服作り
翌日、私は公爵家御用達の洋服店のオーナーから全身の採寸を受けていた。
「はい、よろしいですよ。お疲れ様でございました」
晴れやかな顔のオーナーにそう言われて、私は「はぁ」と息を吐いて体の力を抜いた。
貴族は服を用意するのに、こんなに細かくサイズを測る必要があるんだね。
腰や胸周りは数センチごとに測られたし、腕まわりや手足の長さまで細かく測られた。
力を入れてとか抜いてとか、しかも胸いっぱいに息を吸ってへこませてからお腹のサイズを測っていたけれど、あれで作ったらものすごくきついんじゃないのかな?
洋服店のオーナーは四十代くらいの洗練された女性という感じで、言われた通りに動いて採寸してもらっていただけで気持ち的に疲れてしまった私とは異なり、溌剌と次の作業に取りかかっている。
「慣れないと採寸も疲れちゃうわよね、でもほら、次は楽しいドレス選びよ!」
お養母様は目を輝かせて、楽しそうに言った。
床にはたくさんのドレスのカタログが見やすいように広げられている。
まさか、私が着る服を用意するのがこんなに大事だなんて思わなかったなあ……。
私はよろよろとそちらへ向かった。
「お姉様、これ! これが素敵だと思うわ!」
熱心にカタログを見ていたアリアナが、パッと興奮気味に顔を上げた。
アリアナもドレスを選ぶのが楽しいらしい。
部屋に入ってきた時は私に対して緊張した様子だったのに、今では目を輝かせながら私にあれこれとドレスを勧めてくる。
アリアナは人見知りをするようなのだけれど、どうやらドレス選びが楽しくて緊張していたことは忘れてしまったみたいだ。よかった。
二人ともドレス選びがとても好きみたいだけれど、正直、私にはどれも可愛く思えるので、何を基準に選べばいいのか全然わからない。
「うん、じゃあそれにするね」
「もう! お姉様、ちゃんと見なきゃダメよ! ドレスは女の武器なのよ!」
アリアナが可愛く頬を膨らませてぷんすこ怒っている。
あまり見ずに答えたのがバレてしまったみたい。
だって本当にどれも可愛いんだもん……。
孤児院にいた時は服を選べる余裕なんてなかったから、いつも同じような古着を着ていた。ドレスなんて着たのはあの仮面パーティーが初めてだったのだ。
ドレスというだけで可愛く思えるのに、ここにはカタログが十冊あって、一冊のカタログに百種類くらい載っていると思う。
どうやって選んだらいいのか全くわからないよ。これを選べるようになるのも貴族の女の子の嗜みなんだろうか。
とりあえず私は今、既製品のドレスを着させてもらっている。
腰周りが少し余っているくらいで十分に着られるのだけれど、これでは公爵令嬢には全くふさわしくないらしい。
カタログを見ながらも私がなかなか決められないでいると、お養母様が私の顔とカタログを交互に見ながら「これとこれと」と言いながらてきぱきと決めていく。
ホッとしながらお養母様にお任せしていたら、次々と決められていくドレスの数にだんだんと冷や汗が出てきた。
あの、何着作るつもりなのでしょうか。
「お養母様、あの、こんなに用意してもらわなくても、三着くらいあれば着回して」
「まあ! 三着なんてとんでもないわ! 三十着でも足りないくらいよ」
三十着!?
私はくらりとめまいを感じた。
一体いくらお金がかかるんだろうか。
私が王家からもらった呪い事件解決の報酬を渡そうとしたら、院長先生には断られてしまった。
孤児院は今までコンスタンス侯爵に横領されていた補助金が一気に返ってきたので必要ない、これはあなたが持っていなさい、と言われたのだ。
ならばとこれからお世話になるお養父様に渡そうとしたら、とても嫌な顔をして首を振られた。「娘から金をとるつもりはない」と言われて、嬉しくなってすごすごと引き下がったのだけれど、やっぱり全部渡した方が良いかもしれない。
あんなに頑張って得た報酬だけど、必要なものは公爵家が全て用意してくれるから、私が持ってても仕方がないんだよね。
「これからどんどん作らせるつもりだけれど、ナディアはまだまだ成長するでしょうし、とりあえずはこんなものね。でも、最優先でこれを仕上げてね」
「はい、奥様。かしこまりました」
そう言ってお養母様はオーナーに二枚のデザイン画を示した。
オーナーは粛々とそれを受け取る。
それは二つともカタログには載っていないもので、先ほどお養母様とオーナーのああでもない、こうでもないと白熱した議論の末に出来上がったオリジナルのデザインだ。
因みに私は全く口を挟んでいない。というか、挟めなかったんだけどね。
一つは洗礼式用の服。
別に私は服なんて何でもいいけれど、貴族には体裁というものがあるらしい。専用に仕立てた白い服で行うのが決まりなんだって。貴族って面倒だね。
そしてもう一着。
私は、どうやらその服で王族の方々にご挨拶に行かなければならないらしい。
洗礼式を終えた上級貴族は、王族に挨拶に行くのが決まりなんだって。
本来は挨拶会というものが一年ごとにあって、その年に洗礼式を受けた貴族の子供はみんなその日にまとめてご挨拶に行くのだけれど、私は他の子たちとは違いすでに十四歳だ。他の子はみんな十歳なので一緒に行くと浮いてしまうということで、特別に私一人だけの挨拶会を行うことになった。
……そっちの方が浮くというか目立つのでは、とは思っても言えない。
挨拶会も済ませていない子供を城へ呼ぶことはできないと決まっているけれど、国王様は初代女王の生まれ変わりだと噂になっている私に一度会いたいと思っているらしく、もしかしたら本当は次の挨拶会まで待てないのかしらね、とお養母様は言っていた。
ということで、私は衣装ができ次第、すぐに洗礼式を受けて、挨拶に行かなければならない。
この挨拶会はちょっとした御披露目も兼ねていて、他の貴族もその場に並ぶことができるらしい。
これは自由参加で、大抵は挨拶をする子供の親類ばかりなのだそうだけど、私の挨拶会にはなぜか多数の参加希望が出ているらしい。たくさんの子がいる通常の挨拶会ならともかく、私しかいない挨拶会にわざわざ貴族たちがぞろぞろ集まるだなんて考えたくないよね。
それもあって、私はこの挨拶会がものすごく憂鬱なのです。
しかも、王族ってことはフィルもいるんだよね?
国王様とか大勢の貴族とかフィルが並ぶ前で練習した貴族的な挨拶を披露しなくちゃいけないってことだよね? 絶対緊張するよ! 噛んだりドレスの裾踏んづけたりしたら、私はどうしたらいいんだろうか。
けれど、不安でも憂鬱でも、貴族になると私が決めたのだから、私はやるしかないのだ。
洗礼式用の服ができるまで、私は貴族としての教育をがっつり受けることになっている。
言葉遣いや立ち居振舞い、礼儀や常識など、貴族令嬢が幼い頃から学んでいることを、私は今から習得していかなければならない。
フィルたち王族の方々への挨拶の練習も、きちんとやらないとね……。
私はこうして日々を過ごしていることを、院長先生とローナへの手紙に書いた。
すぐにお返事が来て、みんなが元気にしていること、公爵家の養子に行っていたなんて驚いたということ、応援していると書かれていてとても元気が出た。
ローナは洗礼式に向けて精霊殿に毎日お祈りに行っているらしい。私が受けた後に受けるんだって。
聞いたところによると、魔力使いは使用人として大歓迎らしいので、ローナにも魔力があればいいな。
私は手紙を大事に箱にしまい、勉強に戻った。
◇◇◇◇◇
「うわぁ……」
洋服店のオーナーから洗礼式用の服が完成したと報告を受けたのは、二週間後のことだった。
これでも最速で仕上げてくれたらしい。無理を言ったようで申し訳ないです。
お養母様から服を受け取って言葉が出なかった。
こんなに滑らかな生地、触ったことがない。
「ナディア、さっそく着てみせてちょうだい」
お養母様は楽しそうだ。
メイベルに着付けを手伝ってもらい、試着してみる。
薄めの生地を重ねたワンピース部分はするするさらさらの艶やかな生地が何重にも重ねられていて、とても軽やかで神聖な感じがする。
美しい刺繍が施された、しっかりした生地の上着部分を着ることによって厳粛な雰囲気も醸し出している。
間違いなく最高級の服だ。
私がこんな服を着る時が来るなんて……いや、私はもはや公爵令嬢なのだから、これからはこれが普通なのか。
いつか慣れる日が来るのかな。
「ありがとうございます、お養母様。こんなに素敵な服、見たことがありません」
至上の感謝を込めてお礼を言った。
お養母様は嬉しそうに笑って、「とても似合っていますよ」と言ってくれた。
服が出来上がったので、洗礼式は三日後に受けることに決まった。
うーん、本当に私に魔力があるのかな?




