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96話:孤狼と獅子子 その3

・ラグナとユリウスについて

ラグナもユリウスも生まれ育ちは形は違えど特別な環境であり、強さを求められる場所に居ました。

ラグナは必死にそれを身に付けようとしていたのに対して、ユリウスは望めば誰かが与えてくれることで得てきました。

両者は同じスタート地点に居ながら真逆の道を進んだもの同士です。


 力を貸せ──そんな言葉を予想していなかったラグナは目を丸くした。これ程の面の皮の厚い人など見た事が無いからだ。

 一瞬、セタンタの事を思い浮かべてしまったが彼にはそんな嫌悪を吹き飛ばす清々しさがある。すまない、と遠い場所にいる兄弟子に謝罪する。気配に聡いからクリード島か竜達の下に居ながらくしゃみの一つでもしているだろう──などと、全く関係の無い事を考えてから感情をクリーンにして再びユリウスの言葉を振り返る。

 力を貸せ、と言語は丁寧だったが確かに言った……何故か? 考えても分からない。能書きは良いから用件を言えと言ったのはこちら側だ。それでもユリウスの言った言葉とはラグナの琴線に触れるものだ。


 どの面下げてそんな妄言を俺に言った? 言葉の意味と言うのを理解しているのか?

 思考がどう廻れば自分を嫌っている相手にそんな言葉が飛び出してくるのか全く分からない。考えてないんじゃないのか?

 そんな罵倒を、ラグナは敢えて呑み込む。務めて冷静になる為に大きく深呼吸する。


「一先ず、理由を聞こう。そうでなくては首を上下左右に振ることは出来ない」

「言えない、と言ったらどうする?」

「なら話は終わりだ。時間の無駄だったと寮に戻る」

「…………少し長くなる」


 構わんとだけ返してラグナはユリウスの言葉を聞くことにする。後ろの存在に一瞬目を向けたが、先程の威圧が効いたのか完全に距離を取っている。いや、この際怖気づいて逃げていると言った方が良い。

 

(黙れとは言ったが、そんなに離れていざとなった時に誰がユリウスを守るつもりだ?)


 人の事を散々「狂犬」呼ばわりした意趣返しに「駄犬」と返したが、つくづくその通りだと呆れ果てる。だが、五月蠅かったのが黙っているだけで快適だ。


「次の王になる者──即ち王位継承者は余を第一位に複数人いる。その中で余の次に居るのが叔父上だ。次に血の濃さを重視して第三、第四と居る」


 その部分まで聞き、ラグナは大まかにだがユリウスの言葉の意味を理解した。要するにその権力争いの後ろ盾の一つが欲しいのだ。

 何故ラグナなのか……という疑問は貴族院にはない。一介の成り上がり紹介ではなく、ニルズ大公ワーグナーをして【我が息子】と示される人材だ。欲しがる者は大勢いる。

 だが、何とも浅ましい事だと今度は侮蔑を込めて鼻から大きく息を吐き出す。


 だが、王位とは序列はあれど基本的には絶対的なものであるともラグナは考える。身分社会とは面倒かつ複雑だ。それが国のトップを決めるのであればなおさらだと思ってしまう。

 しかし、フェレグスの考えはラグナのこの意見に対して否定した。権威の後継者が複雑に並ぶのはそれだけで国を分割させる危険がある事──。それを踏まえるならば実際にあるそうした後継者の序列というのには一位と二位の間には絶対的な隔てりを設けるようにしているのだという。

 つまり、ユリウスの継承第一位は絶対なものであり、その次の第二位以降というのは──最優先の後継者の身に何かが起きた(最も高いのは暗殺など)場合の代替品、その代替品の代替品というものだという。

そうした仕組み故か基本的にユリウスの下に貴族達上流階級の急進派集まって行く。優劣問わずにだ。


「序列を用いて身内でたった一つの玉座を欲し争うか──骨肉の争いというのは、現実だろうと文面の話だろうと、醜いことこの上ないな」

「……それは、権力を持つ者の宿命だ。貴様もそれ相応の力を持つものだ。知っていよう」

「知らない。産まれてこの方、身内で競う事はあっても争う事など一度も無かったからな」


 そう言う生活をして来たラグナには彼らの世界など、到底理解出来ないしする気も無いと切り捨てる。


「だがお前が俺に何を求めているのか理解はした」

「ならば──」

「断る」


 当然とラグナはその言葉を拒絶した。一瞬、目を輝かせたユリウスはその言葉に開いた口を閉じることが出来なかった。

 ラグナからすれば理由が分からないから聞いただけで何故、承諾してもらえるなどと言う淡い期待を抱けたのか不思議なくらいだ。


「な、何故だ! 貴様はニルズ大公と強いつながりを持つものだろう!」

「血縁の繋がりは無い。ただかの貴人から身に余る信頼を寄せられているだけだ」

「大公は王家の信頼を持って領地を国として得た家だ。それが王家の助力を拒むというのか!!」

「…………」


 そもそも今の王家とニルズ大公──否、王家と四公には大小の差はあるが軋轢が感じられる。堅牢な城壁も碌な整備もされずに放置されていては、やがて外壁から朽ちて行くのが道理だ。

 そもそも、ラグナとユリウスの間の個人的な確執が最初に立ちはだかる。それを掘り返すのも面倒だとラグナは瞑目する。

 目の前のユリウスは健在であり、にも拘らず第二位である王弟が勢力を伸ばしているのはなぜか? それは彼から支持者が離れて行っている事を意味する。


「大体、先に言ったはずだ。俺の家は一介の商人である事──それが、国主である大公に物申せるだけでも身に余るものだ」

「その国主の主が余の父だ」


 荒げる声に補足瞼を開いてユリウスを見る。先程の……普段とは違う余裕の無さが表に出ている。或いはこれが本来の性格なのかと思い余程焦っているのが分かる。だが、どうでも良い。人間同士の権力争いなどラグナやニルズ公国の者からすれば醜悪なものだ。


「仮にだ。ニルズ大公が俺の言葉で王家への協力を取り付けることが出来たとしてもだ。少なくとも、俺はその橋を取り付けるつもりはない」

「何だと……」


 ラグナはかつてアナスタシア達に向けて言った言葉を思い出しながらため息を吐く。

 ユリウスの教育を誤った者達にこそ責があるとあの時は言った。だが、あの言葉には些か間違いがあったと思い知らされる。ユリウスに対して冷ややかな眼差しを向けながらラグナはこう告げた。


「お前は、つまらん」


 冷刃のような言葉がユリウスの心を切り裂き、微風すらも吹き止む。鳥の囀りすらなかったあの刹那の中で、ラグナの言葉が放った決して大きくはない一声は、驚くほど響いた。

 何食わぬ顔でカップに口を付けようと持ち上げ、中身が空だと気付いてそれをさらに戻し、そこでようやく世界に音が戻って来る。


 その言葉に、いよいよユリウスの堪忍袋の緒が切れたのかわなわなと震えだす。そして、拳でテーブルを叩き付けて立ち上がる。


「余が、つまらないだと──無礼な! 散々と余を愚弄する言葉に眼を瞑っておけばつけ上がりおって! 余を王子と知ってそう申すのか!!」

「王子だろうと何だろうと関係ない。俺は、ユリウス・フォン・ユーグ・ロイ・ロムルスと言う人間を見て話している」

「余のどこがつまらないというか!」

「言ったはずだ。お前自身に何も魅かれるものが無いからだ」


 ラグナはこれまで出会って来た人間とユリウスを比較しながら淡々としゃべる。好き嫌いなどの先入観も全て切り離したうえで事実として言葉を述べた。それは同じような立場にいる者の中に、魅入るものがある事を知っているからだ。

 知性ならばパーシヴァル、武芸や魔法ならばアリステラ、人柄ならばアナスタシア──それらは全てラグナの目標である三人には遠く及ばないだろう。しかしそれでも、彼ら彼女らとの交流はラグナが端から期待していなかった【人間という種への期待】を呼び起こしてくれた。

 それに対して、ユリウスという人物はどうだろうか? それを語るのをラグナは既に億劫と感じていた。


「ユリウス。お前は自分をどう見る?」

「何だと?」

「他者の目ではなく第三の目、あるいは自分自身の眼で、自分は王を継ぐ者としてふさわしく振舞っているかと言葉を断ずることが出来るのか」

「──当然だ。王はこの国の頂に立つ者だ。故に余は誰にも媚びない。屈しない。」

「それが未来、国と言う大器を持つ者の言葉か……愚かだ」


 再びラグナは言葉で切り捨てる。


「確かに聞けば一理はあるのかもしれない。だが、お前のこれまでの態度は他者を尊重してこなかった。今こうして対等に話していると思っているだろうが、お前の背後にいる複数の者達が居る時点で、既に対等性は失われている」

「だが、余は王子であり、おいそれと一人で居る事など出来る訳が無かろう」


 もっともな言葉であると思うかもしれないが、ラグナはユリウスを一笑に付す。

 ユリウスの言葉は確かに正しいものだろう。しかしラグナは既に自らの身分を隠して平民に紛れて国という実態や人々の中に混じる事で当主としての在り方を見出そうとしている大公の子息を知っている。


「敢えて傲慢に振舞うのが王になる資格だと考えているのならば、それはただ見栄とプライドを履き違えているだけだ。その程度の器で何千何万も居る民草や臣下を導けると思い上がるな」

「ならば、貴様はどうなのだ! 媚びず、侍らず、こうして不遜を貫く!」

「お前と一緒にするな。俺は、他ならぬ自分自身の生き方を貫くがゆえにお前と言う虚飾者に媚びたくないだけだ。俺が真に敬うのは強者や賢者達に並び立つ才覚を持つ者達と、命として他ならぬ自分で足搔こうとする者だ」

「生きようとするならば余もそうだろう」

「他力本願の貴様の在り方を必死とは呼ばん。猛者は弱者に媚びない。賢者は愚者に侍らない。暗愚に能臣は集わない。それは当然の理だ」


上に立つ程にそれが大事だと言う事を、ラグナは商会という小さな場所で学んだ。


「ならば、貴様はどうだというのだ! お前の下にも多くの者が集っているだろう……そいつらが貴様の権力に群がっている筈だ」

「…………」

「ラグナ・ウェールズよ。貴様はその者達の器として相応しいと言い切れるのか!」


 ラグナを指差し問う言葉に、数日前のフェレグスやアリステラとのやり取りを振り返る。振り返ったうえで、ユリウスを真っすぐに見つめながら答える。


「そう足りうる者に成るべく、俺はこれからも鍛え、学び、人を知ろう。倒れても俺は何度でも立ち上がる。間違えたのならば、俺に着いて来てくれる者達がそれを正してくれる信じてな」

「それで、その地位を奪われてもか?」

「権力なんてものに興味は無い。仮にウェールズ商会を俺以上にうまく回せる者が居るならば、喜んでその地位を託そう」


 迷いのない言葉に再びユリウスは口を閉じる。指差したままの指先が震えている。

 ラグナの答えを皮切りに再び両者は沈黙する。

もはや話すことは無い。やがてラグナはゆっくりと席を立つ。


「どちらにしろ。俺とお前との間には大きな因縁が出来た。それが消えない限り、俺がお前の手を取ることは無い。人々の間でお前の事がどれだけ囁かれようと興味は無いが……他者の言葉の意味を理解しようとする程度には努めるんだな」


 最後にそう言ってラグナはその場を去る。

 フェレグスが巷に放った流言がどれだけの効力が出ているかは、ラグナに計ることは出来ない。それでも上に立つ者としての責務とするべき事と突き付けるべき事は述べた。

 或いは、これでユリウスの中で何かが変わるかもしれないがそれも今のラグナにはどうでも良い事だ。

 ふと、この際だから聞いてみたいと思った事が思い浮かんで最後にもう一度ユリウスへと振り返る。


「確認するが、お前が目指す王とはどんな王なんだ? 力の王か? 知の王か? 仁の王か? 覇の王か? 王の中の王か? 気高き王か?」


 王になるというのならばユリウス自身はどのような王になりたいと臨んでいるのか……ラグナは暫く答えを待ったが、ユリウスはその問いに答えることは出来なかった。

 それを見届け、ラグナは今度こそその場を後にする。ユリウスに侍る連中にはそんなラグナの歩みを止める程の蛮勇は残っていなかった。


 歩きながらラグナはこれまでの自分の言動を振り返る。

 ユリウスに敬意を払おうとは微塵も考えていなかった。ただ今回の対談は二度とない機会だからと自分自身を納得させたうえで臨んだ事だ。それで自分が何を得たのか?

その答えをラグナ自身は明確にする事が出来なかった。


(これを冷酷と言えるのか……難しいな)


 

 ただ、フェレグスが自身に求めたものとは少しかけ離れているような気がして、一人ラグナは自嘲する。

 ユリウスに対して温情など一切かけていない。ただ、あの哀れな男の中で何かを変えるきっかけになれば自分にとっては無意味だったとしても、彼には意味のある者になる筈だと考えてしまうのだから……そう言う部分を甘いと指摘されてしまえば、誰にも言葉を返せないだろう。

 だが、言っておきたい事を殆どぶつけた事には胸が空いている。嫌なことも起きてしまったが、ヨハンの容態も安定したのを見届けてからこの場所に戻って来た。

 そしてこの出来事もほどなく収束に向かうだろうと予見しながらラグナは自分が身を置く普段の日常に戻って行った。

 


 それから時が流れ、風が暖気を運び始める【風の季】へと移り始める頃──人々の中ではウェールズ商会に降りかかった事故の事も、それに伴った王太子ユリウスに関する噂も風の中に消えて行った。

 だが、少し違うのはほどなくして幾つかの商会がウェールズ商会に吸収合併される形で王都の街並みから消えた事くらいであり、それも人々が暫し囁き合うも、ほどなくして何事も無かったかのように普段の生活に戻って行った。


さらに小話:第二章から出番が無くなってしまったラグナ特製の魔導銃について

 二章終盤にて左手を損傷したラグナはロムルス王国までそれを身に付けていましたが現状片腕しか使えない都合で学院には持ち込まず商会に置いて行きました。

 その後、フェレグスとワーグナーの下で取引がありラグナの了承を得て魔導銃はニルズ公国に持ち込まれています。

 魔導銃自体は既存の兵器である魔導砲を小型化したした物として職人で試作が作られ、魔弾の方も研究者達の下で着々と効率化が行われています

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