奇
診察室に入った僕の前には、椅子に掛けたお医者さんがいる。うん、ついに目がやられたか。先生が骸骨に見えるよ。でも腕時計してるから僕の目がおかしくなってるね。
「おや? これは珍しい。よくここまでこれましたね」
お? 声が優しく聞こえる。これはいい先生だね。
「ええ、何とか。でもそろそろ危ないのでお願いします」
うん、もう、フラフラ。早く診て。
「そうですね、大分危険な状態ですね」
あ、やっぱり?
「すぐにでも、処置しないと本当に死んでしまいますよ?」
おぅ、そこまでなの?
「入院ですか?」
もう、動きたく無いんだよね。
「入院するんですか?!」
あれ?先生が驚いてる。
「もう、動けないのです」
早く処置して。もう歩くの嫌。
「……そう、ですか。分かりました。後は任せて下さい。なに、怖くありませんよ、意外と」
ふふっ、まるで子供をあやすみたいだ。あっ、もうダメ。
僕の意識はここまでだった。
僕の幼い頃、よく熱で倒れていた記憶がある。熱でうなされて、いつも変な夢を見ていた。見る夢はその時々で変わったけど、何故か必ず最後に見る夢があった。
タヌキ達の宴会だ。
あいつら、寝込む僕の枕元でいつも酒盛りして踊って。全くもって、騒がしい連中だった。
特にでかいタヌキは何故か二足歩行でいつもぽこぽこお腹を叩いていた。メタボリックタヌキだよ。
いつも熱の終わりにやって来て、気付くといなくなってて、体が楽になっていた。
一度だけ、メタボリックタヌキの尻尾、触った事があったけど、ふふふっ、すごく驚いた顔、してたなぁ。ポポン! みたいな。
まぁ、夢なんだけどね。
うん、つまりね、今も熱でうなされて、変な夢がすごいのさ。
大部屋のベットに寝ている僕の横にデカイ壺がある。うん、でっかい。壺湯とか三人でも楽々なサイズ。しかも人が中にいるみたい。ゴンゴン叩く音が凄い。たまに頭を出すからウインクしてみた。
髪の毛を伸ばして、顔が隠されてたからウインクしたのに、バッチリ見られたみたいで、ピュン! みたいな効果音で壺に戻って静かになったけど、うーん、最近の先進医療はすごいね。
夢かと思ってたけど壺の人が握手してきたし。女の人の手だったけど、冷え性かな? あっ、僕、熱でてるからか。
ガシッて来たから、恋人繋ぎしてみたら、なんか叩かれた。うん、ご免なさい。熱のせいなのです。冷たくて気持ちいいから、つい。それにしても変わった治療法だよね。
壺の人はいいんです。問題は壺の逆方向のお隣さん。多分女の子だと思うけど、骨なんだよね。ベットに横になって上半身だけ起こして、あや取りしてる。
骨、なんだよね。うん、どうみても骨丸出し。でも布団被ってるから上半身しか分からないけど。これはいくら鈍い僕でも分かるよ。信じられないけど、これは現実だってね。
つまり、彼女は、VR治療を受けているんだね。
きっと全身骨折して、そのリハビリなんだよね。あや取りしてるし。骨がバラバラになったからイメージによる動きの訓練だね。でも骨だけって極端だよ。動きが丸わかりだけど。
最近の先進医療は本当にすごい。まるで魔法みたいだよ。
寝ているか、半覚醒が続くなかで、時間の感覚は無くなっていく。でも隣を見れば、あや取りしてるし、壺の人は、こっちをちょくちょく見ている。僕が見るとすぐに壺に隠れてしまうけど。
ああ、一人じゃないって安心感があるね。
そして、今、僕はあや取りをしています。
うん、隣の子に誘われたんだ。首がコテンと横になって、割と可愛く見えた。
ベットがすぐ隣に並んでいたから少し腕を伸ばせば届いたし、なんだか懐かしかったから。
気付くと壺の人も参加して三人であや取りバトルが始まってた。
ふふふ、これでもおばあちゃん子だったから詳しいのさ。骨子(仮名)は指先も骨で小さかった。こんなに小さいのに全身骨折かぁ。トラックにタックルして負けたのかな。
壺子(仮名)は時おり、僕の腕を撫でて、直ぐに手を引っ込める。その部位には、なるほど手の跡がくっきりと付いてるね。壺子は握力凄いね。握手の時のだね。また撫でてきたら、頭を撫で撫でしよう。うっかりさんだよね、握手なのに手首を掴むんだから。
あや取りの途中で寝落ちを何回もして時間が分かんなくなった頃、ナースさんがやって来た。まつごの水をどうぞって。うん、染み渡るね。ぐびぐび飲んだよ。でも、まつごって誰? オカマ?
骨子と壺子を撫で撫でしてるとお医者さんがやって来た。まだ熱があるのか、やっぱり骨だね。服着てるから手と首から上だけだけど。少しは良くなってきたと思ってたのに。
「おやっ? 仲良くされているのですね」
先生が驚いた声を上げている。
「良かった。これで思い残すこと無く旅立てますね。本当に良かった」
ん? まさか、二人とも退院かな。寂しくなるけど、でも良いことだね。撫で撫でを更に増し増しだね。野良猫で鍛えた撫でテクを食らえ。うりうり。
ポフッ。御免、寝る。遠くにお医者さんの優しい声がする。
次に僕の意識が戻った時、隣には誰も居なかった。あれだけ大きな壺も、すぐ隣に置かれたベットも。
二人の姿も、どこにもなかった。