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アゾート先生


「これはっ……なんと神々しい……!」


 目の前でいい身なりをした若い成人男性が、涙を流して感動したように震えている。

 深緑の髪は襟足で綺麗に切り揃えられていて、端正な顔立ちも相まって品の良さが一瞬垣間見えたけれど、号泣しているせいで台無しになっている。


 ……えーと。私は今日魔術を教えてもらう先生に初めてお会いするということで少し緊張していたはずなのだけれど……この方は、一体どなたかしら?


 私はあまり認めたくない現実から逃げる道はないものかと、この男性を私の部屋へ連れて来たクロードをちらりと見上げた。彼も何も言わないけれど若干引いているように感じる。


「ああ、光り輝いておられる本物の魔法使い様に魔術を教えるなどおこがましいとは存じますが、私がそのありがたいお役目を賜りましたアゾート・ウォルグレイと申します。精一杯お仕え致しますので、どうか末永く宜しくお願い致します」


 アゾートと名乗った男性は膝をついて両手で軽く顔を隠し私に頭を垂れている。これは目上の人に対する作法の一つで、ご尊顔を拝する無礼は許しがあるまで致しませんという意味があるらしい。


 うーん。やっぱりこの人が私に魔術を教えてくれる先生らしいけれど、先生が生徒にする挨拶としては作法も文言もかなり間違っていると思うのは私だけだろうか。


「あの、頭を上げてください。わたくしがアゾート先生に頭を下げて教えを請わなければならないのに、これでは逆ではありませんか」


 そう声をかけると、アゾート先生は顔を上げて目を見開き、また涙を流し始めた。


 えええー!? なんで泣くの!?


「ああ、清らかなそのお心……! やはり初代女王の生まれ変わりとは間違いではなかったのだ」

「…………」


 うーん。何か変な人が来ちゃったね。

 助けを求めてクロードをちらりと見る。今この部屋には、他にはメイベルたちメイドしかいないのだ。そのメイベルはなぜか部屋の端で納得したように深く頷いている。


「……お嬢様、こちらのアゾート様は伯爵家の三男であらせられ、三年前に魔術学園をかつてないほど優秀な成績でご卒業された天才と言われている方でございます。ただ、興味のあることに関しては暴走しすぎるきらいがあるようで、魔法には特に強い関心をお持ちのようです」


 クロードが丁寧に説明してくれた。


 えぇー天才!? 変な人だけど、魔術に関してはすごいんだね!

 私が少し見直してアゾート先生を見ると、アゾート先生は恐縮したように首を振った。


「ナディア様の魔法の神秘の前には、私が修めた魔術の知識などゴミも同然。今回の教鞭に対する報酬はいらないのでナディア様と魔法を研究する許可を願い出たのですが、公爵に断られてしまいました……」


 ものすごく残念そうにアゾート先生が言った。

 ご、ゴミって……。


 でもありがとうお養父様。私、魔法の研究には興味はないし、そんなことをしている暇はないのです。公爵令嬢として学ばなければならないことが他にもたくさんあるんだもん。


 それに、そんな暇があるなら孤児院に行きたい。たまに手紙は書いているけれど、まだ会いに行けるほど生活は落ち着いていないんだよね……。


 落ち着くどころか騒ぎが大きくなっている気がするけれど、いつか落ち着くと信じるしかない。

 とりあえず目の前の問題であるこの光を治めるために、先生に魔力の扱い方を教えてもらわないとね。


「ええと、アゾート先生。ご挨拶が遅くなりました。すでにご存知のようですが、わたくしはナディアと申します。魔術に関しては全くの素人ですので教えるのは大変かと存じますが、どうぞよろしくお願いいたしますね」


 出鼻を挫かれたけれど、教わったカーテシーで挨拶をする。まだ完璧な形ではないけれど、なんとか形にはなっている、と思う。


 顔を上げると、アゾート先生はなぜか天を仰いで悶えていた。

 だ、大丈夫かな、この先生。


 見た目は爽やかな好青年なのに、どこか残念な人である。


「……っ、ナディア様、大変図々しい話だとは承知で、一つお願いがあるのですが」


 回復したアゾート先生が突然そんなことを言い出した。


「なんでしょう?」

「私は、幼い頃から魔法にはとても興味がありました。目の前に実際に魔法使いがいると思うと、見てみたいという衝動を抑えられないのです。何か、魔法を見せて頂くことはできないでしょうか?」


 アゾート先生の目が好奇心で輝いている。なるほど、魔法に興味があるって言ってたもんね。


「でもアゾート先生、わたくし、魔法と魔術の何が違うのか、よくわかっていないのです」

「ナディア様がいつもやっているようにしてみせてくだされば良いのです。それが魔法なのですから」


 うーん、そう言われても、何をすればいいのかな?


 魔法といっても万能ではない。精霊たちにできることは、基本的に自然物の変化だ。なぜか消すことはできるけれど、存在しないものや人工物は出すことができない。出来上がった料理とかが出せたら便利なのに、とても残念だよね。


 水とか氷を出すくらいならできるけれど、そういうのでいいのかな?

 でも、それくらいなら魔力使いにもできることだし、ここに水や氷を出すとびしょびしょになっちゃうよね……ん? 氷?


 あ、そうだ。


「わかりました。少し冷えるかもしれませんが」

「冷える?」


 アゾート先生が首を傾げたけれど、見せた方が早い。


《みんな~》


 少し呼び掛けると、すぐにふわりふわりと精霊たちが姿を現した。私はそれを確認すると、いつものようにお願いした。


《雪を降らせて》


 精霊にお願いすると、はらはらと部屋の中に雪が降り始めた。

 先生はぽかんと口を開けている。


 ふふふ~、まだまだこれからですよ!


《雪人形を作って》


 そう言うと、ぶわりと手元に部屋中の雪が集まって、精霊の形を象った。人形と言っても精霊人形だ。円らな目もバッチリ再現できていて、とても可愛い。小さい頃はよくこれで遊んだんだよね。


「どうですか、可愛いでしょう? 精霊の雪人形です!」


 じゃーん! とばかりに前に出して見せたけれど、アゾート先生の反応はない。さっきと同じ顔のままで固まっている。


 メイドたちも、目を丸くして人形を凝視している。メイベルだけは目をキラキラさせて小さく拍手をしてくれていた。「素晴らしいです!」という声が聞こえてきそうだ。ありがとう、メイベル。


 もう慣れてきたけれど、魔法って初めて見せるとみんな驚いてあんまり反応してくれないんだよね……。


「て、天候を操れるのですか……」


 ようやくアゾート先生が反応を示したけれど、どうやら部屋に雪を降らせたことの方が興味があるらしい。

 むう、雪人形はこんなに可愛いのに。


 魔力使いだって水を出せるんだから、雪を少し出せたところでそんなに驚くことではないと思う。


「いえ、そんな大したことではございませんよ。部屋の中のような狭い空間だけのことなのです。日照りに雨を降らせるだとか、大雨を止めるなんてことはできませんし」


 昔、雨が憂鬱で《雨を止めて》ってお願いしたことがあるけれど、それは無理だったのだ。天候を操れるというのは少し間違いだと思う。


「そ、それでも、天候を変える魔術は未だに全く確立されていない分野の一つです! 呪文が間違っているのか、成功した例はほぼなくて……ああ、ナディア様、それをいとも簡単に……! 研究にお付き合いいただけないことが本当に口惜しい……!!」


 アゾート先生は床に手をついて悔し泣きしているようだった。


 ……うーん、この先生、本当に大丈夫かなあ?



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