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#32 メアリーはいい子

 パンピュリア共和国に住む者のうちの大抵に知られてはいるが、公のスタンスで口には出されない悲劇の中でも、もっとも有名かつもっとも覆い隠されているものの一つに「切り裂きメアリー」の話がある。この国に大いなる災いをもたらした、二人目のメアリー・ウィルソン。夜警公社が飼っている二人の大量殺戮者の一人(もう一人はもちろん楊春杏)の話。

 ウィルソン家はブラッドフィールドでも最高の名家のうちの一つである。彼らは第一次神人間大戦の遥か昔からノスフェラトゥのお気に入りのペットの家系であって、現在のハウス・オブ・グッドネス家令であるジョージ・ウィルソンに至るまでの血脈、延々としてHOGの要職者を輩出してきた、誇り高き一族。メアリー・ウィルソンはその素晴らしいウィルソンの本家、家長ジョージ・ウィルソンの長男であるヘンリー・ウィルソンの一人娘として生まれた。ブラッドフィールドのあらゆる華麗な一族と同じように、男系や女系といったもの「には」こだわらないヘンリー・ウィルソンは、メアリーが生まれた時、ウィルソン家の跡継の誕生に大なる喜びを見せた。

 しかし、生後すぐに行われた検査で判明する。

 メアリーは、スペキエースだった。

 忌まわしく、汚らわしい、スペキエース。

 ブルーバード協定の締結を受けた第896回ベルヴィル公会議において、トラヴィール教会は公にはオイコノミア階級制度内の差別概念を廃止した。しかし、それまでの長きにわたってトラヴィール教会の文化圏においては、アウトカーストであるスペキエースへの差別は厳然とした制度として存在していたのであり、そう簡単に人々の意識を、まるで変えてしまうことはできることではない。従って、トラヴィール教徒の中では、もっといってしまえばトラヴィール教会オンドリ派を国教として定めているパンピュリア共和国では、今でもスペキエース差別は隠然たる事実として存在している。もちろん、それはただ単純に宗教的な慣習として差別をしているだけではなく、人間たちが異質なもの、不気味なもの、理解不能な力を恐れるという非常に原始的なレベルの感情も起因しているのは間違いがないだろう。とにかく、スペキエースはパンピュリアの国民にとっては、忌まわしく、汚らわしい、スピーキー、というわけだった。

 そして、もちろん、ウィルソン家は代々にわたって。

 敬虔なるトラヴィール教オンドリ派の敬虔なる信徒。

 世紀のスキャンダルだった、あのウィルソンの一族に、スペキエースが生まれるなどということは。けっして有り得てはいけないことだった。もちろん、世界人口の一パーセントはスペキエースであり(この一パーセントには潜在的スペキエースは含まれていない)、その誕生の法則は未だに解明されていないのであるから、どんな名家であろうとも、スペキエースの子供が生まれる確率は当然ゼロではない、しかし確率の話と現実の存在では全く違うのだ、そしてメアリー・ウィルソンは現実の存在であった。これが、初めてのことではなかったにせよ。

 一族の人間は、全てがメアリーを嫌悪した。

 もちろん、実の父であっても例外ではない。

 誕生の直後から、メアリーに関するあらゆる情報は家の恥にならないように、祖父であるヘンリーの命令によって隠蔽された。メアリー自身はというと、さすがに処分してしまうわけにもいかず、ベッドストリートにあるウィルソンの邸宅の地下、新たに作られた座敷牢のような密室に隔離された。メアリーは一度も日の光を見ることなく育てられて……そして実験台としてHOLに提供された。

 当時のメアリーに関する情報は全てが周到に隠蔽されて、そして埃ほどの痕跡も残らず破棄されてしまっている。だから、それがどういった経緯で行われた、何のための実験であったのかはほとんどわかっていない。かろうじて根拠薄弱な噂として、それは……ギルマン・ハウスがエスペラント・ユニットに移る前、実はパンピュリア共和国に拠点を構えており、ノスフェラトゥの庇護下でスペキエースの軍時利用を目的とした人体実験を続けており、その彼らの実験のうち、ワトンゴラ時代からの通し番号で十六番目のものがメアリーの実験だったのだ、といわれている。しかし、それが本当のことなのか、それともやはりただの噂にしか過ぎないのかということは……本当に本当の事実は、既に闇に葬られてしまっていて、誰にも分からないのだ。

 とにかく今残っているのは。

 その結果だけだ。

 誕生した当時、メアリーはレベル2(日常生活で使用する道具と同程度の能力)のスペキエースに過ぎなかった。身体が多少強化されていて、動物的といっていいほどの感覚を備えていたが、その程度に過ぎなかった、ほとんど普通の人間と変わらなかったのだ。しかし、実験の過程でどうやら……セカンド・スペキオーススが起こったらしかった。メアリーは、新しい力を手に入れたのだ。しかし、それには代償も伴うことになった。

 度重なる実験はもちろんメアリーの身体に過分なダメージを与えたが、それだけでなく、その精神にも加害していたのだ。まだ自我の形成過程にあったメアリーは、自分に与えられ続ける痛み、苦しみを受け入れることなどできなかった。そのため、その苦痛を受け入れることができる、他の精神を呼び出したらしい。つまり、メアリーの体の中には二つの精神があるのだ。そもそも存在していた精神と、それから実験台となって全ての苦痛を受け入れた精神。メアリーは、HOLの実験施設から出されたころには、既に二重人格者となっていた。

 アーサーは前者をパピーと呼び。

 そして、後者をレイビスと呼ぶ。

「何でお前がここに……」

 アーサーは目の前のメアリーに向かってそう言いかけた。しかしその言葉は続きはせずに、途中で途切れて宙へと消えて行った。メアリーは……アーサーを庇うようにその頼りなげな体を投げ出して、片方の手だけでキューカンバーの、純種の二枚の羽を受け止めていた。そしてそのメアリーの姿は……いつもの姿とは、違っていた。

 いつも二つに分けて三つ編みにされている髪の毛は解かれて、肩のあたりでふんわりとウェーブしていた。着ているのは白いシルクのネグリジェ、くるぶしのあたりまである長い裾にふんわりとしたフリルがあしらわれていて、露出の少ない、いかにもどこかの名家の少女が天蓋ベッドの下で着ていそうな、そんなネグリジェ。全体的に、寝起きすぐ、まるで何の準備もしないでこの場所に駆けつけてきた、というような、そんな感じの服装だった。しかし、その服装には別に妙な点はない、妙な姿なのは、つまり、メアリーが……その二つ目の能力を開放していたせいで。

「ねえアーサーさま。メアリーは、とってもいい子にして待ってましたのよ?」

 メアリーは振り返りもせずに。

 アーサーに向かって言う。

「アーサーさまはおっしゃいましたわ、いつか教えられるようになったら、必ずメアリーにも教えてくださるって、今何が起きているのか、アーサーさまがどんなことに巻き込まれていらっしゃるのか、アーサーさまは本当に大丈夫なのか、メアリーを置いて、どこかに行ってしまわないか。だから、メアリーはお待ちしていましたの、いい子にして、アーサーさまが教えてくださるのを。でも、アーサーさまってば、なぁんにも教えて下さらないんですもの。なぁんにも、なぁんにも、なぁーんにも。ですからね、メアリー、自分で確かめにきましたの、今何が起きているのか、アーサーさまがどんなことに巻き込まれていらっしゃるのか、アーサーさまは本当に大丈夫なのか、メアリーを置いて、どこかに行ってしまわないか、メアリーを一人、たった一人で、置いていって、どこかに、行って、しまわないか。」

 メアリーは、そういうと柔らかく微笑んだ。その笑顔はまるで悪い冗談のように見えた、パピーと呼ばれていたころの可愛らしい笑顔の、出来損ないの模倣。口はカッターで引き裂かれたかのように歪んで、その目の中では錆びた金属に反射した蛍光灯の光の様なものが揺らめいている。アーサーは、その声に含まれていた狂気に向かって、あやして、なだめる様な口調で語り掛ける。

「なあ、レイビス。ちょっと落ち着いて……」

「アーサーさま、ダメですわよ、こんな危ないことを、メアリーを連れないでなさろうとするなんて。ねえ、どうしますの? もしもアーサーさまの大切なお体のどこかに傷なんてついてしまったりして、そのせいで……そのせいで、そのせいで、そのせいで!」

 メアリーの声は次第にヒステリーを帯びてくる。

 その声に従って、まるで花が開くようにして。

 体中から突き出した水晶が輝きを増していく。

 メアリーの能力はその別れた精神ごとに宿っている。メアリーの第二の能力、つまりレイビスの方に宿っている能力は、他者の「力」の吸収と、その水晶化だ。「力」というのはスペキエース能力だけではなく、あらゆるメタヒューマン・サイエンスヒーロー・超存在的な力、通常の世界から外れた力を含んでいる。いわゆる神や鬼が使う、セミフォルテアによる戦闘能力も、当然のようにその「力」に含まれる。そして、その吸収した「力」を自分の体内で純化させて、自分を動かすエネルギーに変換して取り入れるか、あるいはそれを水晶のような形で物質化させることができるのだ。メアリーの肩から、横腹から、こめかみから、あらゆる部位から畸形の角のように突き出して、絹のネグリジェを貫き通しているこの水晶は、キューカンバーがアーサーに対して仕掛けた攻撃に含まれていた「力」をメアリーが吸い取って、余分を水晶化しているものだった。(ちなみにこの能力はライカーンにはあまり通用しない、ライカーンの能力は交配による影響が大きいとはいえ生物的進化の末に手に入れられた能力であり、大筋ではこの世界の理に従ったものだからだ、だから前回の襲撃の際に、キューカンバーはライカーンの大軍をもってそれをなそうとした)。

「お、と、う、さ、ま、に、お、こ、ら、れ、て、し、ま、い、ま、す、わ。」

 くっと、かわいらしげにメアリーは首を傾げた。

 キューカンバーは、即座にメアリーから離れて。

 バックへとステップした、十分に距離を取る。

 「力」が抜かれるのを感じたのだ。

 いかにも忌々しげにつぶやく。

「メアリー・ウィルソン。」

 それから、思考のリンクを通じて、五鬼の鼠たちを呼び寄せた。メアリー・ウィルソンが本気を出した、既に状況は、VPなどを構っている状況ではなかった、VPの残り、ミズ・アネモネを含めた六人はグールマタに対処を任せて、五鬼全員でこの件に当たらせなければいけない。マウスたちは皆が皆、さっきまでははめていなかった、鉤爪のようなものをはめていた、これはいざという時のために備えてきたSKILL系の武器の一つで、この鉤爪の先端からはビューティフルの体液が、つまりスペキエースを無力化することができる毒の液体が放出される。

 機械仕掛けの演舞のように。

 キューカンバーの指揮の下で。

 五鬼の鼠たちは襲いかかる。

 はっと、メアリーは虚ろな表情から。

 目を覚ましたように、気がつく。

「ちょっと失礼いたしましてよ。」

「は? ……うおっ!」

 そして、マウスたちの襲撃が自分に到達する直前、アーサーの手を掴んで、くるんっ、と一回転して遠心力をつけると、自分の背後、セルへと到達する通路の方向へと思いっきり放り投げた。アーサーは軽く驚いたように悲鳴を上げて、すっとんでいく。ひらり、と優雅で瀟洒な形、ネグリジェのスカート、裾がふんわりと花開いて、今から自分が繰り広げる戦闘、というか虐殺にアーサーが巻き込まないようにしたのと、それから……「ノヴェンバーさまによろしくお伝えくださいまし!」。

 狂犬のような笑みを浮かべたままで。

 回転の末、メアリーは五鬼に向き直る。

 そして、人差し指と親指を直角にして。

 手のひらでピストルの形を作る。

 人差し指の先を、マウスの方に向ける。

「BANG、BANG!」

 ふざけたみたいにそう言った。

 メアリー・ウィルソン。

 切り裂きメアリー。

 小さな水晶の破片が銃弾のようにして二発、人差し指の先から弾かれた。一発は外れたが、もう一発が飛び掛ってきた五鬼のうちの一鬼に当たった。体の内側へとめり込んで、その瞬間に、水晶はまるで破裂したようにして成長した。方向構わずに、全体から尖った結晶を伸ばして、ノスフェラトゥの全身を千々に引きちぎる様を、メアリーは見た。メアリーの水晶は、メアリーの体を離れてもそれ自体が相手の能力を吸収して、そして成長することができる。それが異常能力者の体内に埋め込まれれば、その体の内側で「力」を吸い取って巨大化して、そしてその体を引き裂く。

 だから、メアリーは。

 切り裂きメアリーと呼ばれる。

 力を奪われ、更に体内で刃を伸ばし全身を裂いた水晶、メアリーの弾丸に当たったマウスは、メアリーの視界の中で、無残にも落下した、まずは下半身から、内臓をぶちまけた胴体、左腕と頭、最後に左肩。その残骸の中心で、メアリーの美しい水晶だけが、魂やそれに類似した者を中に閉じ込めた物質に特有の光、のような光を放って、ただ静かに脈動しているのを、メアリーは見ていた。

「あら、殺してしまいましたかしら。ノヴェンバー様から絶対に殺すなと言われておりますのに。」

 一鬼を犠牲にし、しかし他の四鬼はその犠牲に指先一本注意を向けることなく、それぞれがメアリーの四方から襲い掛かった。四鬼の攻撃は縫い目一つ乱れのない織物のように、完全に同期して行われる、四つの鉤爪が四つの方向から、まるで包囲網のようにメアリーに向かって差し出される。メアリーは、人差し指を自分の唇に軽く口付けて、瞳に映る月の色のように淡い色で微笑む。

「まあ、でも仕方ありませんわね。」

 がちん、と音を立てる。

 空間が凍り付く音。

 メアリーの体を起点にして。

 巨大な水晶がそれを覆う。

 メアリーの生み出す水晶と水晶は、物質や空間といった概念とは別の方向に接触している。それがどんなに物質的・空間的に離れていても、従って互いの内部に溜めた「力」をやり取りすることができる。メアリーは、先ほど一鬼を仕留めた水晶の内側から「力」を移転させて、それをもとにして自分の体内の水晶を急速に成長させた、その水晶は膨れ上がって、まるで卵の殻のようにしてメアリーの姿を覆い隠し、そして四つの鉤爪の攻撃を防いだのだ。ビューティフルの体液は生物学的なものに過ぎないため、メアリー自身の体に到達し、S-eidosに影響できない限りは何の用もなさない。

 四鬼が体勢を整える前に。

 メアリーは、卵の殻を破る。

 はしたなくスカートをひらめかせ。

 水晶の上部から飛び出る。

 四鬼いるうちの一匹の背後にしなやかな態度で降り立って、その首筋に、すっと伸ばした五指の先、中指を押し当てた。接触点からマウスの「力」を吸い取り、手の先、水晶を発生させる。水晶はメアリーの意思に従って、まるで手の先から突き出る飛び出しナイフのよう、鋭く、とがって、マウスの脊椎を貫いた、とメアリーは感じた。その感覚に、恍惚の笑みを浮かべる。この感触が、たまらなく好きだ。自分の手の先で肉と骨が断たれて、その内側から生命が、まるで無意味なもののようにして排出される。そしてメアリーはそのまま透き通った水晶のナイフでマウスの首を刻もうと思う。鮮血が飛び散ってメアリーの姿を汚す。真っ白だったはずのネグリジェは、あとでクリーニングに出しても、もう元の色には戻らないだろう、メアリーはぺろりと舌を見せて、さも美味しそうに唇を舐めた。あと四鬼……まあ、あと四鬼しかいませんわ。久しぶりの鼠のおもちゃですもの、メアリーってばはしゃぎすぎてしまいましたわね、あまり早く殺してしまっても面白くありません、あとはゆっくり……少し遊ばせてもらいますわ。

 アーサーは、それを見ていた。

 かろうじて無様ではない角度で。

 洞窟の通路に着地して。

 ぎりっと、奥の歯を噛む。

 怒りを押し殺した声で呟く。

「どういうつもりだ。」

「これは革命だ、アーサー。だから、最高戦力を投入した。」

「自分が殺すのはだめでも他人に殺させるのは構わないってのか?」

「メアリーは殺していない。本人は殺しているつもりだが、あの事件以来、彼女の能力にアトラク=ナクアがリミッターをかけてあるのはあなたも知っているだろう。」

「知ってるよ、八つ当たりだ。」

 そう言うと、アーサーはセルの中に目を向けた。メアリーが殺したと思っている二鬼の姿は……メアリーの目が見ているのとは違う姿をしていた。一鬼目は確かに体が引き裂かれ、「力」をほぼ完全に失っていたが、中心から真っ二つになっているだけで、まだ上半身はかろうじて動いていた。今は無理だが、あとで適切な処理を施せば再生できるだろう。二匹目は首が胴体から完全には切断されておらず、半分ほどのところでつながっている、脊髄がひどく損傷しているし、「力」も失っているため、恐らく動くことはできないだろうが、こちらも十分に生存圏内だった。「切り裂きメアリー事件」の際に、魔法少女ヒーローであるアトラク=ナクア(はすてせしあの奴隷としての魔法少女ではなく、蜴工的に作り出された魔導生命体)によってメアリーにはリミッターがかけられていて、殺す寸前のところまで行くと、脳が既に相手を殺したものとして思考を処理する、その結果メアリーはそこで満足して追撃を行わないようになっている。

「それに「浸食」に関しても同様だ。心配する必要はない。」

 メアリーが三鬼目をロックオンする前に、アーサーはその光景から目をそらした。そして、自分のいる通路の奥の方、自分に対して話しかけてくるその声の方に向かって、くるっと振り返る。そこに一人、闇よりもなお深い影が立っている。

「分かるか? あいつが……レイビスが出てくるたびに、俺はもう二度と、パピーに会えなくなるんじゃないかって……もちろん、頭の良い科学者さんたちが、まだ大丈夫だって太鼓判を押してるってことは分かってるんだ、それでも……」

「メアリーは自分の意思で来た。あなたを守るためだ。」

「自分の意思で? それは一考の余地があるな。」

 それに対する答えはない。

 ただ沈黙だけ、そこに響くのは別の音。

 マウスは悲鳴を上げない。

 ただ、引き裂かれる音だけを残す。

 それを、アーサーは知っている。

「分かった、分かったって。」

 あきらめたように、もう一度ため息をつく。

 それから、肩をすくめて問いかける。

「始めるか?」

「ああ。」

 闇の内側からノヴェンバーの答えが聞こえた。


 ここで一度、現在の戦闘不能に陥っていない兵隊、戦力に関してセル内部を簡単に整理しておこう。まずVPの側、二人の平隊員とミズ・アネモネ、メアリー。それに対してWGの側、一匹のグールマタと、三鬼の野良ノス……いや、今ちょうど二鬼になったが、とにかく二鬼の野良ノス、そしてキューカンバー。それぞれの状況に関してだが、二人の平隊員とミズ・アネモネはグールマタ一体に取り掛かり、この一体を始末しにかかっている。メアリーは残った二鬼の野良ノスを弄んでいる、既にキューカンバーと三鬼のマウスの「力」を吸収しているメアリーにとって、すぐにでも殺せる相手なのであろうが、少しでも遊ぶ時間を長くするために、壊すのを先延ばしにしているらしい、いつまでもいつまでも口の中で生きたまま、急所を外して牙を突き立てる猫のようにマウスを扱っている、赤く染まったネグリジェが、錆びた桜の花びらのように静かに揺れている。

 最後に、キューカンバーだが。

 身動き一つせずに、見下ろしている。

 装置の上、羽で覆うように座って。

「それで、どうするつもりだよ。」

 そのキューカンバーを指さして。

 アーサーはノヴェンバーに言った。

「やっこさんがあそこにいちゃどうしようもないだろ。あいつだって馬鹿じゃねぇから、俺たちのことなんて全部気がついてるだろうし、どうやってどかすつもりだよ。」

 アーサーの言った通り、キューカンバーは既に大体のことに気がついていた。メアリーは陽動に過ぎないこと、キューカンバーが装置から離れれば、それを狙って別動隊が行動を起こすであろうこと。ノヴェンバーの存在は非常に特殊な装備(一部にはケレイズィの技術さえ使われているという噂がある)によって感知できていなかったが、それ以前の問題としてメアリーが先ほど大声でその名を呼んでいた。この場にアーサー、始祖家の血を継いでいるノスフェラトゥと、ブラッドフィールドの守護者であるノヴェンバー、少なくともその二人がいる以上は、彼ら、襲撃者たちの目的は装置であって、従って自分は何としても装置から離れてはいけないということは理解していた。そして人間と違い、ノスフェラトゥが理解していることを実行しないということは、外部の存在が物理的な強制力を行使しない限りは有り得ない。

 言葉に言葉で答える代わり、ノヴェンバーは腕を上げた。

 手首に、黒いマスクで覆われてなければ口があろう所。

 口づけするようにして、当てる、声が聞こえる。

「メアリー、キューカンバー。」

 その声が聞こえたのとほぼ同時、セルの向こう側で野良ノスたちと戯れていたメアリーの影の形が、一瞬だけ少し残念そうに笑ったように見えた。しかし、本当にそれは一瞬だけだった、次の瞬間には、淡い緑色の光に照らし出された、血色にそまったメアリーの姿は、滑するように宙を降し、片方の手、まるで護拳刀のようにすっぽりと覆っている巨大な水晶、さらり、さらり、と二度、撫でるように、メアリー、彼女の名前は切り裂きメアリー、だから、残り二鬼の体を切り裂いた。更に赤い鮮血、壊れたスプリンクラーのように降り注ぐ。

 その血を吸って、水晶は大きくなる。

 貪欲に、吸魂鬼の魂を吸って。

 五鬼の野良ノスの残骸。

 メアリーは、顔を上げて、見上げる。

 装置の上、キューカンバーの姿。

「キューカンバーさま。」

 その声は、水差しから注がれる。

 狂犬病の、病原体、甘く底にたまる。

「お覚悟を召されまし。」

 メアリーの肉体は、メアリー自身が吐き出したその病原体を吸い込んで、その病にかかったらしい、結果として、美しく透明に凝固していく姿が見える。甘く柔らかいケーキ生地のようなメアリー肌の上、その肌を傷つけないように滑らかに仕上げられた絹の下、まるで可愛らしい動物の絵が描かれたクローゼットの中から、そっと姿を現す子取り鬼のようにして、もう一度水晶が姿を現し、静かに静かに形成されていく。先ほどとは少し場所が違ったが、首、頬、胸、肩、腕、腹、足、背、いくつも、いくつも、何かしらの数式に基づいて淡い光の明滅を繰り返し、そしてその姿をゆっくりと伸ばしていく。

 それは、壊れたオルゴール。

 それは、爪が折れて音を立てない。

 それは、ミリアムの人形を内側に閉じ込めて。

 それは、壊れたオルゴール。

 一方でキューカンバーは、そのようなメアリーの態度にも、まるで肉体を動かす様子はなく、また精神も動かされた様子はなかった。と、いつの間にか手の先が、まるで動いたように見えずにメアリーに向かって差し出されていて、そこには改造されたHOL-100が握られていた、HOL-103よりも旧式のシリーズで、そもそも人間が使用する目的で作られていないノスフェラトゥ専用の拳銃だ。使い勝手よりも威力を第一に考えた設計構造をしていて、その形は手の中に収められた連射式の大砲のようにも見える。また、ノスフェラトゥの速度に耐えられるように、弾丸の発射は火薬ではなく所有者のセミフォルテアによって行われる。

 さて、その行為に思考が関与した様子もなく。

 必然の異形であるかのような滑らかさで。

 六発の弾丸は、既に発射されていた。

 メアリーは己の舞踏にキューカンバーを誘うようにして手のひらを緩やかに差し出す。メアリーの体表で静かに光っていた水晶が、その手の動きに合わせたかのようにしてメアリーの体表から外部の空間へと排出される。腕の先を覆っていたちょうど六つが、メアリーの手の向けた方向へと、猛禽類を使った狩りのようにして飛び立ち、こちらに向かって飛来する六発の弾丸と出会いを交わし、そして愛を込めた抱擁をする。

 水晶ははじけて。

 弾丸は砕ける。

 それが、合図だった。

 メアリーがキューカンバーの方へ、閉じ箱じみたオルゴールの、壊れたばねを弾いた。その中にしまい込められていた踊り子の少女人形は、狂い犬の吠え音のような笑い声で、まるで調子の外れた歌を歌いながら、舞台の上へと、黒いカーテンで仕切られた舞台の上へと喜んでその身を投じるだろう……まあ、もう少し分かりやすいいい方をするとするならば、メアリーが装置の上にいるキューカンバーに向かって攻撃を仕掛けた、という意味だ。

 キューカンバーは、既に改造HOL-100に弾を込め終えていた。六発の弾倉すべてにSKILLバレットを装填し、立ち上がりもせずにメアリーへと向ける。と、更に五発の弾丸が、キューカンバーに向かって駆けてくるメアリーへと特攻を開始していた。メアリーは、今度は避けることさえしなかった。狂ったように笑い声を上げ続けながら「楽しいですっ! 楽しいですわっ! 楽しいですことよーっ!」左腕を顔の前に差し出す。その腕に生えた水晶は、皮膚の下、皮膚の上、拡散して結合し、肥大化した骨格のような盾を作り上げる。SKILLバレットは盾に当たり、そしてメアリーが腕を軽く振ると、全弾が受け流されて地へと落とされる。

 と。

 メアリーの背後。

 キューカンバーがいた。

 五発の弾丸に注意を削がれて、一瞬だけメアリーは油断していたらしい、何度もいうが、往々にしてその一瞬はノスフェラトゥとの戦闘では命取りになる。後頭部に銃口を押し当てて、キューカンバーの指は既に引き金を引いていた。SKILLバレットがまともにメアリーの後頭部に打ち込まれて、メアリーの体は前方に向かって倒れ込むように傾いて……そして、その頭部、銃弾が当たった部分から弾けた水晶が、散弾のようにキューカンバーを襲った。キューカンバーは面白くなさそうに舌打ちをすると、後方に跳ねるようにステップして、十分距離を取ってから羽を開き全身を庇った。

 「修正を行う」、とキューカンバー口の中で呟く、しかし既に遅かった。頭部を破損したはずのメアリーは、そのまま前面に倒れたが、右手を軸のようにして地についていた。その右手を支点とし、体を浮かせて回転させる、足に水晶を、屠獅子刀の巨大な刃のようにまとわりつかせて、その刃をぶん回してキューカンバーに向かって切りつける、その斬撃は残念なことにキューカンバーのバックステップによって避けられてしまったが、それでもメアリーはそのままとんっと手で地を押して跳び、宙で一度、全身の水晶をきらめかせながらくるっと回転すると、また元通りの優美さで着地した。着地の瞬間に、足にまとわりついていた水晶はぱんっと音を立てて割れて、きらきらと輝きながらあたりに破片をまき散らした。

「あらぁ? キューカンバーさまってば、ノスフェラトゥにしてはおめめがよろしくなくてよ。こんな単純な不意打ちに対して何の対策もしないでおくほど、わたくしのこと、愚かで哀れな生き物にでも見えまして?」

 自分の背後の方向、あの装置の上へと向かって。

 メアリーは無垢に、それでいて嫣然と、微笑んだ。

 それから、後頭部の髪を上げて、見せる。

 ふんわりとした、髪の下、ヘルメットのように。

 水晶が育ち、覆い隠していた。

 その装置の上には……既に、キューカンバーが戻っていた、しかし既に座ってはいなかった。装置の上に、まるで大理石の一枚岩から切り出された彫像のように、セルの全ての存在を睥睨するように立っていた。メアリーによって水晶を撃ち込まれた方の羽、その根元を掴むと、がりっと骨が裂ける音を立ててそれをむしり取った。既に羽のそこここでは、小さな水晶の欠けらがキューカンバーの「力」を吸い取って育ち始めていた、このまま放置しておけば羽だけでなく本体からも「力」を吸い取り始めるだろう、仕方ない、応急の処置だ。己の羽を脇に放り棄てながら、嫌悪感をあらわにしてキューカンバーはメアリーのことを見下ろし睨む。「修正を行う」、と苛立たし気にもう一度繰り返す、しかし、修正のしようがあるのだろうか? メアリーに対しては……セミフォルテアで直接に攻撃を行うあらゆる方法が通用しない、ノスフェラトゥとしての戦闘方法は、その大半が封じられるということだ。対処方法は一つしかないように思えた、極限まで肉体を強化し、そのスピードを使って隙を突き、SKILLバレットをどこかしらに打ち込むしかない。

 いや、もう一つだけある。

 キューカンバーは方法の修正する。

 そして、実行に移す。

 腰のホルスターに改造HOL-100を一度しまって、それから左手を研ぎ澄ました大剣のような姿に変形させた。一方で右手には、いつの間にかSKILLの鉤爪が装着されていた、五鬼いたマウスの残骸から回収したものだ。そして左の手が姿するその剣で、キューカンバーは鉤爪を装備した己の右手を切り落とした。切り、落とした? その手は落ちたわけではなかった、腕から切り離されて、そのまま宙に浮かんだ、ふわふわと浮かんだというよりも、確定的な事実としてその場に留まった、とでもいうような、判然たる明確性で。

 先ほどアーサーと戦闘を繰り広げていたマウスが使っていたのと同じ戦闘技術だった、切断された体の一部を使って攻撃を仕掛ける、ノスフェラトゥの体術の一つ。しかし、キューカンバーのそれはマウスが使っていたものと、一点だけ異なっている、それは……キューカンバーの右手は即座に再生する、しかも今度は、その右手が大剣のような形に変形していて、左手にはいつの間にかマウスから回収した鉤爪が装着されていて、そして右手で左手を切り離す。その作業を繰り返す、キューカンバーの切り離された手、鉤爪を装備した手は、次々と数を増していき……やがて、キューカンバーの周囲には、左右の手が五セット、侍る従者のようにしてすぐそばに浮かび控えていた。

 つまり、キューカンバーのそれはマウスが使っていたものと、一点だけ異なっている、それは、キューカンバーが純種であるということだ。いくらマウスであっても所詮は雑種に過ぎない、人間的な意識に引きずられた思考では、せいぜいが左右の手を一セット、しかもかなり曖昧な制御の元で動かすぐらいだろう。しかし純種の持つ非意識的思考であれば(キューカンバーのそれは不完全なものではあったが)、複数の体の部分を明晰に、同時に動かすことなど造作もないことだった。

「メアリー・ウィルソン。」

「なんですかしら、キューカンバーさま。」

「念のため問う、降伏するか?」

「種族的優越者が劣等種に膝を屈するとでも思いまして?」

 五つの方向から十の鉤爪がメアリーを襲った。

 メアリーは滑るようにその全てを避ける。

 更に、更に、更に、鉤爪は追撃を繰り返す。

 跳ね、弾き、叩き付けて、メアリーは対処する。

 先ほどのメアリーのダンスの誘い、キューカンバーが応じたようだった、その体から切り離された、十の手だけで。基礎となる数式に完璧にのっとった理性的かつ合理的な軌跡を描いて、ノスフェラトゥの十の手のひらは、まるで機械仕掛けの奇術師が、舞台の上で花びらを変化させて作り出したナイフ。ひらりひらりと泳ぎ揺らめいて、それは一時の隙もメアリーに与えることなく……それゆえにメアリーにとっては最もよけやすい構造なのだった。純種のノスフェラトゥは常に完全だ、だから彼の鬼たちが取る行動は簡単に予想がつく。その場において最も「とるべき」と思われる行動こそ、彼の鬼らが取る行動なのだから。ただ普通であれば予想がついても何の意味もないというだけだ、その行動には一部の弱点もない、例え彼の鬼らの精神を読むことができようとも、対抗すべき方法がないのだ。しかし、メアリーは。メアリー自身がその対抗すべき方法なのだ。

 メアリーは全ての軌跡を予想できる。

 そして、その全てに対して対抗可能だ。

 その姿は、まるで……

 緑色の光にぼんやりと照らし出されている狂犬は、足元の地を蹴り、宙で静かに揺らめいて一枚目と二枚目の手のひらの襲撃をかわす。左手の甲にはめた水晶のブレードで三枚目、四枚目、五枚目の手のひらを弾く。六枚目の手のひらを踏み蹴って、七枚目の手のひらを噛み砕く。八枚目の手のひらを右手で掴み、九枚目の手のひらにシュートする。狂犬は笑いながら「アーサーさまっ、ご覧になっていらっしゃいますかっ! メアリーはっ、アーサーさまにっ、アーサーさまにっ、とぉおおおおってもお役に立ちますことよおおおおっ!」再度襲撃をしてきた一枚目と二枚目の手のひらに向かって、両手の指先から水晶を弾く、それを避けた二枚の手のひらは、その角度に従って狂犬に向かう方向から外れざるを得ない。その全てが、普通の人間が瞬きする間に行われる、これが、本当の、対ノス戦闘機関だった。

 ふと、十の手のうちの、二を掴んだ。

 ダーツのようにキューカンバーに向かって放つ。

 キューカンバーは、眉をひそめる。

 そして、瞬時、顔を歪めて、跳んだ。

 キューカンバーのいたところ、ダーツが貫く。

 身のうちに埋め込まれていた爆弾を、破裂させながら。

 メアリーは、己の手の内側で、その二本のダーツの内側に己の水晶を打ち込んでいたのだった。その水晶がダーツに憑していたセミフォルテアを喰らい尽くし、そしてその身を爆発的に成長させて、キューカンバーのいた空間を切り裂いたのだ。寸でのところでキューカンバーはそれを避けた、しかし、所詮はキューカンバーは出来損ないであって、意識の混じった行動を行う彼の鬼には、そこでノスフェラトゥにあるまじき隙が生まれる。

 メアリーの目的は。

 その隙だ。

 十本から二本減って、八本のナイフの包囲網から、次の瞬間にはメアリーは抜け出していた。キューカンバーの体、宙に浮かんでいるその体に向かって、巨大な弾丸のようにして特攻を仕掛ける。隙を突かれたキューカンバーは、そのままメアリーの体ともつれ合い、ついに装置の上から跳ね飛ばされる、片方だけの羽が、まるでほうき星のように直線の軌跡を残して「さあ、アーサーさま、ノヴェンバーさま、今ですわ!」。

 そう、今だった、それを行うなら。

 メアリーが、その役割を果たした今だ。

 ノヴェンバーは闇を脱皮して姿を現した、そのまま緑色のぼんやりとした光の内側、つまりセルの方へと駆ける。対ノス強化剤のせいで、アーサーにその思考を読み取ることはできなかったが、しかしそれでも何をしようとしているのかは明白に理解できた、だからその後に従ってアーサーもセルの内側へと入り込む。

「レッドハウス! 何をするつもりだ!」

「おー、アネモネ、ちょっとな、まあできることからやってくつもりだよ。」

 ミズ・アネモネが装置に向かってかけていく二人を見とがめて声をかけたが、アーサーはそれに対して曖昧に返して笑っただけだった。アーサーが、何かをしようとしていることをミズ・アネモネは理解していた。それが何かは分からないかったが、何か自分にとって不都合なことであることだけは分かった。しかし、そうであったとしても、ミズ・アネモネにはどうすることもできなかった、隊員二人と自分一人、計三人でグールマタ一体をくい止めるので精いっぱいだったからだ。ちなみにグールマタは先ほどアーサーに倒されたロボの分の甲虫も自分の身の内に取り込んで、先ほどよりも遥かにその体積を増していた、今ではセルの内側で戦闘を繰り広げているのはキューカンバーと当該オートマタだけだったので、多少は自分の体積を広げても問題なかったからだ。

「待て、レッドハウス!」

「いやー、言われる側になると間抜けに聞こえるよな、そのセリフって。待てって言われるようなことしてるやつは待たねぇよ。」

 そんなことを言いながら。

 アーサーは装置へと向かって駆ける。

 この世界の中で、それだけがまるで別の世界の色のように、別の世界がこちら側ににじみ出してきたような色の光は、それは実際にその中に匙片体を含んでいる? 匙片体、アスペクト、思考がまとまらない、何かが膜のようにかかって、脳の髄を溶かしていくかのように、アーサーはドリームランドを知っていた、例えば緑の色は、夢の世界では破滅の色であっただろうか、いや、緑の色は破滅の色ではなかった、それは確かだ、なぜなら破滅の色は、夢の中でも、この世界でも、赤い色をしている。アーサーはそれを知っていたはずだった、しかしそれを知らないはずでもあった。あの緑色は、その赤色を中和しているだけに過ぎない、あの緑の光が消えた時に、世界は破滅の赤に包まれて……装置に近づくにつれて、思考にノイズがはさまる、何かが、アーサーの、内側に、入って、来るかのように。

 そのノイズの外側から。

 目覚ましの音のように。

 ノヴェンバーの声が聞こえる

「アーサー。」

「なんだよ!」

「大丈夫か。」

「大丈夫じゃねぇな!」

「思ったよりも不味い状況のようだ。解けかけた封印からLのベルカレンレイン匙片体が漏出し始めている。純種ではないあなたが装備なしでこれ以上近付くのは危険だ。」

「だからさっきからその匙片体っつーのは何なんだよ!」

 自分を保つため、アーサーは頭を抱えながらわざと怒鳴り声で答えていた。このままだと、自分自身を構成している要素が……要素、といっても物理的な要素ではない、脳や、内臓、骨格といったレベルではなく、もっと存在の根底的なもの、自分の存在の上位にある、アルケタイプのようなものが、そんなものは実は最初から存在しておらず、全ては勘違いに過ぎなかったのだろうか。存在は、例えばだまし絵のようなものだ、見る角度を変えてしまえば、それは容易に分解され、変形し、そして消え去ってしまう、もちろん「自分」という「存在」もそういったものの一種だ。それは、ベルカレンレインとフェト・アザレマカシアがまじりあった一つの接触面に過ぎない、そんなものは二つの世界が少しでも身動きをすれば、何もかもが見間違いだったことに気がつく程度の、その程度のものに過ぎないのだ。さあ、そうだとするならば……そうだとするならば? いや、ちょっと待て? そんなことはないだろ。俺はここにいる、ここにいて、アホみたいに走ってる。アーサーは、自分に必死でそういい聞かせる。そして、しゃんとして、前を向いて……

 アーサーの目の前に、竜がいた。

 巨大で、不定形、破滅の赤色。

 洞窟の奥、大きく口を開けて。

 その口の中に、いるのは。

 アーサーを、じっと見ているのは。

 あれは、アルフォンシーヌ?

「アーサー。」

「なんだよ!」

「これを指にはめろ。」

 赤い色をした竜に飲み込まれているその外側で、ノヴェンバーから何かを手渡されたのをアーサーは感じた。それは、まるで現実世界からの係留の索具であった。指輪の形をした命綱に、アーサーは必死でしがみついて、言われた通りにそれを指にはめる。アーサーは、指の先で、またも赤色を感じた……しかし、それは先ほどの赤色とは違った。先ほどの赤を、めちゃくちゃに歪めて、その上で不可逆的に逆転させた、その反転色としての赤、先ほどの赤が破滅の火に空から降り注ぐ炎の天使の色だとすれば、この色は……静かの海の底に、ゆっくりと沈んでいく、屍のような色。これは、間違いなく穢れの赤だ、深い深い、穢れの赤色。

 しかし、境界の侵犯者は。

 常にtebhelを身にまとう。

 はっと、アーサーが気がついた時。

 装置の目の前、緑の光に照らされて。

「ノヴェンバー、俺は、何を……」

「Lの漏出に汚染されていた。」

「……キューカンバーの野郎、よくも平気な顔をしていたな。」

「純種はLの影響が少ない精神構造をしている。」

 アーサーは確かに感じた。

 それは、自分の精神の中。

 奥底の、覆い隠した部分。

 なにかで露出させられて。

 無理やりに見せつけられるような。

 しかし、もう過ぎたことだ。

 気を取り直すように苦々しげな顔をして。

 ノヴェンバーに向かって言う。

「なるほどな。それで、この指輪はなんなんだ? こう言っちゃなんだが、随分と気味が悪い色をしてるが。」

「時間がない、速く済ますぞ。」

「はいはい、分かりましたよ。」

 ノヴェンバーはベルトに幾つかついている、例のポーチの方に手をやると、その中から小さなカプセルのようなものを取り出した。サイズは大体親指の先くらいの大きさだ、透明だったが、何かべとべととした粘液のようなもので内部がねっとりと汚れていた。中に入っているものが、その全身から粘液を排出していたのだ、そしてその中に入っていたのは……端的にいえば、それは畸形の胎児だった。頭部と、それからその頭部と同じくらいに肥大した胴部の二つだけで構成されている。手や足などはなく、更にその頭部は、まるで骸骨のような見た目をしていた。しかし、それは骨のような形をしていながら、肉で出来ているようにも見えた……胎児の全身は、全く同じ素材でできていた、それは、装置を形作っている、あの白くのっぺりとした物質だった、つまりテクノ・イヴェール。胎児は、口をぱくぱくと開けたり閉じたりして、何か呼吸の出来損ないの真似事をしているらしかった。

 ノヴェンバーは、そのカプセルを手に持ったまま何の音も立てずにその場を跳んだ、その跳躍はまるでブラックシープのそれと相似形をなしているようで……夜の死者の羽ばたきのような色をしたマントを翻しながら、ノヴェンバーは装置の頭のところに静かに被着した。四つあるうちの一番大きな顔、グールを捕えている口を持っている顔の後頭部、髪が生えていない三つの小さな顔と顔の間で、中心よりも少し左よりのあたり。巨大な機械の部品としてのケーブルのように太い髪の中に手を入れて、何かを探していたようだったが、やがてその何かを見つけたようだった。

 装置の頬の部分、鱗のように並んだ爪が、まるで異様に体節を広げた何らかの多足虫のようにして、ゆるゆると蠢いているように見えた。その上に蹲っているノヴェンバー、アーサーには、そのノヴェンバーが何を見つけたのかということを知っていた、そこだけが皮膚をはぎ取られ、内側を露出したようにして、白く濁った肉塊が露わになっている部分、この装置のコントロールパネル、あのパウタウというスペキエースが装置の解除を行う時に、己を没入させていたレセプター。ノヴェンバーが、何か手を動かしているのが見えた。どうやら、あのカプセルをレセプターの中に押し込んでいるらしい。確かにノヴェンバーは回路の虫食い穴にそのカプセルを投入していた。柔らかくぶよぶよと脈動し、しかしそれでいて金属のように手の下で固いその感触は、しかしまるでカプセルのことを拒否するように、ざわり、とざわめいた。神経叢のまがい物のようなものがゼリーの中で刺胞動物じみて揺らめいて、そのカプセルに触手を伸ばす、伸びた触手は、べたべたとカプセルにまとわりついて、押し返そうとする。ノヴェンバーは構わず指の先でそれを押し込んで……そして、やがて装置の抵抗もむなしく、強いられた挿入は姦をなした。

 カプセルは。

 肉の中に。

 沈み込む。

 装置は。

 体内に。

 異物を感じる。

 結果として……プロセスが開始される。

「ノヴェンバー!」

 と、アーサーの叫び声がノヴェンバーの耳元で響いた。マントを翻して、ノヴェンバーは襲い掛かってきたその何かを、寸でのところで避ける。防弾仕様のはずのマントの裾が、いともやすやすと切って裂かれる、その何かは、手であった。鉤爪をつけた手のひら、つまりキューカンバーが自ら切り落とし、従者として付き従わせていた、あの十手のうちの一。反射的にアーサーはキューカンバーの方に顔を向ける。

 セルの端の方で、未だキューカンバーはメアリーと乱戦を繰り広げていた、それでもやはり腐っても純種なのか、「意識を集中させる」という概念は彼の鬼らには存在していない、意識そのものがないのだ、便宜に従って幾つものシチュエーションを、同時に進行することは、簡単であるか困難であるか以前の問題であり、ノヴェンバーが装置に仕掛けを始めたと見るや、キューカンバーは即座にそのシチュエーションにも対処を開始したようだった。

「ちっ……だから厄介なんだよっ!」

 叫びながらアーサーは、コートの裾を翻してノヴェンバーのいる装置の頭部へと飛び乗った。十手のうちの五が、すでにノヴェンバーのことを取り巻き、ロックオンしていたのだ。狙われているノヴェンバーに手を貸そうとして、アーサーは……

 しかし、ノヴェンバーは、それでも、このブラッドフィールドに潜む、三匹の捕食者のうちの一匹だ。いつの間にか、どこからか取り出したのかわからないようにして、少年の背丈ほどもある長剣を持っていた。その剣は……しっかりと鞘に収められたままだ、その刃がどのような姿をしているのかは全くうかがえない、ただ黒々として、光を飲み込むような暗黒を、シルクのケープのように身にまとって、その剣はノヴェンバーの手のひらに握られていた。ノヴェンバーと同じ色、闇よりも深い黒の色をした長剣は、まるで静かに燃えながら海の底へと沈んでいく雪の欠片のようにして、空間を薙いだ、本当に、本当に静かだった、しかしそれは確かな力の行使だった。鞘に収まったままで、その刀身はノヴェンバーへと襲い掛かった五の手のひらを次々と払い、セルの壁や床にまで叩き飛ばす。

「あー、手助けは……」

「不要だ。」

「みてぇだな。」

「それよりも、始まる。」

 胎児は、胎内で己を拡大し。

 貪婪に同期する。

 強制的なシステムの簒奪。

 恣に、処女を懐胎し。

 そして、解除の第一段階は。

 装置の内部で完了する。

 花弁のように広がっている装置の指が、死ぬ前に棺桶の蓋をひとかきするように、静かに空を掴みかける。その動きが引き金になったかのようにして、アーサーとノヴェンバーの周り、大きな頭部から生えていた三つの小頭部が震え始める。その三つは、まるで音叉のようにして共鳴し合い、うわぁんうわぁん、と異様な音を立て始める、と、口がなかったはずのその顔、それぞれが急に、がぱっと口が開いた。三枚の舌、二枚の舌、五枚の舌がそれぞれその中に並び、散弾を受けた腐れ肉のように、乱雑に歯が埋まっている。口は、叫び声を上げる、あいええええぇ、あいえええぇと、他人の頭蓋骨を震わせるような叫び声を上げる。それは、求めておらず、同時に求めている、解除の第二段階を、つまり……

「スナイシャクを。」

「ああ、分かってるよ。」

 ノヴェンバーに言われて、アーサーは三つの頭部のうちの一番近かった一つ、向かって右側のやつに近づいた。二枚の舌がゆっくりと舐めるように動き、その度に埋め込まれた歯を揺らす、その口に向かって、アーサーは自分の腕を差し出した。キューカンバーがセル中に張り巡らせた精神網でその気配を察知したのか、先ほど弾き飛ばされたはずの五手がそれぞれの方向からアーサーを目指して飛んでくる、しかし蜂のように俊敏に動き回るその五手も、異様な軌道を描いて踊るノヴェンバーの長剣の切っ先に弾かれて、アーサーに到達できない。

 アーサーはコートのポケットから万能ナイフを取り出す。

 その刃の部分を、自分の手首に当てて、すっと引く。

 赤い、色をした、半球、傷口に、盛り上がって。

 崩れて、こぼれて、滴って、落ちていって。

 それは、口の中に、鍵穴に、差し込まれた、鍵。

 かちゃり、鍵が飲み下されて、回されて。

 そして、開く。

 三つの口が叫ぶサイレンの音は、死刑台へと至る階段を登っていくように次第次第と大きくなっていき、互い違いに不協和してほとんど絶叫へと変わっていく。遠くの方で、何かを叫びながらVPの生き残りのメンバーが自分の耳を塞いでいた、ミズ・アネモネは自分の耳を塞いでいるわけではなかったが、やはり何かを叫んでいた、しかしどんな叫びもこの状態では聞こえはしなかった。やがて、その絶叫に合わせて、声を歌おうとでもしたのだろうか、アーサーとノヴェンバーの足元の、一番巨大な顔、あくびでもするようにして口を大きく開いて……そしてその口は、声の代わりに、あの光を歌い始めた。透明な隔壁の形をした檻を溶かして、内側で夢を見る囚人を排出するための、あの目覚めの光、濁りきった朝の光。

「やったみてぇだぜノヴェンバー。」

「そのようだな。」

「で? これからどうすんだよ。」

 ノヴェンバーはその問いかけには答えず、自分の背、マントの下に長剣をしまい込みながら、何かをアーサーの手の中に押し込んだ。「へ? なんだよこれ」「腕につけろ」というやり取り、それは、何かのタッチパネルが付いた腕時計のようなもので、ノヴェンバーはそれだけをアーサーに渡すと装置の頭からさっと飛び降りた。グールを閉じ込めているあの水槽が、光の温度に耐え切れず冷却性の体液をだらりだらりと垂らしているかのように溶けて始めている、そのすぐ前に足を降ろす。もう少し、もう少しでこのダレット列聖者は監禁から解かれるだろう、けれど、しかし、その前に……

 装置から遠く、セルの端。

 キューカンバー、歯ぎしりをして。

 まるで、人のように叫ぶ。

「がああああああああああああああぁっ!」

 その叫び声とともに、水晶による斬撃を一瞬の途切れ目もなく繰り返すことによって、全ての行動を封じていたメアリーに向かって十の手のひらが集中して攻撃を仕掛けてきた。メアリーは軽やかに身をかわし、その突撃を避けたが、先ほどまで存在しなかった「一瞬の途切れ目」がその時生まれてしまう……その突撃の径路は、若干想定外の道筋をたどっていたからだ……もしもその径路で、このスピードで、そのまま直進していけば、その先にあるのは……

 キューカンバーの体。

 十の手のひらは。

 全て、それに突き刺さった。

 メアリーは、自分がまんまと引っ掛けられたことに対して舌打ちをした。いかに純種のノスフェラトゥといえど、あれほどセミフォルテアを満たした刃にかかれば、それは下手をすれば致命傷になりかねない、だからメアリーは、キューカンバーがこの行動をとることを、予想はしていたがかなり追い詰められた時に取る可能性はあるとだろう、といった程度、優先順位の低い懸案事項としていたのだ。しかし舌打ちをしようが何をしようが、もう遅かった、メアリーは一瞬の隙を作り、それをキューカンバーは有効に活用するだろう。

 体に刺さる十の刃。

 まるで気にする様子もなく。

 眉一つ動かさずに。

 小さくこう呟く。

「速やかな殺鬼の必要性。」

 装置の方に体を躍らせる。

 一枚だけ残った羽が飛行ルートを後描く。

「キューカンバーさま、まだダンスは途中でしてよ?」

 メアリーが不愉快そうに口の端を歪めながら。

 その後ろ姿に向かって声をかける。

「淑女に背を向けるなんて……失礼ですわ。」

 そして、片手を軽く振って。

 キューカンバーの進路に降り注がせる。

 水晶の破片を。

 メアリーの腕から排泄された無数の水晶は、ぽっぽっぽっ、とキューカンバーの向かう先へと落下する、落下するその先から、まるで地の底からここに向かって突き刺された残酷な剣の先端のようにして、急速に成長し、キューカンバーの進行を妨げるかのごとく、というか実際その目的で放たれていたのだが、とにかく水晶の鋭い刃が林立していく。しかし、キューカンバーはそんな刃に身を引き裂かれるわけもなかった。仮にも純種だ、物理法則に大部分を頼っているこんな攻撃は、いや、攻撃にも入らない。避けるためにルートが少し変更されて、まあ時間稼ぎくらいにはなるだろうが、その程度だ。

 その程度?

 いや、十分。

 それで結構。

 メアリーの目的は。

 時間稼ぎだ。

 キューカンバーの向かう先、その目的地では、既にダレット列聖者を捕えていた牢獄は開かれて、彼の鬼の体は外界へと嘔吐されていた。だらだらと滴っている、緑ににじんだ液体の中で、彼の鬼はノヴェンバーの腕に抱きあげられていた。キューカンバーは、背後に尾のように音を残していく、弦楽器のようなあの音、喉の奥に隠した弦を舌弓で引きならすようなあの音、ヴァイオリンが歌っていたのと同じ、ノスフェラトゥの狩りの音。

 ノヴェンバーはダレット列聖者を抱いているのとは反対の手でベルトのポーチからまたなにかを取り出した、それは先ほどアーサーに見せていた、コネクタのような長い針のついたADBに少し似ているあの小さな機械だった、対象者自身とその夢力とをドリームランドの任意の地点に送信する。それを、ダレット列聖者の頭部に勢いよく突き刺して、本体のスイッチを押した。機械についた小さなランプがぴかり、と緑色に光って、どうやら無事に送信の過程が開始したらしいことを示す。

 これで、ひとまず仕事の第一段階は終了だった、これで、ダレット列聖者を装置から切り離して移動させても「鍵」が開くことはない、少なくとも、ノヴェンバーの言に従えば、一時間程度の間は。後は、ダレット列聖者と共に、ここから無事に脱出するだけで。

 しかし、それが一番の難題のように思われた。

 キューカンバーは水晶と水晶の間を縫うように。

 一枚だけ残った羽を羽ばたかせて。

 ノヴェンバーのすぐ間近に迫っていて……

 と、その時に、ノヴェンバーは。

 なにかの呪文のように、こう唱える。

「パンピュリア共和国ブラッドフィールド地区31939、セグメント接続/対象者四名/目的地ホーム/承認コード:ムーンライト・ボーイ。」

 その呪文が、唱え終わられた直後、何か……青い光のようなものが三つ、ノヴェンバーとアーサー、そしてメアリーのそれぞれのすぐそばに口を開いた。しかし、それは本当に光だったのだろうか? 眩しさも、きらめきも、それは放つことはなかった。他の光も、あるいは光の欠如も存在しない、それは光というよりも、どちらかといえば、穴のようなものだったのかもしれない。ぽっかりと開かれた、虫食い穴のようなもの。その穴はがばりと大きく口を開けて、そしてその内側に……その周囲の空間と共に、噛み千切り飲み込むようにして、三人をこの世界、この場所から削り取った。平面の穴だった二つの青、完全な球体を描いて二人を内部に取り込んで、そして、すぐそのあと、完全に消失したということだ。

 ノヴェンバー、アーサー、メアリーの三人。

 そして、彼らだけでなく。

 ノヴェンバーの抱えていた。

 ダレット列聖者も共にして。

 キューカンバーの目の前で、全てが真夏の陽炎であったかのように、全てが消え去ったのだった。あと少し、ほんの少し、一フィンガーもないところで、キューカンバーの異形の爪の先は虚しく空を切っただけで。装置にぶつかる前に、慣性の法則など気にするまでもないとでもいうように、不自然な急速さでキューカンバーの体は停止した。そして、その場に虚しく立ち止まる、体のあちこちに開いた十の穴から、体液と、そしてスナイシャクの流れ落ちる、した、した、という音が、セルの内側に排出されて。

 キューカンバーは。

 あろうことか、その場に膝をついた。

 叫び声を上げる。

 今度は人ではなく、獣の子のように。

 目の前で、ほんの鼻の先で、全てが消えた。

 ひとしきり叫び終わると、キューカンバーはふっと口をつぐんだ。端の方では、ミズ・アネモネとVPの生き残りがグールマタと戦闘を続けている、どうやらVPのメンバーも、キューカンバーと同じように混乱の極致にいるらしい、一体何が起こったのか? 恐らく、ノヴェンバーはテレポートマシンのようなものを使ったのだろう、それも、グールのハニカムにまで転送ポータルを到達させられるような、高度な技術を持ったテレポートマシン。キューカンバーの元に残されたのは、空の装置と、それからマウス、グール、人間の死体の山だけ。

 取り戻したノスフェラトゥの冷静さの中で。

 キューカンバーは、ゆっくりと顔を俯ける。

 精神を延長させて。

 三つの単語、こう伝える。

「ハッピートリガー、求める、バックスノート。」

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