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95話:孤狼と獅子子 その2

 教室にユリウスの遣いと名乗る者がやって来た。当然だが、王子の名前が出て来たのだからラグナ以外の生徒の大半が驚く。その反応に対してラグナは「まあ、それが普通だよな……」などと、他人事のような感想を抱くのだった。

 ユリウスの遣いは高貴な身なりをしていた。それに比例するように気位も高かった。ラグナを案内する間もぶちぶちと小言を呟いていた。

 人よりも耳の良いラグナにはそれが鬱陶しくてならなかったが、指摘すればまた面倒だと全くの別の事を考えて気を紛らわした。


 連れてこられたのは、貴族院の側に存在する広間だった。何時ぞやの植物園で催した茶会のように中央に丸テーブルが用意され誰もいない空間にユリウスとその他が待っていた。

 

「何だその恰好は? それが高貴なお方に会う装いか!」

 

 高貴な装いをしている従者の一人がラグナの装いを嘲笑う。無視しようかと思ったが、ラグナが着込んでいる深緑の装いはエルフフィオーレが、彼の旅路の無事を願い、彼の衣服に合わせて丹精込めて作ってくれたものだ。それを笑う事にラグナは、イラッとした。


「お前と違って、四六時中そんな動きづらい格好をしてないだけだ」

「ふん、狂犬にはお似合いだ」

「……で? その狂犬が今からお前らの主を襲うと言ったら?」

「は?」


 言うや否やラグナは迷うことなく案内役を押し退けて駆けだした。そしてコートの裏に隠されている短剣を取り出しユリウスの手前で止めた。

 誰も動かなかった。動けなかった。行動したラグナ以外、誰も理解も出来ていなかった。


「……先に丸腰だと確かめるんだったな。で? その高貴なお方を守れずお前ら菜に突っ立てるんだ?


「──!」


 ラグナの皮肉から少ししてようやく事態を呑み込めた従者達が一斉に動き出そうとする──しかし、ラグナの刃はユリウスの喉元には刃が迫っているので動けない。

 手をこまねいているのを見て、ラグナは鼻を鳴らしてから短剣を引っ込めた。人質が解放されたので慌ただしくユリウスを守る従者達は王子に刃を向けたラグナを罵倒する。それに対してラグナは白けた眼で睥睨しならが反論する。


「俺は実証しただけだ。第一、剣を扱う人間がもしも剣が無い時の為の備えをする事なんざ当たり前だろ? そんな事も考えが及ばないで良く護衛などできるな。


 自分達の怠慢を棚に上げて来る者達はラグナの扱く真っ当な返答にぐうの音も返せない。もっとも、一連の行動はラグナ今さっき思い付いた事、その実行が早かった事、そもそもラグナの動き自体が早かったのもある。本当に武術に心得のある者でもあれに対応できるのは稀だ。

 仮に短剣が無くても、ラグナは素手でユリウスの首を折る寸前までやるつもりだったのは言うまでもない。

 尚、ユリウス微塵の躊躇もしなかったのは……単純に彼のことがまだ【嫌い】だからだ。


「それで? この凶暴な狂犬との話し合いは中止にするか?」


 言葉を詰まらせる雑多達の相手を終わらせてからユリウスへと視線を移す。刃を喉元に突き付けられた当人も突然の出来事に事態が飲み込めていないようだったが、それでも平静を保っていた。

 やがて、落ち着けるように大きく深呼吸をしてから素面に戻る。

 

「……いや、続ける。咎めたいところだが、先に此方の非礼があったので互いに水に流すとしよう」

「そうか……」


 座るよう促されたラグナは手前の椅子に腰かける。それからは従者も渋々ながら後ろに控える。その代わりに二人の侍女メイドがどこからともなく現れてその内の一人が用意されたカップに紅茶を注ぐ。

 その後、別の侍女がカップに一口だけ付ける。そして何事もないのを確認して口をつけた部分を丁寧に拭いてから二人に提供する。

 当然ながらラグナにはそれに何の意味があるのかわからない。それから物陰に移動したその侍女が紅茶を淹れた侍女に寄り添っているのを見届けて、ようやくあれが毒見であるという事が分かった。


(成る程、自分側の人間が出したものでも油断できない、という事か……)


 じっと湯気の立ち込めるカップを見つめながらラグナは心の中で呟く。分かってはいたが、アリステラ達とやった催しと比べてもこれは重苦しいものなるだろうというのも分かった。

 味方の中にいる敵におびえなくてはならないというのは、息苦しいものなのだろうなと──ラグナは初めてユリウスを哀れに思った。


 暫く見つめた後、ラグナは迷うことなくカップの中身を飲み干した。香りはおろか味も楽しむ機などない。カップを置いてラグナはユリウスを見る


「──で?」


 駆け引きも何もない真っ向からの問いだった。ユリウスとの間にある因縁も全てさっさと終わらせて、アリステラが何かを言われる前に片を付けたいと思っている。その隻眼からは「謝罪も御託もいらないからさっさと用件だけ言え」という鋭い意思が宿っている。目上の者への礼儀などガン無視だった。


「巷では、余がお前の商会に嫌がらせをしたという話が出回っている」

「……それが?」

「お前の仕業か?」

「知らんな」


 間髪入れぬ詰問に対し堂々と嘘を返す。

 そう言われて「はい」などという人間はいない。嘘と欺瞞を心から嫌悪するのはラグナの本心だが、必要ならばその嫌いも呑み込める強かさはある。

 しらばっくれるなと従者の一人が吠えるユリウスが制する。


(下らん。思い当たる節があるだろうに何故俺にそんな事を問う?)


 その裏で形だけのつまらない問いに投げかけたユリウスへの興味が削がれる。

或いは……と、ラグナは思考する。それに便乗しているユリウスの敵対者が居るのかと考えられるが、当然そんな存在と面識などない。そもそもラグナは、権力のやりとりに微塵の興味も無い。

 だが、その考えに沿った上でならばとラグナは口を開いた。


「そもそも、人々が何故そんな噂を囁き合うのかという根拠を考えないのか?」

「何?」

「この都に住む人間が、お前ならばそれをやりかねないと思っているからそんな噂が鵜呑みにされて広まるのだ」


 躊躇なく言葉の刃を振り下ろす。

 優れた者ならば、そんなあからさまな足跡を残すようなことはしないとは鼻で笑われるだろう。

 愚か者ならば、こんなことにも足跡がついてしまうのだと後ろ指をさされる。

 慕われるならば、そんな事をする筈が無いと誰もが信じない。

 心を寄せられていないならば、アイツならやりかねないと納得する。


「俺からすれば、一つの大きな国を束ねる後継者が人々からその程度に評価されているのに驚きだ」

「ふん! 下々に崇高なるお方の心など理解出来る筈もあるまい!」

「黙れ駄犬共……次に咆えれば今度こそその喉を潰すぞ」


 性懲りもなく口を挟む従者に向けていい加減にしろと意味も含め殺意を乗せた言葉を送る。やると決めたらやる人間だと、嫌でも理解させられている従者達はその威に圧されて黙り込む。

 その射殺すような眼差しを、事実を突きつけられたユリウスに移す。流石にラグナの発言で少しは現実が見えただろうユリウスは目を伏せたまま黙る。


「この際だからハッキリ言っておくが、俺はお前のことが嫌いだ。人の事を言えるものではないが……それでも初対面の相手にあそこまで傲慢な態度を取られるとは思わなかった」


 初めて会った時のことを思い出しながらラグナは率直に自分が向ける評価を突き付ける。ただ、あの時ラグナの感情を嫌悪にさせたのは、アリステラへの侮辱だったのは当人も気付いていない。


「一対一で話すというのも最初に言ったがどうでも良かった。無駄な時間を取られるのが嫌だった。そもそも嫌いな人間と何も語ることは無い。だが、それでもお前は俺と対話を求めた」

「……その通りだ」

「それなら本題を言え、牽制も何もいらない。お前は俺に要求する?」

「…………」


 赤い眼が鋭く輝く。それはあらゆる虚勢も虚構も引き剥がす。やがて、ユリウスは大きく息を吐き出してからその思い口を開く。


「余に、力を貸してほしい」


それはあまりにも唐突でラグナの予想を上回る言葉だった。


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