閑話 新しい娘(sideリリアナ)
わたくしはリリアナ・グレイスフェル。
フェリアエーデンの元王女で、今は愛する人のもとへ嫁いで公爵夫人をやっているわ。年齢は秘密よ!
今日は珍しく、可愛い甥っ子である第二王子フィルハイドが、話があると我が家までやってきたの。一体どんな用件かしらね?
「養女に?」
いきなり何を言い出すのかと思えば、わたくしたちに養女にしてほしい平民の少女がいるだなんて。
公爵家というのはそんなに軽い立場ではないということくらい、この子ならわかっているはずなのに。
わたくしはちらりと横にいる愛する旦那様を見上げました。
予想通り、渋い顔をしていらっしゃるわ。あまり変わっていないように思えるけれど、長い付き合いのわたくしにはわかるのです。
受け入れるのは難しいと思うけれど、きちんと話は聞いてあげないとね。
「それは、どういう方で、どういう理由からなのかしら?」
にこやかにそう聞くと、フィルハイドは真剣な顔をしました。
「魔法使いの少女です。彼女はおそらく、初代女王の生まれ変わりです」
想像もしていなかったことを言われて、わたくしはぱちぱちと目を瞬きました。
……魔法使いですって?
「順を追って説明しなさい」
「はい。俺は街でアデライドの呪いについて探っていました。そこで、初代女王アイリスに似た雰囲気の少女を見つけたのです。少し気になって見ていると彼女は暴漢に襲われそうになって、俺は助けに入ったのですが、その際、彼女が事前呪文もなく魔術のようなものを使ったのです」
フィルハイドの説明に納得できず、わたくしは眉を寄せました。
「それくらいなら、魔術具を使ったのかもしれないわ。魔力使いであるなら不可能ではないはずよ」
「その可能性もありましたが、彼女の身なりはあまり良いものではありませんでした。魔術具を扱えるような魔力使いなら、もう少しましな服を着ていたでしょう。それに、俺もそれだけで信じたわけではありません。その後彼女にきちんと話を聞いたのです。彼女は生まれた時から精霊が見えたそうです」
「まあ、精霊が!?」
それは初代女王しか持たなかったという不思議な力。フェリアエーデンの貴族の間では有名な話だわ。わたくしも一度でいいから精霊を見てみたいと、子供の頃は思っていたのよね。
「はい、彼女は俺の手を取り、精霊語と思わしき何事かを呟くと、俺の手の上に精霊を出現させました」
「なんですって!?」
わたくしは思わず立ち上がりました。
ずるいわ、この子ったら、精霊を見たというの!?
わたくしの反応に満足そうな笑みを浮かべたフィルハイドは、さらに続けました。
「それだけでなく、改めて魔法を見せてくれましたよ。彼女はまた少し言葉を呟いただけで、空に大きな虹を架けたのです」
「…………」
虹を? そんな魔術、聞いたこともないわ。
わたくしは力が抜けて、すとんとソファーに座り直し、隣の夫を見上げました。
先ほどからいつも通り何もしゃべらない夫も、少し目を瞬く回数が多いみたい。これはかなり驚いているわね。
……本当に魔法使いなのだとしたら、その少女は初代女王の生まれ変わりなのかもしれないわね。
「彼女はその後何度も俺の目の前で魔法を使っていたので魔法使いなのは間違いありません。しかし、彼女は十四歳なのですが、まだ洗礼式を受けていないようなのです」
フィルハイドは、少し深刻な顔をして言いました。
「まあ、では、魔力があるかどうかわからないのね?」
十歳を過ぎても洗礼式を受けていない子がいただなんて。
けれど、本当に初代女王アイリス様の生まれ変わりなのだとしたら、魔力が多い可能性は高そうね。彼女が洗礼式を受けて魔力がアイリス様並みに多いと分かれば、きっと大勢の人からあらゆる理由で狙われることになるでしょう。
なるほど、フィルハイドは彼女が悪徒に利用されるようなことにはしたくないから、わたくしたちの養女にして守って欲しいということね。
「彼女は半成人となる四ヶ月後に洗礼式を受けると思います。その時、確かな後ろ楯が必要なのです。どうか、彼女をこの公爵家に、養女として迎えてはくれませんか」
フィルハイドが頭を下げたので、わたくしはとても驚きました。
まあ、気位の高いこの子が、どういう風の吹き回しかしら?
「その子は、あなたが頭を下げる価値のある子なの?」
「はい。彼女は不幸なことがあっても前を向いて、今ある幸せを大事にできる強い人です。自分の危険を顧みず他人を助けることができる優しい心も持っています。あなた方の娘としてふさわしくない行動は決してしないと、俺は確信を持っています」
フィルハイドの目に曇りはなく、本気でそう思っていることが伝わってくる。
……それほど彼女のことを買っているのでしょう。
「……あなたの気持ちはわかったわ。けれど、その子に覚悟はあるのかしら? 養女にするならば、ただ部屋に閉じ籠っているわけにはいかないわ。グレイスフェル公爵令嬢として、こなさなければならないことはたくさんあるのよ」
「提案した時は、まだ迷っている様子でした。けれど、説得してみせます。だから、どうかお願いします」
真剣な目をしたフィルハイドを見て、わたくしは息を吐きました。仕方がないわね。初代女王の生まれ変わりの存在が明らかになれば遅かれ早かれ騒動の種になりそうだし、その子も貴族の養女になることを手放しで喜ぶような、欲深くて考えの浅い子でもないようだし。
隣の旦那様を見ると、彼の顔にも納得の色が窺える。
「わかったわ。初代女王の生まれ変わりを養女にできるなんてわたくしたちにとっても光栄なことですし、あなたが説得できたなら、わたくしたちの養女として迎えましょう」
「! ありがとうございます」
フィルハイドは安心したように笑顔を見せました。
……そんなに大切な子なのかしら?
そういえばこの子は初代女王のことを尊敬しているようだったわね。生まれ変わりの彼女を放っておけないのかしら。
……それとも?
「十四歳なら、息子たちの一つ上ね。初代女王の生まれ変わりなら、どちらかのお嫁さん候補にもいいかもしれないわね」
試しにそんなことを言ってみると、フィルハイドの顔つきが明らかに変わり、不満とも不快とも言える表情になりました。
あらあら、まあまあ!
「どうしたの、フィルハイド?」
「叔母上、わかった上でからかうのはやめていただけませんか」
笑顔で続きを求めたわたくしを、フィルハイドはとても恨めしそうな目で睨んできました。
まあ怖い、バレてしまったわね。でも、この子のこんな表情は初めてで、とても可愛いんですもの!
「両思いなの?」
「……では、養子の件、宜しくお願い致しますね」
フィルハイドが席を立ちました。
もうっ、からかいがいのない子だこと。でもこの様子だと、まだまだというところかしら。
「……あと、もう一つお願いが」
立ち去りかけたフィルハイドが立ち止まり、振り返ってそんなことを言いました。
今度は何?
「彼女、ナディアは、精霊が見えることを親に信じてもらえず、気味が悪いと捨てられて、今は孤児院にいます。そこで新しく出会えた大切な家族と別れてもこの家の養女になると彼女が決めたなら、できるだけ、彼女を本物の家族のように迎えてあげて欲しいのです」
「!」
まあそんな。精霊が見えると言う子供の言葉を信じずに捨てるだなんて、なんて愚かな親なのでしょう。初代女王の生まれ変わりがそんな目に遭っていたなんて。
フィルハイドが去った後、わたくしは夫と共に誓ったのです。
これからできるであろう新しい娘を、全力で愛してあげましょうね、と。




