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貴族の噂


「ルト! ナディア!」


 手を軽く振りながらザックが迎えてくれた。


 話をするにはこの辺りでは一番安全だから、とルトがピアスで連絡をとってザックの家にやってきたのだ。


「ザック! 今日もお部屋貸してくれてありがとう!」

「ん、気にすんなよ。つーかお前、狙われてるってのに能天気だな……」


 呆れられているようだ。


「え、だって、すぐにルトが来てくれたし、ザックとも会えたからもう安心でしょ?」


「「………………」」


 へらりと笑ってそう言うと、なぜか二人揃ってため息をつかれてしまった。


 だって、私が誰かに狙われてたとしても、二人がいればあの時みたいに一瞬でやっつけちゃいそうなんだもん。




◇◇◇◇◇


 お茶を用意してくれたメイドさんが部屋を出ていくと、ルトが真剣な様子で話を切り出した。


「簡潔に言うと、貴族の間であのパーティーのことが噂になって広がっているんだ」


「あのパーティーのこと?」


「ナディアはホールが真っ暗になってみんなが苦しみ出した時、魔法を使って助けてくれただろう? それを、多くの貴族が目撃していたからね。当然と言えば当然なんだけど……あの魔法使いは誰だと騒ぎが起こった。できるだけ抑えようとしたんだけど、魔法使いが王都にいるという噂が、広範囲に広がってしまったんだ」


 魔法使い?

 それって、私のこと?


「でも、どうして魔法だってわかったの? 魔術とはそんなに違うの?」

「魔術を使う為には事前呪文というものが必要だし、できることには制限がある。魔術具を使ったり例外はあるけれど、ナディアがやったことは魔術を知る貴族ならみんな魔法だとわかるものだったんだよ。そして誰かが言ったんだ。彼女はきっと初代女王の生まれ変わりだ、とね」


 私はあんぐりと口を開けた。


 み、みんな簡単に私をアイリスの生まれ変わりだと思い込みすぎじゃない?


「その噂はあっという間に広がった。大勢がナディアの髪色と仮面の奥の緑の目を覚えていて、それがアイリスと同じ色だったのも大きいと思う。でも貴族にその容姿に該当する令嬢はいない。なら実は魔法を使って平民の中に隠れているのではないか、という話になったらしくて」


 ご、強引すぎじゃないかな!?


 いや、私が平民として過ごしているのは間違っていないんだけど!


「でも、髪色は変えられるんだから、本当の色だとは限らないでしょう? 私には銀色に見えてたけど、ルトも変えてたんだよね?」

「俺もそう思ったんだけどね……。あの黒い石は魔力を吸っていたでしょう? それであの場ではみんな魔術による変装が解けてしまっていたみたいなんだ。俺は念のために帽子を被っていたんだけど、それで助かった。だから、きっとあれが魔法使いの本当の髪色だと思われているみたいだ」


 えええええ!?


 そ、そんな……。私としては、みんなで仮装している中、目以外顔を全部覆うあんな恥ずかしい仮面をつけていたんだから多少目立っても大丈夫だと思っていたのに。


 私があの仮面をつけていた意味は!?


「あの、でも、みんなどうしてそんなに魔法使いを探しているの?」


 お店に来た男たちの雰囲気だと、あんまりいい理由ではなさそう、だよね。


「君を無理にでも養子にして、初代女王の生まれ変わりの少女だと王家に差し出されれば、ここまで噂が広がっている以上王族としては放置できない。君を何らかの方法で王族へ迎えることになれば、下手をするとそいつは王家の外戚だ。政治の求心力としても利用できるし、ナディア本人が祭り上げられると現在の王族と勢力を二分した権力争いが起こるかもしれない。そうでなければ、監禁されて魔法の力を利用され続けるかもしれない」


 私はぽかんと口を開けた。


 ルトが示す可能性の数々が恐ろしすぎて、理解が追い付かない。


 私の意志は度外視で利用されたり、争いの種にされてしまうかもしれないってこと?


 ザックが気遣うように私を見た。


「わ、私が初代女王の生まれ変わりかどうかなんて、全く確証はないのに……?」

「これだけ噂が広がってしまったら、本当はどうなのかなんてほとんど関係ないんだ。しっかりした確証なんて得られるはずがないんだし、みんな自分の信じたいものを信じるからね。そして、魔法を使える少女なんて、大勢の人が初代女王の生まれ変わりだと信じるものなんだよ。俺も含めてね」


 ルトは自嘲するように笑った。


 私は唖然とした。


 本当に生まれ変わりかどうかは関係なく、そう思われる存在だというだけで、そんな風に利用されてしまうの?


 私は自分が追い詰められているように感じて、胸がざわざわしてきた。


 パン屋にまで私を探す人が現れたのだから、孤児院にもすぐ現れるかもしれない。


「…………」


 ルトは一度何かを言いたそうにして、口を閉じた。ザックがそれを見て私に気遣わしげな視線を向け、ルトに代わるよう口を開く。


「ナディア、少し早くはなるけど、もうルトが紹介する貴族のところへ行った方がいいと思う」

「!」

「魔力があってもなくても、魔法使いとしてのナディアを狙う連中が現れた以上、平民のままだとお前も周囲も守るのは難しい。どのみち、このまま平穏に半成人まで過ごすことはできないだろ?」


 半成人を迎えて洗礼式を受けなければならない時が来るまでは、まだみんなといられると思っていた。


 けれど、あんな風に私を探している人たちから、四ヶ月の間隠れているだけで逃げ切れるとは思えない。捕まってしまったら、それで終わりなのだ。


 ギリギリまで孤児院にいたいなんて、もう言っていられないんだね……。


「…………」


 私はうつむいてぎゅっと手を握った。


 どうしてこうなっちゃったんだろう。ただ生まれつき精霊が見えたりお話ができたというだけで、親に捨てられて、やっとできた家族たちと過ごせるはずだった残り少ない期間を諦めなければならないなんて。


 精霊たちとお話ができなければよかったとか、あのパーティーで魔法を使わなければよかったなんて思わないけれど、やりきれなくて、胸が苦しい。


 ふとルトを見ると、悔しそうな顔で膝の上で握りしめている拳が、少し震えていた。


 私の気持ちを考えて、ルトが自分のことみたいに辛そうにしてくれているのを見て、私は悲しい気持ちが半分になったような気がした。ルトが半分持って行ってくれたみたい。


「……そうだね。そうするしかないみたい。ルト、急な話になっちゃうけど、大丈夫かな?」


 私がそう言うと、ルトは少し驚いたように顔を上げて、私を見た。


 私がぎこちないながらも少し笑っているのを見て、ルトも少し安心したように微笑んでくれた。


 ありがとう、ルト。


 ルトとザックに会えていなかったら、私、どうなっていたかわからないね。二人に出会えて、こうやって守ってもらえて、私は本当に幸せ者だよね。




◇◇◇◇◇


 ルトとザックに送ってもらいながら、パン屋にやってきた。


 いきなり辞めることになってしまったので、きちんと自分で報告だけはしたかったのだ。


 お店に入ると、売り場にいたサラさんが目を見開いて私に駆け寄ってきた。


「ナディア! あんた、もうここに来て大丈夫なのかい?」


 ケガはないのかとサラさんが私の体を確認するように見ている。


「実はあんまり大丈夫じゃないみたいなんですけど、この二人に無理を言って来させてもらっちゃいました。店長もいますか?」


 私がそう言うと、サラさんが慌てて厨房から店長を呼んできた。


「ナディア、おめぇ、もう大丈夫なのか?」


 店長が眉間に皺を寄せながら心配そうに聞いてきた。


 私は二人を順番に見つめて、話を切り出した。


「店長、サラさん、さっきは迷惑をかけてしまって、本当にすみません……あの、私、もう明日からここで働くことができなくなってしまったんです。いきなりで、本当にごめんなさい」


 何と説明していいかわからなかったので、辞めることだけを伝えることになってしまった。


 そのことも申し訳なくて私がしゅんと俯きながらそう言うと、サラさんが気遣わしげに首を振った。


「……私たちのことは気にしないでいいんだよ。何があったのかわからないけど、ナディアが無事ならいいんだ」


 店長が、フン、と言いながら腕組みをする。


「おめぇがいなくても……なんだ、まあちっとは困るが、世の中どうしようもねえことはあるもんだ。おめぇは気にすんな。さっきの輩のこと、俺たちは何もしてやれねぇが、おめぇのことはこの兄ちゃんたちが守ってくれるんだろ?」


 店長がそう言ってギロリと、いやちらりとルトたちを見た。


「はい、もちろん。彼女のことは任せてください」

「まあ、頑張るよ」


 ルトが笑顔で、ザックは照れくさそうに言った。

 店長の睨んでいるような視線にまるで怯まないなんて、二人ともさすがである。


「まあ……」


 サラさんが驚いたように二人を見て、私に小声で呟いた。


「で、どっちが本命なんだい?」


 ……違うから!!

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