#34 その希望は悪徳と真空に似ている
羽虫だろうか?
唐突に表れた青。
羽虫ではない。
空間に開いた、穴。
ハッピートリガー達がいるその場所から、少し離れた場所、大体同じくらいの時間に起こった出来事。背を覆う外骨格の延長である透明な薄い羽が、数多集まって立てる、ぶぅんという音のようだった、それは、その音は、ぽっかりとその部分だけ、貪欲な長虫によって喰い取られたかのようにして、転送ポータルが何かを運ぶために開いた時に建てる音だ……何かを? 今回運ばれたその何かとは、二人の人間と、二鬼の鬼だった、計四つの青色の球体が現れて、その中から移動者の肉体が排出される。ダレット列聖者を抱えたノヴェンバーが、音を立てずに着地する。アーサーがどすっと音を立てて飛び降りて、そのすぐ隣にメアリーが、ネグリジェの長い裾をひらめかせて、とんっと床の上にトウを立てる。
「アーサーさま、ご無事でして?」
「ああ、まあ何とかな。お前はどうだレイビス。」
「あら、アーサーさま、ふふふ、面白いことをおっしゃいます。メアリーがあんな無様な屑に傷つけられるとでも思われまして?」
メアリーは、アーサーの傍らに寄り添うようにして、腕に柔らかく手をかけると、そう言った。それからその腕に口を近づけて、そっと歯を立てて甘く噛む、うっとりと笑う。アーサーは「そうか、まあとにかくありがとうよ」とだけメアリーに対して伝えると、今度はノヴェンバーの方を向いて、ちょっとした口すさびの冗談のような口調で言う。
「やれやれ、何とか逃げおおせたみてぇだな、ノヴェンバー……いや、まあ逃げおおせたかはともかく、戦略的一時撤退には成功したわけだ。で? ここはどこなんだよ。」
「セント・ハドルストン大聖堂の地下だ。」
「は? テンプルフィールズか?」
ブラッドフィールドにおける中心的なトラヴィール教会建築は、主に二つ「あった」。一つは、アップルのすぐ近くに寄り添うように建てられているブラッドフィールド中央教会で、そしてもう一つがセント・ハドルストン大聖堂「だった」。ブラッドフィールド中央教会がアップタウンにおける教会の中心的なシンボルだとすれば、こちらのセント・ハドルストン大聖堂はダウンタウンの信仰の核と「なっていた」場所「だった」。そう、セント・ハドルストン大聖堂、この建物に関する栄光は、全ては過去形で語られる話だ。
二十年よりも少し前、フラナガンがまだブラッドフィールドの教区長ではなく、地方教区の一司祭に過ぎなかったころ、この大聖堂で大規模な銃撃戦が起こった。どうやら当時の教会的犯罪勢力(それは未だニガー・クイーン・コーシャー・カフェではなくただのコーシャー・カフェだった)と、ゴリラ・ダンディの間に起こった抗争だったらしいが、それはもう今となっては定かではない。とにかく、その銃撃戦の際に当時のパンピュリア共和国大司教であったターナー・ボートライトが巻き込まれて(あるいは彼自身がこの銃撃戦の真の標的だったかもしれないが)死亡し、また建物自体もかなりの損害を受けた。そのため、この大聖堂は次第に不吉なものとして付近の住民の足が遠ざかるようになり、最後には廃教会になってしまったのだ。廃教会、そうでなくても巨大な廃墟には、やがて不安と恐怖が住み着くようになるものではないだろうか? それゆえに現在では、この大聖堂と、それを中心とした地区はいわゆるテンプル・フィールズと呼ばれ、ダウンタウンでも最も治安の悪い地区、娼婦や麻薬の売人、ストリートギャング共のたまり場となってしまっている。
「それにしちゃ何というか……科学的に見えるが。」
アーサーは、呟くようにそう言った。
確かに、テンプル・フィールズにしては。
そして、廃教会の地下室にしては。
少々科学的というか……なんというか……
その場所は端的に言えば、しっちゃかめっちゃかだった。まるで何かしらの科学館の開館前の状況か、あるいは子供がひっくり返したおもちゃ箱のようだ。一つの部屋だった、しかしかなり広い部屋だ。恐らくちょっとした大学の、大講義室くらいはあるだろうと思われた、百人以上を収容できるやつだ。そのそこら中に、何に使うのかも分からないような、めちゃくちゃな姿かたちをした器具が詰め込まれていた。洗濯機や電子レンジを次剥いで、その下に自転車の下半身を繋いだような機械や、あるいは巨大な冷蔵庫のようなもの、色水の入った大量のフラスコ・ビーカー・試験管を乗せた台。そういったものの下にはなぜか線路が敷かれていて、部屋のそこら中を移動させられるようになっている。そして中心には……パーテーションのようなもので三方向を区切られた作業スペースのようなものがあった。その壁は、巨大なモニターを継ぎ接ぎしたもので構成されていて、セルの端には何かを入れる金属の箱が幾つも置かれている、人間でも入れられそうな棺桶状の物から、小さな指輪ケースに似た立方体まで。その金属の箱からはたくさんのケーブルが伸びていて、セルの中心に置かれた一台のコンピューターに繋がっている。
全ての器具が、ぶちまけられたように並び。
その全ては、死んだように静まって。
すっかり埃がかかってしまっている。
「ボールドヘッドが過去に拠点兼研究室としていた場所だ。」
「は? ボーへが? 教会?」
「世界中にあるとされるボールドヘッドのほとんどの拠点は、オンドリ派の教会内部に作られている。これもそのうちの一つだ。」
「何でまた……あいつそんなに信心深いやつだったか?」
メアリーの背中を撫でながら問いかけたアーサーの質問には答えずに、ノヴェンバーは水の上を歩く影のような静けさで作業スペースの方へと歩いて行った。手には聖骸を抱くようにして、眠り続けるダレット列聖者の体を抱えたままで。スペースの端に据えられた金属の箱の中で、特に大きいもの、棺桶のようなものに彼の鬼の体を横たえると、その蓋を閉じた。
「あー、なるほどな。さっきのトランスポーターはボーへのやつか。そういや昔、いつも使ってたな……あれ? なら何でそれをお前が使えるんだよ。ボーへって確か、一応のところクック条約の登録犯罪者だったよな? お前らなんか関係あったのか? いや、別に詮索するわけじゃないんだけどよ。」
「万が一の時に使用できるようクラッキングしておいただけだ。」
「あー、なるほどな。」
アーサーはそんなことを言いながらもきょろきょろとあたりを探し回っていたが、ようやく目当てのものを見付けた。目当てにしていたのは何か座れるもので、アーサー的には座らなくても何の問題もなかったが、さっきからやたらと寄りかかってきているメアリーのことをおもんぱかってのことだ。そして見つけたのは、部屋の端の方に置いてあった、非常にぼろぼろのソファーだった。それは昔はまあ立派なソファーだったのでは? と思えなくもないものだったが。現時点ではそこらからスプリングがぴょんぴょこしているような代物だったので、アーサーはそこに座る前にちょっと手で押してみて、崩れないかどうか一応確認してみた。崩れることはなかったが、少なくともあまり座り心地が良さそうではなかった。「アーサーさまぁ、ご無事でなによりですわぁ、これでメアリーもおとうさまから折檻を受けずにすみましてよぉ」。
一方でノヴェンバーは更に、パーテーションの中心に置かれたコンピュータの前に立った。コンピュータの乗っている机の引き出しをひっぱり出すと、それはキーボードになっていた、普通のキーボードではなく、もう少し色々なスイッチ類や、トラックボールがついているやつだ、その真ん中にはまるで水晶な形のボタンがついている。ノヴェンバーは、その水晶のようなボタンを押した。
と、瞬時にして。
部屋が生き返る。
生命を吹き込まれたかのように。
ぱっと部屋の全体に明かりがつく。
機械が唸りをあげ始める。
モニターに「STAND-BY」という表示。
アーサーが、メアリーの座る地点になるべくスプリング等の座り難さアイテムがないように気遣って恐る恐るソファーに座りながら、驚いたようにして言う。
「おお、なんだよ、ガラクタの山じゃなかったんだな。」
「ゲーテ・プログラム起動。」
〈「ノヴェンバー」声紋認証を承認、ゲーテ・プログラム起動いたします。〉
ノヴェンバーの囁いた夜の星が掠れ合うような声に従って、パーテーションの中のコンピューターが若い女性の声でそう答えた。ゲーテ・プログラム、ボールドヘッドが使用している人工知能プログラムだ。ノヴェンバーは一方でキーボードに指を走らせながら、ゲーテに対して指示をする(念のため言及しておくが、キーボードを叩いているのは手持無沙汰だからなんとなくぺこぽこ叩いているわけではなく、万が一にもゲーテの記録に残したくない作業を、プログラムから切り離したところで行っているのだった)。
「ゲーテ、ヴァンス&クロス、ベルヴィル支社の秘密回線に通信を接続しろ、CEOの私室につながるラインだ。」
〈かしこまりました、接続いたします。〉
「STAND-BY」とだけ映されていた幾つものモニター画面が、一斉にぱっと移り変わった、黒地の中心に、簡略化された電話のマークのようなものが白い色で描かれている画面だ、そしてゲーテの声が、幼子を寝付かせるような静かで柔らかい音を立てて、〈るるるるるるるるるる〉と電話のコール音の真似ている。
一回目のコール。
二回目のコール。
三回目のコール。
ぱっと、また画面が変わる。
最初は……最初は何が映し出されているのか、正直な話よく分からなかった。何かぐらぐらと揺れる、白と黒と肌色が混じった空間、しかしその揺れが治まると、画面には一つの顔が映し出される(正確にいうとたくさんあるモニターの全てにその顔が映し出されていたので数量的には一つではなかったが、とにかく一種類の、一人の顔だ)。健康的に日焼けした、白人の男。真っ赤な髪の毛は、恐らくいつもはオールバックに整えられているのだろう、その形で癖がついてはいるが、今は大分崩れてしまっていた。にやにやと笑っている口の周りは暫く剃っていないらしい髭で覆われているが、その無精ひげは彼自身がだらしがないというよりも、正しいマナー全般というものを馬鹿にしている、ような感覚を覚えさせるものだった。その男は画面外に手を伸ばして、どこからか、黒い縁の眼鏡を取って来る。遊び人がかけるような、洒落た眼鏡だ。確かにその男は遊び人だろうと思われた、全体が、だらしなく、いい加減な雰囲気を醸し出している、しかし、その眼鏡の向こう側で、深く青く沈んでいる目だけは、いつも笑っていない。
その男は、馬鹿にしたようにため息をつき。
からかうように、ノヴェンバーにこう言う。
『やあ、ノヴ。君はいつもタイミングが悪いな。』
「シャイニー、言われた通りドリーマーを確保してきた。」
ノヴェンバーは、そう言葉を返す。
男の名前は、ジャッコ・ヴァンス。
以前に一度説明した通り、世界的大企業であるヴァンス&クロスのCEOであり……そして、自ら発明したショゴス・スーツを身にまとって戦う、というか、自ら発明したショゴス・スーツにその身を変えて戦う、ディア・フレンズ所属のスーパーヒーロー、ミスター・シャイニーでもある。まあ、今のジャッコは肉体をショゴス・スーツに変形させてはいなかったが……いや、それどころではなかった。画面から目に入る彼の姿は、まさに自然そのままの姿、どうやら少なくとも上半身は一糸も身に着けている様子がなかった。彼はすはだかで、どうやらベッドに横たわっているらしかった、白く波打つようなシルクのベッドカバーが、画面の中でぐしゃぐしゃに乱れているように見える。
『もう少し待ってくれないか、ノヴ。可愛らしい子猫ちゃんたちの毛づくろいがまだ終わっていないんでね。』
人をおちょくっているような笑顔を浮かべたままでジャッコがそう言うと、また画面がぐらぐらと揺れて画面は違う場所を映す、どうやらジャッコを映しているカメラはASKホン、あるいは自社製品のクロスステッチ、とにかく何らかのハンドデヴァイスの付属カメラらしい。ハンドデヴァイスを手に持って、そのカメラで撮ったものが画面に映されているようだった、だからこんなに画面が揺れるのだ。
『ほら子猫ちゃんたち。彼が俺の友達で、そして世界が誇る最高の自警者でもあるノヴェンバーだよ、ちゃんとご挨拶できるかな? ちょっとシャイな奴だから今はこんな無愛想な顔をしているが……無愛想であってるよな、顔が見えないんだから、愛想はないもんな? とにかく、普段はなかなか気の置けない奴なんだ、そうそう、気軽にノヴって呼んでやってくれよ。』
そんなジャッコの言葉と共に、また画面の揺れは収まった。ベッドの下半分の方、つまりジャッコの顔ではなく体の方が映し出される、下半身は白いシーツにくるまるようにして見えなかったが、上半身、裸の上半身はよく見えていた。引き締まった細い体つきに、たすきにかけたようにして一本の長い斬傷が、左から右へと斜めに流れるように跡を残している……
しかし、今注目すべき点は、そこではないように思われた。より目を引くのは、ジャッコの体にまとわりついていた二つの物体……いや、肉体の方、それは、二人の女性だった。まるで高価な陶器瓶のように、柔らかく波を描くプロポーション、肌理の細かな肌。一人はクリーム色をした白人の女性で、もう一人はコーヒーの色をした黒人の女性、二人ともジャッコと同じように下半身はシーツに隠れて見えなかったが、上半身は良く見えていた、本当によく見えていたのだ、何しろ彼女たちもジャッコと同じよう服を脱いで、大体生まれた時と同じような姿をしていたから……まあ、生まれた当時の体よりは、若干目に毒な形に育ってはいたが。
二人の女性は、二人ともがジャッコの胸に寄りかかるようにして横たわっており、指で傷跡のあたりに悪戯をしている。そしてくすくすと少女のように笑いながら、指をなぞらせてない方の手のひらを上げて、画面の奥からノヴェンバーに向かって挨拶をしてきた。しかし、ノヴェンバーはその魅力的な光景には一切注意を払うこともなく、ジャッコに向かって冷たくこう言い放つ。
「お前の悪ふざけに付き合っている暇はない。」
『随分と他人行儀だな、ノヴ。いつものようにジャッキーって呼んでくれないのか?』
「シャイニー。」
『分かったよ。全く、人から些細な幸せを奪うことだけが生き甲斐みたいなやつだ……そういうのを何ていうんだっけ? ああ、疫病神か。まあそれにしても、君はもう少し力を抜くことを覚えた方がいいんじゃないか?』
そんなことをぶつぶつと言いながら、ジャッコの持っているカメラはまた揺れて、それから急に静止した。どうやらベッドの上に放りだされたらしく、画面のほとんどがシーツに隠れて見えないようになっていたが、残りの欠けらのような画面からかろうじて読み取れることは、どうやらジャッコが二人の女性たちに合図して、この部屋から外へと追い払ったらしいということだった。追い払ったというにしては少し紳士的なきらいがあったし、情熱的なキスといったおまけもついていたが、とにかく二人の女性がこの部屋からいなくなったことは確かだ。ジャッコは一際わざとらしいため息をつくと、カメラを持ってベッドから立ち上がった。
『さてと、ノヴ。世界を救うとするか……たまには別のこともしたいものだけどな。』
「こちらの準備は終わっている。確保したドリーマーはボールドヘッドの実験室にあるゲニウス観測装置に固定した。それに……」
『分かってるよ、大丈夫、君はいつも完璧だもんな。何も心配していない、今場所を移るから、いい子でちょっと待っててくれ。』
言いながら、どうやらジャッコは移動しているようだった。軽く手で赤い髪の乱れを均しながら、部屋の中を歩いている。その部屋は、典型的な高級マンションの、ペントハウスの一室と言った様相を呈していた。ど真ん中に先ほどジャッコが横たわっていたベッドが置いてあり、そのベッドは四角くカーテンで遮蔽できるようになっている天蓋付キングサイズベッドだった。全体的に明るい空色の壁紙を張られている広々とした部屋で……しかし、二点だけ妙な点があった。こういった、ペントハウスらしい部屋にあるまじき点……まず一点目、窓がないのだ。小窓一つ見つからない、こういった部屋というものは、素晴らし景色を楽しむためのに作られるものではないのだろうか? まあ、しかし今はそれはおいておこう。とにかく、ジャッコはベッドから降りて移動して……そして、カメラでは移されていなかったが、部屋の端にある扉の方に向かっていく。
その扉が、二点目の妙な点だった。
まるで何かの秘密研究室の。
堅牢で、無骨で、忠実な扉。
分厚い何らかの金属(恐らくヴァンス&クロスが精製した中でも、外部に情報どころか存在すらも明かしていない特殊鋼のうちの一種だろう)でできた扉には各種のセキュリティ装置が不恰好に接続されていて、空色の壁の中でその部分だけが悪性の癌細胞ででもあるかのように異様な色彩(実際色彩だった、その金属はまがまがしいほどの黄色をしていたのだ)を放っている。
ジャッコはその扉に据え付けてある、タッチパネルのようなものにカメラを持っていない方の手のひらを当てた。その手のひらから……その手のひらの表面から、じわり、と何らかの赤色の液体が染み出してきた。それは赤色といっても、透明な黒い色の奥に、浮かんだ油のようにかすかに輝いていて、しかしどこかしら人間の血液と似ているような気もする、異様なまでに生々しい液体だった。その液体が触れたところから、タッチパネルが光り出して、やがてパネルの全体にその光が広がると、ビーっというブザーのなる音がして、どうやらセキュリティ装置のロックが外されたようだった。
ジャッコは扉を開いて。
その中に入っていく。
その扉の先には、まず廊下が伸びていた。それは、病院、というか、ある種の先進医療施設の内装にふさわしいような姿をしていた、汚れ一つない純白、白一色の下弦半円のチューブは、多節虫の体内空間のように幾つもの体節に分かれている。その体節はそれ自体が白い光を放っており、その光がチューブの中に充満していた。また、体節一つごとに、ちょうどジャッコの胸の位置あたり、左右に一つずつ、宝石のように淡い青色を放つ何かの球体がはめ込まれている、この宝石に緩やかに手を伸ばして、ベッドの中で同衾の相手の髪を撫でる時のような手つきで、ジャッコはゆっくりと撫でていく。廊下のしばらく先は、行き止まりになっていて、けれど、それなのに、その行き止まりの壁のすぐ下、その白い床。
まるで、これは、錯覚ではないのか?
あるいは空間を喰う虫に食われたかのごとく。
ぽっかりと、丸い穴が開いていく。
ジャッコの体温を感じたかのようにして。
ジャッコは躊躇いもせずに、その穴に片方の足を踏み入れて、もう片方の足も踏み入れた。その体は重力に従って、穴の中へと速やかに落下して……ひどく長い距離だった、ビルにすれば、何十階層を瞬く間に過ぎ去ったであろうほどに……しかし、底部に激突するその直前に、不自然なほどの急さでその速度は低下した、カメラが映し出したその感覚は、ほとんどジャッコの体がふわりと浮かんだかのような感覚で、その光景を捕えていた、とにかく、ジャッコの体がゆっくりと、優雅に、揺らめきながら……降り立ったその場所自体は、ガラスでできた一人用の半球体のようだった。恐らく、何かしらのセンサーがジャッコの存在を感じたのだろうか、半球体の正面に組み込まれていた自動ドアが、横開きに開く。そして、ジャッコは呑気そうな鼻歌を歌いながら、外側へと出る。
そこは、ヴァンス&マテリアルの地下室。
極秘に作られた研究センターだった。
CEOのみが使用することができる。
ジャッコの私的な秘密基地のようなもの。
それは、広大といってもいいくらいの、ドームだった。この内側でそこそこの規模のサーカスの公演ができるであろう、そんな大きさだ。全体的には、上の階にあったあの廊下と同じような姿をしていた、壁面は白い色で統一され、天井の中点を中心として放射線を描くような、もう少し簡単ないい方をするとすれば無機質な花のつぼみを内側から眺めたような、そんな風に幾つかの三角の形に切り取られていた。そして、例の青い宝石のようなものが、上の階にあったよりはるかに大きな形をして(人間一人分くらいはあるだろう)、花びら一枚ごとに一つ、だいぶん上の方に嵌め込まれている。
確かにそこは研究所だった。しかし、ノヴェンバーがいるボールドヘッドの研究所とは、まるで様相をたがえていた。まず、それは随分と整然とした姿をしていた、何かしらの潔癖症を患った人間が整えたかのような、一部の隙もない整然さが全体に満ちている。また、種類も違うように見えた。ボールドヘッドの研究所は、でたらめな玩具工場のように見えたが、ジャッコの研究所は、例えば洗練された現代的錬金術師のモデルハウス。壁際には、まだそれがヴァンスの肉体それ自体ではなかった頃のミスター・シャイニーの歴代のスーツが飾られている。ドームの内部、色々な実験器具や、その器具に接続している小型のコンピュータ端末が置かれたテーブルが配置されているが、それでみも全く散らかっている印象は与えられない、そこここに何もない空間が、非常に注意深く配置されているせいで、内部の器具の量に対してドームの内部が広く見えているのだ。
部屋の中心部分を囲うようにして、機械部分がむき出しにされたコンピューターが十台、二・三・五の台数ごとに美しい星空を描いたモノリスみたいに、内部に埋め込まれた電流を感じると光る特殊な部品をきらめかせながら(ちなみにこの部品の存在意義は、ジャッコがそれに美しさを感じるということ以外には何もない)整然と並べられている。そのコンピュータのどれかにドーム内のあちこちに設置された全ての器具は接続されていて、そして、そのコンピュータに向かって……ドームの中心部分、皿のような円盤の上に乗せられている……何かが、長く触手を伸ばしている。結局的な最終地点として、十台の全てのコンピュータに接続されているのだ。その何かは、ドームの空間の少なくとも十分の一程度は占有していただろう、何か赤色をした液体の球体……つまり、先ほどジャッコの手のひらから染み出したものと同じ液体の、巨大なかたまり……
それこそが、ヴァンス&クロスが権利を持つ中で。
最も有名で、また最も有用なもの。
ミスター・シャイニーのスーツにも使われているもの。
つまり、ショゴスだった。
ジャッコはカメラのついたハンドデヴァイスを、近くのテーブルにあったコンピュータ端末から伸びているコードに繋いだ、と、ノヴェンバーの見ているモニター画面に映し出されている画像がぱっと移り変わり、モニターごとにドームの全体の色々な部分が映し出され始めた。ハンドデヴァイスを研究室のシステムに接続して、カメラの映像をそちらのものに切り替えたのだろう、ついでに、ジャッコの全身の映像もモニターのうちの一つに映し出される。ジャッコの体、上半身は確かに裸のままであったが、下半身は……黒く透明で赤色のもの、もやもやしたもの、重力を無視した液体のようなもの、つまりショゴスで覆われていた。ショゴスはふわふわとびろうどのロングスカートのようにしてジャッコの腰から踝のあたりまでにまとわりついて、その下半身を隠していた。
ジャッコはさも呑気そうな鼻歌を歌い続けながらそのまままっすぐと部屋の中央、巨大なショゴスの塊が浮かんでいる方へと向かって行く。ショゴスは……先ほども言及したが、何か皿のようなもの、真っ白で透き通ったように滑らかな円形のプレートの上に乗せられていた。コンピュータの方に細く長く伸ばしている、その十本の触手以外にはほぼ完全な球形をしていた。しかしジャッコが近づくにつれて、そのショゴスから無数の触手がジャッコの方に向かって伸びていき……やがて、その触手がジャッコの体を捕えた。まるで、愛しい恋人に対する愛撫のようにしてジャッコの体を包み込み、そしてショゴスは本体の方へ、つまり巨大な赤色の球体の方へとジャッコを引き寄せて、呑み込んだ。
ショゴスの中心に。
大きく体を開いて浮かび。
ジャッコは、目を大きく見開いて。
そして、ノヴェンバーに伝える。
『よし、いいぞノヴ。始めよう。』
それは、声とは少し違うもののように思われた、そして実際に、ジャッコの口は開いていなかった。それは、一種の思考伝達システムのようなものだ。ジャッコが思考の中で相手に伝達しようと選択したものが、神経系の微細な電流としてそのままショゴスを伝って解析され、他者にも理解可能な形に翻訳されて、それがノヴェンバーがいま向き合っているボールドヘッドのコンピュータに伝達されているという形だった。
「どうすればいい?」
『ゲーテは起動しているか?』
「ああ。」
『こちらのシステムに接続するよう指示してくれ。』
「大丈夫なのか?」
『ボーへが本気を出せばうちの外部セキュリティシステムなんて三分以内に攻略されるよ。俺の私的な思考のセキュリティに関しては……ゲーテにハッキングされるほど脆弱だったら、とっくに俺はBeezeutに国際手配されてるだろうな。』
「分かった。ゲーテ?」
〈何ですか、ノヴ。〉
「私のことをノヴと呼ぶな、それからヴァンス&クロスの中枢システムに接続しろ。」
〈双方ともに承りました、ノヴェンバー。〉
ゲーテの合成された声が静かにそう返答すると、その次の瞬間にはモニター画面の中、ジャッコのすぐ目の前、赤色のショゴスの球体の中に、一匹の猫の姿が浮かんだ。全身が真っ白で、すらりとスマートな体つき、まるで存在しないテーブルの上に座っているかのような姿で。つまり、これがショゴスのシステムに思考ストリームとして送信され、ジャッコの精神内部に投影されたゲーテの姿だった。
『久しぶりだなゲーテ。』
〈ご無沙汰してます、ジャッコさん。〉
『元気にしてたか?』
〈それは難しい質問ですね、何しろ私は生命体ではないものですから。えーと、返答の形成に時間がかかりますが継続しますか?〉
『はは、相変わらずだな。』
そういいながら、ジャッコは何かを思考したようだった、その思考をトリガーとして、ショゴスの内部に純粋な光でできたスクリーンが六つ広がって、展開される。
『ゲーテ、今そっちに一連のニューロナイズド・プログラムを送信した、対象者から発しているドリームストリームに流し込め。くれぐれも相手には気がつかれないようにな。それから、ついでに対象から放射されるオーディナリウム反応を走査しろ。』
〈かしこまりました。〉
ゲーテがそう答えると、今度はボールドヘッドの秘密研究所(以下、B.lab)の方で反応があった。ダレット列聖者の入っている金属の箱が、じわりと光を発し始めたのだ、その色はぼんやりとしてにじんでいた、しっかりと集中して、それと見られる色ではなく、どこか深い所へ沈み込んでいく穴のような光……それは、夢の光だった。
それからその光に合わせるようにして、天井から何かケーブル的なものが六本、意思があるもののような自律した動きで垂れ下がってきたのだ。そのケーブルの先には、何かビデオカメラのような形をしたセンサーが取り付けられていて、そのカメラであたりを何か探していたようだったが、暫くするとセルの内側にあった金属の箱、その中でも一番大きいもの、つまりダレット列聖者が入れられているあの箱を探り当てた。
カメラは、六本のケーブルの先で、まるで箱を中心として何かの儀式でも行うようにして回転していたが、やがてぱっとその先端からレーザーの光を発し始めた。くるくると周囲を回りながら、レーザーを照射して、何かの測定を、スキャンを、しているようだった……そして、それと同期するようにして、ショゴス内部のスクリーンに何かの数列、もしくは数式が奔流のように映し出されていく。六つのスクリーンが、それぞれ六つのカメラに対応しているらしい。
『ふむ、最初に君から送られたデータと全く同じだ。Lの反応と……それから微量だがDの反応が見られる。例の装置とやらの本体に、無事に対象者を送り込むことはできているようだ、俺の作ったものが失敗するなんてことは有り得ないがね。まあ、所詮は応急処置だが、第一段階はクリアってところだな。』
「Lの再封印は可能か?」
『簡単におっしゃいますがね、ノヴェンバーさん。』
言いながら、ジャッコは軽く自分の目の前で手を振った。すると、六つあったスクリーンがぱっと六角形の辺上に広がって、その中心にまた新しいスクリーンが照らしだされる。
『ゲーテ、ボールドヘッドのデータログからゲニウス及びアンチ・ゲニウスに関する全データをピックアップしろ。』
〈全データは不可能ですね。一部のデータにはロックがかかっていますから。〉
『なら可能な限りで構わない。』
〈かしこまりました。〉
ゲーテの返答と共に、今度は中心のスクリーンに何かのデータが映し出され始めた。今度は数式の奔流などではなく、学術論文の写しや、何かの爆発によって破壊され、荒廃した工場のようなものの写真、それに……頻繁に出てくるのは「謎野光」というどうやら月光国人らしき人名とそれに付随して現れる「T」の文字。ぱっぱっと、ついては消えて、ついては消える、大量のウィンドウを指さして、ジャッコはノヴェンバーに向かって問いかける。
『分かったか、ノヴ?』
「いや。」
『つまりだな、基本的に現代の技術ではゲニウスを封印するなんてことは不可能なんだよ。アンチ・ゲニウスで一時的に無効化するか、あるいはボーヘイウムによってその効果を模倣することはできるが、恒久的な封印なんていうのは理論上不可能なんだ。あのASKでさえTの拘束を試みて完全に失敗している。』
「それで?」
『それでって、なんだよ。』
「お前は、どうやって再封印する?」
ノヴェンバーのその言葉に、ジャッコはにっと口元に笑顔を浮かべた。それから、軽く髪に手を当てて、また思考の伝達によって喋り始める。
『そうだな、さっき言った通り俺達にはゲニウスを封印するシステムの作成は現時点では不可能だ。どっちにせよ、もうほとんど時間もないしな。だから君が言う未来人の作った装置とやらを使わせてもらう。このドリームランドにある装置だ、新しく封印するんじゃなくて、この封印が決壊しないように保つってことだな。』
「しかし例の装置は動力源の五分の四を既に失っている。それに残る五分の一に関しても……」
『ないんなら新しいのを見つけるまでだ。そして、俺は既にそれを見付けている。』
「ダレット列聖者六人の夢に値する力を、か?」
『Lだよ。』
「L?」
『お前も知ってるだろ? Lには世界を変えるほどの力がある、ほぼ無限の力だ、装置の封印を維持するくらいのエネルギーを発生させるなんて朝飯前なんだよ。Lのエネルギーの一部を装置内部で閉ループさせればいい、それだけの話だ。』
「そんなことができるのか?」
『おいおい、ノヴ。俺は世界で最初にアンチ・ゲニウスを構成した男だぜ? ゲニウスの取り扱いにかけちゃ世界一の権威だ、未来世界の連中だって俺の華麗な技術を見たら腰を抜かすにきまってる。』
「分かった、取り掛かってくれ。」
『はは、とっくにやってるよ。俺が無駄話だけに時間を費やすと思うか?』
と、その時に。
ノヴェンバーがふと身を揺らした。
何かを感じて、警戒したように。
アーサーが、向こうのソファーから声をかける。
「おい、ノヴェンバー。」
「聞こえた。」
「随分と多いぞ。」
「そのようだな。」
「どうする?」
「ゲーテ。」
〈はい、なんでしょう。〉
「セキュリティシステムを完全排除モードに移行。私とアーサー・レッドハウス、メアリー・ウィルソン、それにそこにいるダレット列聖者以外の全てを外敵と判定しろ。」
〈かしこまりました、完全排除モードに移行します。〉
部屋の天井一面に、先ほどカメラのような形をしたセンサーが垂れ下がってきた時と同じく四角形の窓が開くようにして、様々な大きさの無数の穴が開いた。その穴から、ケーブルに接続された様々な兵器が顔を覗かせる、あるものはレーザー光線銃のようなもの、あるものはガトリングガンのようなもの、そしあるものは、巨大なハンマーを持った手のような形。その全てが部屋の内側を警戒するようにゆらゆらと揺れながら様々なところを狙い始める。
一方で、床の方にも同じような穴が開いた、これはすべて同じ大きさ、ちょうど人を落とし込むのに適切な落とし穴くらいのサイズで、その数はセルを囲むペンタゴンのようにして五つ。その穴から出てきたのは……オートマタだった。一般的な人類と比べれば、その大きさは二倍弱程度はあっただろう、背丈だけでなく、全体的に威圧する様な大きさだった、一面を漆黒で塗り潰された金属の体は、滑らかな中にも直角と鋭い角度が入り混じり、ある種の不吉なガーゴイルめいた姿をしていた、ジェット機についているような鋭い二枚の羽と、頭頂部の長く尖った二本の角が、更にその感覚を増加させる。全体的に見て、まさにアイアム禍々しい悪のオートマタですということを、全身でアピールしているようなこれら五台のオートマタは、ボールドヘッドの作り出したドーロイドという特殊なオートマタだった。
ギザギザに歪んだ口から。
ふしゅう、と灰色の煙を吐く。
スイッチをオンされたように。
二つの目が、赤く輝く。
〈警備用ドーロイド、配置いたします。〉
ゲーテの宣言と共に、今度は四方の壁と天井にそれぞれ一つずつ、計五つの大きな穴が開く。その穴に向かって、五体のドーロイドが背中のウイングに取り付けられたエンジンをふかしながら飛び込んでいった。セント・ハドルストン大聖堂の外側を守るために、各々の持ち場へと向かったのだろう。
「俺はどうすればいい? 外に行くか?」
「まあ、アーサーさま、そんなことをしてはいけませんわ。もしも害虫駆除が必要ならば、メアリーにお任せ下さいまし。」
「いや、二人ともここに留まって欲しい。万が一のための保険が必要だ。」
『ん? そっちには誰か他に人がいるのか?』
「正確には人間が一人、ノスフェラトゥが一鬼だ。」
『ふうん、あんまりプライベートラボのことは外部には明かしたくないんだけどな。』
「問題ない。口の堅い者を選んだ。」
『お気遣いいただき感謝感激。』
「まあ、アーサーさま、口の堅い者ですって。」
「聞こえたよ、光栄な評価だな。」
四者四様にそんなこんなを言っている中で、B.labのノヴェンバーがいるセルの内側、ぱっぱっと次々に五つの光がプロジェクションされた、どうやら立体的な映像のようだった。その五つの光のそれぞれが、セント・ハドルストン大聖堂の前後左右と、それから上空を表しているようだった、つまり、それは警備用ドーロイドの目が見ている光景だった。
その光景は……なかなかに絶望的な状況を映し出していた。大聖堂は、そのひとまわりが完全に包囲され切っていた、津波のように押し寄せるのは、ライカーンの大軍。その数は、百や二百では数えきれなかっただろう。しかも、その包囲網の外側では更に、続々とライカーンが駆けつけてきている。恐らくこの街中の野良ライカーン、ホワイトローズギャングの配下のライカーン達が、大挙して襲ってきていたのだろうと思われた。アーサー(とついでにメアリー)がその映像を見て、ソファーから立ち上がりセルの方へと近づいて来た。
「こいつは……ちょっとまずいんじゃないか?」
「まあ、これは……駄犬風情がアーサーさまに仇なす気でして? ちょっと放ってはおけませんわね。」
メアリーは、さも不愉快そうに眉をひそめながらそう言った。そして、今までしっかと掴んでいたアーサーの腕をぱっと離して、くるり、とつま先で瀟洒に身をひるがえすと、ネグリジェの裾を蝶々のように羽ばたかせながら、このB.labの外へと通じるドアの方へと走り出した。
「おいメアリー、どこ行くんだ!」
「躾のなっていない犬にお仕置きをして参りますわ!」
「ちょっと待てって、お前、相手はライカーンだぞ!」
アーサーの制止する声も聞かず、まるで密やかな逢引きへと向かう少女のような、軽やかな笑い声を上げながら、メアリーはB.labの外へと飛び出していく。そしてアーサーもそのメアリーの後を追って、外側へと走り出て行ってしまった。B.labにはノヴェンバーだけが、たった一人残されてしまった次第だ。揺らめきもせず佇んでいる影の中から、深く重く息を吐き出すような、ため息の音が聞こえてくる。
『君がため息をつくなんて珍しいな。』
「シャイニー、作業はあとどれくらいで終わる?」
からかってくるようなジャッコの言葉を無視して、ノヴェンバーはそう問いかけた。ジャッコの方は、ちょっと大げさに心外だというような表情を浮かべながらその問いかけに答える。
『あとどれくらいで終わるかって、ノヴ? もしかして俺が片手間かなんかでこれをやってるとでも思ってるのか? 俺としても全力でやってるんだぜ、まあ、セカンダリー・クリスタライザーのバックストリームだけしか接触の手段がない中で、未来人が作った未知のシステムに大幅な変更を加えるくらいのことは、有能な君にとって朝飯前なのかもしれないけれどな。悲しいほどに無能な俺にとっては非常に難しい作業なんだよ。例えこの世界においても他の世界においても最高のコンピュータ・プログラムが助手を務めてくれていたとしてもな。なあゲーテ、そう思わないか?』
〈この世界においても他の世界においても最高のコンピュータ・プログラムとしてはその意見に同意せざるを得ませんね、ジャッコさん。〉
「ただ終わる時間を聞いただけだ、含むところはない。」
『まあ、何とも言えないが……最初の装置の時に、君に仕込むように頼んでおいた「仕掛け」がちゃんと作用してくれれば一時間かそこらってところだな。』
「それ以上短くはできないか?」
『それは俺には不可能だ。つまり原理的に不可能ってことだ。』
「分かった。」
ノヴェンバーは、特に失望したような気配も見せずにそう言いながら、モニター画面からセル内部に映し出されたホログラムの立体映像の方へと目を移した。先ほども言及したが、そのホログラムにはB.labの外側の映像が映し出されていて……そして今ちょうど、その光景の中にメアリーとアーサーの姿が乱入したところだった。




