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初代女王の生まれ変わり


「わあっ!? なにするのっ、離して!」


 いきなり抱きしめてきた男の胸をぐいぐいと押すけれど、びくともしない。


 ううっ、これだけ体格が違うもんな。


 この人はだいぶ背が高い。私の背はこの人の胸くらいまでしかないのだ。


 くうっ、私だってまだ伸びるはずだもん!


 負けない、とさらに強く押そうとしたけれど、すぐに彼の力は緩んだ。

 彼は私の頬に手を当てて上向かせると、目を覗き込んできた。眉間に皺が寄っている。


「……最初に、お前を見た時……色が、似ていると思ったのだ」

「い、色?」

「蜂蜜色の髪色と……ふざけた仮面の奥の、緑の目の色だ」


 やめて! もうあの仮面のことを口にするのはっ!


「だが、それくらいなら探せば他にもいる。だから深くは考えなかったが……お前のその魔術を受けない体質や精霊を見る力は、アイリスの持っていたこの世に二つとないものだ。お前はきっと、アイリスの生まれ変わりだ」


 死神の冥く淀んでいた目に、確信に似た光が生まれた。

 その光がしっかりと私を映していて、なんだか目が逸らせない。


 この世に二つとない?


 確かに今まで同じ力を持った人に出会ったことはなかったけれど、漠然と、貴族には他にも何人かいるんだろうなと思っていた。私の他には誰も、この精霊の国で精霊が見えたり話したりできる人はいないってこと?


 その、アイリスって人以外は。


「し、知らない、私、アイリスなんて人……」


 でも、私はさっきから、この人をどこか懐かしく感じている。もしかして、私は前世でこの人に会っていて、それはアイリスとしてだったりするのだろうか。


「……ん?」


 待って。やっぱりアイリスっていう名前、どこかで聞いたことがあるかもしれない。


 どこだったっけ、と私がうんうん唸りながら思い出そうとしていると、死神がクッと笑った。


「お前はこの国に住んでいるのに、初代女王の名前も知らないのか」


 あ、あああああー!!


 そうだ! 確か学校で習った!

 フェリアエーデンを建国した初代女王が、確かアイリスって名前だ!


 あれ? ちょっと待って。死神はさっき、アイリスと知り合いだって言ってなかった?


 初代女王の、アイリスと?


 フェリアエーデンは、建国から四百年以上の歴史を持つ国だ。

 つまりアイリスは、四百年以上前の人物ということになる。


 じいっ、と眉を寄せて死神を見つめる。

 ……どう見ても四百歳以上には見えないよ。


 私の考えが読めたのか、死神はまたククッと笑った。


「私は長寿の種族でね。こう見えて結構年を取っている」


 え、えええー!?

 じゃあまさか、この人は四百歳以上だってこと!?


 黒髪は珍しいけれど、外見は普通の人間と何も変わらない。

 世界にはいろんな種族がいると学校で教わっていたけれど、実際に会うとびっくりするね。


 私は驚いて見開いていた目を瞬かせた。


「アイリスを喪って以降、私には何もなくなった。楽しみも、希望も、未来も。絶望すらも感じなくなって、ただ長い寿命を生きていた。呪いの魔術具を創ってばら蒔いたり、戦争を煽って両方の国を破滅させたり、地形を変えるほどの大魔術を研究して試したり、みんなただの暇潰しだった」


 ぎゃー!

 この人思ったより色々と重大なことやらかしてた!


 私はざっと青ざめた。


「アイリス。お前がいないなら、世界なんてどうなってもよかった。お前がいなくなって、俺はどんどん壊れていった気がする。お前がいないと、何も感じないんだ、何も……」


 そんな切なそうな顔で、私にそんなことを言われても困る。

 私はアイリスではないし、アイリスの記憶を持っているわけでもないのだ。

 アイリスとどういう関係だったのか、アイリスがどう思っていたのかは知らないけれど、私はナディアで、私の心はナディアの物なんだから。


 でも、やっぱりこの人をどこか懐かしく思ってしまう。ひどいことをする、とんでもない奴なのに、親しみを感じてしまっている。

 この人を覚えていないことが悲しくて、申し訳ないと思うのは、私の中のアイリスの気持ちなんだろうか?


「あの、闇の大魔術師さん? 私、何も覚えてなくて、その……」


 なんだかいたたまれなくなって小声になってしまった。


「メノウだ」

「えっ?」

「メノウと呼んでくれ、アイリス」


 私の手を握り、こつん、と額に額を合わせられた。


 ぎゃー! 近い近いっ!


 四百歳以上年上とはいえ、見た目は端正な顔立ちの男の人で、しかもそんな切なげな声で言われたら恥ずかしくてしょうがないからっ!


 私は握られた手で彼の胸をぐいっと押した。

 彼はすぐに離してくれたけれど、目はしっかりと私を捉えている。


「また、メノウ、と私の名を呼んでくれ、アイリス」


 懇願するように言われて、私は戸惑った。


「ごめんなさい、私は、あなたのことわからない。私はアイリスじゃなくて、ナディアなの」


 彼の様子を見ていると言いづらいけれど、これだけは伝えておかなくては。


 彼は苦笑した。


「そうか。そうだな。ではナディア。私はメノウだ。どうか名前で呼んでくれ」


 そう言って、彼は初めて微笑んだ。

 彼の目に初めて私が映ったような気がした。


 こう言われては断るべくもない。


「わかった。メノウ」


 メノウは破顔してまた私を抱きしめた。


 もー! やめてったら!


「め、メノウ、離してー!」


 そう訴えても、今度はなかなか離してくれない。


「嫌だ。ナディアがいてくれて嬉しいんだ。もう少し実感させてくれ」


 うっ。


 そんなことを言われたら、もう少しこのままでもいいかなって思ってしまう。


 私は自分を必要としてくれる人を大切にしたいと思っている。

 それは今まで、お手伝いとしてだったり、友達としてだったり、働き手としてだったりした。


 この人が、大切な人の代わりにだとしても、私が必要ならば助けになってあげたい。

 私は親に必要とされなかったからか、誰かに必要とされると、自分を認めてもらえた気がして嬉しいのだ。


 しょうがないな、と目を伏せて、ポンポンとメノウの背中を叩く。


 すると、ぎゅうぎゅうとさらに力を込めて抱きしめられた。


 うっ、い、息苦しくなってきた。


「め、メノウ、ちょっと苦しい」


 そう言うと、メノウは少し体を離し、真剣な顔で言った。


「ナディア、私と共に来い。苦労はさせない。私が一生面倒を見るから」


 私はぽかんと口を開けた。


 はい!?

 いきなりプロポーズみたいなこと言い出したよ!


 いくら助けになりたいと思っても、一生を捧げるわけにはいかない。私には私の生活があるのだ。


「嫌」


 すぱん、と言い放つと、メノウはショックを受けたような顔をした。


「なぜだ!? 安心しろ、私は外からは見えない空間に広い屋敷を持っているから、二人でそこに住めばいい。四百年魔術具を研究していたから国宝程度の魔術具ならたくさんあるし、金も腐るほど持っているから大抵のことは叶えられるぞ!」


 何かとんでもないことを聞いた気がするけれど、そういうことではないのだ。


「私には私の生活があるの! 院長先生やローナたちが孤児院で私を待ってるし、パン屋の店長たちは私が辞めると困っちゃうもの」


 そう言うとメノウは眉を吊り上げた。


「孤児院!? なぜナディアはそんなところにいるのだ!」


 がしっと肩を掴まれて揺さぶられ、焦りながら付け加える。


「だ、大丈夫だよ! 私は孤児院でよくしてもらってるし、孤児院のみんなのことが大好きだもん。だから、離れたくないの。メノウも、もっといろんな人とちゃんと関わればきっとアイリスの他にも好きな人ができるよ」


 メノウはまた何かを思い出したのか、ピタリと動きを止め、切なげな顔をした。


「……できない。私には、そんなもの……」


 そう言ってしょげる姿は大きな子供のようだ。

 四百歳以上年上なのに、精神年齢は私より幼いように感じる。


 私は思わず握り拳を作り、ごん、とメノウの頭を上から優しく殴った。


「そうやって決めつけないの。私も一緒に探してあげるから」


 そう言うと、メノウは目を見開いて、私を見つめたまま動きを止めた。


 ち、ちょっと偉そうだったかな。


「……ナディア、最後に一回だけ、アイリスだと思って、抱きしめてもいいか」


 えええ!?

 ……うーん、仕方ないなあ。


 私はどこか弱々しいメノウを見て、孤児院の子供を相手にしているような気分になった。

 この大きな子供には、お姉さんの抱擁が必要らしい。


 了承の意を込めて腕を広げると、メノウはすぐさま私を抱き込んだ。


「…………アイリス……!」


 震えた声でアイリスを呼ぶメノウに何も言えず、私はまたポンポンと背中を叩いてあげた。


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