12話
「ふぁあぁぁ……」
朝の日差しで目が覚める。
目を擦りながら半分ベッドから落ちかけている体を戻そうとして──ほのかに感じる、他人の温度に気がついた。
「ん…………」
見ると、昨日買った奴隷の少女ヴィナが、俺の腕に抱き着いて眠っていた。
「──おかあ、さん……」
俺は、ヴィナがどう言う経緯で奴隷なったのか、どこで生まれたのかも知らない。
俺が知っているのは、この子のステータスのみ。
しかし、この子も『苦難の道』の称号を持っている。
きっと、辛い思いをしてきたんだろう。
「もう大丈夫だからな」
俺はヴィナの頭を撫でる。
くすぐったそうに身をよじるヴィナには、昨日までの全てを警戒している野良猫のような表情は無い。
人の温もりに安心しきっている、幸せそうな表情だ。
「むにゃ……むにゃ………………!?」
撫でられている感覚に気づいたのか、ヴィナが目覚める。
「な……な……な…………!」
「ごめん、起こしちゃったな」
何故か顔を赤くしてあわあわしているヴィナに毛布を掛けてやる。
「さあて、今日も働きますか」
◇ ◇ ◇ ◇
「──と、言う事なんだ。受けてくれるか?」
「うーん……」
俺は今、ギルドにあるリルの部屋に来ていた。
新しい装備が出来上がる日なので、受け取りに来ようとしたらリルに捕まったのだ。
ヴィナにはある程度のお金を預けて、宿に待たせている。
『昼には帰るから安心してくれ』
『……うん』
『お腹空いたらそれで何か買うんだぞ?』
『うん』
と、こんな感じだ。
留守番はここ数日ちゃんと出来ていたので大丈夫だろう。
「えーっと、何だっけ。隣街のギルドマスターに書類を届けるんだっけ?」
「ああ、とても重要な物でな。信頼出来て実力もある者に任せたい」
リルの要件とはこのようなものだ。
隣街とは言っても、馬車で5日以上もかかる距離にあるらしい。
俺が渋っている理由は、馬車が基本相乗りだと言うこと。
隣街へ行くのにヴィナを置いてはいけないが、ヴィナは基本一人見知りと言うか、他人に敵意MAXと言うか……。
(俺には慣れてくれた……と思いたい)
ヴィナを買った日から4日。
コミュニケーションは取ってきたし、ヴィナの方から話しかけてくれる事も増えた。
「取り敢えず、ヴィナと相談してみるよ」
「ああ、良い返事を期待している」
俺はギルド長室を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
「なんだ? 随分と騒がしいな」
俺がギルド一階に戻ってくると、受け付けエリア──ギルド一階には食堂エリア、受け付けエリア、物販エリアがある──に人だかりが出来ていた。
「おい、舐めてんのか?」
「んだぁその目は? 奴隷の癖して生意気なんだよ」
「痛い目見ないと分からねえか?」
まあ、こう言う事はしょっちゅうあるのでもう慣れた。
弱そう、女、子供っぽい。これらに当てはまる人物がギルドに来ると120%絡まれる。
(にしても奴隷か……。って言うか、他人の奴隷に手を出すのは厳禁なんだけどな)
ここで要らぬ正義感を出して厄介事に巻き込まれる必要なんて無い。
ギルド内の揉め事は何か壊さない限りスルーされるし、冒険者になった時点で身分とかは関係なくなるから──まあ、自力で頑張ってくれ。俺が前やったようにな。
──って言うか、あの時はこの仮面の効果も合わさって結構恥ずかしい事を言ってたような気がする。
何かめっちゃ偉そうに『判決を下そう』とか。あー恥ずかしい。帰ってヴィナの耳を撫でようかな──
「……じゃ、ま」
「……は?」
絞り出すかのような、小さな声。
野次馬共の声ですぐに掻き消えたその声には、確かに恐怖が含まれていた。
「あぁん!? 舐めんじゃねえぞ!」
パンッ!
直後に聞こえる、そんな音。
「………………おい」
ズンッ──!
無意識の内に、俺はギルド全体へプレスを掛けていた。
「何を、やっている……?」
気のせいであってほしい。勘違いであってほしい。
「ぐっ! なんだてめぇ!」
近くに居た冒険者がそう叫ぶ。
「邪魔だ……!」
重力の方向を変え、邪魔な野次馬共を吹き飛ばす。
そして、見えた。その現場が。
「……!」
「お、お前はっ!?」
そこに居たのは、白みがかった銀色の髪と、同色の耳と尻尾を持つ少女──ヴィナ。
その周囲を取り囲むように、三人の冒険者が居る。
一人──ヴィナの耳を掴み上げている男。
一人──ヴィナの頬を打ったと思われる男。
一人──ヴィナに預けていたバッグを奪っている男。
こいつらには、見覚えがある。前に俺に絡んできた奴らだ。
あぁ……──なんで、こいつらは。
「形態変化──デスサイズ」
ブワッ! と俺の手から白い炎が燃え上がり、それが大鎌の形を取る。
「……判決を、下そう」
──お前ら全員、死刑だ。
ゴギュゴギュゴギュ!!!
一人、頬を打った男の手を捩じ切る。
ズバンッ!
一人、耳を掴み上げている男の腕を切り落とす。
「白炎」
一人、バッグを奪った男の首を掴み、そのまま白炎を発動する。
「いがああああぁぁぁぁ!!!!」
「ゆっくりと死ね」
筋力は貧弱でも、重力魔法を使えばどうとでもなる。
俺は男の首を極々微量の白炎で炙りながら、片腕で男を持ち上げる。
「──カハッ!……や、やめろ! やめ、て……くれぇ!!」
男が逃れようとジタバタと腕を振るう。
「判決は死刑だ。死ね」
何故、こんなにも怒っているのだろう。ヴィナはただ、竜との戦闘で生き残る為にロキ頼まれ、仕方なく請け負っただけの少女のはずだった。
でも──
「俺のものに手を出して、ただで済むと思うなよ」
美味しい物を食べた時の、幸せそうな表情。
可愛らしい服を買った時の、女の子らしい嬉しそうな表情。
眠っている時の、無防備な表情。
それを、守りたい。
俺はヴィナの主人だ。買い主だ。ヴィナが苦難の道に遭遇しようとも、俺が全てを打ち砕こう。
ガツッ! 男の振るう腕が、壊れかけの俺の仮面を吹き飛ばした。
隠していた顔が、顕になる。
「……お、おい、あの顔!」
「嘘だろ……」
「ど、どうしたんだお前ら?」
「ぜ、『全剣』のルネア……!」
まあ、別にどうでも良い。
しかし、仮面を取ったら逆に冷静になってきた。
先程は冷静に殺す思考。
今は、後の事を考える思考。
(殺したら、まずいんだっけか)
いかに荒事に静観を貫くギルドであっても、人材が減る事は黙認出来ない。
喧嘩は良くても、殺しはNGなのだ。
(でも、あっちの二人はそろそろ出血で死にそうな感じなんだよなぁ)
先に腕を壊した二人の叫びはうるさくてシャットダウンしてたが、中々に出血している。
(て言うか、俺ってここまで出来たんだな)
この世界、俺はまだ遭遇していないが盗賊なら何やらも居るだろう。
その時に人を攻撃出来るかと思ってたいたが、仮面があれば大丈夫そうだ。
「そこまでにしておけ、“ルシア”」
──と、そこまで考えて時、階段の方からリルの声が聞こえてきて、俺は男から手を離す。
「事情は後ほど聞こう」
そう言うと、男たちを緑色のオーラが包む。
無詠唱の最上位回復魔法だ。
俺は天使族の特性で詠唱が要らず、決めたキーワードを言うだけでいいが、エルフにそんな特性は無い。
なのに片手間で最上位魔法を使うリルの強さを改めて認識する。
さて──
「ヴィナ」
「っ!!」
俺は、先程から呆然としているヴィナに声を掛けた。
どうしてヴィナがここに居るのかは分からない。あいつらがヴィナに暴行を働いたのも、もしかしたらヴィナが失礼は態度を取ったのかもしれない。
まあ、それ一旦置いておこう。
俺は、目線を下げて小さく震えているヴィナの元へ向かう。
「……あ、ぁの……ごめんな──」
「ごめんな」
俺は、ボサボサになってしまった髪や赤く腫れている頬を撫でる。
「え……?」
「怖い思いをしただろう。もっと早く助けてあげられなくて、ごめん」
「……う、うん。こわ、かった……」
ぎゅっと抱き着いて静かに涙を流すヴィナ。
「……旅を、しようか」
「……うん」
「色んな所に行こう、色んな事をしよう。
きっと楽しい」
「うんっ!」
俺は、リルからの依頼を受ける事に決めた。
……問題事を起こす俺が果たして“信用出来る冒険者”なのかは分からないが、断られたらまあ、別に良い。
「見世物じゃないぞ、野次馬共。
──それと、私の名前はルシアだ。ルネアとか言う犯罪者と見間違えるなよ?」
俺は精一杯、仮面を付けている時のような口調で話す。
“俺”の喋り方じゃないが、“ルシア”は、これでいい。
「お前ら、そんなに暇なら、私の二つ名でも考えてろ。
なるべく格好良いやつを頼むぞ?」
こう言うのが、ルシアのキャラなんだ。




