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功績

フィルにそう言われて、私は首を傾げた。

確かに病気を治す魔術のお手伝いはしたけれど、それで命の恩人だなんて大げさだ。


「……言っていなかったけど、本当は医師たちには、兄上は余命一ヶ月だと言われていたんだ。ナディアがいなければ、兄上に残された時間はもうごくわずかだったんだよ」


え……。


フィルが言ったことを、私はすぐに理解できなかった。


……余命一ヶ月?


あのまま何もしなかったら、アレクサンダー様は亡くなってたかもしれないってこと?


……いや、かもしれない、じゃなくて、そうなっていた確率が高いってことだよね。


じゃあ、もしあの時、私がきちんと癒しの魔術を使えるようになるまではと思って何もしなかったら、もしかしたらアレクサンダー様は……。


「ど、どうして言ってくれなかったの?」


そう言うと、フィルは仕方なさそうに微笑んだ。


「兄上が言わないでくれって言ったんだよ。ナディアと会えるのは最初で最後かもしれないから、悲しい顔では会いたくないって。公に言うことでもないしね」


……確かに、前もって教えられていたら、私はちゃんと笑って挨拶できたかどうかもわからない。


でも、それならあのおまじないは、みんなにとって辛いことをさせてしまったんじゃないだろうか。もう長くないと言われている人に、「もし治ったら」だなんて。


「あの、フィル、私知らなかったとはいえ、あんなおまじないなんてさせて、みんなに逆に悲しい思いをさせてしまったんじゃないかな」


治ったからよかったものの、もし魔術が上手くいっていなかったら、とても残酷なことをさせてしまったような気がする。


心配で思わずそう聞くと、フィルは少し驚いたような顔をして、ふっと笑った。


「そんなことないよ。みんな、あのおまじないのおかげで、兄上に言いたいけれど言えなかったことが言えたんだ。ありがとう。ナディアは本当に凄いね。あのおまじないのおかげで、きっとすぐに兄上は王太子になるよ。父上があの時そう言ったからね」


フィルはそう言ってくすくすと笑った。


た、確かに「治ったら王太子にしたいと思っている」って言っていたね。

おまじないで言うにしては、みんなもそうだったけれど、話が大きいなとは思っていたのだ。まさか、余命一ヶ月だと言われているなんて思わなかったから。知っていたら、あんなおまじないは提案しなかったよ……。


「ナディア、君は兄上を、つまり次期国王の命を救ったんだ。何か望むものはある? できる限り叶えると約束するよ」


考えてもいなかったようなことを言われて、私は驚いて動けなくなった。私はただ、フィルのお兄さんが病気で苦しんでいたからなんとか治せないかと思っただけだ。


「フィル、私、フィルが今の家族を紹介してくれたから、何も足りないものなんてないよ。えっと、次期国王とかじゃなくて、私に良くしてくれたフィルのお兄さんだから、なんとか治したいって思ったんだよ。だから、治ったのはフィルのおかげだね!」


少し冗談ぽく言ってみると、フィルがなぜか眉を寄せてぐっと目を閉じた。


「……なんでそんなに可愛いの……」

「えっ!?」


き、聞き間違いだろうか。


「ねえナディア」

「う、うん?」


少しびくっとしてしまった。


「抱きしめてもいい?」


フィルが真顔でそんなことを言ってきたので、私は今度こそ動けなくなった。


「ナディア?」

「え、な、なんで?」


今の話の流れでどうしてそんなことを言い出すのか全くわからない。

何かヒントはなかったかと、意味もなくキョロキョロと周囲を確認する。


え? 私、今度は何か聞き逃した?


「ナディアが嫌ならそう言っていいよ。……嫌?」


うっ! ひ、久しぶりにフィルのこの攻撃がきました。少し悲しそうな顔で上目遣いにそんなことを言わないで! 目がなんだか妖しいんだってば! フィルの色気大魔人ー!!


「う、い、嫌、なわけじゃ……」

「じゃあ、いい?」


あれ? 本当にどうしてこうなったんだっけ!? というか、そういう風に聞かれると嫌とは答えづらいよ。でも、じゃあいいのかというと、私の心臓的にあんまり良くない。すでにばくばくと激しく胸を打っているのに、今本当にされたら爆発してしまうかもしれない。そうだ、メノウとか、孤児院の小さい子たちだと思えば……いや無理。やっぱり無理!


「だ、ダメ」


私がそう答えると、フィルはショックを受けたように固まった。


「……嫌じゃないのに、ダメなの?」


……食い下がられた!


「だ、だって、そんなことされたら、ドキドキしすぎて困るから、ダメ!」

「……」


あ、あれ? ちょっと待って、私今、焦り過ぎてすごく恥ずかしいことを口走った気がする。


フィルは口元に手を当てて顔を逸らした。耳が真っ赤だし、逆の手はぐっと何かに堪えるように力を込めている。


「……わかった。今は、我慢する……」


今はってなに!!


そう思ったけれど、これ以上この問題について問答する心の体力はもはや私には残っていない。とりあえず今はしないと言っているのだから、それで良しとしよう、うん。


「え、えっと、そういえば、回復薬って高価なの? フィルにもらったものもそうなら、代金とか払うけど」

「……何かくれるって言うんなら、抱きしめさせて欲しいけど」


話が戻ってしまった!


じとっとフィルが未練たっぷりな目で私を見てくる。

……今は我慢するって言ったくせに!


「フィ、フィル……」


もう私の心臓は限界です。勘弁してください。

私の表情からそれを察してくれたのか、フィルが仕方なさそうに笑った。


「ごめんごめん。回復薬の代金なんてとるわけないでしょ? むしろナディアには莫大な褒賞が与えられてしかるべきなのに」


フィルの雰囲気が戻ったのがわかって、私はホッと息を吐いた。


「あの、でも、出来ればそのことは内緒にしてもらえないかな、と思ってるんだけど」


そう言うと、フィルは少し驚いたように私を見た。


「あんまり考えてなかったけど、フィルが言ったように私が未来の国王を救ったなんて話が広まっちゃうと、あんまり良くないんじゃないかな、と思って。アレクサンダー様は私に恩があるとか他の人に思われても嫌だし」


そう言うと、フィルは苦笑した。


「……いいの? 実際その通りだし、この話が広まれば君は一躍フェリアエーデンの英雄だよ?」


ぎゃー! やっぱり!?


「い、いいよ! むしろもうこれ以上目立ちたくないもん!」


望んでもないのに初代女王の生まれ変わりなんて注目されて、洗礼式でも思いがけず派手にやらかして注目を浴びてしまったのに、今度は危うく英雄に祭り上げられるところだったよ。


そんなことになったらきっと普通に生活できなくなる気がする。孤児院に行ってみんなに会うこともさらに難しくなると思う。


私は出来るだけ目立たずに、魔術学園では普通の生徒として、たくさんじゃなくてもいいから仲のいい友達を作って平穏に過ごしたいのだ。


……まだギリギリ大丈夫だよね?


私がぶんぶんと首を振って拒否すると、フィルは安心したように息を吐いた。


「……本当は、それをどうやって伝えようかって思ってたんだ。俺たちが感謝しているのは本当だし、ナディアがしてくれたことを大勢の人に知ってもらって、ちゃんと評価してもらいたいけど……それに付随する弊害もあるし、ナディアはそれを望まないんじゃないかと思って……」


弊害?

フィルはこのことを公表するかどうか聞きたくて、わざわざ私を引き留めたってこと?


私が驚いてフィルを見つめると、フィルはクスッと笑って、またあの愛しいものを見るような笑顔を私に向け、スッと私の手を取った。


「弊害による不都合関係なく、やっぱりナディアはそう思うんだね。公表はしないよう取り計らうけど、ナディアがしてくれたことを俺たちは忘れないよ。さっき父上たちとも話したんだ。フェリアエーデン王家は、ナディアが困ったら何をおいても助けるし、ナディアの敵は俺たちの敵だ。全力で排除する。……だから、何かあったら、俺を頼ってね」


そう言って妖しく微笑み、私の手に唇を落とした。



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