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来襲


 あと四ヶ月後には、私は貴族の養子になる。


 それまでは、孤児院のみんなやパン屋の店長やサラさん、街の人たちと、平民のナディアとして会える時間を大切に過ごしていきたいと思っていた。


 けれど私の知らないところで、じりじりと危険な足音が私に迫りつつあった。



「ナディア、おめぇ、そろそろ半成人だな」


 パン屋の厨房でパンを捏ねていると、店長がそう切り出した。


「あと四ヶ月後ですね」

「……俺たちとしちゃあ、おめぇにはここをずっと続けていてほしいと思ってるが、どうだ?」


「!」


 半成人を迎えると、独立したり、正規雇用にあがることができるようになる。


 正規雇用されると正式にその店の一員となり、経営や開発、お店が発展するための作業にも携わることになり、働く時間もお給料も増える。

 見習い期間を続けることも珍しくないので、店長が今こういう風に言うということは、半成人後は私を正規雇用してくれるつもりがあるらしい。店長はわかりにくいけれど、私にはだいぶわかるようになっているのだ。


 私は嬉しくなると同時に、申し訳なく思った。


 半成人後に貴族の養子に行かなければならないので、申し出を受けることはできない。

 せっかく望んでくれているのに断らなければならないのは、私には辛かった。


 むしろ、その頃にはこの店を辞めなければならないことを伝えなければならない。


「店長、ありがとうございます。でも実は、私……」



「……! …………!」

「…………!」


 店の売り場から何やら騒がしい音が聞こえてきた。


 今売り場には店長の奥さんのサラさんがいて、サラさんの声も聞こえてくるので誰かと何か言い争っているみたいだ。


「何かあったんでしょうか?」

「……ちょっと見てくる」


 店長が売り場へ様子を見に行って少しすると、入れ替わりにサラさんがバタバタと慌てて厨房に入ってきた。


「ナディア!」

「サラさん! どうしたんですか?」


 サラさんは「説明は後!」と私を厨房の奥の居間に押しやった。店長一家はここに住んでいる。


「隠すとためにならんぞ!」

「この店で見たという者がいるんだ!」

「そんな娘はいないと言っているだろう! 神聖な厨房に入るな! 出ていってくれ!」


 知らない二人の男の声と店長の声がした。


 え? 何?

 娘って……私のこと?


 知らない声の主はチッと舌打ちをして、厨房から出て行ったようだった。



「……もう大丈夫だろう、出ておいで、ナディア」


 サラさんのホッとしたような声が聞こえて、私は居間の扉をそっと出て厨房に入った。


「……あの人たち、誰だったんですか?」


 私はわけがわからなくて、二人に尋ねた。

 店長とサラさんは顔を見合せ、心配そうに言った。


「あいつら、乱暴な口調でここに蜂蜜色の髪に緑の目の少女がいねえかって聞いてきた。怪しい奴らだったんで追い返したが、おめぇ、ちっと前に侯爵様の屋敷について聞いてきたことがあったな。なんかやらかしたのか?」


 え!?


 蜂蜜色の髪に緑の目って……私のことを探してた?


 どうして? まだ洗礼式を受けていないんだから、魔力が多いかどうかなんてわかるはずがないのに。



「すみません! ナディアはいませんか!?」


 ルトの焦ったような声が売り場の方から聞こえてきた。


「え、ルト?」


 私は厨房を出て売り場へ向かった。店長たちも続いてきた。


 売り場にいたルトは額に汗を滲ませていて、とても焦っているように見えた。


「ナディア! よかった、無事だった!」


 ルトがそう言って駆け寄ってきて、いきなり私の肩を引き寄せ、ぎゅっと抱きすくめた。


「!?」


 はあ、と安心したように息を吐くルトの心臓の音が早い。走ってきたからか、焦っていたからなのか、すごくドクドクいっている。


 なんだか、少し手も震えているみたい。


「一部の貴族がすでに動いてるって聞いて、本当に焦った……」

「…………」


 私はなぜか全身が固まったように動けなくなっていて、ルトが何事か呟いた言葉も聞こえていなかった。


 あ、あれ、おかしいな。メノウに抱きしめられた時となんか違う。ダンスの時にすごくくっついたり抱き上げられたりしたことはあるけれど、こんな風に抱きしめられたことは初めてだ。ルトの心臓の動きが移ってきたみたいに早くなってきた。

 ルトは汗をかいているはずなのになぜか爽やかな匂いがして、なんだか息をするのも憚られる。


「……あの、あんたは?」


 サラさんの遠慮がちな声にびくりと我に返った。


 べりっとルトを押して離れたけれど、まずい。顔が赤い気がする。顔を上げられない。


「あ、その、ごめん、いきなり。無事だったって思ったら、つい……ああもう俺、本当、こんなはずじゃなくて」


 ルトの声が上ずっているように聞こえる。

 相当焦っていたようだ。


 何か大変なことが起こってるの?

 私はそっと顔を上げてルトを見た。


「無事だったって、どういうこと? さっき、知らない男の人たちが私と似た容姿の女の子を探してるってお店に来たんだけど、それと関係ある?」


 そう言うと、ルトはホッと息を吐いた。


「見つからなかったのか、よかった。それについて、少し話をしたいんだけど……いいかな?」

「あ、でも、まだ仕事が……」


 今はまだお昼を過ぎたばかりで、仕事がたくさん残っている。


「店はいいから、今日はもう帰れ。どうせ仕事にならんだろう」


 チッ、と舌打ちをしながらそう言った店長だけれど、私を心配して帰そうとしてくれているのだとわかる。


「店長、ありがとうございます。サラさんも、すみません」

「いいんだよ。でも心配だから、またちゃんと顔を出しなよ」



 私はすぐに制服を着替えて店を出ようとしたけれど、その前にルトがスッと大きめの布を差し出してきた。


「今は髪が短いから目立たないかもしれないけど、一応これで髪を隠した方がいい」


 やっぱり私と同じ髪色の女の子が狙われているらしい。


 ふと思って、ルトに小声で聞いてみる。


「ルトみたいに髪色を変える魔術私にかけられないかな?」

「……お店の人の前で魔術を使うわけにはいかないし、ナディアは魔術の影響を受けないから、かからないんじゃないかな?」


 はっ! そうだった!

 こういう時不便だよ、この体質!


 ルトが渡してくれた布はサラサラで薄手の女性用の肩掛けのようだった。ルトの用意周到さに脱帽する。


 私はそれをしっかりと頭にかぶり、ぎゅっと握りしめてルトと共に店を後にした。


 ……一体何が起こっているのだろうか。



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