病の王子
「やあ、初めまして、グレイスフェル嬢。こんな格好ですまないね」
ドアをくぐると、ベッドの中でクッションに体を預けている金髪の男性が私を見ながら弱々しい笑顔でそう声をかけた。
陛下によく似た精悍で整った顔立ちをしているけれど、今は顔色があまり良くない。
……いや、良くないというか、もはや真っ白と言っていい顔色をしている。
……この人が、第一王子殿下。
「皆も、よく来てくださいました。お見舞いをありがたく思います」
そう言って、ここに集まった全員を見回した。
初めて会った第一王子は、不調な様子を見せまいと部屋へお見舞いに来た人たちを温かく迎えていたけれど、やっぱりすごく具合が悪そうだった。
ベッドから自力で起き上がれないみたいだし、声が少し掠れていて力もない。
「体調はどうだ、アレクサンダー」
陛下が心配そうに声をかけた。
「はい、話をする分には大丈夫そうです」
第一王子は笑顔でそう言ったけれど、その声はやっぱりどこか弱々しい。
第一王子のベッドのそばには、水色の長い髪をした絶世の美女が姿勢良く椅子に座っていた。
……この人がアデライド様、かな?
本当に綺麗な人だ。透き通った水色の髪はサラサラで、日焼けしていない肌は陶器のようでくすみ一つない。顔の配置が完璧すぎて、お人形なんじゃないかと思えるくらいだ。
彼女が私を見てにこりと微笑んだことで、みんなの視線がこちらへ向いた。
……あ、そっか。私、挨拶しに来たんだった。
「第一王子殿下、そしてスターリン様、お初にお目にかかります。グレイスフェル公爵が長女、ナディアと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」
挨拶会と同じようにカーテシーをした。
「私は第一王子のアレクサンダーだ、どうぞよろしく。君にどうしても直接会ってお礼を言いたくて、部屋に呼びつける形になってしまって申し訳ない。君のおかげでアデライドを失わずに済んだよ。本当に感謝している。ありがとう」
そう言って第一王子殿下は私ににこりと笑ったあと、アデライド様の手を取った。
「グレイスフェル様、お初にお目にかかります、アデライド・スターリンと申します。どうぞアデライドとお呼びになってくださいませ。この度は命を救っていただき、本当にありがとうございました。本来ならば回復してすぐこちらからご挨拶に向かわなければならないところ、挨拶会まではお忙しいと聞き、本日までお礼も言えなかったこと、お詫び致します」
アデライド様はとても美しい所作でカーテシーをした。
私とは比べるのもおこがましいくらい動き全てが洗練されていて、見ているだけでぽうっとしてしまいそう。貴族の令嬢はみんなこの人をお手本にすればいいと思う。
「ご配慮ありがとう存じます。どうぞわたくしのこともナディアとお呼びくださいませ。わたくしは自分にできることで少しお手伝いをしただけで、他にもたくさんの方が動いていたと聞いています。全てはアデライド様の人徳の賜物なのですから、どうぞお二人とも気になさらないでくださいませ」
そう言うと、アデライド様はふわりと微笑んだ。
「聞いていた通り、お優しい方なのですね。これからどうぞ仲良くしてくださいませ、ナディア様。また今度、一緒にお茶会をしましょうね」
藍色の目が輝いて、思わず見とれてしまうような笑顔だ。本当に、とても綺麗な人だと思う。
「はい、是非ご一緒させてくださいませ」
聖女様と一緒にお茶会だなんて、孤児院のみんなに話したらびっくりされそうだなぁ。
「あら、そのお茶会には、もちろんわたくしたちも呼んでくださるのでしょう?」
お養母様が楽しそうに王妃様と腕を組んで会話に入ってきた。
お、王妃様とお茶会ですか? というかお養母様、王妃様と仲が良いんですね。
「もちろんです。今度招待状をお出ししますね!」
「まあ、楽しみですこと」
おおう、アデライド様が笑顔でお返事をしたことによって王妃様とお養母様とアデライド様というものすごく豪華なメンバーとのお茶会開催が決定してしまった。
め、めちゃくちゃ緊張しそう……。
「ゲホッ、ゴホッ……う……」
アレクサンダー様が苦しそうに咳をした。
ヒューヒューという細い息の音が聞こえて苦しそうに胸を押さえていて、顔の色がさっきより悪くなっているような気がする。
「アレク様!」
「アレクサンダー!」
アデライド様と陛下と王妃様がアレクサンダー様に駆け寄った。フィルも一瞬動きかけたけれど、 その場を動かず心配そうに見つめている。
もしかしたら、私を放って行くのが躊躇われたのかもしれない。
《精霊たちよ》
アデライド様が事前呪文を唱え始めた。唱え終わると、アデライド様の体がぽわっと光り出した。
《癒しを》
アデライド様の魔術でアレクサンダー様の息が少しずつ整い、顔色も戻ってきた。まだまだ良いとは言えないけれど。
「……ありがとう、アディ。だいぶ楽になったよ」
アレクサンダー様はまだ少し辛そうだ。魔術で癒すことはできても、完全に治すことはできないみたい。
……やっぱり、魔術でも病気を治すのは難しいのかな。
「……殿下のご病気は、そんなに難しいの? 小さい頃からなんだよね?」
私はフィルを見上げて小さな声で聞いた。
第一王子は体が弱い、というのは私も昔から知っていた。ということは、アレクサンダー様は幼い頃から、ずっとこんな風に苦しんでいたということだ。
体が弱いと言っても、こんな状態なのだとは思っていなかった。どこか他人事だと思っていたからかもしれない。
けれど、こんな風に目の前で苦しそうにしている姿を見てしまったら、それが申し訳なく思えてくる。
「……うん。最近、また悪化してね。完全に治すことは出来なくても、アデライドのおかげで症状を和らげることはできるんだ。俺には癒しの魔術の適性があまりないようで、彼女には俺も感謝しているんだよ」
そうなんだ……でも、体調のせいで王になれないと判断されたからこそ、フィルが王太子になるって噂が流れたんだもんね。
でも、適性か……。そういえば、アゾート先生は魔術には適性があって、得意なものと不得意なものがあると言っていた。
……私はどっちだろう? アゾート先生は、金色は見たことがないって言っていたけれど。
私に癒しの魔術の適性があるかどうかはわからないけれど、望みは薄いのかもしれない。実は私も、病気を治してほしくて魔法を使ったことはあるのだ。
昔、孤児院で小さな子が高熱を出した時、《病気を治して》とお願いしたら、精霊たちは困った顔をして、その子にそっと触れてくれた。その子は少しだけ熱が下がったけれど、それ以上は良くならなくて、苦しそうなままだった。さっきのアデライド様よりも効果は薄かったと思う。
魔術で試したことはないけれど……魔術で病気を治すってどんなイメージでやればいいんだろう?
ただ元気になる姿を想像すればいいのかな?
やったこともなくて効果が不確かすぎる魔術を殿下にかけるわけにはいかない。それに、アデライド様が癒してくださったあとに私がやっても、大した意味はないだろうと思う。
……でも、病は気からって言うもんね!
ただのおまじないでも、もしかしたら少しは元気が出るかな?
「フィル、私、魔法で病気を治すことはできないけど、殿下におまじないをかけてもいいかな?」
孤児院でよくやっていたもので、あくまでおまじないだし、病気に効果があるというわけではないんだけど。これで孤児院のみんなは楽しく病気を乗り切っていたのだ。
「……おまじない?」
「そう、おまじない」
戸惑うフィルに、私はにっこりと笑顔を見せた。




