事件の顛末
「相変わらず大きいなー」
貴族の養子に行く、という決心をしたのはいいものの、どうやってルトと連絡を取ればいいんだろうか?
何せ向こうは王子だったんですよ、簡単に連絡なんて取れません!
ということで、今日は一週間と少しぶりに仕事に行った後、ザックの実家である豪邸兼リングランド商会本店にやってきました。きっとザックなら連絡取れるよね。
「こんにちは」
「あら、ナディアさん」
一週間ダンスやら何やらのレッスンで通いつめたので何人かの店員さんとも顔見知りだ。
「ザックはいますか?」
「坊っちゃんは今奥にいるはずですよ、どうぞ」
そう言って客室まで連れて行ってくれた。
「よぉ、ナディア!」
客室でお茶を出されて少し待っていると、ザックがやってきた。
「ザック!」
ザックとはメノウに部屋から連れ出されて以来だ。私は立ち上がってザックに駆け寄った。
「お前、無事でよかったよ。死神に連れ去られた時はもう帰ってこないんじゃないかと思ったもんな」
ははは、と冗談っぽく笑った。
ああ、そうだよね。他の人から見たら私の身が危険に見えたかもしれない。ルトも焦ってたもんなぁ。
最後はわがままな子供みたいになっていたけれど、本当は色々やらかしている危険人物だもんね。
「全然大丈夫だよ、メノウとはちょっと話をしただけだし、そんなに怖い人じゃなかったから」
そう言うとザックは目を見開いてぎしりと動きを止めた。
「ザック?」
「……お前、恐ろしいな。死神に名前教えてもらったのかよ。本当の姿すら知られず何百年も生き続けている闇の大魔術師だぞ。何を友達みたいに話してんだ」
「…………」
な、なんかそう聞くとものすごい人みたいだね。
いや、実際そうなのかもしれないけれど。
でも、最後なんて泣きそうになってたよ?
しゅんて萎れてる犬の耳すら見えたような気がしたよ?
「だ、大丈夫。メノウはなんだか、えーと、私を昔の知り合いの生まれ変わりとか思っているらしくて、また会いに来るって言ってたけど私に危害を加えることはなさそうだったから」
「……しかも気に入られてんのかよ。これはいくらルトでも相手が悪いんじゃ……いやでも向こうはほぼ人間じゃねーしな……」
ザックが片手で顔を押さえながら何事かぶつぶつと小声で呟いた。
「え? なに?」
「んーいや何でもない。それで、今日はどうした?」
ザックがソファーにどかりと座りながら聞いてきたので、私もザックの向かいに座る。
「あのね、ルトに連絡とれるかな? 伝えたいことがあって」
「ああ、養子の件か? お前洗礼式受けてなかったんだってな。そんなやつがいるなんて思ってなかったわ」
孤児院にはもう一人いますよ。
どうやらザックには全て伝わっているらしい。
「うん、それで、養子にしてくれるならお願いしようって思ったんだけど、ルトにどうやって連絡したらいいかわからなかったから」
「あいつは今事後処理でめちゃくちゃ忙しくしてるからなぁ。心配しなくても隙ができたらすぐお前に会いに来ると思うけど」
隙という言葉に少し引っ掛かりを覚えたけれど、突っ込むほどでもないか、と流す。
暇、じゃないんだね。
「そっか、じゃあ、待ってればいいのかな? 孤児院にはまだあと四ヶ月くらいはいられるから、洗礼式はギリギリに受けようと思ってるし」
「ああ、ちょっと待って……」
「ナディア!」
バン!
とドアが開いて、少し機嫌の悪そうなルトが入ってきた。
あれ? めちゃくちゃ忙しいのでは?
驚いてルトを見ると、ザックはもっと驚いたようで、目を見開いて少し顔が青くなっている。
「お、おま、どうやって」
「ナディア、ザックのところになんか来なくても、すぐに俺から会いに行ったのに」
ルトはザックを無視してスタスタと部屋の中に入ってきて、私の近くまでやってきた。
「本当にすぐ来たね、ザック」
「本当にな……」
ザックは疲れたようにソファーに体を預けた。
ルトの分のお茶も用意してもらって、私は事件の顛末を知らされた。
呪いの魔術具が破壊されたことで、スターリン公爵令嬢は無事に意識を回復させたらしい。
よかった!
呪いをかけたアンジェリカは魔術学園を退学、修道院に送られることになったらしい。
貴族令嬢としてはかなり重い罪になってしまったみたいだ。
「それで、他にも魔術具がないか確かめるという名目で屋敷全体の調査を行ったんだ。コンスタンス侯爵には長年国費の横領の疑いがあったんだけれど証拠がなくて、強制的に捜査することができずにいたからね。そうしたらやっぱり多額の横領の証拠が出てきてね、その中で孤児院の補助金の横領も発覚した」
私は目を見開いた。
なんと、ここ数年減っていた孤児院の補助金は侯爵が横領していたかららしい。
コンスタンス侯爵許すまじ!!
「気づかなくて本当にごめん。侯爵家は取り潰しが決まったよ。彼の財産も没収することになったから、その中から今まで渡されるはずだった補助金は孤児院に全額支給される。これからはこんなことがないよう制度の見直しもすることになったから、どうか安心して。もちろん、ナディアへの報酬は別に用意されるよ」
急展開に頭がなかなかついていけないけれど、孤児院の危機はどうやら去ったみたいだ。
本当によかった。
「お前、その量の仕事昨日一日で全部やらせたの? どんな鬼だよ」
「仕事は早い方がいいだろう? 早く終わらせないとナディアに会いに来られないし」
そんなに早く私に事件の顛末を知らせようと頑張ってくれてたなんて。
「ありがとう、ルト。孤児院が助かるなら報酬は別にもういらないよ、それが報酬だもん」
「……ナディアは欲がないね。でもそういうわけにはいかないよ。それはきちんと支払われる。ナディアが使わないなら孤児院に渡してもいいしね」
そっか。もうこんなことはないようにしてくれるみたいだけれど、いざという時のために少しは余分なお金があってもいいかもしれない。
「わかった。ありがとう」
「まだ用意できていないから、また後日になるけどね」
そう言ってルトはニコリと笑った。
「ルト、あのね、私、四ヶ月後に孤児院を出ることになったら、ルトが紹介してくれる貴族に養子に行きたいと思うんだけど、いいかな?」
そう言うとルトは少し驚いてから顔を綻ばせた。
「そうか、もちろんだよ。でも、ずいぶん早く決められたんだね。もう少し悩むかと思ってた。生活の全てを変えるのはとても大変だろうから」
「私、孤児院のみんなとの繋がりが完全に切れちゃうのかと思ってたの。でも、お手紙を出したり、落ち着いたらたまに顔を出したりはしてもいいかな?」
ローナが言っていたことだけれど、確認はしておきたい。
「そうだね。会いに来るのはしばらくは無理かもしれないけど、手紙ならいつでも出せるはずだよ。落ち着いたら、俺も一緒に行きたいな」
ふわりと笑ってルトがそう言った。孤児院に一緒に行きたいと言ってくれたのが、私にはとても嬉しかった。