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97話:入学試験、再び

 気候から空気の流れ寒気から暖気へ変わり始めてからしばらく経った。ラグナ達がこの学院に来てもうすぐ一年になり、二学生へと進級しようとする頃──。

 当のラグナの下には今度こそ普段の生活が戻って来ていた。商会の事やユリウスの事も収まり、平穏な日々を満喫している。だが、気がかりな部分もある為、情報は欠かさず知識に刻んでいる。主な情報源として商会付近は変わらずフェレグスから、そしてユリウスを中心にした貴族系はパーシーとアリステラから聞いた。


 まず商会についてだが、無事に損害は補填出来た事で経営に異常は無くなった。ヨハンも回復し近々勤務に復帰する事も報せられ、ラグナは安堵した。

 ただ外部に対しては、当然だが報復行為を行った。本来なら余計な均衡への刺激は避けるべきだがラグナが、「構わんやれ」と承諾したので幾つかの商会や店舗を買収して勢力を拡大させる。

 無秩序にやった訳ではない。経営がガタガタになっていたり、少し突けばあっという間に崩れるような看板だけは一丁前などの問題がある──そんな老舗をその膿を弾き出す形で取り込んだ。

 一つや二つなら牽制にもならないがそこは賢者であるフェレグス。表だけでなくアンナの所属する暗部組織から情報を仕入れて弱みなどを掴み、じわじわと弱らせる。一気に喰らいつくすと様々な手口で邪魔者を片付け吸収していった。

 そしてさらに他商会に裏から仕入れた弱みなどを列挙した文を送りつけた。その無言のメッセージと手腕により、他商会の方は今回の一連から手を引くか、迂闊には動けなくなると報告を受けた。


 次にユリウスの方だが──王に対して正式に大公家から苦言が寄せられたらしい。内容は当然、ユリウスに関する事だ。

 ただ予想と反したのは、元々ラグナの味方であるニルズ家やラグナに協力すると言ったアリステラのグラニム家だけでなく、パーシーのベルン家と何故かグリンブル家まで書状を出したらしい。

 ベルン家は恐らくパーシーの便乗だが、グリンブル家とはあの茶会以来なのでアリステラ繋がりかとラグナも首を傾げた。だが、違うらしいとアリステラから否定され二人で首を傾げた。

 国王も四公全体から王太子の事に対してああだこうだ言われたのだからユリウスは謹慎と言う名の再教育を城で施されるらしい。寄木が居ないのでユリウスの腰巾着達も現在は肩身の狭い思いをしているとパーシーは愉快そうに教えてくれた。


 とにかく、ラグナは自身の安穏をようやく取り戻せたのだ。アリステラとの対話は楽しいし、確かな実力を身に付けていく者達と手合わせをする中で自分の中の足りていない部分を知ることが出来る時間は──良く言えば勤勉悪く言えば努力バカであるラグナにとって、充実した日々といえた。

 具体的には昼時に教室や中庭でうたた寝してしまうほどである。


 そんなある日の事だ。再びラグナの日常に変化の兆しが現れる。鍛練の授業中──教員と共に生徒達を扱くラグナをアデルが呼びに来た事から始まった。


「授業中にすまなかったが、どうしても急ぎで確認したかったんだ」

「いえ、大丈夫です」

(少し動きを見ていたが、本当にそうなんだろうな)


 アデルも元々は冒険者として名声と死が隣り合わせの世界に生きていたので分かる。生徒はおろか教員ですら肩で息をしていたにもかかわらず、ラグナ一人だけが涼しい顔をしていた。

 交流試合や決闘裁判の時もそうだったが、ラグナという人間を贔屓目無しで評価できる者達から見て、やはり実力が高いという事を通り越して異常と言われても不思議ではない。


「だからこそ、あの提案が通るわけだがな……」

「はい?」

「いや何でもない」


 ついつい零してしまった独り言を拾われるも誤魔化してラグナと他に誰もいない空間までラグナまで移動し、改めてラグナと向かい合う。


「ラグナ君、実は君に頼みというか……ある依頼をしたいんだ」

「依頼、ですか?」

「そうだ。あまり生徒達には聞かれたくないからここまで移動したが……近々平民の新入生を集めて試験を行うんだ。君もやったから覚えているだろう?」

「それは、まあ……」 

「その試験官を君に依頼したんだ。」


 遡ると一年近く前──貴族院への入学を蹴って平民として入学する際に、ラグナ達は試験を行った。腕に覚えのある者は武術で、魔法に自信のある者は魔法で──ラグナの場合は前者であり後者である。


「試験官には冒険者ギルドから依頼を受けた冒険者がやってくるのだが……その枠が一つ空いてしまったんだ。本来なら予備として教員が入るのだけれど、前回の出来事からギルド本部から苦情があってそれを断念したんだ」

「前回の……ああ、交流試合のですか」


 冒険者と彼らを管理するギルドは本来、貴族社会の権力には属さない組織であり本来ならばその人材を養育する学院もかくあるべき場所だった。

 だが、貴族生と平民生が公平に力を競い合うと謳いながら、その実態は教員側の汚職による貴族へのご機嫌取りという実態はラグナが巻き起こした騒動によって明るみになり、必然的にギルド本部にもその事実が知らされる。

 それにより汚職に手を出していた一部の教員やその頂点である学長が資格や立場を剥奪され新たな人材が招かれたのはあの騒動が執着して少したってのことだった。

 とはいえ、ラグナにとっては誰が教師だろうとこの学院の長だろうと無関係な事なので、彼もその点に関してはすでに忘却していた。


「だが、冒険者達も全員が暇な訳ではないし、誰にでも任せられる訳ではない。そして、間の悪い事にあの騒動以降そうした人材の大半が王都からベルンの方に渡ってしまったのさ」

「…………」

「まあ、自由の象徴もいえる場所の、それも未来を育てる立場の者達が権力に尻尾を振っているなんて知られれば、怒りや不信感を向けられるのも当然だろうがね……と言う訳で、その空席を君に代行してもらいたいんだ」

「話を聞いていて、そんな予感をしていましたが……何故、俺なんですか?」

「単純な話をすれば、やはり君の実力の高さだな。普段の生徒を相手にしている様に相手してくれるだけで良い。それにこれは謂わば、冒険者への依頼と言って良いから微々たるものだが報酬も出る。やって貰えないだろうか?」


 ラグナは即答せずに考える。別段、それが嫌だということは無いし新しい経験と言うのは、それはそれで自分にとっても新しい何かを見つけるきっかけになる。

 なら即答できないのはなぜか? それは単純にラグナにそれが出来るのかという疑問だった。自分にそれが出来るのかという自問自答で自らの中に生じる疑問を解消していく。

 その自問の一つ「それが本当に自分に適しているのか?」という問いに是と答えられなかった。


(やっていることはアデル教員と言う通り、これまでと同じことだろう。だが──俺だけでそれをやるべきなのか? 否だ。それでは大きな意味にならない)


 代償リスクに対して求める対価リターンとは常に前者より大きなものでなくてはならない。足し引きゼロでは意味が無いし、まして引かれる分が多いなど論外である。

 どうせやるのなら意義は大きくなる方が良い……ならばとより広い視野で考える。答えは直ぐに出た。


「報酬はいりません。ただ一つ条件と言いますか、提案を受けてくれるならば引き受けます」

「どうせ特例なんだ。一つや二つ増えたところで大丈夫だろうさ」

「ありがとうございます。とはいえ……この仕事をもう一人噛ませたい相手が居るんです」


 将来の冒険者を育てる場所として自分と同じく彼ら彼女らと年が近く、さらにそうした人材発掘を行っているルームメイトの事を思い浮かべながらラグナは不敵な笑みを浮かべた。




 そして新入生候補を集めた入学試験の当日──。この日は休学となり一部の施設を除いて出入り自由となっている中で、パーシーとラグナの両名は試験会場にてやって来る受験者達を観察していた。


「というか、査定関してはこれ僕への丸投げだよね?」

「嫌なら断っても良かったんだぞ」

「冗談、人材発掘は僕趣味だよ」


 パーシーの役割は受験生達がラグナ達を相手にどれだけの動きが出来ているかを観察し見定める観測者だ。両者の動きを観察し、ラグナが加減を誤った時にそれを促す指示薬でもある。彼からすれば将来、手元に招きたい人材発掘だけでなく観察眼を肥やす機会になる。そしてラグナにとってもユリウスとの一件で作った貸しを返す機会になる。活気のある相手と戦える。

 その思惑ありきの中で相変わらずニコニコとしながらパーシーはやる気に満ちている少年少女らを見下ろしている。ラグナも後輩になるかもしれない子供らを見ながら一年前の自分達を重ねる。


「俺達も、一年前はあんな感じだったのだろうか?」

「さぁね。でも君は彼らのようにやる気に流行っているとは想像できないな」

「それは…………まあ、そうだな」


 ふと自分の事を思い返し、酷く落ち着いていたのは思い出す。それから少し経って擦れていた事も思い出してしまう。あの時はアリステラのおかげで踏みとどまることが出来たが、思い返すと何故だから分からないが頭が痛いような感覚に襲われてこめかみに手を当てる。

 どうしたんだ、と尋ねて来るパーシーの声に対しては何でもないと返した。


「しかしまあ、集まるものだな」

「騎士とかのいない田舎では、冒険者の方が彼らと馴染みがある。そうした自分達の生活を守ってくれる人たちに憧れて来る者は多い。後は、産まれた家に反発して飛び出してきたり、家を継げないから口減らし目的でやって来たり……受けるだけなら自由だからね」

「……そいつらは、此処の門を潜れない場合どうなるんだ?」

「さてね、大人しく故郷に帰るか……この王都で手に職を付けるか、或いは──身を落とす、最悪は野垂れ死ぬ、か」


 冷たくも同情の籠った言葉でパーシーは答える。生きていれば這い上がれるかもしれない。逆に生きる意思を失った瞬間に命とは失われるものだ。一年前──ラグナ達と同じくこの場所で学院に入る為に試験を受けて落ちて行った者は居たはずだ。

 だが、そいつらの顔も名前も二人はもう思い出せなかった。薄情ともいえるかもしれないが、此処は一人一人の生きる道の分岐点であり壁なのだ。

 そんな二人をアデルが呼びに来る。二人も準備の為に観察を止めて後にする。


「期待できそうかい?」

「さてな……だが、腕はなる」

「彼らの健闘に期待させてもらうよ」


 その言葉にラグナは僅かに口元を上げると胸の内の闘志を滾らせるのだった。


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