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治療の魔術


 ……もしかして、魔法じゃ治せなくても、魔術なら治せる、の?


 いやいや、宮廷医師たちにも治せなくて、癒しの魔術の適性があるアデライド様でも完全に治すことはできないのだ。いきなり私が同じように魔術を使ったって、治せるわけがないよね。


 それに、私はまだ魔術を覚えてたった三日だ。使ったこともない魔術をいきなり殿下にかけるなんてまずいと思う。

 まず、私には魔術で人を癒すというイメージができない。

 イメージができないと、浄化魔術がお屋敷中に暴走した時みたいになってしまうかもしれない。


 魔術が暴走して、健康な人にまで癒しの魔術をかけるとどうなってしまうかもわからないし、お城で魔術を暴走なんてさせてしまったらあの時以上にまずいことになってしまう。


 ……でも、少しだけれど、魔法でも症状を抑えることはできるのだ。完全に治せないのは、精霊たちの持つエネルギーが足りなかったからだとしたら。


『必要になったら、試してみるといい』


 メノウが言っていたことが再び思い出される。

 どういう意味かと聞いた時、メノウは屋敷中を浄化したことを例に挙げていたけれど、よく考えるとそれはこれから必要になることではなかった。


 ……メノウは、もしかしてこのことを言っていたの?


 メノウはアデライド様の事情を知っていたり、コンスタンス侯爵令嬢がフィルに会いにお城に行っていることまで知っていた。どうやっているのかはわからないけれど、お城での情報には詳しいんだろう。きっとアレクサンダー様の体がかなり悪いことも知っていたんじゃないかな。


 それで、私がアレクサンダー様の病気を治したいと思うだろうと考えたのかもしれない。


「…………」


 考えに耽っていると、アレクサンダー様がゆっくりとこちらに顔を向けた。


「ありがとう、ナディア嬢。とても良く効くおまじないだった。君はとても素敵なご令嬢だね」


 そう言ったアレクサンダー様は笑顔だったけれど、どこか切なげだ。

 みんなの言葉は嬉しかっただろうけれど、本当はそれを全て叶えたいけれど、病状は悪くなっていて、それはなかなか難しいんだもんね。


 私が魔術で治すことができるのかはわからないけれど、それをやるにしても、ちゃんと練習が必要だ。

 今、試すみたいにやってみるのは危険だと思う。


 ……でも、実はもう一つ、試してみたいことというか、気になったことがあるんだよね。


 これなら暴走することはないだろうし、やってみてもいいかな?


「良く効いたのは、殿下が皆様にとても愛されているからですね。初対面のわたくしがやるよりも、確実に効果があったと思います。ですから、わたくしからはおまじないよりも、もう一つ別の提案をさせてくださいませ」


 にこっと笑ってそう言うと、今度は何だろうとみんなの視線が集まった。


 ……えっと、そんな大したことじゃないんだけどね。


「アデライド様」

「はいっ?」


 声をかけると、少し目を赤くした彼女が驚いたように返事をした。


「あの、お恥ずかしい限りなのですけれど、わたくし、まだ魔術は勉強を始めたばかりなのです。ですのでお伺いしたいのですけれど、先ほど癒しの魔術をかけられた時、《癒しを(レイルーア)》と呪文を唱えられましたよね?」


 そう聞くと、アデライド様はきょとんとした顔をして、「はい」と答えた。


「《病よ治れ(ウィアリィルーア)》とか……そうですね、《完治せよ(グラディルーア)》などの呪文はないのでしょうか?」


 病気を治したいのに、精霊たちへのお願いが《癒しを》だけでは、状態の回復しかしないのではと思ったのだ。

 もっとはっきり言ってみたら、完全に治ったりしないかな?


 そう言うと、アデライド様は目を見開いて驚いた。


「そ、そんな呪文は聞いたことがありません……けれど、呪文は膨大な数があり、その中で誰にも使えない『間違っている』とされている呪文も多くあります。それらは語り継がれることはなくなっていっているらしく、もしかしたら、その中の一つなのかもしれません……」


 『間違っている』?


 そんな呪文が、どうしてたくさん残っているんだろう?


 まあそれは良いとして、この呪文(ことば)を試してみたことがないのなら、癒しの魔術を使うことに慣れたアデライド様にやってみてほしいのだ。


「では、試しにやってみませんか? アデライド様ならば、できるかもしれません」

「……はい。やってみます。もう一度、呪文を教えていただけますか?」


 アデライド様が呪文の発音を覚えようと真剣な顔をして私に聞いてくる。

 ……自分でも精霊語を話す時はほぼ無意識だから、教えると言っても同じことを何回も言うだけしかできないけれど。


「はい、それで大丈夫です」

「ありがとうございます! ……では、やってみますね」


 しばらくして、うまく呪文を発音できるようになったアデライド様が、事前呪文を唱え始めた。

 ぽうっと、胸の辺りに光が灯ると、精霊たちが集まってきたのがわかる。


「アディ……」


 アレクサンダー様が、まさかという顔でアデライド様を見つめる。

 アデライド様はアレクサンダー様の手を取って、緊張したように見つめ返し、深く息を吸って呪文を唱えた。


完治せよ(グラディルーア)


 そう唱えるけれど、精霊たちは困ったような動きで周囲をふよふよと漂うだけで、魔術は発動せずに光はアデライド様の胸へと収まっていった。


「…………」


 アレクサンダー様は、やっぱり、というように悲しげに微笑んだ。


「……わたくしには、無理のよう、ですね……」


 少し震えた声で、アデライド様が悲しそうに呟く。

 周囲に漂っていた、期待と不安の入り交じった空気が落胆したものへ変わった。


 ……うーん、やっぱりダメなのかな……。


《みんな、アレクサンダー様の病気を治すのは無理なの?》


 アデライド様の周りに集まった精霊に聞いてみる。


《無理ー》

《病気が強いのー》

《魔力足りない》


 魔力が足りない?

 アデライド様の魔力が足りないからできないってこと?


《じゃあ、代わりに私の魔力を使って、アデライド様の願いを叶えてあげることはできる?》


《できるー》

《でも病気、強いよ》

《たくさん魔力いるよ》


《いいの、お願い!》


 自分で魔術を使う自信はないので、アデライド様にやってもらっているのだ。魔力を渡すだけなら何でもない。

 精霊王によると百人分くらいはあるみたいだし、たくさん使っていいよ、と思いながらそう言った。


「っ!?」


 途端、強い光が私の胸から飛び出した。ぐわっとものすごい量の魔力が引き出されている感じがする。お屋敷全体を浄化した時よりも、もっともっと。


「ナディア!?」

「ナディア!」


 フィルとお養母様の焦ったような声が聞こえた。予想以上の量にちょっと冷や汗が流れたけれど、大丈夫、と笑顔を向けて、アデライド様の方を見た。


「アデライド様、わたくしもお手伝い致します。もう一度やってみましょう?」


 私にはこの大量の魔力をどう扱って癒しの魔術にすればいいのかイメージができない。魔術はアデライド様にかけてもらって、私は魔力だけ提供すればいいのだ。


 部屋にいる全員が呆然と私を見ているのを感じるけれど、だんだん体が辛くなってきた。ちょっと急いで欲しいかもしれない。


「アデライド」


 フィルが私の様子に気づいて急かすように呼び掛けると、アデライド様はハッと気を取り直して、再び事前呪文を唱え始めた。


 ……やっぱりこれ、もうちょっと短くなればいいのに。

 フィルに感謝しながら黙って呪文が終わるのを待った。


 再びアデライド様の胸にも光が灯り、準備が完了した。


 アデライド様が再びアレクサンダー様の手を取る。


「…………」


 アレクサンダー様は呆然と、自分の手を握るアデライド様を見ている。


「……アレク様、どうか治ってください」


 彼を苦しそうに見つめるその表情から、それが心からの願いなのだと、痛いくらいに伝わってきた。


 アレクサンダー様がゆっくりと私の方に目を向けた。

 もしかしたら、という希望を抱きながらも、完全に治るなんてあり得ない、とも思っているような、そう信じることに抵抗があるような様子だ。


 これで治らなかったら、希望を抱いた分後で辛くなるもんね……。


「アレクサンダー様、大丈夫です。きっと治ります」


 精霊たちができると言ったのだから、できるはずだ。

 私はアレクサンダー様を安心させるために、できるだけ穏やかに笑ってみせた。


「気持ちが力になることを、アレクサンダー様は知っておられるでしょう? 大丈夫です、自分と、アデライド様を信じてください。みなさんとやりたいことを、全てやりましょう」


 アレクサンダー様は目を見開いて私を見たあと、ゆっくりと頷いた。

 先ほどよりも強い光が瞳に宿ったのがわかった。


「ナディア……」


 周囲のみんなから、期待と心配の目が向けられているのを感じる。

 でも今は、返事をする余裕はなかった。


 ……魔力が減って辛いのなんて平気だから、どうか病を治してあげて、と私も心の中で精霊たちに願った。


完治せよ(グラディルーア)


 アデライド様がそう唱えると、ぶわりと私の体から溢れていた魔力が吸いとられていった。それでも足りないのか、魔力はさらに引き出され続ける。


「う……」


 めまいがして、ぐらりと体が傾いた。


「ナディア!」


 フィルが私の体を支えてくれた。私は少し安心して、フィルに体を預けた。


 キラキラしたいくつもの金色の輝きがアレクサンダー様の周囲を取り囲んだ。

 その輝きがアレクサンダー様の体に、一つ、また一つと吸い込まれていく。


 最後の小さな輝きがアレクサンダー様へと消えた時、やっと魔力の流出が止まった。


 私は意識を保つのがやっとの状態だ。結構限界ギリギリまで魔力を使ってしまったみたい。


 ……仮装パーティーでフィルが言ってた魔力の欠乏状態って、こんなに辛いんだね。体に力が入らないし、頭がぐわんぐわんと痛いし胸も苦しい。このまま倒れてしまいたい。


 けれど、私が倒れてしまったらアレクサンダー様やアデライド様が気にしてしまうだろうと思って、ぐっと踏ん張った。フィルが支えてくれているのに頼ってはいるけれど。


「アレク様、顔色が……」


 アデライド様が涙を流してアレクサンダー様の頬に触れた。


 アレクサンダー様の顔色は、最初に見た時よりもだいぶ良くなっていた。というか、もはや健康な人となんら変わらないように見える。


 ……成功、した?


「……霞んでいた視界が、はっきり見える。体が、軽い。苦しくない……」


 呆然とした表情のアレクサンダー様の目から、ぽろりと涙が零れた。


「アレクサンダー……!」

「アレクサンダー!」


 陛下と王妃様が殿下に駆け寄る。涙を浮かべた王妃様がアレクサンダー様を抱きしめた。


「ナディア、君はなんて……」


 私を支えてくれているフィルを見上げると、私を見つめるフィルの目からも一筋、涙が零れていた。


 フィルの涙なんて初めて見たなぁ。


 私は力が入らない状態だったけれど、ふふっと笑って「よかったね」と言った。


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