門出
パン屋の次は、孤児院へ向かう。
今日で、しばらくみんなとはお別れだ。
またルトとザックに送ってもらいながら、孤児院までやってきた。
十年過ごしてきた孤児院を見上げる。
もう、ここで過ごすことはできないんだな。
全員にきちんとお別れをしたかったけれど、今は仕事に出ていて不在の子もいる。
残念だけれど、もう行かなくてはならない。
ダイニングに入ると、院長先生やローナ、まだ仕事をしてない子供たちがいた。
よかった、ローナは今日はお休みだったみたいだ。他の子たちはまだしも、ローナがいないうちに去ってしまうとなんだか後が怖い。
ローナは私に気づくと、驚いたように目を瞬いた。
院長先生も私に気づいて驚いている。
「まあ、ナディア、どうしたの? 今日はお仕事だったんでしょう?」
院長先生が駆け寄ってきて私の後ろにいる二人に目を留めた。
「あら、こちらはどなた?」
院長先生の優しい笑顔を見ると、泣きたくなってきた。
「あのね、院長先生。私、いきなりなんだけど、すぐにここを出なくちゃいけなくなったの。詳しいことは話せないんだけど……」
「まあ、ナディア……」
しどろもどろで説明すると、院長先生は目を見開いたあと、口に手を当てて心配そうな顔をした。
「……さっき、変な男たちがここに来たの。あなたのことを探しているみたいだったけれど、それに関係があるの?」
「えっ、ここに来たの!?」
まさかすでに孤児院にも来ていたなんて。やっぱり、もう時間は残っていないみたいだ。
「ええ、でもこの辺りで見たことのない人たちで、なんだか怪しかったから知らないふりをしたわ」
私はホッと息を吐いた。
「うん、そうなの。ごめんなさい、迷惑かけて。でも、二人が助けてくれることになったから、私は大丈夫だよ。私……しばらくは会えないと思うけど、またいつかは、ここに来られるように、頑張るから。ごめんなさい、こんな急に出て行くことになって。院長先生に拾ってもらってすごく幸せだったから、いっぱい恩返しもしたかったのに、しばらくは顔も見せられない……」
話しているうちに涙が溢れてきて、ぽろりと零れた。
院長先生は悲しげな顔で微笑んで、私の頬に触れた。
「何を言っているの。あなたはいつも私や下の子たちを助けてくれていたわ。ここに来たばかりの小さな頃から、いつも率先してお手伝いしてくれて、働き始めてからはお給料のほとんどを孤児院に入れてくれて。自分のことは後回しだから、心配していたくらいだったのよ」
院長先生がこぼれた私の涙を指で拭う。
「あなたの身の安全が一番大事よ。あなたが元気でいてくれることが、これからの何よりの恩返しなの。ほら、泣き止んで。後ろの二人を紹介してちょうだい?」
院長先生がルトたちを示したので、ぐいっと涙を拭って後ろを振り返った。
「ルトと、ザックだよ。二人とも私にとっても良くしてくれてるの」
二人は揃って綺麗な礼をした。
「はじめまして、ルトと言います。いきなり彼女を連れ出すようなことになって申し訳ありません。ですが、彼女のことは僕が責任を持ってしっかりと守っていきますので、どうか安心してください」
「俺はザックと言います。俺の力の及ぶ限りでナディアの助けになるつもりなので、安心して任せてください」
すると、院長先生や女の子たちがぱちぱちと瞬きをして、ぽうっと頬を染めた。
あ、あれ? さ、さっきのサラさんもそうだったけれど、危ない貴族たちから守ってもらうんだから間違ったことは言ってないんだけれど、何かこの言い方だと、誤解を招かないかな?
「ナディア、あなた、こんな素敵な男性を二人も捕まえて……一体どっちが本命なの?」
……やっぱり!
「お姉様……」
ローナだけは青ざめた顔でこちらを見ていた。
ルトはにこにこ笑顔で何も言わないし、ザックは顔を背けて笑いを堪えている。
「ち、違うから! そんなんじゃないから!」
「まあ、まさか二人とも遊びだなんて言わないわよね?」
「そんなわけないでしょー!!」
院長先生のおかげですっかり涙は引っ込んだ。
自分のいた部屋を片付けて、少ない私物をまとめる。持っていける物は何もないので、下の子たちに譲ることにした。
そして、孤児院の門の前まで、みんなが見送りに来てくれた。
「あなたは元々もう少しでここを出る予定だったから、少し早まっただけだと思えば納得もできるけれど、半成人を祝えないことだけは心残りね」
院長先生が残念そうに言った。
私も、ここでみんなにお祝いしてほしかったな。
「お姉様、一緒に洗礼式を受けようと言ってましたのに……」
ローナが悲しそうにそう言った。
貴族の私と平民のローナでは一緒に洗礼式は受けられない。
「ごめんね、ローナ。私もローナと離れるのは寂しいよ。もし洗礼式でローナに魔力使いになれるくらいの魔力があるってわかったら、私が行く貴族のところで雇ってもらえるようお願いしてみようかな?」
冗談でそう言うと、ローナはバッと顔を上げ、目をギラギラと輝かせた。
「本当ですか!? 絶対ですよ! わたくし、意地でも魔力を得てみせます!」
意地で得られるものではないはずなのに、なぜかローナならできてしまう気がして、私は顔をひきつらせた。
「ナディア、行っちゃうの?」
「もう帰ってこないの?」
小さい子たちが泣きそうになりながら言った。
「うん、でもみんな、私がいなくてもちゃんと部屋の掃除をして、歯磨きもするんだよ。院長先生のお手伝いも。ケンカしないで、仲良くね。きっとまた会いに来るから、元気でいてね」
しゃがんでみんなをまとめて抱きしめた。
うぇーん、と泣き出した子もいて、私も泣きそうだ。
涙が零れないように、上を見上げる。今日は晴天だ。
ふと、ルトとザックに初めて会った日のことを思い出した。
あ……そうだ。
私は、じゃあねと言って立ち上がり、みんなに背を向け、ルトとザックの方へ駆け寄った。
振り向いて、最後の挨拶をする。
「みんな、またね!」
手を大きく振って、みんなに背中を向けてから小声で呟いた。
《みんな》
《なーにー?》
ふわふわと精霊たちが姿を現す。
《虹を作って》
そう言うと、精霊たちが空を舞い、きらきらきら、と、空に大きな虹が架かった。
私が空を見上げると、みんなも視線を追いかけた。
「わぁー!」
「すごーい!」
「きれー!!」
小さい子たちの声が聞こえる。
「ナディア……」
「まあ、いいんじゃねぇ? 俺これ好きだし!」
ルトとザックが仕方なさそうに笑った。
ごめんね、今魔法を使うのはちょっと危険かもしれないけれど、許して。
「まあ、素晴らしい門出になったわね、ナディア」
院長先生の嬉しそうな声。
雨あがりにこうしていつもみんなと見る虹が大好きだった。
またこの光景をみんなで安心して見るために、貴族になるのだ。
うん、私、新しい場所でも頑張れそうです!
一章は、これで終わりです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます(^^)
次は、ルトのお話を挟んで二章、貴族編です。




