#8 左足だけのダンス・パートナー
少しだけ、時間を巻き戻してみる。
ベルヴィル記念暦985年2章13節。
時計がその日付を変える、少し前。
アーサーは、スーツのズボン、ポケットの中で何かが振動している感覚を覚えた。もしかしたら、これは錯覚なのかもしれなかった。この振動の感覚は、夜警公社から支給された、携帯がバイブレーションで連絡を伝えてくる時の、その感覚にとてもよく似ていた。本当にただの好みの問題だけれど、アーサーは他の夜警官のように着信音を鳴らすようなことはしなかった、いつもバイブレーションの状態にしている。本当にただの好みの問題だ、特に大した理由もない。夜警官になった時からずっとそうだったし、きっとこれからもそうだろう。大概のところはそれで問題なかったのだけれど、一つだけ、面倒な点があった。それが、その、錯覚だった。例えば服が擦れたり、そういった刺激が皮膚の上に与えられた時に、アーサーの神経は、信用ならないことに、ちょっとした刺激について、携帯の振動の音であるかのようにして、そういう伝え方をするのだ。おや、携帯のバイブレーションかな? と思うと、それが、例えば誰かのカバンが、腰のあたりに当たっただけだったりする。まあ、そういう錯覚の時は、一瞬だけで、すぐに錯覚だと分かるのだけれど、それでもその一瞬は、少しだけ心が騒ぐ。まるで、小石を、湖に、投げ込む、いたずらな、子供。
今回も、その一瞬が過ぎるのを待つ。
そして、それが、錯覚ではないことを知る。
ポケットから携帯を出す。
エリスからだった。
「エル。」
『ドーナツ。』
「元気そうじゃねぇか。フロッグはどうだ?」
『隣で車、運転してるわ。』
「生きてはいるみたいだな、いいことだ。」
『寝てた?』
「それは冗談か?」
『いえ、挨拶よ。一応伝えておこうと思ったことがあって。』
「何だ?」
『例の、グールタウンの。』
「ああ、あれか。」
『現場から、通常以上のオーディナリウム反応が検出されたの。』
「オーディナリウム反応が?」
『ええ。』
「やっぱりか。」
『何か、心当たりがあるの?』
「ちょっとな。」
『じゃあ、ここから先も言わなくても分かるかしら?』
「おいおい、機嫌を損ねるなよ。」
『オーディナリウム反応は、ちょっとありえないくらいの濃度だったわ。どれくらいかっていうと、この近くに等級6がいたんじゃないかっていう疑いがあるくらい。』
「それで?」
『今、色々と探っているんだけれど、現場の近くに地下へつながる穴が開いていたの。それ自体は何も珍しいことじゃないんだけれど、そのオーディナリウム反応はこの穴の中から続いていた。』
「そうなると。」
『そう、夜警公社じゃ手が出せないわ。ここから下は、グールの領土だし、1926地帯でもないから、下手に降りて行ったら領域侵犯になってしまうし。』
「屍食鬼公社に頼んで許可をとるしかねぇな。」
『できるならね。』
「できないなら他の方法もあるぜ。」
『その方法は聞かないでおくわ。』
「賢明だな。」
『問題はそれだけじゃない。』
「だろうな。」
『お察しの通りよ。』
「一応教えてくれよ。」
『サヴァン・エトワール。』
「フィッシャーキングか。」
『あら? その名前で呼ぶのは問題があると思うけれど。』
「おいおい、俺は今、勤務中じゃないぜ。」
『サヴァン隊長は、レベル6が関わって来る可能性がある事件に関しては、Beezeutに管轄権があると主張しているわ。』
「確かにその通りだが、まあ普通はヴィレッジが出張ってくるもんじゃねぇな。」
『ブリスターが来るよりはましでしょ?』
「僅差でな。」
『サヴァン隊長は、寛大にも夜警公社とヴィレッジの共同捜査という形にしようという提案を、オールドマン班長に対して、ご本人直々に伝えに来るということよ。』
「手柄を上げるのはヴィレッジ、失態を犯すのはOUT。」
『そうね、それだけで済めばいいけれど。』
「おいおいエル、少しはグレースのことも信じてやれよ、フィッシャーキングが直接公社の情報にアクセスできるような状況だけは、何としても食い止めるはずだぜ。」
『そうあってほしいわ。下手をしたらうちの情報をまるごと奪い取られかねないものね、潜入捜査員の名前から、公社のトイレのどこが詰まりやすいかまで。』
「ズーロジカル・ガーデンの時みてぇにな。」
『冗談になってないわよ。』
「まあ、状況は解ったよ、ありがとう。」
『それで?』
「それで?」
『ドーナツ、あんたはこれから、どうするつもりなの?』
「ははっ、心配すんなよ。今から出社するつもりだぜ? もうそろそろ、俺たちのシフトの時間だからな。」
誤魔化すようにして軽く笑いながら。
アーサーは、そう言って通話を切った。
Beezeutとは、「国家・企業体及びその他の集団による緩やかな統合組織」下の、共同保有平和維持機構のことだ。この世界にある様々な国や、グローバル企業、あるいは宗教団体といった、慣例上いわゆる集団主権をもつとされている主体(領土・領空・領域の有無は問わない)が、それぞれの身中に有する問題のうち、己の身では解決できない問題の解決のため、表面上は手を結び、そして背の方ではナイフを突きつける、そういった社交を、もっと洗練した形で行うために作り出した。ある種の国際的な組織が「国家・企業体及び(略)緩やかな統合組織」である。国家であればパンピュリア共和国、愛国、ランベルドゥーズにアフランシといった国々が(ワトンゴラは自国が抱えるスペキエース差別の問題のせいで、未だに参加していない)。企業体であればASK、宗教組織であればトラヴィール教会、その他の集団ならばブルーバード独立自治区。そういった主体が、この組織には参加をしている。そして、この組織は、その手足として、その執行機関として、問題解決の手段として、Beezeutという実働部隊を持っている。
Beezeutは、更に三つの下位機関を有している。
宇宙、異次元、および神話の問題を扱うSPB。
スペキエース関係の問題を扱うブリスター。
そして、それ以外の全ての問題を扱うヴィレッジ。
ヴィレッジ、それ以外の全ての問題を扱う。随分と曖昧で、ぼんやりとして、つまり裁量権が効きそうな役割のように思われるけれど、実際のことはそうでもなく、よほどのことがなければ各集団に介入を行うことはない。基本的には個々の集団には当然のように集団主権が認められており、ヴィレッジの介入は下手をすればその主権を脅かすことと見なされカねないのだ。
「しかし……」
サヴァン・エトワールは。
ゴム状のスーツに包まれた指の先を。
ゆっくりと、泳がせるように握りしめる。
「今回の件に関しては、そう言うわけにもいきません。それは解って頂けますよね、オールドマン班長?」
ヴィレッジは一般的に二つの部隊に分かれると言われている。行動範囲を限ることなく、緊急時に現場へと派遣される遊撃隊と、「国家(略)統合体」加盟集団の各地域に派遣されている常駐隊だ。当然、パンピュリア共和国も「国(略)体」の加盟集団であるため、常駐体が派遣されている。そしてその、ヴィレッジパンピュリア共和国支局長……それが、サヴァン・エトワールだった。ちなみにこのサヴァン・エトワールというちょっと本名とは思えない本名に関して、サヴァン自身が何かを語ることは少ない。
「貴公社にあらかじめお送りしてある報告の通り、現場区域のオーディナリウム反応を調査した結果、等級6のスペキエースがその場にいたことを示唆する値が出ました。これはブルーバード協定において「緊急措置入院必要患者」とされているスペキエースです。ちなみに、今回の調査は貴国国内法で規定されているヴィレッジの行動規約に従った調査であるということも申し添えておきましょう……念のためにね。」
サヴァンの外見、年のころはたぶん三十代の後半だろう、しかし随分と若々しく見えた。若々しい、というか、妙に作り物めいた男だった、当然だ、サヴァンは身づくろいには随分と気を遣う。スーツに隠れて見えないが、やすりをかけて磨かれた爪、指の先まで脱毛した手の甲。それからきっちりと短く切りそろえられた髪、ヴィレッジのカラーである緑色に染められていて、そしてその下には神経質そうな顔、お面じみていて、決められた表情以外は浮かばない、なぜなら自然な表情を浮かべれば、顔に無用な皺ができてしまうからだ。
「「緊急措置入院必要患者」の取り扱いに関しては、国際的な慣例から言っても「Beezeutが介入を行うべき正当な要素」とされていることは、オールドマン班長、あなたもご存じのはずです。もしご存じないのであったら、セプトゥアギンタ事件の際の国際判例をご覧になって頂きたいのですが……ああ、その必要はありませんね、それ以前に貴国にはエドワード・ジョセフ・フラナガン氏という前例がありましたから。あれは痛ましい冤罪事件でした……罪、というわけではありませんが。Beezeutの代表者として、心から遺憾の意を表明させていただきます。」
頻繁にジムや美容室に通っているだけではなく、時折整形さえもしている体は、ヴィレッジの制服であるスーツに包まれている。ビジネスマンの着る、あのスーツとはまるで違って、全身、首から下の全てにぴったりとフィットした、ゴムの様な物質でできたスーツ。その上に、肩のところにはまるで外骨格の様な形をしたあて物が付いていて、足には膝より少し下までを覆う、頑丈な甲羅の様なブーツを履いている。腰に付けたベルトには、エネベクト式ピストルが入ったホルスターと、それから小さなポシェットが幾つかついている。そして、スーツの左胸、ちょうど心臓の上のあたり、濃い緑色の模様が描かれていた、それは大きな丸と、その上に少しかぶさるようにして小さな丸………それが、ヴィレッジのシンボルマークだった。
「一般的なBeezeutの管轄を考えれば、スペキエース関連の問題に関してはブリスターが当たることになっています、しかしパンピュリア共和国においては少し事情が変わって来る、それはご存知ですね。貴国のBeezeut法は……通称で失礼……トラヴィール教会の影響が強く、また教会が未だスペキエース差別を公式に撤回していない時代に制定されていたこともあり、ブリスターの介入を極力避けるような内容となっています。そのため、現時点でのBeezeutとしての介入は、ヴィレッジによるそれが最も適切なのです。」
そういうと、サヴァンは。
神経質な指の先で。
軽く二回、テーブルの上を叩く。
ここは、夜警公社ブラッドフィールド本社ビル、一階にある応接室だった。通常化班に割り当てられた地下の区画には応接室のような設備はなく、また仮にもヴィレッジの支局長のような高官をあの狭苦しく薄暗い会議室に通すわけにもいかないため、サヴァンがガレスを訪れた時は、たいていこちらの部屋に通されていた。二人は互いに黒いソファーに座って、そして大理石のテーブルをはさんで話し合っている。ガレスの背後の壁、サヴァンの目の前の壁には、落ち着く雰囲気の絵がかかっている。だが、大事な客人を招いている時に、外から襲撃を受けると色々と問題になるため、さすがにこの部屋にも窓は一つもついていなかった。
ガレスは。
暫くして、サヴァンに向かい。
無表情に、答える。
「解っているよ、エトワール支局長。」
「それは良かった。」
サヴァンはそう言って。
また二回、テーブルの上を叩く。
「さて、前提条件としてのヴィレッジ介入に関してはどうやらご了承いただけたようなので、これからは細かいところを詰めさせて頂きたいと思います。こちらとしては、貴公社との共同捜査とさせて頂きたく考えているのですが、いかがですか?」
「それも、こちらとしては問題はない。」
「それは素晴らしい。」
「しかし、その共同捜査の方法だが。」
「方法ですか?」
「互いに別行動ということにしてほしい。」
「別行動?」
「ああ、捜査は別々に行い、事件に進展があれば、その情報だけを共有する、そういう形にしたいということだ。」
「なるほど……そういうことですね。」
サヴァンはそう言うと。
ふっと目をつむって考えるような表情を作る。
そのまま、目をつむったままで、また口を開く。
「こちらとしてはやはり、行動も共にしたいと思います。確かに情報を共有するだけでも共同捜査と言えないこともないですが、それだと互いが知らぬうちに、無用な行動をとってしまいがちになるのではないですか? 例えばこちらが既に確かめた情報を、貴公社でそれと知らずに、再度調査してしまう。情報だけを共有するとなると、どうしてもリアルタイムでの情報の更新ができず、そういったことが起こってしまいかねないとは思いませんか? 捜査本部を一体化して、貴公社と密に行動を共有したい。貴公社の職員と共に、貴公社の情報の全てにアクセスして……もちろん、ヴィレッジも全ての情報をオープンにします、よほどの機密でない限りはね。」
「確かに私も、それはそうだと思う。そちらの方が、普通であれば遥かに捜査が早く進むだろう……けれど、率直な話をさせて欲しい、ヴィレッジは、あまりこの街では評判が良くないのだよ。それは、君も承知してくれているはずだろう?」
「それは、私が呼ばれているフィッシャーキングという通称に関するお話ですか?」
サヴァンはそう言って。
引きつったような作り笑顔で笑った。
ガレスはあくまで無表情のままで。
言葉の先を続ける。
「……そういう話ではない。そもそもヴィレッジは、この街ではよそ者というイメージが強いのだ。この街は、よそ者をことのほか嫌う。確かにこの街は世界の貿易の中心地だ、けれどいくら外面が良くても、懐の中にまで招くことは決してない。君たちと一緒に捜査員が動くということになったら、それをこの街の人間が知ったら、きっと碌な証言が取れなくなってしまう……皆が皆、口を閉ざすだろう。」
「なるほど。あなたの言いたいことは解ります。」
サヴァンはそう言うと、またテーブルの上に指を走らせた。今度は小指から人差し指までの指、爪の先で、一本ずつ机の上を叩く。カカカカッ、カカカカッ、と。何度もリズミカルにそれは音を鳴らした。サヴァンは何かを考えているようで、そしてその何かは、実際のところガレスにはとても不吉なことのように思われた。カカカカッ、カカカカッ、それはまるで、足音のように、少しずつ近づいてくるように。ただの勘だ、長年夜警公社に勤めていたものの勘のようなもの、アンドリューであれば、非論理的だと鼻の先で笑い飛ばすような。けれど、ガレスには確信があった。サヴァンは、何かをたくらんでいる。
やがて、サヴァンは。
まるで三文芝居のように。
ふうっとため息をついた。
「まあ、無理強いはするものではありませんからね。」
軽く肩をすくめて。
ぐっとソファーに寄りかかる。
「分かりました。あなたの提案した形での共同捜査、ということにいたしましょう。つまり、別行動で最新の情報だけを更新していく形ということです。」
ガレスはそのサヴァンの言葉に拍子抜けした。きっと、何かの理屈をこねくり回して、夜警公社の有する全ての情報を明け渡すようにと、強要してくると思ったのだ。けれど、サヴァンは案外にあっさりと身を引いた。
「ありがとう、エトワール支局長。」
「その代わりに、一つお願いがあるのですが。」
これは。
何かがある。
この事件には。
きっと。
ガレスの知らない何かが。
「何かな。」
サヴァンは。
テーブルの方に。
身を乗り出す。
「ノスフェラトゥと連絡を取りたいのです。可能ならば、始祖家の方々のどなたかに。」
「フォウンダーに? それは……即答はしかねるね、私は夜警公社の一班長に過ぎない、面会願いの届け出を出すことは可能だが……私よりも、君の方が遥かに可能性があると思うが。」
「もちろん、公式な形であなたが願い出ても始祖家の方々は鼻にも掛けないでしょう、そして私が願い出たとしても、それは同じです。それは、私にも分かっています。しかしOUTには……通称で失礼……お一人、アップルに太いパイプをお持ちの方がいらっしゃったはずですが?」
ほとんど完璧に繕われたサヴァンの体だったけれど、一点だけおかしな点があった。それは、右足だ。左足と同じように、ゴムのスーツと甲殻のようなブーツに覆われていたけれど、右足とは少し違っていた、どこかしら動きが不自然なのだ。それは、ありていなことをいえば義足だった。白イヴェール有機金属製の、最新式の義足だ、けれど、それはサヴァンにとって、どうあがこうと、完璧なはずの自分の体の、唯一の欠けた部分であった。
サヴァンはわざとらしく組んでいた足を組み替える。右足を、左の義足の上に。そして、その膝の上に指を組み合わせた両の掌を乗せて、そしてゆったりとした雰囲気でもう一度、ソファーに寄りかかった。芝居の仕掛け物のように、神経質な表情が、軽く揺れる様にして傾げる。
「なぜ、フォウンダーと話をしたいんだ?」
「残念ですが、機密事項です。」
「夜警公社は条約上の、「集団の安全保障に深くかかわる機関」に当てはまるはずだ。となれば、Beezeutのレベル・ブルーの機密にまでアクセスが許されている。」
「オーバー、バイオレット。」
レベル・バイオレット。
Beezeutの最高機密。
ガレスは自分の勘が正しいことを確信した。
何かがある、これは、パンピュリア一国に限らない。
何か、大きな、怪物のようなもの。
「エトワール支局長。」
「何でしょうか。」
「この事件の裏には、何があるんだ? 君は、一体、何を知っている?」
「もう既に報告書はお出ししたはずですが? ああ、もちろん最新の情報があればお伝えいたしますよ。」
「そういう話をしているのではない。」
「それではどういう話ですか?」
「レベル・バイオレットの機密であれば、君にもアクセス権はないはずだ、なぜそれを君が知っている? 君も、何か、その機密にかかわっていたということだろう? 君はパンピュリア共和国の支局長だ、ということは、この国の、この街で、過去において起こった事件とかかわりがあるということだ。一体、この街に、何があったんだ? そしてなぜ私たちは、夜警公社はそれを知らない?」
「私としても、そういった情報を貴公社にお出しできれば良いのですがね、しかし、いかんせん世界の安全保障にかかわる事柄ですので、軽々にお渡しするわけにはいかないのですよ。しかし、一つだけ安心して欲しいことがあります。」
「何だ。」
「少なくとも、ノスフェラトゥの方々はご存知だということです。過去に何があったか、そのほとんど全てのことをね。」
そう言うと、サヴァンは。
また、足を組み替えた。
左足を、右足の上に。
ガレスは口をつぐむ。この男には何を言っても無駄だ。のらりくらりと身をかわし、全ての質問を受け流して、当たり障りのない回答で返してくるだろう。しかし、今までの会話で、ある種のことは解った。今回のグール、しかもダレット列聖者の殺鬼は、やはりただの殺鬼を目的としたものではない、世界規模の、何かしらの危機に関わる出来事。そして……それを、ノスフェラトゥは、知っている。
ガレスは。
また口を開く。
「もし、ノスフェラトゥとの仲介を断ったらどうする?」
「何かを勘違いしていらっしゃるようですね、ガレス班長。これは純粋なお願いです、脅迫ではない。あの方も、きっとご家庭の事情があるでしょう。無理にとは申しません。しかし、もしも例のルートでの面会が可能になれば、あの方も当然その面会に立ち会うことになるでしょう。私はノスフェラトゥと意思の疎通ができませんからね。そして、私はあなた方が知らない情報に関して、ノスフェラトゥに質問することができる。もちろん、直接レベル・バイオレットの情報に触れるようなことはしませんが、それにしても、あなた方が普通であれば得られる以上の情報を得ることができるでしょう。これは悪い話ではないと思います。」
サヴァンは、ここぞとばかりに、また身を乗り出した。テーブルの上に軽く手をついて、ガレスの方に向かって。まるで、ガラス玉のように軽い目の色が、ガレスの顔を覗き込むように。ガレスは、けれどただ考えていた。サヴァンの顔をはっきりと見ることもなく、ただ、じっと考えていた。
今、何が起こっている?
そして、この男は、何をたくらんでいる?
今はまだ、何も分からない。
あまりにも、情報が少ない。
あまりにも、不利な立場。
だから、ガレスは口を開く。
「少し、考えさせてほしい。」
「分かりました、お待ちいたしましょう。」
すっと、サヴァンは身を引いた。
あまり強く押し込んでも意味がない。
組んでいた足を解いて、テーブル越しに右手を差し出した。ガレスの方へ。そして、神経質な顔に、友好的と言えなくもない笑顔を浮かべる。もちろん、作り物だ、けれど、これで十分だろう。サヴァンは口を開いて、そして、セリフのように言葉を発する。
「それでは、貴公社とヴィレッジ間の友好的な共同捜査体制が決定したことを祝して、握手をいたしましょう。これから、よろしくお願い致します。」
「よろしく頼むよ。」
ガレスは少し躊躇った後で。
静かに、サヴァンの手を取った。