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私のこれから


 下りようか、と言われて下りた先は、屋敷の中ではなかった。


「な、なんで外に出たの? 屋敷に戻らないの?」


 ルトにしがみつきながら、私は質問した。

 なんと、私は今円盤に乗ったルトに横抱きにされながら、絶賛空中散歩中だ。


 ルトのマントにくるまれているので寒くはなく、夜風が気持ちいい。


「あの屋敷の中は今頃騒ぎになっている可能性が高いからね。このまま孤児院まで送っていくよ」


 騒ぎ?


 きょとんとルトを見たけれど、ルトは曖昧に笑うだけだった。


 ぶわっと突風が吹いて、一瞬浮遊感が増した。

 思わず下を見ると、暗い中にぽつぽつと灯りが見える。


「わー、上から見ると綺麗だね!」


 私が興奮ぎみに言うと、ルトは楽しそうに笑った。


「ナディアは、怖くないんだね?」

「えー、怖くないよ、楽しい!」

「自分で乗れるようになりたいと思わない?」


 え、それって魔術師になりたいかってこと?

 私は目を瞬かせた。


「私みたいな孤児が魔術学園に通うなんて聞いたことないよ。そんなお金だってないし、そもそも私にそんな魔力があるのかもわからないでしょ?」


 私が精霊にお願いして使っていたのは、学園で学ぶ魔術ではなく魔法という違う力なんだって、さっきルトは言っていた。


 洗礼式を受けてないから、やっぱり魔力は解放されていないはずなのに、ルトはまるで私に魔術師になれる魔力があると思っているみたいだ。


「確証はないけど、ナディアに魔力がないなんてとても思えないよ」


 はは、と苦笑ぎみにルトは言った。

 どうして、と聞きかけて、ふと思い至った。


「もしかして、アイリスも魔力をたくさん持ってたの?」

「そうだよ。強大な魔力持ちだったらしい。ナディアもきっとそうだと思うな。洗礼式は覚悟して行った方がいい」


 ぎゃー!

 強大ってなに!?


「わ、私はこれからも洗礼式を受けるつもりはないよ。貴族や人さらいに目をつけられるのは嫌だもん」


 そう言うと、ルトは少し視線を彷徨わせ、言いづらそうに口を開いた。


「……ナディア、洗礼式って、どうして受けるか知ってる?」

「え? 魔力を解放させるためでしょ?」


 それ以外に何かあるの?

 首を傾げてルトを見つめる。


「それもだけど、国は洗礼式を受けた人をその人の魔力量と共に国民として管理してるんだ。今ナディアは孤児としての登録があるだけで、フェリアエーデンの国民としては登録されていないことになる」


 私は目を見開いた。


 そ、そうだったのか。知らなかった。でも、それってどういうことになるの?


 よくわかっていない顔をした私に、さらにルトは説明した。


「国民として登録されてないと、まず結婚ができない。家を借りるのも買うこともできない。自分で仕事を始めることも、国に雇用されることもできない。国民として税金を払うことがないから、国から様々な補償が受けられない」


 私は衝撃を受けた。

 洗礼式なんて受けなければいいと思っていたけれど、色々と不都合があったようだ。結婚うんぬんはともかく、家を借りられないとか補償対象にならないとかはまずい気がする。


 フェリアエーデンでは二十歳で成人と認められるけれど、十五歳がひとつの区切りとされている。


 見習い仕事から正規雇用されたり、自分で仕事を始められるようになったり、税金も発生するようになる。

 半成人として、身内でお祝いしたりするのだ。


 同時に、子供として保護を受けられる期間も終わる。つまり、孤児院にも、いられるのは十五歳までだ。


「ナディア、洗礼式を受けないと、この国に住むのは難しいと思うよ。あと数ヶ月で君は孤児院を出なければならないけれど、住む部屋を借りられないからね。宿に泊まり続けるわけにもいかないだろうし、孤児院は国営だから、職員になって住み続けるというのも無理だ」

「………」


 そんな仕組みになっていたなんて。洗礼式を受けなかったことは何人かに言ったけれど、誰もそんなことは言わなかった。受けない人がめったにいないから、みんな知らなかったのかもしれない。


 じゃあ、洗礼式を受ける?

 それで魔力が一般的な量だとわかるのが一番良いけれど、ルトが言うようにアイリスの魔力が多かったんだとしたら、楽観視はできない。私は自分がアイリスの生まれ変わりだなんてあまり信じられないけれど、違うとも言い切れない。魔力はない、という保証はただでさえないのだ。


 私は血の気が引いていくような感じに襲われた。


「……ナディア、よかったら、俺が紹介する貴族の養子にならない?」


「えっ?」


 私は驚いて、バッと顔を上げてルトを見た。


「ナディアが平民のまま洗礼式を受けて魔力が膨大だと判明すると、どんな輩が現れるかわからない。たくさんの貴族が押し寄せて、何としても君を得ようと、強引な手段に出る奴が現れても全く不思議じゃない。君の周囲にも危険が及ぶかもしれない」


 そんなことになるとは考えたこともなくて、怖くて手が震え出した。


 孤児院のみんなが、私のせいで危険な目に遭うかもしれないの?


 そんなことは堪えられない。

 私は泣きそうになりながらふるふると首を振った。


「でも、俺がちゃんと信用できる貴族を君に紹介するから、君がその養子になれば、そういう奴らから君や周囲を守ることができるよ。ただ、養子にするには君が初代女王と同じ力を持っているということは公表しなくてはいけないけれど……考えてみてくれないかな」


 ルトが私を気遣うように言った。

 ルトは私に最大限心を配ってくれている。きっと孤児の私でも快く受け入れてくれる貴族を紹介してくれるんだろう。


 こんなの、私にはもったいないようないいお話で、一も二もなく受けるべきであることはわかる。


 でも、私に貴族なんてやっていける?


 私はこの先も平民として孤児院の近くに住んで、パン屋で働きながら時々孤児院に顔を出す、そんな生活をすることしか考えてなかった。


 魔法を使えるなんて注目されて、貴族としてやっていける自信もないし、貴族になってしまうと、きっともう簡単にはみんなと会えなくなる。


 孤児院は貴族令嬢が頻繁に来ていいところだとは思えないし、貴族としてやっていくにはきっとたくさんのことを学ばなければならないから、とてもそんな余裕はなくなるだろう。


 自分の人生が、また大きく歪んでいくのを感じた。


 私はきつく目を閉じた。


「ありがとう、ルト。ちゃんと、考えてみるね」




◇◇◇◇◇


 次の日。


 考えてみるね、とは言ったものの、選択肢はもう、一つしかないと言っていい。


 ルトが紹介してくれる貴族に、養子に行くしか。


 このまま洗礼式を受けずにこの国で過ごすことが無理だとすると、今さらながら洗礼式を受けるしかない。


 何らかの理由で十歳の時に受けられなかった人や、他国から来た人も認められれば洗礼式を受けられるので、十歳以上なら問題はない。


 もし私に魔力がないと事前にわかるなら養子に行かなくてもいいけれど、精霊たちに聞いても《わからない》とか《今は感じない》とか《ナディアならいっぱいありそう!》とかではっきりしない。


 最後のは予想だしね……。


 ルトはきっと私にはたくさんの魔力があると思う、と言っていた。私もそれを否定はできない。もし何もしないまま洗礼式で魔力がとても多いことがわかってしまったら、私は誰ともわからない貴族のところへ行くしかなくなるかもしれない。


 その時、みんなを危険な目に合わせることになるかもしれないのだから、ルトは私にとって一番いい選択肢を用意してくれたと思う。


 どうせ貴族のところへ行かなければならないなら、ルトが紹介してくれた人に養子にしてもらうのが一番良いに決まっている。

 ルトのことは信用しているし、きっと親切な人を紹介してくれるはずだ。


 でも、もし養子に行ってから魔力が少ないってわかったら、私、すごく迷惑じゃない!?

 大して魔力もない孤児を養子にしてくれた貴族の人に申し訳ないよ!


 ルトは「魔法は使えるんだし、もし魔力がなくても心配することないよ」って言っていたけれど……。


 本当は、答えはもう出ている。でも、ここを離れる決心がつかないのだ。


「ううう~……」


 そんな風に悩む私に、ローナが気がつかないはずがなかった。


「お姉様、何か心配事があるのなら、どうか話してくださいませんか」


 何回か心配そうな視線を送ってきていたローナだけれど、意を決したような顔をしてそう聞いてきた。


 心から心配してくれている様子のローナを見て、私はぽつぽつと話し始めた。


 洗礼式を受けていなかったこと。

 洗礼式を受けなければ、孤児院を出ればこの国には住み続けられないこと。

 ある理由から、魔力が多い可能性が高いこと。

 信用できる貴族を紹介してもらえること。

 みんなと離れたくないこと。


「……わかってるんだ、行くべきだって。でも、みんなとも会えなくなって、全然知らない世界で、私、頑張れるか不安なの」


 せっかくできた私の家族。離れたくないよ。


 うなだれたまま話し終わると、ローナは私を気遣わしそうに見た。


「……お姉様、大変なことになっていたのですね」


 ローナは私の手をきゅっと握った。


「お姉様、貴族になるのは大変かもしれませんが、良い方がいるならば、やはり、その方に養子にしていただきましょう。お姉様なら、大丈夫です。お姉様が誰より辛抱強くて頑張り屋なことは、わたくしよく知っていますもの」


 ローナが相変わらず私贔屓で、少し笑ってしまった。


「それに、きっと全く会えなくなるわけではありませんよ。現に、そのルトさんも以前ここに来ているではありませんか」


 私はパッと顔をあげた。


 言われてみればその通りだ。ルトは王子なのに一人で出歩きまくっている。


 貴族として来るのではなく、お忍びで平民に扮して来るのならば、そんなに問題はないのかな?


 しばらくは生活に馴染んだり貴族のことを勉強しなきゃいけなかったりで来られないかもしれないけれど、 落ち着いたらたまには会いに来られるんじゃないだろうか。


「それにもしかしたら、慰問という形で貴族としても訪問できるかもしれません」

「慰問?」


 そんなことをする貴族令嬢は、私が孤児院にいる間は一人もいなかった。けれど、私がその初めての貴族令嬢になってもいいのかもしれない。


「それに、お手紙だって書けますよ。わたくし、お手紙を書きますので、お姉様もお返事をしてくださいね」


 お手紙! そっか、それなら簡単にやりとりもできる。


 なんだ。みんなとの繋がりが切れる訳じゃないんだ。

 私が頑張っていれば、みんなにはきっとまた会えるんだ。


 じゃああとは、私の覚悟だけだ。


 想定していた未来が大きく変わる不安だなんて、みんなの安全の前にはちっぽけな問題だ。

貴族としてやっていける自信があるわけではないけれど、みんなとまた会うという目標があるならば、貴族教育なんて乗り越えてみせる。


「私、ルトが紹介してくれる貴族のところへ行く。貴族教育も頑張る。またみんなのところに来られるように」


 私の目に宿った決意を見て、ローナは安心したように微笑んだ。


「ええ、応援しておりますね。それにしても、お姉様も洗礼式を受けていなかったのですね」


 え!? ということは、ローナも!?

 私は驚いて目を瞬いた。


「わたくしもそういったことを知らなかったものですから、万が一魔力が多いなんてことになればお姉様と離されてしまうと思い、受けなかったのです。お揃いですね。でもこうなってしまっては、仕方がありません。わたくしも洗礼式を受けたいと思います。お姉様、洗礼式を受ける時は、是非一緒に行きましょうね。お姉様と一緒に受けられるなんて、洗礼式が楽しみです」


 そう言ってローナはうふふと笑った。

 ローナの言い分がおかしくて、私も一緒に笑った。

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