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死神

 こ、ここ三階じゃなかったっけ。


 あ、この人、もしかして魔術師?


 突然現れたその男は、とても背が高くて、たぶん二十代後半、珍しい黒髪は不揃いに切られていて所々胸の辺りまで伸びている。眉が少し短くて、鋭いけれど整った顔立ちだ。目は深い緑色で、光を全く映さないような冥い淀みを湛えている。


 ふと、その目がこちらを見た。


 静かな視線が、少しの間私を捉えていたように感じたけれど、その視線はすぐに外された。


 なんだろう。なぜか懐かしい感じがする。

 こんな人、会ったことあるはずないのに。


 ルトの銀髪も珍しいけれど、黒髪はもっと珍しい。


 遠い国に住む、角と牙を持つ悪魔族は黒髪が多いと聞いたことがあるけれど、黒髪の人間は見たことがない。暗めの青とか茶色ならよくいるけれど、こんな真っ黒な髪の人に会ったことがあれば覚えているはずだ。



「フィルハイド様!」


 アンジェリカが黒髪の男に駆け寄る。

 フィルハイドと呼ばれた男はアンジェリカを優しく抱き留め、静かに口を開いた。


「私の贈り物にケチをつける無粋な輩がいるようだね」


 フィルハイド!?


 それって確か第二王子の名前じゃなかったっけ?

 じゃあ第二王子が実は黒幕だったってこと!?


 ……いや、第二王子って確かもっと若かったはずだ。何歳かは覚えていないけれど、私より少し上くらいだった気がする。この人はどう見ても二十は過ぎているし、同じ名前の別人かな?


 ギリ、という音が聞こえて振り返ると、ルトが拳を握りしめて少し震えているようだった。


 仮面で表情がわからないけれど……ルト、怒ってる?


 ザックはなぜか少し白けたような顔で腕を組み、成り行きを見守る態勢だ。


「君たちは一体何のつもりだ? 令嬢の部屋に許可もなく立ち入り、さらには彼女の所有物を奪おうとは。これは私が彼女に贈った物だ。こんなことをして、許されると思っているのか?」


 黒髪の男が、冷たい目でこちらを見据える。


 アンジェリカが、ぽうっとした表情で黒髪の男を見上げた。


 黒髪の男が話すのを無視して、ルトが私に声をかけた。


「ナディア、あの男の外見は、どんな風に見える?」


 え? 突然なに?


 聞かれていることの意味がわからなくて、きょとんとルトを見上げる。


 黒髪の男は眉をひそめた。


「おい、何を言っている?」


 ルトはそれをさらに無視した。


「ナディア、どう見える? 髪色とか、年齢とか」

「おい! 私を無視するなど、何をしているか分かっているのか!」


 黒髪の男は苛立ったように叫んだ。


 質問の意図はよくわからなかったけれど、ルトの真剣な雰囲気に押されて、アンジェリカに寄り添う男を見据え、首を傾げながらも見たままの事実を述べた。


「えっと、黒髪緑目で、背が高い。歳は二十代後半かな?」


 すると、シンと場が静まり返った。


「な、何を言っていますの? フィルハイド様は銀髪ではありませんか!」


 アンジェリカが憤慨した。


 えっ? 銀髪?


 私は思わずルトを見た。

 銀髪なのは、ルトでしょう?


 ルトはニヤリと笑った。


「ほう、お前はそんな外見だったのだな、死神」


 そう言われた男は目を見開いて私を凝視した。


「お前……」


 黒髪の男がそう呟いたと思ったら、突然、フッと身体が宙に浮いた。


「えっ!?」


 気づいたら、黒髪の男に横抱きに抱き上げられていた。


 えええっ、どんな早業!?


「ナディア!!」


 ルトとザックの私を呼ぶ声が遠くに聞こえて、気がつくと私は、黒髪の男に抱えられたままバルコニーから外へ飛び出していた。


「ひえっ……」


 う、浮いてる!!


「黙っていろ、舌を噛むぞ」


 黒髪の男にそう言われて、私はバッと手で口を塞いだ。


 あれ?仮面がどっかいっちゃってる! お、落とした!?


 ルトたちが追ってこようとバルコニーに出てきたのが見えたけれど、黒髪の男がすぐさまそちらに向かって何かを投げた。


 それはバルコニーの柵にぶつかり、パンッという何かが割れたような音と、パキパキパキッという何かが構築されたような音が聞こえたと思うと、さっきドアノブに弾かれたザックのように、バチッという音と共にルトが後ろへ弾かれた。


 その瞬間、ルトたちをドーム状に覆う多面体の光のようなものが見えた。


 もしかしてあれ、結界!?


 私を抱える男の顔をちらりと見る。

 完全なる無表情だ。


 この人の考えがわからない。どうして私、連れ去られてるんだろう?


 わからないけれど、なぜかあまり怖くはなかった。さっきから感じている懐かしさのせいかもしれない。


 呪文を唱えることもなく、魔術師が空を飛ぶのに使う円盤に乗ることもなく、男は空を蹴るようにして私を上空へ運んでいく。


 男が足をつけたのは、なんと屋敷の屋根の上だった。


 わー、高い!

 夜空が綺麗、なんて言ってる場合じゃないよね……。


 黒髪の男は私をゆっくりと降ろし、ひたと見つめると、フンと言って私を見下ろした。


「私の楽しみを邪魔する輩を見てやろうと来てみたら、思わぬ収穫だ。お前は一体、なんなのだ?」


 なんなのだ、と言われても。

 私からしたらあなたの方がよくわからないよ。


「私は人前に出る時、常に自分に幻術をかけている。誰も私の本当の姿を知らないはずだ。少なくとも、今生きている者は。そして今も、他からは銀髪の第二王子フィルハイドに見えるようになっているはずだ。なのになぜ、お前には私の本当の姿が見えるのだ?」


 なんと!? なるほど、そういう魔術をかけていたのか。


 じゃあ、アンジェリカはこの男を第二王子のフィルハイドだと思って、呪いの魔術具を浮け取ったということなのかな?


 つまり、アンジェリカが好きなのは本物のフィルハイドで、好きな人にあの黒い石をもらったと思って、あんなに大切にしていたんだね。


 ……呪いの魔術具だったわけだけど。


 ん? じゃあ、この人は呪いの魔術具をアンジェリカに渡して使わせた人だということで、それってつまり……。

 いや、単に偶然手に入れただけなのかもしれないけれど、もしかして。


「あなたは、闇の大魔術師なの?」


 呪いの魔術具をばら蒔く、この騒ぎの元凶。

 一瞬間を置いて、黒髪の男はニヤリと笑った。


「さっきの仮面の男が言っていただろう、『死神』と。あれは、闇の大魔術師の別称だ。この私の、な」


 こ、こいつが闇の大魔術師!


 死神なんて物騒な呼び方されるくらい悪い奴なのね! 魔術具を渡して、裏で糸を引いていたなんて!


「あのねぇ! あなたのせいで呪いに苦しんでる女の子がいるのよ! なんでこんなことするのよっ!」


 怒りのままに責めると、死神はハンッと鼻で笑った。


「別にいいではないか。あの娘は死にたいほど絶望していた。私はこの下にいる愚かな娘を使って少し背中を押しただけだ」


 この下にいる愚かな娘って……。


「アンジェリカのこと?」

「そういう名だったな。端から興味はないが。あの愚かな娘は、聖女さえいなければ自分が想い人である第二王子の婚約者になれると思い込んでいた。実際は何度城に足を運ぼうとも、フィルハイドは目もくれなかったというのに」


 男はそう言って、クックッと馬鹿にしたように笑った。


「フィルハイドに化けて魔術具を渡し、これを使えば邪魔な女を排除できると囁けば、せっせと魔力を注ぎ始めた。あと少しというところでなぜか聖女は持ち直し始めたが、一度受け入れてしまえば呪いの魔術は完全には解けん。だがこうなれば自分だけの魔力では殺しきれず、今夜大勢から魔力を奪おうとしたようだな。まあ、私がその方法を教えたんだが」


 こ、この人……!


 さっきはアンジェリカをあんなに優しく抱き留めてあげていたくせに!


 確かに、聖女さえいなければ自分の思い通りになると考えて呪いをかけるなんて、短絡的だし自分勝手すぎると思うけれど。

 この人が魔術具を渡したりしなければ、こんなことにはならなかったんでしょ!?


 今日のことだって、やり方を教えなければ魔力を奪ったりできなかったみたいだし! 本当になんて奴!


 じとり、と私はできるだけ冷たい目線を目の前の男に送った。

 すると何かを思い出したのか、ほぼ無表情だった男の顔が少し切なげに歪んだ。


「……お前は、私の昔の知り合い、に、似ている……気がする。そんなことは、ないはずなのに……」


 その顔が悲しげにも見えて、なんとなくその人は、この人の大切な人だったのかなと思った。


「……答えろ。お前はなぜ、私の幻術を魔術を使うこともなく見破れたのだ」


 一転、死神の眼差しが鋭くなった。


 こ、怖くないもん。


「知らないよ、私、何もしてないもん。でも、ルトが私は魔術の影響を受けないみたいだって言ってたから、幻術も効かなかったのかもね」


 そう言うと、死神と呼ばれる男は驚愕に目を見開いて、片手で口元を押さえた。


「まさか……お前も、精霊王の加護を? いや、あいつが、他の人間に加護を与えるなど……」


 そして、ぶつぶつと何か独り言を言い出した。


 加護って何?


「はは、あるわけがない。お前、まさかとは思うが……精霊が見えるなどと言うのではあるまいな」


 そう言われて、今度は私が目を見開いて驚いた。


 なんでわかったの!?


 私の反応を見て、返事を聞かずともそうであると分かってしまったらしい。

 死神は呆然と私を見つめ、震える声で呟いた。


「まさか、お前は……君なのか、アイリス……!」


 そう言って、すがり付くように抱きしめられた。


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