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フィルハイドの話(sideルト)

ルトの幼少期と、ナディアとの出会いのルト視点です。


 僕はフィルハイド・フェリアエーデン。今は九歳だ。


 第二王子なんて立場に生まれてしまったから面倒なことも多いけれど、少し頑張れば大抵のことはできてしまうし、面倒事の対処も王族の義務だから仕方がない。


 今日はスターリン公爵家の令嬢が挨拶に来るんだって。


 はぁ、早く終わらないかな。


 スターリン公爵令嬢は僕より一つ年上の、とても可愛らしいご令嬢だった。作法も完璧だったし、理想の貴族令嬢と言えるだろうね。


 ちらりと兄を見ると、顔を赤くして彼女に見とれている。


 うわ、兄さんはなんてわかりやすいんだろう。そんなんじゃ未来の国王である兄さんの臣下として、僕は不安だよ。


 まあ、兄さんが興味を持つご令嬢が現れたことは喜ばしいことだ。


 僕は元々冷めた性格をしているようで、今までそういう気持ちを抱いた人はいたことがないし、おそらく、これから先も誰にも興味を持てないだろうと思っている。



 僕は、ギィ、と音をたててある部屋の扉を開いた。


 僕はたまにここに来ることにしている。

 そしていつも通り、ある絵の前で立ち止まった。


 ここは歴代の王たちを讃える間。


 ズラリとたくさんの王たちの肖像画が並べられている。


 僕がいつも見ているのは、初代女王の絵だ。


 蜂蜜色の髪と緑色の目をした女王は、絵の中でにこやかな表情で佇んでいる。


 この人だけは、僕が興味を持つ女性と言えるかもね。


 この絵を初めて目にした時、僕は不思議な気持ちになった。

 なぜだかわからないけれど、懐かしいような気分になったのだ。


 そして、この人、初代女王アイリスが成し遂げた功績や不思議な力について教えられて、とても素晴らしい女性だと思った。

 苦境に負けない強い心を持ち、魔法によって人々を助ける。


 それからは、彼女は僕の憧れの女性だ。

 彼女みたいな女の子がいたら、僕もきっとその子に興味を持つのに。


 初代女王だなんて、笑ってしまうくらい高い理想だよね。


 僕は魔術にとても興味があるけれど、魔法にはもっと興味がある。一体どんな力だったのかな? 精霊ってどんな姿なのかな? いつか僕にも姿を見せてくれないだろうか。


 初代女王のような不思議な力を使える者は他には誰一人として現れていないらしく、おかげで彼女の力や建国に至る逸話までが眉唾物だと噂され、平民の間ではすでに知らない者の方が多いらしい。本当に嘆かわしいことだ。


 僕には全て本当のことだと、こんなにもしっかりと思えるのに。



 現実のご令嬢に興味を持てる日は、やっぱり来そうにない。


 媚びるようにすり寄って来たり、僕を何かと褒めちぎったり、自慢話ばかり聞かされたり、うんざりしてしまう。


 なぜか頻繁に城に来るコンスタンス侯爵令嬢なんて、いつも趣味の悪い装飾品をジャラジャラと身につけて意味のないことをぺらぺらと喋るだけ。頭の軽さをアピールしたいとしか思えないよ。


 あんな令嬢を妻にしたら、あっという間に国庫を食い潰されそうだ。


 次期国王は兄さんなんだし、僕は気ままに独身を貫くのもいいかもしれない。


 それから何年も、やっぱり僕が興味を持つ女性は現れなかった。




「……治らない?」


 俺は珍しく呆然として相手の発言を聞き返した。


 兄上が余命幾許もないだって? 俺が未来の国王だって?


「そうだ。アレクサンダーはもう長くない。アデライドを妻に迎え、お前が次期国王となるのだ」


 父である国王が重々しく俺に告げた。


 ……兄上とあれほど愛し合っているアデライドと、俺が結婚?

 王族の義務とはいえ、なかなか厳しいことを言ってくれる。


 ……しかし、それも仕方がないことか。


「かしこまりました」


 慇懃にそう言えば、王は少しばかり眉を上げた。


「何も不満はないのか」

「陛下とて何も思わないわけではないでしょう。そうするしかないのだと理解しておりますよ」


 そう、彼女以上に王太子妃としてふさわしい令嬢はいないのだ、残念ながら。


 たとえ気が進まなくとも、俺は王にならなくてはならないし、アデライドを妻に迎えなくてはならない。

 この国の王子に生まれたからには、それは義務なのだ。



 しかし、事はそう上手くはいかなかった。

 アデライドは運命を嘆き、呪いを受け入れてしまったのだ。


 兄の病が治ればと思うが、そんなことは幻想だ。

 奇跡でも起こらない限り、ありえることではないだろう。


 アデライドの聖女としての民の人気は計り知れない。彼女を絶望させたのが王族だとわかったら、民心が離れる可能性もある。


 ……何より、壊れていく兄上を見ていられない。


 なんとかしなければ。



 アデライドに呪いをかける動機がある人物には何人か心当たりがある。

 こうなっては、俺自身も動いた方がいいだろう。


 民の暮らしを知るため、俺は普段から平民のルトとして街をたまに出歩いている。


 ルトという名前は、なんとなく思いついて自分でつけた。名前をもじっていると言えなくもないし。


 魔術学園で友人になったザックと共に呪いをかけた人物を探ろうと心当たりを回る。


 心当たりとは当然貴族だ。


 幸いザックは多数の貴族から商品の注文を受けていて、商品の確認だと言えば屋敷内に入り込むのは容易い。フィルハイドとして訪問すれば屋敷には入れるだろうが、歓待を受けて探るどころじゃないからね。



「次はコンスタンス侯爵家か。あそこは注文が山程あるから、訪問の理由には事欠かねえな」


 ザックはそう言って注文リストを確認している。


 だが俺はそれよりも、今目の前を横切った少女に目を奪われていた。


 ……似てる。


 髪が男の子のように短かったけれど、あれは女の子だった。

 帽子の下には、俺がよく知る初代女王と同じ蜂蜜色の髪と緑の目が見えた。どちらの色も特に珍しいわけでもないし、関係ないと思えばそれまでなんだけど。


 『精霊が呼ぶ』という言葉がある。


 ふと気になって、なぜか心惹かれて、というはっきりしない理由によっていつもとは違う行動を起こしたくなる現象だ。


 精霊に呼ばれたように、俺は思わずその子を追いかけて走り出していた。


「おい、ルト!?」


 その子は、コンスタンス侯爵の屋敷をこそこそと観察していた。何か独り言を言っているようだけれど、内容は聞こえない。


 屋敷からコンスタンス侯爵夫人と令嬢が出てきた。今日も趣味の悪い格好をしている。きっと今日も今から侯爵の仕事にかこつけて俺に会いに城へ行くんだろうけれど、彼女たちと会うつもりは微塵もない。


 夫人たちが去った後、急に大男四人が現れてあの子を取り囲み始めた。明らかに絡まれている。


 助けなくてはと思い駆け出そうとしたけれど、少女は怯えながらも立ち向かう姿勢を見せた。その目には強い光が宿っていた。


 それを見た時、俺は初代女王の話を思い出した。



 アイリスは、平民の生まれだった。

 国が次々と戦争を起こし人々が希望を失う中、彼女だけは希望を失わなかった。

 そんな彼女に精霊王は加護を与えた。

 彼女は精霊が見えて会話もできるようになり、魔法の力で戦争を終結させた。


 彼女は強い心を持つ女性だったのだ。

 怯えながらも諦めない少女の姿がアイリスに重なった。


 ……やっぱり似ている。



 しかし、その少女は今にも大男にやられそうになっていた。

 俺はほぼ反射で駆け出していた。



 助けた少女をじっと見てみる。

 初代女王と同じ色合いだけれど、絵から感じる雰囲気とは違う。彼女よりも穏やかな顔つきをした少女は、ぽかんとこちらを見ていた。女王のこんな顔は想像できないな。


 そちらに歩を進めようとすると、突然少女は焦ったような顔をして、精霊語のような言葉を叫んだ。


 すると俺のすぐそばに風が舞い、短剣が弾かれて転がっていった。


 今のは何だ? 魔術? いや、あれだけの言葉で発動するなんてありえない。


 ……まさか、魔法?


 魔法を使って、俺を助けてくれたのか?

 彼女は俺たちが驚いている様子を見てまずいと思ったのか、お礼を言うと逃げ出した。


 でも、逃がすわけにはいかない。話を聞きたい。


 幸い追い付くことができたけれど、少女はものすごく警戒している。俺はいつものように笑顔を作り、彼女を懐柔しようとした。


 すると、なぜか彼女はさらに警戒心を強めた。

 あれ、おかしいな。これで頬を染めない女の子はいなかったのに。


 ザックの助けもあって、カフェで話を聞くことができるようになった。


 初めてカフェに来たようで、メニューとにらめっこしている。結局俺たちと同じケフィを注文していたけれど、何かはわかっていない様子だった。


 案の定、ケフィを口に含んだ瞬間に顔をしかめ、残りを横にずらした。


 ……面白い子だ。


 ケフィを甘くして渡してあげる。

 王子である俺が誰かに飲み物の世話をしたのは初めてだ。そう思うとおかしくて、つい笑ってしまった。


 それを見た少女はさっきと違い安心したようにケフィを飲んで、「美味しい」と言った。


 ……さっきの笑顔とそんなに違わないと思うけど。


 彼女はナディアというらしい。


 さっきのは魔術を使ったのだと言い出した。

魔術ではありえないのに、ごまかすつもりなのか?


 そう思ったら口調がきつくなってしまったようで、彼女は怯えて、黙り込んでしまった。


 くそ、こんな風に自分を制御できなかったことなんてないのに、俺は何をやっているんだ?


 なんとかもう一度警戒心を解きたくて、ケーキを勧めてみる。こんなことでできるわけないのに、俺はこんなにバカだっただろうか。


 けれど、ナディアは目を輝かせ、警戒心はあっという間に解けた。

 ケーキを真剣に選び、愛でてから美味しそうに頬張る姿が可愛い。


 ……可愛い?


 今まで女の子にそんなことを思ったことはなかったのに。


 食べ終わる頃にはなぜかすっかり俺たちに心を許してしまっている様子だった。



 彼女は生まれつき精霊が見えるのだと言う。

 アイリスだけしか持たなかった力を、生まれつき持っている?


 それが本当なら、彼女はアイリスの生まれ変わりなのではないだろうか?


 そのせいで親に捨てられても、今は幸せだと笑っている。アイリスのような強い心も持っているようだ。


 ……俺の馬鹿げた理想を体現したような女の子が、今、目の前にいるのかもしれない。


 彼女は精霊を呼んでくれたけれど、やっぱり俺には見えなかった。すると彼女は俺の手をとり、精霊語で何かを呟くとそこに精霊を出現させたのだ。


 衝撃だった。


 これが精霊か。ずっと見たいと思っていた。ナディアはそれを俺に見せてくれたのだ。


 働かない頭で、魔法を見たいと遠回しにお願いする。


 ナディアは素直に了承してくれた。


 ナディアが見せてくれた虹の魔法は素晴らしかった。

 けれど、俺は虹よりもそれを作り出したナディアから目を離せなくなった。


 虹を背後にナディアが少し得意げに笑う。


 ナディアが眩しくて、とても可愛くて神聖な存在に見えて、俺はこの時、完全に心を奪われた。


 ……この子が欲しい。


 しばらく一緒に行動できるよう話を誘導して、これからも彼女と会える機会を作った。



 ナディアは可愛くて面白くて頑張り屋で、ナディアといるのはいつも楽しい。冷めていると思っていた自分はどこへ行ったんだろう?


 ナディアは俺の馬鹿みたいな理想を軽く越えて、俺の心を惹き付けてくる女の子だったのだ。



 初代女王の生まれ変わりの魔法使いだと言えば、俺の相手としても不足ではない。きっと父上も反対しないだろう。


 絶対にこの子を逃がしたくない。


 何としても君を手に入れる。

 ……覚悟してね、ナディア。

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