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養子縁組み


「さあ、顔合わせも済んだことだし、これからわたくしたちは家族です。わたくしのことは是非お養母(かあ)様、と呼んでね、ナディア」


 えっ!


 にこりと笑ってそう言われて、私は思わず固まった。顔が真っ赤になっているかもしれない。


 孤児院の院長先生はお母さんみたいなものだったけれど、「お母さん」とは呼べなかった。母と呼んでいいだなんて、言われると思ってなかった。貴族の養子になるって決めた時も、居候するみたいなものだと考えていたのだ。


「お、お……お養母様……?」


 動揺してかなりどもってしまった。しかも疑問形だし。


 それでも、夫人は嬉しそうに微笑んだ。


「ええ。よろしくね、ナディア」


 私は何かがこみ上げてきて、胸が苦しくなってきた。

 ……私、おかあさんができたんだ。


 ずい、と公爵が前に出てきた。背が高いので威圧感がすごい。


 え、な、なんでしょうか? 夫人をお養母様だなんて呼んだから、怒ってらっしゃる?


 私がダラダラ冷や汗をかいていると、夫人はクスクス笑った。


「この人も、お養父(とう)様と呼んで欲しいそうよ」


 えっ! 今何も言ってなかったよね!?


 ただ前に出てきただけなのに、なんでわかるんだろう?


 でも、私にはわからないのだから言うことを聞いた方が良さそうだ。私は恐る恐る言ってみた。


「お養父様?」


 すると、公爵は何も言わなかったけれど、少しだけ頬に色がついたような気がする。

 お養母様はまたころころと笑った。


「まあ、よかったわね、ランディ。ナディア、この人とても喜んでるわよ」


 ……わからない!

 慣れれば私にもわかるようになるのかなあ。


 でも、私に優しいお養父さんとお養母さんと、きょうだいができたことを少し実感できて、嬉しくなってくすくす笑ってしまった。


「なでぃたん、かみ、みじかー」


 抱いているマリエラが私の短い髪を掴む。


「まあ、ダメよ、マリエラ」


 お養母様が少し焦ったようにこちらへ来ようとしたけれど、私は「大丈夫です」と言って笑顔を向けた。


 けれど、マリエラの手はなかなか外れず、引っ張ると結構痛い。


「あ、そうだ。ええと、私を家族に迎えてくださったお返しと言ってはなんですが、少し面白い魔法をお見せしますね」


 そう言うと、新しい家族はみんな目を瞬かせて、何をするんだろうと興味津々な目を私に向けた。

 ルトだけは得心したように微笑んでいる。


《みんなー》


《なあにーナディア》

《なあにー》


 すぐにくるくるふわふわと数匹の精霊がやってきた。


《髪を伸ばして》


 そう言うと、以前のようにまたぶわりと髪が伸びて広がった。肩にかかる髪が久しぶりでくすぐったい。


「きゃー!」


 腕の中のマリエラが目をキラキラさせて喜んでいる。手に持っていた髪がいきなり伸びて、楽しかったのかな?


「えへへ、貴族の女の子は髪を伸ばすのが普通なんですよね? これでどうでしょうか」


 以前ルトとザックの前で見せた時にはこんな魔術は見たことないって二人とも驚いていたから、面白い見せ物だったんじゃないだろうか。


 伸びた髪を少しつまんでお養母様を見ると、お養母様はお養父様の腕を掴んだまま、目を見開いて固まっていた。


 ……あれ?


 腕を辿ってお養父様を見ると、さっきと同じ顔をしている。つまり普通だ。でもピクリとも動かない。


 アリアナも、口をぽかんと開けて固まっていた。


 ……えっと、魔法を使えることは言ってあるんだよね? もしかして、何かまずかった?


「る、ルト……」


 助けを求めてルトを見ると、仕方なさそうに笑った。


「みんな話には聞いていても、初めて魔法を目の当たりにして驚いてるんだよ」


 そ、そうなの?

 というか、やっぱりそんなに違うの? 魔術と魔法って。


「……ああ、驚いたわ。本当に魔法使いなのね、ナディアは。間違いなく初代女王の生まれ変わりだわ! ナディアが私たちの娘だなんて、本当に光栄ね、ランディ」


 そう言ってお養母様はお養父様を見上げた。魔法が使えるというだけで、本当にみんなそう信じるんだね。


 お養父様は微かにコクリと頷いたように見えた。


 アリアナもしばらくぽかんとしたままで、マリエラだけがずっと嬉しそうにきゃっきゃっと私の髪を掴んでいた。


 ……マリエラだけでも喜んでくれてよかったよ。


「……ねえナディア、ついでと言ってはなんだけれど、わたくし、一つお願いがあるの」


 お養母様が少し言い辛そうに切り出した。


「なんでしょう? 私にできることでしたら何でも言ってください」

「まあ、本当? わたくし、精霊を見てみたいのだけれど、わたくしにも見られるかしら? フィルハイドには見せたのよね?」


 お養母様が子供のように目をきらめかせてそう言った。そういえば、初めて会った時に精霊にお願いして、姿を見せてもらったね。


「もちろんいいですよ」


 また手の上に出そうとお養母様の近くへ寄ろうとしたけれど、ルトに見せた時、すぐにザックも同じことを要求してきたことを思い出した。


《みんなに姿を見せてあげて》


 そう言うと、私に見えていた精霊たちの姿が見えるようになったようで、部屋にいた全員が目を見開いて感動したように頬を紅潮させ、目を輝かせた。


 お養父様も、お養母様も、アリアナとマリエラ、メイドさんたちもみんな。ルトもまた会えて嬉しそうに精霊を見つめている。


「これが、精霊……」

「可愛い!」

「…………」


 みんなじっと見つめたり、触ろうとしてできなかったり、精霊には興味津々のようだった。


 髪を伸ばす魔法はみんな驚いただけだったけれど、こっちの方はみんな喜んでくれたみたいで良かった。精霊は可愛いもんね。


 私も精霊を見つめて、ふふっと笑った。



「よし、書類はこれで全部ですね」


 お養父様の助手でもある公爵家の事務担当文官の男性が、数枚の書類を揃えながら言った。


 この方はシリルさんと言って、無口なお養父様の思考を少ない情報から推知できる貴重な人材らしい。


 私は養子縁組みのための書類にいくつかサインをして、お養父様もサインをした。


「これを提出すれば、養子縁組みは成立です。これからすぐに提出して参りますね」


「じゃあ、紹介も済んだことだし、俺は戻ります。ナディアをよろしくお願いしますね」


 ルトが帰りの挨拶を始めた。


「えっ、ルト、帰っちゃうの?」


 急に不安になって、思わずルトの袖を掴んだ。


「!」


 ルトは私が掴んだ袖を見つめて固まっている。


 あっ! ぶ、無作法だったよね。

 私はぱっと手を離した。


「ご、ごめんなさい」

「……いや。ナディア、俺ももう少し一緒にいてあげたいけれど、やることがあるんだ。ごめんね」


 ルトはなんだかぎこちない笑顔で言った。


 ……どうしたんだろう?


 というか私、いつまでもルトに甘えるつもりでいちゃダメだ。

 こんなにいい家族を紹介してもらったのに、まだルトがいないと不安だなんて、先が思いやられるよ!


「ルト、私をこの家族に紹介してくれて本当にありがとう。私、ルトに恥ずかしくないように頑張るからね」


 意気込んでそう言うと、ルトは一瞬目を見開いてあの優しい笑顔を見せてくれた。



「ずっと思っていたのだけど、『ルト』って呼んでいるのね?」


 お養母様にそう言われて気づいた。


 あ、そうか。ルトは平民の時の名前だから、変えなきゃいけないんだ。


「フィルハイド、あなたナディアが知らないからって、わざと訂正してないんじゃないわよね?」

「なんのことでしょうか」


 二人の間にバチバチと火花が飛んでいるような気がする。私が何を知らないの?


 ルトを見ると、仕方なさそうにため息をついた。


「ナディア、残念だけどこれからは別の呼び方をしてもらわなければならない」

「うん、そうだよね。『殿下』でいいのかな? それに、これからは敬語で話さないとダメだよね」


 そう言うと、ルトは目が笑っていないキラキラ笑顔で私を見た。ものすごく器用な芸当だ。


 あ、あれ?

 久しぶりにルトの笑顔が怖いよ?


「……ナディア。それは個人的に交流があまりない人間が他人を呼ぶように使う呼び方だよ。ナディアにとって、俺はそんな相手かな?」


 ルトが悲しげにそう言うので、私は慌てて否定した。


「えっ、ううん。もちろん、ルトには色々お世話になってるし、他人だなんて思ってないよ。なんて呼べばいいの?」

「じゃあ、フィルって呼んで欲しいな。学園ではザックもそう呼んでるんだよ。それに敬語なんて、公の場以外は必要ないからね」


 へえ、そうなんだ。


「わかった。フィル」

「フィルハイド」


 私がフィルと呼んだ瞬間、後ろからお養母様がフィルを呼んだ。

 フィルと同じような目が笑っていないキラキラ笑顔だ。さ、さすが血縁。


「叔母上。口出し無用でございます。父上も了承済みのことですので」


 フィルがそう言うと、お養母様はピクリと目元を動かした。


「……ナディアには言っていないのよね?」

「いきなり状況を変えすぎるのは彼女の負担になりますから、折りを見て俺が話します、ご心配なさらず」


 鉄壁の笑顔を張り付けた二人の間にはなぜか不穏な空気が流れている。


 ど、どういう状況? 私のことを話してるんだよね? 私、当人のはずなのに、全然意味がわからないんですけど。


「……陛下がお許しになっているのなら、わたくしからは何も言いません。しっかりおやりなさい」

「はい叔母上、そのつもりです」


 ルトはそう言って、ニコリと笑った。



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