17話
「ヴィ、ナ……?」
コトン。
俺の手からお土産として買ってきた本が零れ落ちる。
「ヴィナ! どこだ!?」
俺の視界に映るのは、先程までの質素だが小綺麗な部屋ではない。
戸棚は倒され、ベッドは乱れ、窓ガラスは割れている。
明らかに、争った形跡がある。
「クソがっ!」
あいつ、やりやがった!
今までは兵士を送り込んで来ていただけだったが、ここに来て強行手段を取りやがった。
「あっ……お客様……」
「……おい、ここに兵士が来たよな……?」
ロビーに向かうと、受け付けの女性は申し訳なさそうに顔を伏せていた。
「すいません……“終わったら”、ビント様が──」
「“終わったら”だと!? ふざけるな!」
「ひっ!」
……チッ、ここでこいつに怒鳴っても何も変わらないか……。
直にあの馬車を追うべきだ。だが、どこに居る?
俺は『天の翼』と『フライ』を併用し、空へ舞い上がった。
街の中心には、領主宅。そこから道が伸びて、外壁にほど近い場所にギルドはある。
となると、あの馬車が向かって行った方向は──
「外、か」
俺は、翼を広げ空を駆けた。
夜のギルフォーに、白い光を放つ片翼の天使が現れたと、後々噂になったらしい──
◇ ◇ ◇ ◇
「ぶひっ、ぶひっ、いつ見ても可愛いなぁ……!」
「…………はな、せ」
……豚野郎、と買い主が言っていた奴の膝に乗せられて、後ろから体を触られる。
「ぶひっ! ああ、もう我慢出来ないぃぃぃ!! 今ここで食べちゃいたいよおおおお!!!!」
ベロン、と。頬を舐められた。
臭い。汚い。気持ち悪い。嫌だ。やめて。助けて──
「リズント様、付きました」
馬車が止まると、そこは森に近く少し小高い丘の上からだった。
「只今至急お風呂の準備をさせていますので、少々お待ち下さい」
そこでは数人の兵士が忙しなく動いてテントを張っていた。
「ぶひっ、あの中で君は僕と交わるんだよぉぉ? 沢山気持ち良くしてあげるからね?」
私は、買い主と同じ色のローブをぎゅっと掴んだ。
「……ルシア、様」
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぃー、疲れたぜ。あの馬鹿息子の為になんでここまでやらないといけないのかね」
「ばっかお前。そりゃ“お溢れ”を貰うために決まってんだろ?」
「おおっと、そうだったそうだった。今回は白狼族の女の子か。俺そっちもイケるタイプなんだわ。あー、早くヤりてえ……」
「リズントが満足してやっと終わったと思ってる女をマワす時の表情って最高だよなぁ?」
「間違いねえな。つうか今回の獲物は冒険者の奴隷なんだろ? ヤバくねえか?」
「大丈夫だろ。その冒険者は魔法使いらしいぜ? こっちには切り札もあるし、もしかしたらそいつを殺して白狼族をペットに出来るかもしれねえぞ?」
「おお! そいつは最高だな!」
「──ああ、最悪だ」
兵士たちの目に白く輝く何かが写った瞬間、彼らの意識は暗闇の底へと沈んで行った。
(ありがとう、レーヴァテイン)
《私はマスターの望みを叶えただけ──でも、もっと戦闘で私を使ってくれると嬉しいわ》
(ああ、精進しよう)
俺はそう言うと、レーヴァテインとの会話を切った。
さて──
「判決を下そう──」
◇ ◇ ◇ ◇
「クソっ! どこへ行った!?」
俺は空を飛びながら、豚野郎の馬車を探していた。
しかし、時は既に夜。夜行性の飛行する魔物が襲ってくるわ、そもそも視界が悪いわで、馬車を見つけられずにいた。
「カッ! カッ! カッ! カッ!」
赤い目をしたカラスのような魔物が群れで襲ってくる。
それはまるで、大きな一つの闇。
しかし、空は俺の独壇場だ。プレスで闇を地に落とす。
「クソっ! こんな事してる場合じゃないのに!」
一刻も早くヴィナを助けださないと、あの豚野郎の毒牙にかかってしまう。
《マスター、あの奴隷を探しているの?》
ふと、レーヴァテインから声がかかった。
「そうだ。どうにかならないか? レーヴァテイン」
最近は全然レーヴァテインを使ってこなかった。最後に使ったのは確か、ガスフォードだったな。
《奴隷の気配は分からないけど、『グレイプニル』の気配なら分かるわよ?》
「グレイプニル……ヴィナと契約してるあれか。あれも神器なのか?」
《そうよ。私ほどとは言わないけど、あれも中々強力な神器ね》
確かグレイプニルは、フェンリルを繋いでおく為の物──とどこかで見た気がする。ならば神器なのも当たり前か。
「よし、頼むレーヴァテイン。ヴィナの所へ案内してくれ」
《了解よ、マスター》
──と、ヴィナが居る野営地に着いた俺は、高高度からの奇襲で見張りと思われる兵士を吹き飛ばした。死んではいない。
しかし、天の翼は目立ちすぎる。
純白の片翼と白く染まった髪は常に薄い光を放っており、夜だと言うことも相まって隠密性は皆無だ。
「貴様! 何者だ!」
だからまあ、こうやって囲まれる事も想定内だ。
しかし、こんな大人数の兵士たちが豚野郎の悪事に加担してるのか? だとしたら本当に腐ってるな。
「さっさとあのクズ野郎を出せ」
魔力消費が多いので翼を消し、俺は兵士たちに重めのプレスを掛けて動きを封じる。
周囲に豚野郎と側近、そしてヴィナの姿は無い。
──遅かったか……?
そんな最悪の考えが脳裏をよぎる。
「何事だ! 準備中は静かにしろ!」
と、野営地にあるテントの中から豚の側近が現れた。
準備中、か。ギリギリ間に合ったみたいだな。
「よう、クソ野郎。お前に死刑宣告をしに来たぞ」
形態変化──デスサイズ。
「チッ、もうバレたか……!」
そう言って醜く顔を歪める側近。
「随分と余裕だな? 危機感はちゃんと持った方がいいぞ?」
俺は兵士たちの隙間を縫って側近へと近づく。
「はっ! 汚らしい冒険者如きが、私に敵うと思っているのか?」
……あ?
一度、側近をよく観察してみる。
三十代くらいの、赤髪の男。
その身を包む鎧は他の兵士たちより少し装飾がなされており、顔だけを露出している。
その顔からはなんの覇気も感じない。
リルのような、土の属性竜と戦っていた騎士のような、強者から滲み出る覇気が、この男からは全く感じない。
──結論、ただの雑魚。
「ほざくな、雑魚」
俺は奴を吹き飛ばそうとし──
「魔法使い如きがっ! この私に敵うと思うなっ!」
男が懐から取り出した水晶に目が行った。
「結界、発動!」
男が水晶を高く上げそう叫ぶと、水晶は紫色の光を放ちドーム状に周囲を囲った。
「何だ? ──!?」
結界が張られた、その瞬間。
途端に魔力の制御が出来なくなり、兵士たちに掛けていたプレスやデスサイズが消え去る。
「なんだと!?」
一体どうなっている? 何故魔法が解けた!
《マスター、危険よ。今すぐここから離れるべきだわ》
少し焦ったようなレーヴァテインの声が聞こえる。
(一体これは何なんだ、レーヴァテイン)
《これは──》
「これは“魔封じの結界”と言ってなぁ! 結界内の魔法を全て打ち消し、魔法を使えなくする結界なのだぁ!」
魔封じの結界。
魔法が、使えない?
「ああ、やっと動けるようになったぜ」
「マジで許さねえ、絶対ゴブリンの巣に捨ててやるぜ」
動きを止めていた兵士や、最初に吹き飛ばした兵士が向かってくる。
(ま、まず──!)
「おらよッ!」
その、ローブの合間を縫って放たれた蹴りは俺の鳩尾にクリーンヒットした。
「ガッ!!」
その蹴りは俺の薄い腹にメリ込み、内蔵にダメージを与えた。
「おらよ!」
吹き飛ばされた所にも兵士が居て、不防備な後頭部を殴打された。
「──!?」
……やばい……頭がチカチカする……。
「調子に乗りやがって!」
「死にやがれ!」
「おら! おらッ!」
殴られて、蹴られて。
反抗しようとも、俺の貧弱なステータスではこの人数には敵わなくて──
(……体中が、痛い)
気づけば俺は、ボロ雑巾のようになって地面に倒れていた。
「どうだぁ? 魔法使いィ」
仮面越しに、側近の男が俺の頭を踏みつけた。
(……あぁ)
鈍くなった感覚が、体の異常を告げてくる。
どうやら、何人かの兵士が俺の服を脱がしているみたいだ。
「おい、仮面は取らなくていいのか?」
「いいだろ別に。ブスが出てきても嫌だしな」
「そうだな! じゃあとっととやっちまうか!」
(……ルシアは、超絶美少女だっつうの……)
ああ、でも──
(初体験がこれとか、嫌だなぁ……)
「へへっ、じゃあ、頂きます」
その声に抵抗する力には俺には無くて──
ビュュュゥゥゥ──!
一陣の風が、舞った。
「主……大丈夫!?」
それは、豚野郎に囚われている筈の──ヴィナだった。




