メノウの魔術教室
「とりあえずは、それでいいよ」
早く他の人とも仲良くなってくれると嬉しいけれど、急には難しいよね。
「私はナディアだけいればいいのだが」
そうやって拗ねるように言うメノウは可愛いけれど、たぶん、寿命を全うしたとしてもまた私の方が先に死んじゃうんだろうから、その時にまたメノウが一人になるのは嫌だもん。他の人とも仲良くできるようになって欲しい。
「私もこれから魔術学園に通うことになるし、たくさんお友達を作る予定だから、一緒に頑張ろうね、メノウ」
ふふっと笑うと、メノウは無言で視線を逸らして、ようやく私を解放した。
「……ナディアは、魔術学園に通うのか? 魔法を使えるのに?」
「うん、魔力がある貴族は魔術学園に通う決まりなの。そういえば、今日初めて魔術を使ったんだけど、事前呪文って面倒だね……」
そこまで言って、ふと気づいた。
「メノウは事前呪文なんて言ったことないよね? メノウも魔法が使えるの?」
確か魔法使いはアイリスただ一人しかいなかったって聞いたけれど、メノウもそうだったのかな?
「似たようなことが出来なくもないが、出来ないとしてもあんな面倒で長い呪文など唱えていられるか。私は魔術具を使っているだけだ」
「魔術具?」
「自作の魔術具をいつも多数持ち歩いている。魔術具ならば魔力を込めれば呪文は必要ないからな」
そう言って、メノウは私に見せるように右手を上げた。
そういえば、メノウは指輪とか腕輪とか、装飾品をたくさん身につけている。これらはもしかして、全て魔術具なのだろうか。
「じゃあみんな、呪文じゃなくて魔術具にすればいいのに」
そう言うと、メノウはニヤリと笑った。
「魔術具には特定の魔術を発動させるための魔法陣を組み込む必要があるが、これの研究はまだまだ途上だ。まあ私の持つ魔術具は世に出回っているものよりだいぶ発展していると言えるだろうが」
そう言うメノウは得意気だ。一人で作った魔術具がいろんな人が知恵を絞って作っているものより数段優れているのなら、確かにすごいことだよね。
「すごいね! じゃあ呪文もなく色々できるのはメノウだけなんだね」
「ナディアにならいくらでも譲ってやるぞ。飛空靴などはどうだ? ナディアに合わせて作ってやる。あんな円盤などよりも、私の靴の方が楽に空を駆けることができるぞ!」
メノウは褒められて嬉しそうだ。
そっか、メノウは靴の魔術具で空を飛んでいたのか。確かに出し入れの必要もないし、両足を自由に動かせるからいいなと思うけれど……私だけそれを使っていると絶対に浮くよね。ただでさえ魔法使いとして注目されているのに、そんなの使ってたらさらに浮くよね。
「……気持ちだけもらっておくね」
「なんだ、いらんのか」
メノウがちょっと拗ねたけれど、これ以上目立つ要素は作りたくない。
「だが何があるかわからん。これをやるからいつもつけていろ」
そう言ってメノウはどこからともなく金の腕輪を取り出した。太めの輪の部分には繊細な模様が細工されていて、真ん中には黒くて透明な石がついている。
私はそれにどこか見覚えがある気がした。
「それは何?」
「これは通常魔術学園に入る時に魔術師が必ず持つものと同じものだ。この黒い石は闇の魔石で、魔力のあるものを任意に出し入れ出来る。武器や薬、あの円盤もだな」
へー! そういえば、フィルやお養父様たちがいつも似たような腕輪をつけていたような気がする。魔術師がつける腕輪だったんだね。
……ん? じゃあ私が今それを持っていたらおかしいんじゃない?
「中にはすでに色々と入れてある。私手製の武器や第二級の回復薬など……」
「ちょ、ちょっと待って! 私はまだ魔術学園に入学してないんだから、そんなのつけてたらおかしいでしょ!」
勝手に私に腕輪をつけようとするメノウを拒否すると、メノウはむすっと不機嫌な顔になった。
「だが、これらが必要な時が来るかもしれないぞ」
「魔術学園に通ってもないのにそんな魔術師の証みたいなものつけられないよ。……わかった、入学する時にはもらうから」
不満そうなメノウに「今はいい」と伝えて納得してもらう。
今そんなものもらっても身につけていられないし、保管しておくのもなんだか怖い。世の中の人が使う魔術具より数段優れた魔術具を作るメノウが作ったものなら、武器や薬もなんだか凄そう。きっと私の手に余る。
「ではせめて、これだけはつけていろ」
そう言って銀の輪っかに緑色の石が嵌まったブレスレットを私につけた。というか、私の手首周りにシュンッと出現させた。細身の輪が繊細でとても可愛い。
「これは?」
「防御の魔術具だ。魔力を必要とするが、これをつけていれば大抵の攻撃はナディアの魔力が尽きない限り勝手に防いでくれる」
え、攻撃?
「攻撃されることなんてあるの?」
「念のためだ。狙われているのだろう? 乱暴な輩がいないとも限らん」
私を利用したい人がいるのは理解しているけれど、命を狙われることはないと思う。でもメノウの心配してくれる気持ちは嬉しいし、ブレスレットは可愛いからもらっておこうかな。
「ありがとう、メノウ」
「ああ。それよりナディアは、本気であの面倒な呪文を使うつもりか?」
うんざりした顔をしながら言われても、必要ならば言うしかない。
「魔術を使うには言うしかないんでしょ? と言っても、精霊に魔力を渡すか渡さないかしか違いはないし、言わなくても結果は変わらないだろうけど」
事前呪文つきで《浄化》と唱えるのが魔術。
事前呪文なしで《浄化して》ってお願いするのが魔法。
私がやる分にはどちらでも結果は同じなんじゃないのかな?
うーん、魔法の方が明らかに便利だよね。というか、私が魔術を使うにはデメリットしかない。時間はかかるし魔力は必要だし。
「ナディア、魔術を使う時、なぜ魔力が必要かわかるか?」
「え、ううん、どうして?」
「いわば取引だ。精霊は魔力で存在エネルギーを維持している。精霊にしてみれば魔力をくれるなら願いを叶えてやろう、ということだな。だから、魔力をやるという言霊の契約がなければ精霊は何もしない」
え、私のお願いはいつも聞いてくれるけれど。
私がきょとんとしていると、メノウはさらに続けた。
「ナディアには精霊王の加護があるから、精霊にとっては精霊王の次に特別な存在だ。特に呼び掛けずとも常にナディアの声に耳を傾けているし、自分の持つエネルギーが尽きない限りはナディアが魔力を与えずとも精霊は己のエネルギーを消費して願いを叶えようとする。それが魔法だ。精霊王と同等の力と言える」
「…………」
それって私、だいぶ反則じゃない?
そして、今まで深く考えたことはなかったけれど、自分のエネルギーを消費して私の願いを叶えてくれていた精霊たちに申し訳ない気持ちになってきた。次からはできるだけ魔術にした方がいいかもしれない。魔力はたくさんあるんだし。
「だが、ナディアが魔術を使うメリットもあることはある」
メノウは勿体ぶるように顎に手を添えて、考える素振りを見せた。
「?」
「精霊たちが己のエネルギーでは実現できない規模の事象は、ナディアが魔力を渡すことで叶えられるかもしれない。必要になったら、試してみるといい」
メノウが意味深に笑った。
けれど、私にはメノウが何を言いたいのかわからない。
「よくわかんないよ、それって、例えばどんな時?」
「そうだな、自分自身だけでなく、屋敷全体を浄化したい時などは魔術でないと無理だろうな」
「!!」
し、知ってたの!?
からかわれているのだとわかって、私は真っ赤になった。
「もう! メノウ!!」
「ふははははっ」
楽しそうなメノウを恨めしい目で睨んでおく。
むうう、早く魔力のコントロールができるようになってやるんだから。




