれど、返ってきたのは魔法で病気は治せないとの答えでした。
余命の少ない我が子に会える機会を逃すまいとナディアのお見舞いについていったのですが、行ってよかったと心から思っています。




