#36 正しき人よ、正しき道に至るには正しき門より入れ
同日、同時刻。
ジョーンズフォルドにて。
赤い導管を通じて偽物の楽園からこちら側の世界に降り注いだ嘘は(楽園の周りには暗く広い海が広がっている)その美しく広がっていく波動のようなものをゆっくりと沈めていき(暗く広い海の中には怪物が住んでいてそのせいでお姫さまは城の中から出ていくことができないのだ)そしてやがて世界は通常の世界へと戻っていく、ただその導管だけを残して(それはまるで少女のような甘いにおいがする海)。
そう、赤い色は雨粒の一つ一つに。
閉じ込められて降り注いで。
閉じ込められて降り注いで。
そしてこの世界ではじけて、はじけて、はじけて。
その雨に打たれ続けながら、あとに残された生き物たちは、ノスフェラトゥも、ライカーンも、スペキエースも、ノスフェラトゥも、人間も、まるで……何かの災害、を、その身に受けたかのようにしてただ茫然とした顔でそこに立っていることしかできなかった、それが何かを理解することもできないのだ、ただ単純に……その存在の、平衡を乱されて、赤い色、だけが、その精神に、焼き付いて、しまったかの、ように。ブラッドフィールド中の他の地区と同じようにして、完全にその戦闘は停止していた、ホワイトローズ・ギャングのメンバーも、夜警公社員も、もちろん一般人も、互いに互いを殺そうとする、あるいは己の身を守ろうとするその行動を続けることもできず、その場に倒れ込んで空を、その赤く空に伸びる導管見つめていた。
ただ、グール達は違った。
彼らは、跪いていた。
赤い色に向かって。
そして、歌を歌っていた。
グール以外には理解できない。
あの美しいフルートのような歌声で。
祈りを捧げるように、歌っていた。
そしてもう一人の、例外。
その場で起こっていることに。
まるで何も乱されることなく。
「あーあ。」
フラナガンは。
ゆっくりと自分の胸の前で手を合わせ。
静かに首を傾げるようにして。
笑いながら、口を開いた。
「どうやらリチャード・サードが封印を解いてしまったみたいだね。全く……ノヴェンバーも世界一のヴィジランテとか呼ばれている割には、いざという時に詰めが甘いんだから。そうは思わないかい、大手くん?」
次第次第に、放心状態でいた生き物たちが、海の底から浮力によって浮かび上がり、やがて首から上が水面からぷかり、とのぞきだすようにして、自分の世界を取り戻し始めた。一番最初に我に返ったのは……もちろん我らが正義のヒーロー! ブラックシープは、掌底で仮面の額を押さえるようにして、ちょっとわざとらしいんじゃないかって感じでよろけながら立ち上がりつつ、フラナガンに向かって叫ぶようにして声をかける。
「フ、ファーザー・フラナガン!」
「何だい、ブラックシープ。」
「これは、何が起こったんだい!? まるで、まるで世界が……」
「そう、世界が赤い色をした嘘を笑ったんだよ。」
次に何とか精神を落ち着かせて、思考をまとめ始めることができたのはスペキエース達だった。それからノスフェラトゥ、ライカーン、人間の順番で、やがて自分の周囲の状況を手探りのようにして掴み始める。その様は、例えば今まで全く……全くこの世界とは違う世界の夢を見ていたのに、急に目覚まし時計が鳴り響いたせいで目覚めさせられて、この世界に帰ってきたために、一体自分が誰で、この世界がどこなのかを暫くの間理解できないような、例えばそんな風に、彼らは皆が皆、ゆらゆらと……その存在のバランスを取り戻そうとしていた。
「今のは、一体……アーサー、あなたそこにいるの……?」
エリスが濡れたナイトナイトに手をついて、それに寄りかかるようにして、何とかその場に立ち上がりながらそう言った。雨に体をなおも打ち付けられながら、未だに何か、夢を見ているような焦点の合わない視線を、あたりにさまよわせながら。倒れたせいで泥がついてしまった髪を手のひらでぬぐおうとして、その手のひらに握ったままだったラウンドアップを頭にぶつけて、それがいったい何なのか分からないというような顔をして不思議そうに眺めている。独り言のようにして、エリスはそのとりとめのない言葉を口から紡ぎ続ける、言葉で縫い合わせていなければ、世界がばらばらになってしまうとでもいったように。
「アーサー……違う、ここは……私は、ジョーンズフォルドに……拠点防衛として回されて……拠点防衛? 革命が起こって……ホワイトローズ・ギャングたちが革命を起こして、町中が火事になって……私怖くなって、でもアーサーが大丈夫だって……だから、いつもみたいに奇跡が、奇跡が起こって私を守ってくれる……違う、私が考えてるのはそんなことじゃなくて……私がしなきゃいけないこと……そう、とにかく、ホワイトローズの連中から、守らないと、何を? みんなを、この街を、そう、この街を守らないと!」
あるべき場所にパズルのピースがはまり込み、ばらばらになっていた精神がその全体を表したかのようにして、はっとエリスはそんな顔をして、ラウンドアップが何に使うものなのかを思い出したようだった。訓練と実践のせいで体に沁みついた流れを追うようにしてそれを構えて、そしてナイトナイトの陰に隠れた。未だにふらふらとしているホワイトローズ・ギャングたちの姿を伺いながら、味方の側に大きな声で呼び掛ける。
「アーロン! 大丈夫!」
「あー……エリスか……?」
「何言ってんの、当たり前でしょ!」
「俺の目の前に鏡があって、それで……俺の顔は人間の顔で……」
「馬鹿なこと言ってないで目を覚ましなさい!」
「馬鹿なことって、お前ひでぇな……俺の顔だぜ……?」
アーロンも、そんなことを言いながらもエリスの声に導かれるようにして自分を取り戻し始めたようだった、ぼんやりと、どこかしらに赤い靄がかかっていて、その靄の中に包まれていたようにどこを見ているか分からなかった目が、その靄の中からスプーンか何かで掬いあげられたようにして、しっかりと物事を見つめ始める。鼻の先から水滴が垂れて落ちる。
「エリス……今、一体何が起こったんだ?」
「知らないわよ! とにかく敵の攻撃じゃなかったみたいね、ホワイトローズの連中も何だかふらふらしてるみたいだし。」
「だがグールの連中は、あれは何をやってるんだ?」
「何をって、祈ってるんでしょ! 見て分かんないの!」
「祈るって、何にだよ。」
「何にって、そりゃ……」
二人でそんなことを言い合いながら、ふとようやく気がついたようにしてグールたちが祈りを捧げる方向に振り向いた。そして、二人ともそれを見て言葉を失った。その光景は……ジョーンズフォルドの西の方向へと広がっていた、端的に言えば、それは夕焼けの光景であった。もうそろそろ日が落ちてしまい、世界は夜の方向へ暮れるらしい、ブラッドフィールドの上に覆いかぶさるクロシュのように広がっている雲の向こう側。あるいはその雲は、太陽が身を横たえているベッドを覆い隠すカーテンみたいなものなのかもしれない、例えばそのベッドの上で太陽は、心臓を一つつかれて、その穴からは神々のセミフォルテアが噴き出して、あたり一面にまき散らされて……その赤色で、そのカーテンが、染まってしまったかのようにも見えた。空気中の細かい水滴によって光が捕らわれて、きらきら、きらきらと拡散されたその赤い色が、黒く沈んだ雲の奥で、ティンダロスによって今焼き尽くされようと、静かに静かに燃え盛るサンダルキアのようにして。
そして、その夕暮れの光景の中に。
二人が見たものがあった。
それは、空へと体を伸ばす。
一匹の、赤い竜。
赤い竜……どうして? そう思ったのだろうか? いや、違う、確かにそれは赤い竜だ、しかし決してそうではないのかもしれなかった、それはただ単純に、赤い色をした一本の線であった。それは色でさえなかった、赤い色ではあった、現実が歪んでいた、現実の代わりのもの、それは概念だ、あるいはこういってもいいかもしれない、存在ではないもの、存在が材料だとして、言葉が設計図だとすれば、それは設計図そのものだった、トラヴィール、トラヴィール、トラヴィール、ああ、わたしたちの羊飼いよ、どうかわたしたちに教えて下さい、いったいなぜ父にして母なるヨグ=ソトホースはその身の内側に、このような汚らわしいものが入ってくることを、お許しになったのですか? それは設計図そのものだった、本来あるべき世界を浸食した象徴の世界、この世界の概念では捉えられないもの。
その一本の線が。
ブラッドフィールド中央教会から。
発せられているのを見たのだ。
「ブラッデスト・サニー……」
エリスはそう呟くので精いっぱいだった。
アーロンは、何かを呟くこともできなかった。
もちろん二人はそれが何なのか分かったわけではなかった、しかしそれでも、それが何かとんでもないものであるという……記憶があった、二人はこの赤い何か、に類似したものを、これまで一度も見たことがないはずだった、しかしそれにも関わらず、いつか……どこかで……確かにそれを見たことがあるはずだった。それは、その記憶は、しかし確かに存在しないはずのものでもあった。忘れたはずのものを思いだせないとか、そういうことではない、存在していないものが存在していた。そしてその記憶の中で、この赤い何かは、例えば、この世界を、一度、滅ぼして、しまった、何か。
二人が呆然とそれを見上げている一方で。
ふ、と。
ブラックシープはそれを感じた。
自分の腕のあたり、何かが震えている。
その振動を。
「おっと、どうやらシープ・ウォッチに通信が入ったみたいだね!」
「どうでもいいけど君、基本的に独り言多いよね。」
ブラックシープは腕につけていたシープ・ウォッチを自分の口の前のあたりに持ってくると、反対の手の人差し指で画面を軽く押した。腕時計状のそのデバイスから、ざざっとノイズのような音がして、どうやらどこかとの通信チャンネルが開いたようだった。ブラックシープはそのままシープ・ウォッチに向かって話し始める。
「あー、あー、こちらブラックシープだよ! 聞こえるかいシープ・サンクチュアリ……え? うん、その通りだよシープ・サンクチュアリ! 私は今、相棒のファーザー・フラナガンと共にジョーンズ・フォルド付近で邪悪な勢力と交戦を……ジャスティス! それはいったいどういうことだいシープ・サンクチュアリ! 詳しく説明して……なるほど、時間がないんだね! うん、うん、ここからでも良く見えるよ、あの赤い……何ていうことだ、シープ・サンクチュアリ! なるほど、あれが悪の枢軸なのかい、目に見えてとても分かりやすいね! あれは……中央教会の方だね、となると……大変だ、私の大切な相棒、ファーザー・フラナガンの……おっと、いけないいけない、その通りだったね、あやうくファーザー・フラナガンの正体がフラナガン神父だということを、抜け目ない凶賊どもに感づかれてしまうところだったよ! え?……もちろん理解したとも! ここを片づけたらすぐに向かうよ! ということでブラックシープ、通信終了!」
そう言うととブラックシープは再度、勢いよくシープ・ウォッチの画面部分を押した、恐らく通信を切ったのだろう、ノイズのような音は止んで、それからブラックシープはぱっとフラナガンに向かって顔を向けた。
「ファーザー・フラナガン!」
「シープ・サンクチュアリからかい? ああ、言わなくてもいいよ、分かっているから。内容は、えーと、当ててみせる、きっと、こういうことだね? つまり、今すぐにブラッドフィールド中央教会へと向かい、かの場所を乗っ取ってしまったあの……悪の枢軸を打ち倒し、そして正義の秩序を取り戻すこと。」
「ジャスティス! その通りだよ、あなたの言う通りだ! さすが正義の心をその胸に堅く抱くもの、以心伝心、全て伝わっているというわけだね! 全く、あなたには驚かされてばかりだね!」
ブラックシープはそう言うと、やれやれといった感じで頭を振ってフラナガンの驚くべき正義洞察力に対する感嘆の意を示した。それからくるっとフラナガンから視線を別の方へと……つまり、未だにちょっとふらふらしているホワイト・ローズたちの方へと向けた。そして、ばっと腕の先についた金の蹄をそちらの方へと向けて、断固たる・意志に満ちる・毅然とした口調で、凛としてこう告げる。
「さあ、邪なる罪の交響曲を奏でる奸悪の徒どもよ! 続けようではないか、あなたたちへ絶対なる死をもたらす殺戮のダンス・パーティを!」
しかし、そこで。
こほん、と咳払いをして。
フラナガンが、口を挟む。
「あー、ちょっといいかい、ブラックシープ。」
「おっと、何かなファーザー・フラナガン!」
「もしかしたらシープ・サンクチュアリからの連絡でも言っていたかもしれないけれど、リチャード・サードは……えーと、狡猾なる悪漢ハッピートリガーは、どうやら、もうすぐにでもとてつもない最終兵器を手に入れてしまうかもしれないんだ。あの赤い竜が見えるだろう、地に横たわる楽園と、空を泳ぐ天国とを通じる赤い色をした光の柱のことだよ。あれは、その兵器の封印が解かれたという印なんだ。だから、僕たちはハッピートリガーがその恐るべき最終兵器を手に入れる前に、彼の鬼の姦計を阻止しなければいけないんだ。ここまでは理解してくれるかい?」
「もちろんだとも、ファーザー・フラナガン!」
「と、いうわけで僕達にはゆっくりとあの連中の相手をしている時間がないんだ。」
「しかしだよ、ファーザー・フラナガン……」
「君の言いたいことは僕にも痛いほどよく分かるよ。もちろんだ、悪に大きい小さいはあろうとも、悪の犠牲に小さいや大きいはない、目の前で救いを求める一人に対して正義の救いをもたらせずに、どうして世界にそれをもたらせようか。だからね、ブラックシープ、僕に一つ提案があるんだ。それはつまり……」
そこまでを口にすると、フラナガンは一度言葉を切った。そして、ポニーテールをゆらりと揺らめかせて軽く首を傾げると、白い手袋に覆われた人差し指の先で、自分の上の方を指す。小さく、淡く、溶けるような、囁くような、声で、「大手くん」と、言葉を、する。
答える声はない。
しかし、その声の代わりに。
空から、一つの、体。
鉛でできた羽のように。
柔らかく、しかし研ぎ澄まされて。
ホワイトローズ・ギャングの群れの中。
落下してくる。
「金が、金が見える……苦節八年、ようやく宝くじを……ってうおおっ!」
「そんな、ママ……あの時に俺のせいで死んだはずじゃ……ってぎゃあっ!」
「そうなんだよな……一節を終えて布団に入る、これが俺の一番の……ってぐわぁっ!」
宝くじを買い続けた日々について苦節という単語を使うのは用法的にどうなのかと思うが、それはともかくとして次の瞬間に起こった出来事はつまり阿鼻叫喚だった。未だに夢見心地に夢を見ていたような顔をして、あの赤い波動の影響、ぼんやりとしていたホワイトローズ・ギャングたちの間に落ちてきたのは、一人の小さな少女の姿だった。たぶん、年のころは十二歳くらいだろう、カーテンのように視界を遮って降りしきる雨粒のせいでよく見えないが、どうやら着ている服は、闇の中に溶け込むような黒いロングドレス、その上に浮かぶ白いエプロンをした、メード服のようなものに見えた。
雨に濡れた二本のリボンを。
まるで獣の尾のように揺らしながら。
それは、他愛もない玩具の人形のように。
両の手に持った錆びた包丁。
次々に彼らの体を屠っていく。
「何だてめぇ! ふざけんな!」
既に赤い竜の悲鳴、それがその存在の内部に示す虚偽の影響下から逃れ始めてていたスペキエース達は、いち早くその脅威に対して反応した。一人のスペキエースが大地に手を付けると、強烈な振動のようなものがそこから伝わって周囲を大きく揺らした、局地的な地震を起こしたのだ、周りでぼんやりとしていたホワイトローズ・ギャングたちは次々とバランスを崩して倒れていく。しかしそのメード服の少女にはどうやらそんなものは通用しなかったようだ、とんっと地を蹴って飛んで、その地震を避ける。
「隙だらけだぜ!」
追撃するようにして、もう一人のスペキエースが少女の背後に現れた、どうやら例の風だかなんだかを操れるタイプ(アーロンの撃ったミサイルをエリスにぶつけようとしたあいつ)がまだ生きていたらしい、自分自身は風に乗って飛行しながら、少女に向けて勢いよくその風を叩き付けて、地に落とそうとする。しかしその前に少女は持っていたうちの片方の錆びた包丁をぴんっと弾くようにして投げつける。その包丁は風使いの眼球にとすっと軽い音をして当たり、そのままそれを貫いて脳を破壊した。「かふっ」っというかすれた息のような声を吐き出して、風使いはその能力と、ついでにその命も失って地に落ちた。
落ち際に、もう一本の包丁も投げつける。
少女を狙っていたスペキエース。
表皮の角質を弾丸として放てるタイプ。
同じく、目を貫かれて絶命する。
そんな、少女の。
姿を、見るともなしに眺めながら。
フラナガンは、ブラックシープに言う。
「この舞踏会には、代役を頼まないかい?」
「ジャスティス! 彼女は……素晴らしい、素晴らしいよファーザー・フラナガン! 彼女はいったい何者なんだい!?」
「ペティラティス。」
「ペティラティス?」
「奴隷だよ。」
「奴隷?」
「そう、正義の奴隷さ。」
「なるほど、そういうことだね!」
「この場のホワイトローズ・ギャングはペティラティスと、それから夜警公社の正義の使者たちに任せておいて……もちろん、ペティラティスはうまくやるさ、大丈夫、うまくやらないはずがない……それで、僕達は、残忍かつ奸智にたけたハッピートリガーの、この世界を破滅へと導くおぞましき計画をくじくために、ブラッドフィールド中央教会へと駆けつけるんだ……どうかな、ブラックシープ。僕としては、悪いアイデアじゃないと思うんだけど。」
「全く、ファーザー・フラナガン! あなたはいつも私を驚かせてくれるね! 出会って五節もたっていないのに、私にはもうあなたのいない世界など思い描けないくらいだよ! 賛成だ、全面的に賛成だよ、ファーザー・フラナガン! あなたのアイデアに、私は全面的に賛成するよ!」
「ありがとう、ブラックシープ。君ならそう言ってくれると思ったよ。」
ブラックシープは、くるっと体の向きを変えた。
夜警公社の職員たちの方向に。
アーロンと、エリス達がいる方向に。
「私の同胞、正義従事者の諸君! 今話した通りだよ! 私とファーザー・フラナガンは、今からブラッドフィールド中央教会へと向かう、楽園に潜むまがい物の神のごとく邪悪な悪の枢軸を完膚なきまでに叩き折るために! あなた達にはバックアップとして、この場を任せるよ、大丈夫、心配することはない! 私たちの代わりとして、悪漢どもに破滅をもたらす光の踊り子、ペティラティスを残していくからね!」
まだ揺らめいている頭を支えながら。
アーロンが、それに対して答える。
「なにがなんだか分からないがな、ブラックシープ。ここは俺たちが守るべき場所だ、そもそもお前の手助けなんて必要なかったんだよ、どこだろうと、さっさと行きたい場所に行けばいい。ただまあ……」
アーロンは、そこまで言うと少し口ごもるような様子を見せた。口を止めたままでナイトナイトの裏側、リボルバーランチャーを構えなおすと、飛び出すようにしてホワイトローズ・ギャングの方向へ、そのランチャーからミサイルを発射した。もちろん、ペティラティスのいない方向へ。ホワイトローズ・ギャングの群れの中に着弾したミサイルは爆発して、周囲の連中を蹴散らす。
「助かったことは事実だ。今回の件は借りにしとくぜ。」
「アーロン・ドッグサイト!」
「早く行け、ブラックシープ!」
アーロンの心温まる熱いセリフに感極まったように。
ブラックシープは、くっと力を込めて拳を握った。
そんなブラックシープのそばに。
優しい影のようにして、いつの間にか。
フラナガンが立っている。
「さあ、ブラックシープ、彼の言う通りだよ。善きことは速やかにそれをなされることを望む。ブラッドフィールド中央教会へ急ごう。」
ブラックシープは力強く握った拳を突き出し。
天の方へと向けた、雨がそれに注ぐ。
まるで、それは、聖なる洗礼を施すかのように。
そして、ブラックシープは叫ぶ!
決然とした、正義の咆哮を!
「さあ、待っていろハッピートリガー! 悪しき者の道はことごとく正義の怒りによって滅ぼされる! あなただけがそれを逃れられると思うな! 正義の栄光は地の上、天の上、その上にいまし、そして遍く全てを見通しているのだから! いざゆかん、正義の誉れを歌うものよ! その力に満ちた刃を、今こそ救われざるべきものに振り下ろせ!」
一通りの芝居じみた宣告を終えると、ブラックシープは空の方に突き出していた拳をまるでスライドさせるように自然な流れで降ろして、そのまま反対の腕に巻き付けていたシープ・ウォッチのボタンをぽちっと押した。
「シープ・ビークル、出動!」
「シープ・ビークル?」
ぴこーん、とシープウォッチが光る。
恐らくその光を、ある種のビーコンとして。
ブラックシープの斜め後ろ、空間が、裂けた。
裂け目の向こう側、広がる無限の闇の奥で。
電子楽器をかき鳴らすような、異様な音。
ガソリンやジェットのエンジンとは全く違う。
怪物の唸り声に似た、異質な駆動音。
まるで様子を窺うように、こちらの世界に響かせて……
そして、その闇の中から、飛び掛るようにして……
シープ・ビークルがその姿を現す!
「うわっと!」
フラナガンが小さく悲鳴を上げながら、慌ててその身を避けた。聞こえてきた狂えるエンジン音に違うことなく、シープ・ビークル、正義を乗せるための神聖なるチャリオットは、怪物であった。その姿のベースメントとなっている形は、柔らかく研ぎ澄ませたような漆黒の流線形、生物的なまでに滑らかなその胴体には、普通車についているようなタイヤ、車輪機構は全く見当たらなかった。それどころか普通のエンジン駆動の乗り物に見られるような、ジェットやその他の何かれの排出口のようなものさえも一切見当たらない。その胴部は極限までシンプルに磨き上げられて、継ぎ目も見当たらなかった。シープ・ビークルは、目に見えるような何の支えも、目に見えるような何の力も、必要とすることなく、ただ単純に、宙に浮かび、そしてこの世界をその意のままに移動しているかのように見えた。
「これはもしかしてヴァゼルタ反作用機関かい? 驚いたな、少なくとも二年前まではSPBでさえ実験段階にあった技術じゃないか。実用まで少なくとも十年かかるっていわれてたのに……いやまあボーへは例の武器に使ってたみたいだけど……」
フラナガンはそう言いながら、ゆっくりとシープ・ビークルに近付いて、その摩擦を感じさせることさえしない体に触れてみた。暖かくも、冷たくもなかった。あえていうとするならば、その感覚は柔らかさ、だった。誤解しないで欲しい、けっしてその胴体を構成している物質自体が柔らかかったわけではない、その物質はフラナガンの手の下で固く静かに、決してその配列を乱されることなく、それによほど強い外的な衝撃を受けない限りは傷一つ、凹み一つつかないだろうと思われた。しかし……その温度が柔らかかったのだ。
さて、シープ・ビークルは。
二つの部分に分かれている。
ダークでシャープな胴部と。
そして、頭部。
ブラックシープは、その頭部の方に向かった。シープ・ビークルの頭部はまるで……というか、全くブラックシープの身に着けている、仮面そのものの相似形であった。ビークルの頭部にふさわしいくらいに巨大化された、金色に光り輝く羊の仮面。それは胴部の暗黒と比べて、世界に刻まれた断層のように完膚なきまでの対象をそこに描き出す栄光の冠のようにさえ見えた。身を隠すための黒のマントと、その存在を知らしめるためのゴールデンクラウン。
ブラックシープは。
例えば戴冠式のようにして。
その腕を、その冠へと伸ばす。
「シープ・ビークル、オープン!」
ブラックシープの指先が触れると、シープ・ビークルの頭部はぷしゅーんみたいな音を立てて、白い煙のようなものを吐き出しながらその仮面を上の方向へと押し上げた。つまりそれはシープ・ビークルの、上下開閉式のドアだったのだ。内部には二つ、恐らく運転席と助手席と思われる席が据え付けられていて、その周囲にはごてごてと色々なボタンやら、レバーやら、あるいはキーパッドのようなものがごてごてと、散らかされた子供のおもちゃか何かのようにしてひっついていた。
ひょいっと身をひるがえして。
ブラックシープは乗り込む。
そのビークルの、運転席の方へ。
もう一つ、空いている助手席を指示し。
ブラックシープは、フラナガンに言う。
「さあ、ファーザー・フラナガン! 来たまえ、私の右の座は永遠にあなたのためのものだよ!」
「えーと、なんかそれプロポーズみたいだね。」
そんなことを言いながら、フラナガンは。
助手席へと上がり、そしてそれに座った。
ブラックシープは、フラナガンがきちんと乗り込んだことを確認すると、手元のボタンを一つ押した。再び、ぷしゅーんと何かしらの機構が働くような音がして(ちなみにこの音と外部に吐き出される白い煙はなくても扉の開閉はできるのだが、ブラックシープがこういうのがないとなんとなく気が乗らないということで付け加えられたギミックだ)金の仮面は、黒い外套に包まれた内側の内臓を覆い隠す。
ビークルの内部は外の光から隠されてしまい、ぼんやりと光を放ついくつかのボタン類を除いて真っ暗になってしまったが、ブラックシープはさっき押したのとはまた違ったボタンを指の先で探るようにして押した。すると、目の前、シープ・ビークルの頭部がぱっと色を変えて、透明になった、それは外部から見れば相も変わらず金色に光る遮蔽物、内部を見通せないようになっていたが、しかしまるでマジックミラーのような仕掛けで、透明な窓として機能しているのだ。
「どうだい、ファーザー・フラナガン! シープ・ビークルの乗り心地は!」
「うん、悪くないね。でもこれが……まだ、動いていないから、これが動き始めたら、どうなるのかなブラックシープ?」
「はっはっは、ファーザー・フラナガン、その問いかけに一言で答えるとすれば……」
ブラックシープは上機嫌な笑い声をあげながらそういうと、膝の横にある一際長いレバーに手をかけた。フラナガンの方に意味ありげに顔を向けると、レバーを握っていない方の手、人差し指をばきゅーん!みたいな感じで指し出す、恐らくそれに伴って仮面の向こうではウィンクかなにか、キメ顔のようなことをしているのだろうと思われたが、しかしその顔は仮面に隠れて見えなかった。
とにかく、ブラックシープは。
フラナガンに向かって。
いかにも得意げに。
言葉の続きを発する。
「オウサムさ!」
「あ、そこはジャスティスじゃないんだね。」
そして、ブラックシープは。
力の限りレバーを引いた。
ブラッドフィールド中央教会は建物自体は新しいものだが、この世界で最も長い歴史を持つ教会のうちの一つであり、中でもベルヴィル以外の土地に建てられたものでは唯一といえる古さを誇る建築物である。その歴史は千年以上前の、第一次神人間大戦(ノスフェラトゥに近い人間の使う言葉でいえば「パンピュリア独立戦争」)開戦当時にさかのぼる。当時作られた他のほとんどの教会と同じように、この教会も元はといえば神々との戦闘施設として作られたものだ。現在その上にブラッドフィールドのアップタウンが存在している場所は、ノスフェラトゥとその同盟者の人間たちが神々との戦争の拠点としていたアルメニオス要塞と呼ばれる城塞都市であり、その中で対神兵器研究施設としての役割を果たしていた「エルの幕屋」がブラッドフィールド中央教会の原型となった建物である。
第一次神人間大戦が和平契約によって終結した後、「エルの幕屋」はノスフェラトゥ・教会間の盟約によって、取り壊されることなくそのまま保存され、ベルヴィルの各地にあった幕屋がそのままオンドリ派の教会として転用されたように、神国からノスフェラトゥによる共和制へと移行したパンピュリアにおける人間たちの信仰の中心の場所となった。建築様式のトレンドが変わるか、あるいは公会議によって新しい戒律や聖務日課が増やされるたびにその必要に応じて増改築を繰り返したせいで既に幕屋といえる状態ではなくなったその場所は、アルメニオス要塞が(ノスフェラトゥが暇つぶしの戯れに流した、奴隷の人間たちの血にちなんで)ブラッドフィールドと名を変えるにともなって、ブラッドフィールド中央教会と名を変えることになる。その教会は第二次神人間大戦までの間、リベラシオン時代に建築を開始された旧セント・ハドルストン教会(現在のセント・ハドルストン大聖堂)などの他の教会を牽引していくパンピュリア共和国の信仰の中心であり続けた。
しかし、第二次神人間大戦の幕が開けると、その状況は一変する。神と人との総力戦となったこの戦争において、パンピュリア共和国はトラヴィール教会とその立場を一にして人間の側に立ったために、その対神兵器技術(特にパンピュリアの三天使)を脅威と見た神々の集中的な攻撃を受けることになった。もちろんノスフェラトゥは自分たちの施設に関しては鉄壁の防御を築き上げたのだが、他の国内に住む生き物、つまり人間たちの安全についてはそれほど強い注意を払うことはなかった。盟約によって巻き込まれてしまっただけです、そもそもは人間が始めた戦争ですから、力を貸すことは貸しますが、最低限のことはご自分でどうぞ、というスタンスだ。結果的に、アップタウンに位置し、人間たちの最大の戦闘拠点となったブラッドフィールド中央教会は多大な犠牲を被り、目も当てられないほどの破壊を受けることになる。
第二次神人間大戦の終了後、信仰の軸足は一時的に荒廃したブラッドフィールド教会から、数百年がかりでようやくその増改築を完了したセント・ハドルストン大聖堂へと移動することになる。当時のパンピュリア共和国大司教であったターナー・ボートライトの指導の下で教会から大聖堂となったのに伴って司教座も移され、そしてトラヴィール教会の地盤自体も、アップタウンの洗練された、毛並みの良いノスフェラトゥのペットである人間達から、もっと広い広い範囲へと、ダウンタウンに住む下層階級の人間達へと広がっていくことになる。つまりいい換えれば、後にキラー・フルーツ・ボーティと呼ばれることになるターナー・ボートライトが、愛国から逃れてきた神々の末裔と名乗る女である女媧、全てが謎に包まれた男であるアッシュ・ペナンズの二人と共に、戦後の闇市を主宰し、やがては世界中の「テーブルの下の世界」を支配することになるかのブラッドフィールド・ボウリング・クラブの基礎を作り始めることになる、ということだ。時代の趨勢はそのままに、パンピュリア共和国におけるトラヴィール教会の歴史は新たなる時代を迎えることになった、ブラッドフィールド中央教会を抜きにして。
次にブラッドフィールド中央教会が表に出てくるのは、先代のブラッドフィールド教区長であり、偉大な建築家とされているジョン・フラナガンの時代になってからである。ジョンは自分の父を継いでブラッドフィールドの教区長となると、まずは過去においてその名の通りブラッドフィールドの中心であったブラッドフィールド中央教会の立て直しに着手することになる。大戦の砲火を受け、ほとんど廃墟のようになっていた中央教会(そのせいでジョンの父はパンピュリア共和国大司教とともにセント・ハドルストン大聖堂でその信仰にあたっており、教区長であるにもかかわらずまるで助祭のような扱いを受けていた、そのことがジョンをして中央教会の再興に走らせた要因であるとされている)を、その残った枠組みは残した上で現代建築の視点を取り入れて、全く新しい形の教会としてコンバージョンすることにしたのだ。結果的にジョンは建築作業を終える前に不慮の死を迎えることになるのだが、そのジョンによって再設計された姿が、現在のブラッドフィールド中央教会の姿となっている。
現在のブラッドフィールド中央教会は、部分部分を構成する要素には革新的な現代建築の技術を取り入れながらも、全体的に見ると非常に伝統的な姿をしていることに気がつく。例えばその左右対称性だ、トラヴィール教会オンドリ派の教会建築は、ティンダロスの完全性を表すためにほとんど全てが左右を対称に作られており(他の宗派に関してはその限りではない、例えば奇跡者ダニエル、一般的な呼称を使えばダニエル雨水洗礼派の修道院は厳格な戒律を効率よくこなすために、極限まで効率化された形をとっている)、ジョンもその伝統に従ったのだ。最後部に位置する銀門塔から、キンスン・サーカスに面した正面ファサードまで、徹底的な左右対称性を堅持している。
その、壮大なる正面ファサードの見下ろす前で。
世界と共鳴するかのような高い音を立てながら。
黒と金の色、一台の乗り物が飛び込んでくる。
それは素晴らしきジャスティス運搬機!
シープ・ビークル!
シープ・ビークルは滑りこむようにしてキンスン・サーカスの周囲を回り込み、やがて中央教会の正面ファサードの目の前にその車体を停止させた。またもやぷしゅーん、というあの謎の音をさせ、更に周囲にあの謎の煙をまき散らしながら、シープ・ビークルはその仮面を上へと押し上げて、己の内側に宿りし二つの正義の心臓、あるいは鋼鉄の意志で悪へと立ち向かう二人の正義の使徒の姿を、この悪多き世界に向かってむき出しにして見せた。
「正義の疾駆はどうだったかい、ファーザー・フラナガン!」
「そうだね、なかなか快適だったよ。」
実際、正義の疾駆はなかなか快適だった、それはブラックシープの運転の腕前というよりも、ブラックシープの運転の腕前を考慮して作成されたシープ・ビークルの運転補助プログラムのおかげであり、フラナガンも薄々は、これたぶんブラックシープの素の運転だったら僕交通事故で死んでたんじゃないかなとかなんとか思っていたのだが、それは言うだけ野暮なことなので黙っていた。
シープ・ビークルから一歩飛び降り。
その周囲の光景を見て。
ブラックシープは驚きの声を上げる。
「これは一体どうしたということだ!」
「たぶん、眠りから覚めた竜の声に耐えられなかったんだろうね。あの娘はただ、おはようって言っただけなのに。」
キンスン・サーカスのそこら中に、まるで息をしていないかのような、しかしその顔はどこか……陶然と、恍惚と、したような、そんな顔を浮かべて、例えば優しい世界の夢を見ているような、そんな顔をして。身動き一つせず、気絶しているのだろうと思われる人と人ならざる者の群れが倒れて伏していた。その数は、恐らく数十はいただろう。ナイトナイトや建物の影に隠れていただろうもの、あるいは広場で戦闘を繰り広げていただろうもの、野良ノスフェラトゥ、人間、ライカーン、スペキエース、グールさえも。皆が皆、等しく平等に意識を失っていた。
「そういえば私も……ジャスティス……!」
「ああ、そうそう、忘れるところだった。君は、これをつけていたほうがいい。あらかじめ説明しておくと、これはアンチ・ゲニウスを技術的に応用したベルカレンレイン匙片体の中和装置みたいなものだけれど、それについては君は気にしなくていいよ。」
実際は随分と前からそれに襲われていたはずなのに、あまりにも鈍感過ぎたために今更その精神の不調に気がついたのか、こめかみのあたりを押さえてふらつき始めたブラックシープの手を優しくその手に取ると、フラナガンはその指に優しく一つの指輪を(「あー、と。ぴったりはまるのは左手の薬指しかないね」)はめた。その指輪は、深い、深い穢れた赤い色をしていて……それは、最後の封印が解かれた時に、ノヴェンバーがアーサーに渡していたあの指輪と同じものだった。そして、その指輪を嵌められたブラックシープは夢から覚めてはっと気がついたように、すぐにぴんとして、しゃんとした。
「ジャスティス、素晴らしい! 頭がはっきりとしてきたよ!」
「それは良かった。」
「そうだ、ここにいる正義の人達にもこれを……」
「ここにいる正義の人達については心配することはないよ、ブラックシープ。彼らは気絶しているだけさ、とても美しい夢を見ながら、ね。まあ、中には何人か死んでいる人達もいるみたいだけれど……死んでいるなら手遅れだろう? さ、先を急ごう?」
「確かに、それもそうだねファーザー・フラナガン! 私達には大事な使命がある、それを果たしに行かなければ!」
言いながら、ブラックシープは上を見上げた。
仮面越し、その目に入ってきたのは。
赤く、赤く、どこまでも続く光の柱。
「それで、どこへ行けばいいんだい!」
「銀門塔から、その地下へ。ここからだと教会の中に入って、ドゥルーグを通って行くのが一番早いよ。」
言いながら、フラナガンはブラックシープに向けて、中央教会の方を指示して見せた。中央教会の建築は基本的には後期ルルイエ式(ルルイエという名前は付けられているが実のところ海中国家ルルイエの建築とはそれほど関係がない、神話時代以前にトラヴィール教会はルルイエと関係があったのだが、そのころに海中から地上へと伝播した初期ルルイエ式が地上で教会建築として独自に発展したものだ、長きにわたる歴史の中で様々な異教の方式を取り入れた、荘厳な構造を特徴としている)を取っていて、正面ファサードに据え付けられた三つの門がそれを印象付けている。ヨグ=ソトホースとトラヴィールとティンダロスの三位一体を意味したこれらの門の内で、中心に取り付けられたヨグ=ソトホースを表す一際大きな門は、何か特別な日にしか開かれることなく、普段の信徒たちは他の二つの門、つまりトラヴィールの門かティンダロスの門かを使う。
しかし、今日という日は。
間違いなく、特別な日だ。
正面の門、ヨグ=ソトホースの門。
それを、使うべき日。
「なるほど、正面突破ということだね!」
「え? 正面突破って……」
ブラックシープのセリフの中に、不穏な響きを感じ取ったフラナガンの不安そうな声も耳に入れることなく、ブラックシープは弓から放たれた光の矢のごときいきなりさを帯びてその場から駆けだした。中央教会の三つの門、その一番中心にある、神聖なるヨグ=ソトホースの門に向かって。
「ちょ、ちょっとブラックシープ!」
「どりゃあああああああああああ!」
そのまま、ブラックシープは!
門に向かって華麗に跳躍し!
金属でできた重厚なそれを!
いともやすやすけ破って見せた!
「さあ、ファーザー・フラナガン! 道は開かれた、いざ行かん!」
「道は開かれたって……鍵持ってるんだけど……」
フラナガンはぼそぼそと文句を言ってはみたが、その行為に何の意味もないことはきちんと理解していた。恐らくその仮面の向こうで一仕事終えたとでもいいたげな爽やかな笑顔を浮かべているのだろうブラックシープは、ぶち破られて無残にも地に落ちた門の上にすっくと立ち、そんなフラナガンに向かってばっと右手を広げて、丸見えになった教会の中を自慢げに示して見せた。




