フィルとお話
「ナディア」
フィルが私のところへやって来て、声をかけてきた。
久しぶりに近くで見たフィルは王族の正装がやっぱりとてもよく似合っていて、立ち姿も歩き方も優雅で相変わらず美人で、本当に、どこから見ても王子様だ。私と友達であることが不思議な人だなと自分でも思う。
「フィ……で、殿下」
しまった。つい、本人を目の前にして気が緩んでしまった。まだ陛下や王妃様が周りにいるのに。
「フィルでいいよ。もうそんなに畏まらなくて大丈夫。父上もそう言ってたでしょう? ……ナディア、俺にエスコートさせてくれますか?」
そう言って腕を差し出してきた。
エスコート?
周囲を見ると、陛下は王妃様を、お養父様はお養母様をエスコートして部屋から出ようとしている。
あ、そっか。一応私は公爵令嬢だし、フィルは相手がいないから、私をエスコートしないといけないのか。
「ありがとう、フィル」
私は笑顔でお礼を言って、フィルの腕に手を添えた。
すると、フィルは「ぐっ……」と呻き声を出して顔を背けた。やっぱりどこか様子がおかしい。
「フィル、どうかした? フィルも体調がよくないの?」
「……ううん、俺の体調は全く問題ないけど、ナディアの無自覚っぷりはちょっと問題があるかなと思うよ」
えっ、どういう意味?
「行こう」と促されて歩き出す。
そして気づいた。
あれ? ……全員で行くんだな。
ぞろぞろとさっき部屋にいた全員が同じ方向へ向かって歩いている。陛下と王妃様、お養父様とお養母様、フィルと私が順に進んでいる周囲を護衛の人たちが囲み、さらに後ろから侍女やメイベルたちがついてきている。
……これ、かなり目立つ集団になってしまっているんじゃないだろうか。
ええと、誰か一人に案内してもらえれば、私一人でも行けるけどな。第一王子は体調が良くないんだし、あんまり大勢で押し掛けるのも良くないんじゃないかな? 長居をするつもりもないし、挨拶をしたらすぐ帰ろうと思っているんだけど。
……でも、みんなもお見舞いがしたいのかもしれないな。この流れで私が今さら一人で行きますなんて言えるわけもないし、大人しくこのままついていこう。
「ナディア、久しぶりだね」
そう声をかけられて、フィルを見上げた。
「うん、久しぶりだね。元気だった?」
「うーん、ものすごく忙しくてナディアに会いに行けなかったから、寂しくてあんまり元気じゃなかったかな」
「え……」
思いがけないことを言われて、私はとっさに何と言っていいのか分からず、固まってしまった。
「なんてね」
「!」
ま、またからかわれた!
笑顔でそんなことを言ってくるフィルに、私はできるだけ恨めしい顔を返した。
「もう!」
「でも、寂しかったのは本当だよ。ナディア、会えて嬉しい」
「!!」
極上の笑顔でフィルにそんなことを言われて、私の頬には一気に熱が集まってきた。
な、なにを言うんですかこの王子様は。本当に、あんまり勘違いするようなことは言わないでほしい。落ち着け、私! これは友達としてって意味だから!
というか、こんなに周囲に人がいるのに誤解されたらどうするのかと思って周囲を見回すと、それぞれの組で離れて歩いているからか、私たちが何を話しているのかは聞こえていないようだ。よかった。
だからといって、私をからかって良いというわけではないけれど!
「フィル……!」
「あと、ずっと言いたかったんだけど……今日のナディア、すごく綺麗。さっきは、思わず見とれてしばらく何も反応できなかった。髪型もドレスも、とてもよく似合ってるよ」
「!!!」
もうダメだ。間違いなく、今私の顔は真っ赤になっていると思う。本当に何を言っているんだ、この人は。自分の方が絶対綺麗なくせに!
「……フィル、あんまりからかわないで!」
「からかってないってば」
絶対嘘だ。すごく楽しそうにニコニコしてるくせに!
これは、少しお返ししないと気が済まない。
「……フィルの方が絶対かっこいいし、挨拶会でフィルを見て思わず笑顔になっちゃうくらい会えて嬉しかったし、私の方が寂しかったもん!」
ふん! と顔を背けながら言ってやった。フィルも少しでもこの恥ずかしさを味わうといい、と思ったのだけれど、途中から言ってる私の方が恥ずかしくなってきて、最後までとても顔を見ては言えなかったのだ。これでは逆にフィルにからかわれる要素になるだけで、全く効果がないと思う。でも、私にはもうこれが限界だった。
「……っ」
おかげで私はフィルがどんな反応をしていたのか見ることはできなかったけれど、掴んでいる腕にぐっと力が入ったので意外と少しは効果があったみたいだ。
「……あー、持って帰りたい」
「? 何を?」
フィルが突然意味のわからないことを言い出したので聞いてみたけれど、「なんでもない」と笑顔ではぐらかされてしまった。
……やっぱり貴族の言葉は難しいね。もっと勉強しないとなぁ。
ふう、と息を吐いて、再びフィルを見上げる。
フィルはまた、まるで愛しいものを見るような笑顔をこちらに向けてきて、私をむずむずさせてくる。
……こういう顔を向けてきたり、さっきみたいなことを言ってきたり、普通だったら自分のことを好きなんじゃないかと勘違いすると思う。私は元平民で、フィルの相手にはなりえないから違うはずだと私にはわかっているけれど。
……違う、よね?
「……ナディア」
「っ、はい?」
びっくりした。危うく変な声が出そうになったよ。
「呪いの件だけど、ナディアがいなかったらアデライドは今頃助かってはいなかったと思う。今さらだけど、改めて、ありがとう。ナディアのおかげで、兄上にも笑顔が戻ったんだよ」
私は驚いて目を瞬いた。
「フィル、私は精霊たちの言葉を伝えただけだし、動機だって報酬のためだったんだよ。フィルはアデライド様とお兄さんのために、色々調べたり、招待状を手に入れてきたり、私にダンスの先生を用意してくれたりしたでしょう? フィルやザックの方がよっぽど事件解決の功労者だよ」
私は動機も不純だし、たまたま精霊たちが教えてくれたからそれを伝えただけで、本当は報酬をもらうのも気が引けるくらいだ。誰も受け取ってくれないから、私が持っているけれど。
「それだけじゃないんだ。ナディアは、初めて会った時に言っただろう? アデライドが悲しんでいる原因を何とかすれば、呪いは解けるんじゃないかって」
「え、うん」
そういえば、確かに言った記憶がある。二人と初めて会った日、カフェでなんとなく言った言葉だ。
「それで思い当たることがあったから、俺は兄上に言ったんだ。『ちゃんと彼女に本当の気持ちを伝えろ。アデライドは自分の運命にではなく、本当は兄上の言葉に絶望したんじゃないのか』って」
……どういう意味?
「兄上は、病が原因で自分が王太子になれないと知って、俺との婚約を祝福すると彼女に言ったんだよ。彼女を愛しているくせに、彼女が未来の王妃にふさわしいのだと言って」
「……」
「俺はその話を聞いて、兄上は馬鹿だと思った。アデライドが望んでいたのは王太子妃になることではなく、兄上と共にあることだけだったのにって」
……そうだったんだ。
「それで兄上は、今にも力尽きそうに脈を弱くするアデライドに本当の気持ちを伝えたんだ。すると、もう駄目かと思っていた彼女はわずかに意識を回復させた。兄上の言葉が、彼女を死から引き戻したんだ。完全には回復しなかったけれど、一度持ち直したその時間がなければ、間に合わなかったと思う」
私はびっくりして何と言っていいかわからなかった。軽い思いつきで言った言葉が、そんな結果を生んでいたなんて。
そういえば、メノウが「あと少しというところでなぜか聖女が持ち直し始めた」って言っていたような。あれは、第一王子がアデライド様を引き留めたからだったんだね。
「アデライド様が目を覚ましてよかったね。フィルのお兄さんが王太子じゃなくても、アデライド様が王太子妃になれなくても、一緒にいられるならきっと二人は幸せになれるよね」
それだけ想い合っているなら、これから二人は幸せに生きていけるはずだと思って言ったのだけれど、フィルは少し控えめに微笑んだだけだった。
そんなことを話している内に到着したようで、前方を歩くお養父様たちの足が止まった。
目の前には豪華な扉があった。ここが重要な人物の部屋であるとわかる造りだ。第一王子の私室だろうな。
……挨拶のためとはいえ、私がこんなところに来ることになるとは、一ヶ月前なら考えられなかったね。
「ナディア」
「なに?」
扉が開けられるという時、またフィルが声をかけてきた。
「兄上は今、本当に体調が良くないんだ。だから、兄上の姿を見ても、あんまり驚かないであげてね」
私は目を見開いた。そんなに悪いのなら、どうして無理をして今挨拶に来たんだろう。
戸惑う私に、フィルは曖昧に笑うだけだった。




