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ルトとの帰り道


「じゃあ、私はそろそろ帰るね。二人とも、色々とありがとう」


 私がゆっくりと立ち上がると、ルトも立ち上がった。


「じゃあ、俺が送っていくよ」


 え!? ルトが!?


「いや、いいよ! 王子様に送ってもらうなんてとんでもない!」


 ぶんぶんと首を振って辞退を申し出たけれど、ルトはキラキラした笑顔でそれを却下した。


「女の子を一人で帰らせる方がとんでもないことだよ」


 ……わぁ、ルトから出てるキラキラがこっちに飛んできてびしびしと私を攻撃してきます。


 ルトは元々こういうキザなことを平気で言うところがあったけれど、王子だとわかってから聞くと、はまりすぎてて攻撃力が倍増だよ。



 結局私が押し負けてルトに送ってもらうことになった。


 すみません、王子様を送り役なんかにしちゃって。


 ザックに見送られて、二人でリングランド商会を出る。


「ねぇ、ルトは王子なのに、一人で出歩いていいの? 普通は護衛とかお付きの人とかがいるものじゃないの?」


 ふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「もちろん、良くないよ」


 さらりとルトは宣った。


 え? でも、今も一人だよね? というかルトがザック以外誰かを連れているところを見たことがないんですけど?


「俺はある程度は自衛できるし、呪い騒ぎに人員のほとんどが投入されていたから最近は黙認されていたところもあるかな。今日は撒いてきたけど」


 王子が護衛を撒いていいの!?


 私が愕然としていると、ルトは楽しそうに笑った。


「ねえナディア、四ヶ月後は俺と同じ貴族になるね」

「え、うん、そうだね。それでも王族のルトとは身分が違うだろうけど」


 養子に行くのもそんなに高い身分の貴族じゃないだろうし、どちらにせよ雲の上の人だ。なぜか今は隣を歩いているけれど。


「そんなに違わないよ、本当は今も。でも、ナディアには悪いけれど、俺は少し楽しみなんだ。ナディアに貴族の世界でも会えるのが」


 そう言ってルトはくすくすと嬉しそうに笑った。


 私が昨日さんざん悩んで決めたというのに、ルトはこれである。


 でも、ルトが待っていてくれると思ったら、貴族の世界に飛び込むことも怖くないかもしれない。私が離れたくない人はほとんどが平民だけど、もうルトもその中に入ってしまっている。


 呪いの事件が終わったら本当はもう関わるはずのない人だったけれど、またこれからも会う機会があるのは私も嬉しい。


「ナディア、またダンスに誘うから、その時は俺と踊ってくれる?」


 ルトが手を差し出して妖しく笑う。


 出たな、天然色気魔人! いや、これ、実は天然じゃないのかもしれない。ルトなんて色気大魔人だよ!


「トゥール以外ならね!」


 ぷいっと顔を背けて、私は先手を打っておく。もうからかわれるのはこりごりだ。


「えー? 俺はナディアとトゥールを踊りたいのに」


 ルトが悲しげに言うけれど、やめてほしい。ルトが女の子をトゥールに誘う意味を知らないはずはないのだから、平民で相手として力不足すぎる私を誘う意味は、もはや『からかっている』しか残っていないのだ。それに、ルトには婚約者がいるはずなのに。


「トゥールにはアデライド様を誘えばいいでしょ?」


 そう言うと、ルトは驚いたように目を見開いた。


「どうしてアデライドを?」


 本気でわかっていないような顔で目を瞬いている。


 ……あれ? 婚約者じゃなかったの?


「アデライド様は次期王太子妃なんでしょう? それで、ルトがその王太子になるんじゃないの?」


 以前院長先生がそう言っていた。

 私がそう言うと、ルトは得心したのか「ああ」と言って息を吐いた。


「その話、ナディアも知っていたんだね。確かにそういう話もあったんだけど、彼女は幼い頃から俺の兄のことを愛しているんだ。兄が王太子でない限り、彼女が王太子妃になることはないよ」


 ええー!?

 そ、そうだったのか。でも、ということは。


「る、ルト、その、大丈夫?」

「? 何が?」

「だって、ルトは、その、振られちゃったんでしょう?」


 そう言うと、ルトはぴしっと固まった。


「な、ナディア? どうして俺が振られていることになっているの?」


 ルトがとてもぎこちない笑顔をしている。

 ……そんなに辛かったのね、ルト。


「だって、馬車で言ってたじゃない。ずっと憧れていたけれど絶対に手に入らない人って、アデライド様なんでしょう?」


 そう言うと、ルトは愕然とした。


「ち、違うよ! 彼女のことは王太子妃にふさわしい令嬢だと思っているけど、愛しているわけじゃない! 俺が好きなのは……」


 ルトがいきなり慌て出して驚いていたら、いきなりピタリと動きを止めた。


「いや、いい。今のは忘れて、全部忘れて」


 ルトが片手で顔を覆って顔を背けた。声がとても固い。

 えーと、そんなに心配しなくても誰が好きなのかまでは言っていなかったし、もし聞こえてても、誰にも言いふらしたりしないよ?


「ルト? 大丈夫?」

「……ナディアと話すのはとても楽しいけれど、予想外なことも多いよね。俺は、自分がこんな風に口を滑らせるようなことになるとは考えたこともなかったよ」


 どういう意味だろうか? 私そんなに聞き上手じゃなかったと思っていたけれど、褒められてる? いや、これは貶されてる?


「とにかく、違うから。俺に婚約者はまだいない」

「……そうなんだ」


 ふーん。違ったのか。へー……。


 あれ? だとしたら、私が貴族になって、ルトが私をトゥールに誘ってしまったら、周りが勘違いしてしまうんじゃないだろうか。

 それはまずい。だってルトは王子なんだから、きっとお相手になりたがっている、ルトにふさわしいご令嬢はたくさんいるはずだもん。

そんな人たちが勘違いして身を引いてしまったら、ルトはいつまでたっても婚約者ができないよ!


「ルト、絶対に私をトゥールに誘わないでね」


 そう言うと、ルトは顔面蒼白になった。


 ……あれ? ルトの様子が変だ。


「……ナディア、俺とトゥールを踊るの、そんなに嫌だった?」


 ルトの声が消え入りそうになっている。こんなに落ち込んでいるルトは初めてだ。


「そ、そういうわけじゃなくて、周りの人が勘違いするから」

「勘違いされると困る人がいるの?」


 あなたのことでしょー!


「ルト!」

「俺は困らないよ。ナディアは、俺とトゥールを踊るのは嫌?」


 手を取られて、懇願するように見つめられる。


 勘違いされて困らないはずはないのに、ルトの目を見ていたら、私に嫌だと言われるのを怖れているようにすら思える。


「……嫌、じゃないよ」


 ルトにくっつかれると心臓がうるさくなるから、本当は少し嫌だなと思ったけれど、ここで嫌だと言えばルトが傷つくような気がしたのでそう言ってしまった。ルトを傷つける方が嫌なのだ。


 すると、ルトは安心したようにふわりと笑った。


 ルトは、たまにこんな風に笑う。


 最初に会った時に見た笑顔はどこか作り物めいていて、なんだか信用できない人だと思ってしまったんだよね。


 今では完全に信用しているけれど。


 たぶん、ルトは王族だから、普段から笑顔を作りすぎなんだと思う。

 もっとこんな風に笑えばいいのに。


 ……この笑顔を見せられるとなんだかむずむずするから、やっぱりあんまり見せないでいいかもしれない。



 その後も少し話をしながら無事孤児院まで送ってもらい、ルトは笑顔で帰って行った。


 私を送って王子が一人で帰るって、やっぱりおかしくないかなあ?



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