公爵家の人々
ルトに下ろしてもらい、私は目の前に聳え立つ公爵家のお屋敷を呆然と見上げる。
で、でかい……。
ザックの豪邸が別荘に思えるよ。それでいて歴史とか気品とかを感じる造り。本当に、私が来ていいところだとは思えない。
そしてその屋敷の前には、ズラリと使用人と思われる人たちが並んでいる。
「じゃあナディア、行こうか」
「ううう」
軽く背中を押されて、ぎこちなく歩を進めた。
「ようこそいらっしゃいました、殿下、ナディア様」
ズラリと並んだ大勢の使用人たちによる一斉の礼はものすごい迫力でした。
出迎えてくれた使用人の方々の紹介もそこそこに、広い応接間のようなところへ通される。
先に公爵やご家族にお会いするべきだけれど、急なお話だったので出迎えには支度が間に合わなかったらしい。連絡を入れたの、ついさっきだもんね。間に合わなくて当然です。本当に申し訳ない……。
私はキョロキョロと緊張気味に周囲を見渡す。
というか、このお屋敷、本当にどこもかしこも素敵すぎます!
ここに来るまでの廊下も、豪華絢爛ではないけれど品のある装飾品がそこここに置かれていて落ち着いた雰囲気になっていたし、この応接間にあるソファー、今まで座ったことがないくらいふかふかで気持ちいい座り心地だよ。ザックの家にあるものよりたぶん高級……。
お茶を出されて公爵たちがいらっしゃるまで待つ。
「甘くする?」
ルトがお砂糖を取って、優しい声で聞いてきた。なんだか楽しそうだ。
「え、いいよ、自分でやる」
「やりたいんだ。やらせて?」
ルトがなぜかおねだりするように言ってきた。その流し目は計算ですか、もう!
どうして私のお茶の世話をしたがるのかわからなかったけれど、ルトのおねだりに完敗した私は大人しく自分のお茶を差し出す。
ルトは鼻歌でも歌い出しそうなくらいご機嫌に私のお茶に量を尋ねながらお砂糖とミルクを入れて、混ぜてから渡してくれた。
初めて会った時みたいだな。あの時はケフィだったけれど。
ちなみにあの黒い飲み物はケフィという名前だったのだと、ザックの家で覚えました。苦味を楽しむものらしいけれど、私にはお砂糖とミルクが必須です。
こくりとお茶を飲むと優しい甘さと香ばしいいい香りをふわりと感じて心が落ち着いてくる。
「美味しい。ありがとう、ルト」
そう言って笑うと、ルトも笑ってくれた。
ルトのおかげで緊張がだいぶ落ち着いた。ルトがいてくれてよかったな。
そんな私たちの様子をメイドさんたちが微笑ましい目で見ていたことに、私は全く気づかなかった。
「旦那様方のご準備が整いました」
部屋に入ってきてそう言ったのは、確か執事のクロードさん。ルトが立ち上がったので私も立ち上がる。
そして部屋に入ってきたのは、一人の男性と一人の女性。そして後ろから小さな女の子が二人、手を繋いで入ってきた。
「殿下、お待たせして申し訳ない」
男性がそう挨拶すると、ルトは首を振った。
「いえ、こちらこそ急に連絡してしまって申し訳ない。城にいたのですよね? わざわざ戻って頂きありがとうございます」
二人の挨拶をよそに、女性がぱたぱたと前に出て来て私の手を取った。
「はじめまして、あなたがナディアさんね! ようこそ我が家へ! お待たせしてごめんなさいね!」
公爵夫人と思われる綺麗な女性がそれはキラッキラの笑顔で私の手をギュッと握りしめた。
明るい金髪をゆるく結い上げ、青緑の目を子供のように輝かせている。まだだいぶ若く見えるけれど、いくつなんだろうか。
「よろしくね」と私の手をぶんぶん振り回していて、私はぽかんと口を開けてされるがままだ。
あ、あれ? 公爵夫人ってこんなに気さくなもの?
「あの、あの」
「そこまでです。ナディアが困惑していますよ」
目を回していると、ルトが冷静に間に入ってくれた。どうやらこの人はいつもこんな感じのようだ。
「まあ、ごめんなさいね。わたくし、リリアナ・グレイスフェルよ。今日からわたくしがあなたの母にならせていただきます、よろしくね」
花が咲くようにふわりと笑うその女性は私を心から歓迎してくれているようで、ぽかぽかと胸が温かくなった。
平民の私のお母さんは院長先生だけど、この人が今日から貴族での私のお母さんなのか……。
「はじめまして、ナディアといいます。急に来てしまって申し訳ありません。この度は、私を養子として受け入れてくださって本当にありがとうございます」
私が挨拶をすると、夫人は楽しそうに笑った。
「まあ、こちらこそ初代女王アイリス様の生まれ変わりを養女にできるだなんて光栄に思っているわ。ねえ、ランディ」
先ほどの男性がスッと前に出てきた。背が高く、全身から渋みが滲み出ている。
青い髪に、青い目をしていて、口元に少しだけ残してある髭は綺麗に整えられている。
いかにも身分の高い紳士、という感じだ。
「ランドールだ」
「………」
あ、あれ? 今のって、挨拶? それで終わり?
「ごめんなさいね、この人無口なの。必要最低限しか話さないのよ。怒っているとか機嫌が悪い訳じゃないから、許してあげてね。でもこれからこの人が父になるんだから、早く慣れた方がいいと思うわ」
仕方なさそうに夫人は笑った。
「それから、こちらが子供たちよ。まだ上に二人いるのだけれど、今は学園の寮に入っているの。先に下の二人を紹介するわね。アリアナと、マリエラというのよ。今日からあなたの妹になるから、仲良くしてあげてね」
よ、四人も子供がいるんだね。仲良くなれるかな?
そう言って夫人が示した方向には、先ほど一緒に入ってきた、私より年下の二人の可愛い女の子がいる。
七歳くらいの子と二歳くらいの小さな子だ。
年上の方の金髪の女の子は、少し吊り上がり気味の紫の目を警戒するように光らせている。この子はお父さん似なんだな。
「わたくしは、アリアナよ。お、お姉様、と呼んであげてもいいわ」
ふん、とでも言わんばかりに胸を張っているけれど、頬が赤くなっていて緊張しているのが伝わってくる。なんだか可愛い。
「ありがとう、私もアリアナって呼んでもいいかな?」
笑顔でそう言ってみると、さらに顔を赤くして、「仕方ないわね」と言った。
わあ、可愛い。仲良くしてくれそうでよかった。
さっきもう一人がいた方を見ると、いなくなっている。
あれ、どこだ、と思った時、ふと視線を感じて下を見ると、そこには小さな銀髪の女の子が、愛くるしい青い目を輝かせて私のスカートを掴み、にっこりと笑っていた。
……て、天使がいる!
思わず手が伸びそうになって、ぐっ、と踏みとどまる。いくら天使のように可愛くても公爵家のご令嬢だ。孤児院の下の子たちのように接するわけにはいかない。
「なでぃたん!」
なでぃたん?
天使はキラキラとした目をこちらに向けて、私のスカートを両手で握りしめ、ぐいぐいと引っ張ってくる。
「あ、あの、えっと」
このままではスカートが脱げてしまう。
私はとっさにしゃがみ込み、天使と視線を合わせた。すると、天使は極上の微笑みを私にくれた。
「なでぃたん!」
またそう言って、私の首もとにがしっとしがみついてきた。
え、え? ええ!?
どうすればいいのか、とおろおろ視線を彷徨わせていると、公爵夫人が驚いたように言った。
「あらあら、珍しいわねぇ、マリエラがこんなに懐くなんて。よかったら抱き上げてあげてくださいな」
にこにことそう言われて、私は迷わず「はい!」と返事をした。
元々小さな子供には慣れているし、とても可愛いから私も抱っこしたいと思っていたのだ。
私はスッと天使を抱き上げて挨拶した。
「私はナディアだよ。よろしくね、マリエラ」
「なでぃたん、まりは、まりだよ! にしゃいなの!」
か、可愛すぎる……!
あまりの可愛さに一瞬くらりとしたけれど、ルトがさっと背中に手を出して支えてくれた。
だ、大丈夫だよ。さすがにこの子を抱っこしたまま倒れないから!
心配性なルトを見上げると、そこには綺麗な銀髪をさらりと揺らす綺麗なお顔が。
あれ? そういえば。
「マリエラも銀髪だけど、銀髪は王族にしかいないって言ってなかった?」
首を傾げて聞いてみると、ルトは「ああ」と言って答えをくれた。
「彼女は元王族だからね。現国王の妹で、俺の叔母でもある」
そう言って公爵夫人を手で示した。
えっ。
私はぴしりと固まった。
「うふふ、一応元王女なのよ。この人に嫁いだから、もう王族じゃないけどね」
そう言って公爵夫人は、公爵の元へ行ってそっと腕に触れた。
……わ、私、元王女様の養女になってしまったみたいです……。




