11話
物心付いた頃から、私は奴隷だった。
一番古い記憶は私を庇って倒れるお父さんとお母さんの背中。
“私”は奴隷だ。
鎖に繋がれ、残飯を食べさせられ、ゴミのように扱われる。
“私”に自由は無い。
白狼族、そして整った顔をしている私を買う人間は沢山居た。
全員が邪な気持ちで私を買って、その日の家に私はベッドに押し倒された。
“私”に希望は無い。
自分のステータスを知らず、名を知らず、親を知らず、生きる術を知らない私は永遠にこの地獄に居るんだ。
でも、諦めない。
生きてみせる。それが、私を庇って死んだ顔も知らぬ両親への報いだから。
「あの奴隷をくれ」
また、私を買う人間が来た。
壊れかけの仮面を付けた、奇妙な女だ。
女が私を買うのは初めてだけど、どうせ結末はいつもの通りだ。
──さて、今度はどうやって喉笛を喰い千切ろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
「名前はなんて言うんだ?」
「…………知らない」
「歳は?」
「……知らない」
俺は、先程で買った奴隷の少女を宿に連れてきていた。
廃棄予定との事で、端金で買えた。先日の戦闘での報酬で懐は火傷するくらい温まったので結構な値段でも買えたが、これは僥倖だった。
「ふーむ、そうかぁ……。ステータスを見せて貰えるか?」
「……勝手にすれば」
少女は無愛想にそう言った。
そろそろこの少女の容姿について説明しよう。
黒ずんだ短い銀髪と、輝きを放つような銀の瞳。さらに同色の耳と尻尾。
身につけたボロ布は胸と腰の周辺を隠す程度の短い物で、お腹丸だし。
どこかツンデレ臭を感じる、13程度の女の子だ。
「『ステータス』」
この世界では、許可されれば他人のステータスを見る事が出来る。
それをぶち破る『鑑定』とか言うふざけたスキルもあるが、基本他人のステータスを見るには相手からの許可が必要だ。
俺は目の前に現れた少女のステータスボートを見る。
個体名 ヴィナ
年齢 14
種族 白狼族(銀狼族)
Lv50
HP 2,000/2,000(500/500)
MP 100/100(500/500)
筋力 5,000(500)
魔力 100(500)
体力 3,000(500)
速力 9,000(500)
知力 500
ユニークスキル:神狼化(隠蔽) 風神(隠蔽) 反逆(隠蔽)
スキル:体術Lv8(隠蔽) 獣化Lv5
加護:獣神の加護(隠蔽)
称号:神童(隠蔽) 神狼の生まれ変わり(隠蔽) 苦難の道 反逆者
契約:グレイプニル(隠蔽)
はい、ストップ。
おいロキこっち来い。
《なんだ?》
なんだ? じゃねえよ! こっちが聞きたいわ! なんだこれ!?
《おお、ちゃんと見つけてたか。これからそいつの事をよろしくな》
おい待ちやがれクソ神! ちょっとは説明しろ!!
……
…………
………………
「はぁ……」
ああ、どうしたものか──
◇ ◇ ◇ ◇
「で、私の所に来たと」
「ああ、リルなら信頼してるしどうにかしてくれそうだからな」
俺はあのまますぐに冒険者ギルドへやってきた。
正直、俺の手には余る。
「ふむ、ではまずはステータスを見るぞ? 『鑑定』」
「どうだ?」
「…………私の目には、500で揃えられた不自然なステータスしか見えんぞ」
「隠蔽されてるからな。
ヴィナ、この人にステータスを見せてやってくれ」
「……それ、私の名前なの?」
「ああ、そうだ」
「そう……」と小さく呟いたヴィナはリルにステータスを見せた。
「なっ──!」
それを見て、驚愕の表情を浮かべるリル。
「どうだ、ヤバいだろ?」
「……ああ、お前もだがこいつもかなりヤバい。
全く……また厄介事を持ち込んできおって」
また……?
「──それで、どうすれば良いと思う?」
「どうすればと言われても、その奴隷はもうお前のものだ。他人の奴隷に手出しする事は重罪だ。お前が危惧している心配はない……だろう。おそらくな」
「なんだその歯切れの悪さ……怖いな」
「“絶対”なんて事は無いからな。ましてや神狼──フェンリルの生まれ変わりだと知れると、良からぬ輩に狙われる。
ステータスに隠蔽を掛けた者もそれを危惧したのだろう」
「やっぱり、知られるのはまずいよな……」
まあ、リルの『鑑定』でも分からないくらいの隠蔽だ。
この事を知ってるのは俺とリル。それと神くらいなものだろう。
「今日はありがとう。また来るよ」
「ああ、帰りに受け付けによってランクを上げておけ。異例の速さでDランクだ。良かったな」
まあ、上がって悪い事はないだろうし別に良いか。
◇ ◇ ◇ ◇
「よし、寝るか」
ヴィナ服を買い、宿の飯を食べ、風呂に入った。
残る今日の予定は、寝るだけである。
「……!」
俺の言葉に、ビクっ! と、耳と尻尾を反応させるヴィナ。
「……やっぱり…………」
「ん?」
ヴィナが小さい声で何かを呟いたが、聞こえなかった。
「ごめん、この部屋一人部屋でベッドが一つしかないんだ。なるべく端に寄るから、我慢してくれ」
部屋のカーテンを閉め、月明かりを遮断する。
俺は仮面を外し、ベッドの端で目を瞑った。
◇ ◇ ◇ ◇
──どうして?
私──ヴィナは、何時まで経っても襲って来ない買い主に対しそう思った。
今日は美味しいご飯を食べれて、服を買ってもらって、お風呂に入れて、とても幸せな時間だった。
「よし、寝るか」
でも、買い主のその言葉で、今までの嫌な記憶が蘇った。
……ああ、この人も結局……。
私はこの時間を終わらせたくなくて、ゆっくりとベッドに入った。
……でも、何時まで経っても買い主は襲って来ない。
「すー、すー」
それどころか、寝息まで聞こえてくる。
「……おか、しい」
私はもぞもぞと買い主の近くに寄る。
「──わぁ……」
隙間風で揺れたカーテンの隙間から、月明かりが漏れて買い主の顔を照らしていた。
「……き、れい」
私はその光景をジーッと見つめて──いつの間にか、眠ってしまっていた。




