挨拶会
しばらくすると案内の兵士さんがやって来たので、彼について謁見の間に向かう。
メイベルも一緒に向かうけれど、メイベルは扉の前で待つことになる。中に入るのは私一人だ。
兵士さんの後ろを歩きながら、天井が高いなー、なんて考える。
お城は外からしか見たことがなかったけれど、中に入ってもやっぱりとても広くて大きい。廊下はとても天井が高くて、こんなに広くてはお掃除が大変だろうな、なんてことを考えてしまう私は根っからの庶民ですね。
そんなことを考えながらもお嬢様らしく優雅さを忘れずに兵士さんの後をついていく。
なんだか案内の兵士さんがこちらを気にするようにちらちらと見てくるので、なんだろうと思いつつもにこりとお嬢様らしく微笑んでおく。
すると彼はなぜかびくっと肩をすくませてバッと前を向いた。その後彼が後ろにいる私の方を向くことはなかった。一体なんだったんだろうか。
そうして歩を進めていると、だんだんと大きくて立派な扉が見えてきた。
……あれが謁見の間かな。そばには二人の兵士さんがビシッと姿勢良く立っている。
「どうぞ、グレイスフェル公爵令嬢」
「ありがとう存じます」
案内の兵士さんはここまでらしい。彼はなぜかずっと頭を下げていて目を合わせることはできなかったけれど、私はメイベルに目線で「いってくるね」と合図して、一人で扉へ進む。
扉の前にいた二人の兵士さんが扉を開けてくれた。
私が扉から姿を現した途端、中にいた大勢の視線が私に集まった。
……想像してたより多いかも。
でも、私はあまり気にならなかった。なぜかというと、私の目は人の多さを認識してすぐに、久しぶりに見る友人の姿を捉えたからだ。
遠くの正面にいるフィルに不思議なほどまっすぐ視線が向かった。久しぶりに見たフィルはきっちりと正装していて、どこから見ても王子様だった。キラキラして眩しいくらい。
様になりすぎだよ、フィル。
私は姿を見られて嬉しいのと、フィルの格好が似合いすぎて少しおかしくて、思わず笑顔になった。
まっすぐに玉座へと進む。フィルのおかげで自然に笑顔になれたので、それを保っているよう意識しながら、優雅にゆっくりと。
左右から視線を感じるけれど、目線は国王陛下に、意識はフィルに向けながら進んだ。そうすると、不思議と落ち着いて前に進むことができた。また今も、フィルに助けてもらってるね。
キョロキョロするわけにはいかないからお養父様やお養母様の姿は確認できないけれど、この中のどこかで見守ってくれているんだろうな。
そして私が立ち止まると、どこかざわついていた周囲の音が止んだ。
「お初にお目にかかります。グレイスフェル公爵が長女、ナディアと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」
できるだけ優雅に見えるよう、カーテシーをしてみせた。あとは声がかかるのを待つだけだ。
「そなたがナディアか。顔を上げよ」
陛下の優しい声が聞こえて、顔を上げた。
歩いている時も思っていたけれど、精悍な国王様はフィルにはあまり似ていない。髪も銀じゃないんだな。明るい茶髪だ。
隣にいる王妃様は艶やかな金髪が似合う絶世の美女だから、フィルは王妃様似だね。
彼女はにこやかに微笑みながらこちらを見ている。
フィルの紫の目は陛下と同じだけれど、若干色合いが違う。陛下の方が少し青みが強くて深い色だ。
……あれ? 第一王子殿下がいない。この謁見は王族が全員出席するんじゃなかったっけ?
少し不思議に思いながら、フィルの方にも視線を向ける。なぜか少し驚いたように私を見ていたフィルと目が合って、嬉しくなって笑顔を向けた。
フィル、私、ちゃんと挨拶できたでしょ?
すると、フィルはバッと顔を背けた。
……あれ? どうしたの?
「……フィルハイドが世話になっているようだな」
陛下の声で視線を戻す。
「とんでもないことでございます。第二王子殿下にはわたくしの方こそ大変お世話になっておりまして、感謝の念に絶えません」
その言葉を聞いた陛下がフィルに視線を向けると、フィルはまだ顔を斜め下の方に背けていて、顔がよく見えない。
……なんだか顔が赤い? 体調が悪いのかな?
そんなフィルを面白そうな目で見たあと、陛下は視線を周囲に巡らせた。
「……今日は見ての通り参列者が多い。皆そなたに注目しているようだ」
わーっ! 陛下、意識させないで! 見ないようにしてるんだから!
……でも、意識してしまうと、やっぱり多いね。この広い謁見の間がちらほらとだけどほぼ埋まってる気がするんですけど?
みんなそんなに暇なのだろうか。
キョロキョロ周囲を見ることがマナー違反で逆に助かったかもしれない。誰にどんな風に見られているのかすごく気になっているけれど、見たら萎縮しちゃうかもしれないもん。
でも見るのがマナー違反ならまっすぐ陛下たちを見ているしかないもんね。
「そなたは、フェリアエーデンの初代女王アイリスの生まれ変わりだと広く噂されていた。先の洗礼式ではその魔力量をもってそれを証明してみせたが、それを以て、そなたは何を望む」
……きた、この質問。
「そのことを否定は致しません。ですが、今のわたくしはナディア・グレイスフェルでございます。そして、そうあることを望んでおります。前世が何者であれ、わたくしからそのことについて何かを主張するつもりはございません」
にっこりと笑ってそう言ってみせた。
実はこれ、事前に教えられていた質問なのである。
そもそも挨拶会とはただの顔合わせであり、こんな風に質問がある方が珍しい。
何か聞かれることがある場合、前もって教えられるのは普通のことなんだって。私は十四歳だけど、普通挨拶会に来るのは十歳の子供だもんね。できればちゃんと答えを用意していたい。
どうやらフィルの予想通り、一部では私を王に担ぎ上げようとしている人たちがいるらしく、そのつもりがないならばここできちんと言っておくべきだと先生に言われたのだ。
もちろん、私は王になりたいだなんてちっとも考えていない。そもそもどうしてそんな考えを持つ人がいるのかさっぱりわからない。私はアイリスの記憶もない、ただの孤児院育ちの十四歳の女の子ですよ?
先生はもしかしたらこの質問は私がこう言うと見越しての陛下のパフォーマンスなのかもしれない、とも言っていた。私を祭り上げようとする人たちの牽制になるんだって。
ざわざわと周囲の貴族たちが騒ぎ出したのがわかるけれど、発言権がないので彼らは大人しくしているしかない。
「……そうか」
陛下が優しげな顔で微笑んだ。
「フェリアエーデンの貴族として、これから励みなさい。期待している」
「はい。陛下のお言葉を胸に刻み、精進して参ります」
そうして、私の挨拶会は無事終了した。




