表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/90

閑話 精霊殿長の話(side精霊殿長)

「なに、三日後に洗礼式だと?」


 今日の洗礼式予約担当の精霊官が、公爵家の予約が入ったと報告をしてきた。


 ちっ、公爵ならばいつも以上に気を遣わねばならんではないか。

 貴族の洗礼式というのは寄付という名目で金を受け取ってはいるが、一人一人対応しなければならない。そして、いちいち下手に出て接待せねばならんのだから煩わしい。


 この世界は多くを魔術に頼っている。貴族どもは魔術を使って自分たちの権威を主張している癖に、それを祀る精霊殿への敬意などないに等しい。

 魔術を使うには精霊の力を借りなければならないのだから、精霊殿の立場はもっと高くあるべきだと言うのに、精霊殿長である私の地位ですら決して高くはない。せいぜい騎士と同等なくらいだ。


 それゆえ、公爵どころか男爵にすらヘコヘコと頭を下げなければならない。精霊殿長たる、この私がだ!


 いや待てよ、公爵家? フェリアエーデンには公爵家は三つしかない。そのどれにも、十歳の子供はいなかったはずだが。


「おい、それをよこせ」


 予約担当から予約表を奪い取る。

 それには、『グレイスフェル公爵家養女ナディア』と書いてあった。


 この娘! 初代女王の生まれ変わりと噂の少女か!


 精霊殿とはもちろん精霊王と精霊を祀る場所であり、そこで働く者はもれなく精霊王の信者である。当然、この私も。


 道楽好きな私だが、精霊王への信仰心だけはその辺の精霊官には負けていないと自負している。

 フェリアエーデンの初代女王はその精霊王から唯一加護を与えられていたと言われる人間だ。この方は、言わば精霊王と同等に高貴な存在であるのだ。


 それなのに、数日前から初代女王の生まれ変わりが現れたという噂が流れ始めた。


 とんでもない眉唾な話だ。輪廻転生は私もあるとは思っているが、あったとして、死んだ時とは全く別の人間になっているはずだ。

 前世の記憶を持っている者の話など聞いたことがないし、証明できるはずもないではないか。


 この娘がそうだと言うならまだ洗礼式前で、魔力量もわかっていないはず。なのに、なぜ初代女王の生まれ変わりだなどという話が出てきたのか。


 おそらくこの噂を広めたのはグレイスフェル公爵家だ。何らかの理由でナディアという娘を養女にしたかったが、ただの平民を養女にするなど外聞が良くない。だから、初代女王の生まれ変わりだということにしたのだろう。もしかしたら、公爵の隠し子なのかもしれんな。


 とにかく、身勝手な理由で初代女王を騙るなど笑止千万。平民育ちだと言うなら母親は平民なのだろう。大した魔力は持っていまい。それがバレるのが怖くて今まで洗礼式を受けさせなかったのだろうが、洗礼式を受けるのなら、ここで化けの皮が剥がれるだろう。


 ふん。この私がその瞬間をしっかりと見届けてくれるわ。




 そして三日後、グレイスフェル公爵が一人の娘を連れてやって来た。

 その少女は元平民だという話だったが、思ったより立ち居振舞いがしっかりしている。


 最高級の白い洗礼服を着て、まっすぐに前を見て立っていた。


 ……これが噂の少女か。蜂蜜色の髪に、緑の目。


 ふん、髪と目の色が同じだからといって容易く信じられるだろうとでも思ったのか。浅はかで愚かな連中よ。


 じろじろと見すぎてしまったのか、娘は少し怯えたような様子を見せ、公爵は私に「大事な娘だからくれぐれもよろしく」などと牽制してきた。


 ふん、大事な娘だって? そうだろうよ、やっと引き取れた隠し子なのだろうからな!


 少女は洗礼の間に進む間もずっと貴族らしく振る舞っていたが、間もなく化けの皮は剥がれる。今日初代女王の生まれ変わりが洗礼式を受けることは、なぜか(・・・)大勢に広まってしまっているからな。魔力がないとわかったら、興味津々でここに集まってきている者たちがあっという間にその話を広げてくれるだろう。


 その時が楽しみで仕方がないわ。



 娘は貴族らしく、自分で祝詞を覚えてきたらしい。ずいぶんそれらしく振る舞うではないか。だが、聖水を飲めば一目瞭然だ。

 魔力は魂の輝きだと精霊殿では伝えられている。初代女王の生まれ変わりならば、魔力がほとんどないなどということがあるわけがない。

貴様は今から、自分で己の騙りを証明することになるのだ!


「さすがでございますな。では、聖水をお渡し致しますので、これを捧げ持ち祝詞を唱え終わったら出来るだけ一気に飲んでください」


 そう言って銀の杯で聖水を掬い、娘に手渡す。

 娘はその杯を捧げ持ち、祝詞を唱えるために息を吸った。


 ……なんだ、これは?


 娘は何かを唱え出した。これは祝詞なのか? 少なくとも、私の知る祝詞ではない。こんなデタラメな言葉の羅列では、洗礼の儀は成り立たな……いや、これは……まさか、精霊語!?


 こ、この娘、……精霊語を扱えるというのか!


 この世界に、精霊語を扱える者はいないはずだ。それこそ、人間で扱えたのはフェリアエーデン初代女王のみ。

 魔術は精霊語で呪文を唱える必要があるが、それは初代女王が遺したものを引き継いでいるだけ。話せる者がいないのだから、それが増えるはずもない。


 それなのにどうして、この娘は精霊語を扱える?

 まさか、本当に、この少女は……初代女王の生まれ変わりだと言うのか……!?


 いや、デタラメに言っているに決まっている!

 こんな、こんなことは……!


 祝詞と同じくらいの長さの言葉を精霊語と思われる言語で唱えた少女は、少し間を置いて、聖水を一気に呷った。途端、とても目を開けていられないほどの金色の光が彼女を包んだ。


 金色!? なんだこの光量は……!


 私は思わず腕で顔を覆った。

 眩しい光が辺りを照らしたのはほんの一瞬だった。光が収まっていったのが目蓋越しにわかって、恐る恐る目を開けると、少女は淡い光を放ちながらその場に倒れていた。


 通常の洗礼式では、魔力がある者が聖水を飲むと殻が破れて溢れたように一瞬光が体から溢れるが、それはすぐに体内へと消えていく。その時の光はつまり、その者の魔力量なのだ。彼女の魔力は見たこともないほど強大であると、今証明されたということだ。そしてその光は、彼女の体に収まりきらないかのように光り続けている。


 私は腰が抜けてその場にしりもちをついた。強大な魔力を持ち、精霊語を扱う、初代女王と同じ色をした少女。


 ……本物だったのだ。この娘は、いや、このお方は、初代女王、アイリス様の生まれ変わり!

 そして、世界でただ一人、精霊が見えて、精霊語が話せるという、精霊王の加護を授かっておられる存在。


 ……このお方は、精霊殿に在るべきではないのか? 彼女がここにいてくれれば、信者も増え、精霊王もきっとお喜びになるに違いない! 


 そうだ、精霊王とて、この少女が気に入っておられるから、加護を与えているのだ。精霊殿に置いて差し上げるべきなのだ!


 すぐに目覚めた彼女を公爵が連れだそうとしたので、呼び止めて彼女を引き留めたがほとんど無視され、彼女は去って行ってしまった。


 おのれ、信仰心のない愚か者め。どいつもこいつも、精霊に頼って生きている癖に、精霊殿に敬意は払わんという恩知らずばかり!


 しかし、公爵の許可がなければ未成年の彼女を精霊殿へ置くことはできない。

 ああ、彼女は間違いなく精霊殿におられるべき存在だというのにだ!


 今に見ていろ、何とかしてあの少女、……なんと言ったか。

 そうだ、ナディアだ。ナディア様を、必ずや精霊殿へお迎えしなければ。

 そうすれば、信者も増え、精霊殿の権威もいや増すに違いない。


 それが精霊殿の本来あるべき姿なのだと、国中が思い知るべきなのだ!


 だが、相手は公爵家。下手に手を出せば私の方が潰される。しかし、諦めることなどできはしない。

 今すぐは無理だとしても、いつか必ず、ナディア様を精霊殿にお連れするのだ……!


小物な精霊殿長でした。

彼は今後ほとんど登場致しません、ご安心ください(^^)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ