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82話:仕える者達

話というよりも今回は閑話休題の意味合いが強いかもしれません。

 アリステラとの邂逅から五日後──つまり、彼女と次に会う約束をした日時だ。

 前回の貴重な時間は【異物】のせいで台無しになってしまった事も合わせて、その埋め合わせが出来ると思いラグナは機嫌が良かった。表情こそ変わっていないがもしも彼に尻尾がならば左右に激しく動いている事だろう。

 はやる感情を表に出さないようにしながら午前の座学の授業が終わるのを今か今かと待っている。


(それにしても……)


 ふと隣の席を見る。ルームメイトであるパーシーは普段の人当たりの良さそうな仮面をしながら授業を受けている。しかし、ラグナは昨日の夜から彼が入れ替わっている事を知っている。

 パーシーという名前の人物はこの学院に葉存在しない。公子パーシヴァル・フォン・ルフト・ベルンが学院の内情を知るために用いた仮の名だ。そして、基本的に彼は平民生として授業を受けており、貴族院のパーシヴァルは見た目そっくりの影武者が務めている。

 しかし、時節入れ替わっているのだが……本当に間近で横顔を見ていても運命のいたずらなのでは無いかと思う程に、影武者ラモラックは自らの主にそっくりだ。唯一の違いとすれば、パーシヴァルの赤い髪型は綺麗に整っているのに対して、ラモラックの方はその髪型の頭の天辺から、まるで生き物のように髪の毛が立ち上がっていることだ。


(本当に瓜二つだな)


 態度や仕草までパーシーという人物を装っている。事前にパーシヴァル自身から聞かされているからこそ分かるのだが、もしも何も言われなかったら気付かなかっただろうと感慨深く、教師に言われて朗読をするパーシー(ラモラック)の姿を見る。

 だが、幾ら瓜二つとは言え平民と貴族の間を行き来するのはリスキーな行為だ。それでも今回、パーシヴァルが入れ替わった理由を、ラグナは何となくだが予想できた。

 

 ラグナが初めてユリウスと対面したその日の夜の事だ。

 その一連の出来事をラグナはパーシー(パーシヴァル)に喋っていた。いや、喋るというよりもその内容は彼には滅多に無い、【愚痴】と呼ぶ方が良いだろう。。

 人に対して、その場にいない者に対する自分の抱えた悪感情を喋る事など、ラグナは滅多にないが……様々な事が重なり無自覚で苛立っていたラグナは、うっかり口を滑らせてしまったのだ。非常に珍しい事である。

 

 ユリウスの事を最初に尋ねたが、その後はアリステラともっと和やかな会話をするう餅だった。だが、当人がやってきた挙句、此方を見下す態度や物言いに時間を取られてしまって、結果的に碌な話が出来なかったことに対する不満が一番大きかった。

 ともあれ、普段のラグナから想像出来ない行動に何か思うことがあったのだろうパーシヴァルはラモラックと入れ替わったのだ。


(だが、アリステラが会わせたいと言った人物とは誰だろうか?)


 時間から考えるとパーシヴァルではある可能性もあるがそれは低いと考える。そして彼女が信用するほどの人物を考えるのは、恐らくまだ会った事が無い人物の可能性が高い。

 ともかく、ラグナは勉学に励みつつ時間が経つのを待つのだった。




(疲れたな……)


 温和な仮面を被る一方、心の中でラモラックは言葉にならない言葉を呟いた。

遡る事四日前──貴族生パーシヴァル・フォン・ルフト・ベルンとして生活を送っていたラモラックは、平民生パーシーとして学院生活を送る主、パーシヴァルから急遽連絡を受けて、二人は真夜中に接触する。そこで主から最近の王太子ユリウスの近況を尋ねられた。

 当然、ラモラックはパーシヴァルにありのままを伝える。


 特に当日に貴族生達で噂に囁かれていたのは、王子のユリウスが【狂犬】に噛み付かれたという話だ。狂犬というのはラグナのことだ。

 あの騒動の経緯を含めて、ウェールズ商会の子息である事が発覚したこととは別に、ラグナ自身には貴族が嫌いな粗暴者という悪評が駆け巡っていた。最もその悪評を広めたのは、あの騒動で一番の被害を受けたグリストン公爵とその一派の者達で、殆ど逆恨みそのものだ。

 だが、貴族側からすればラグナとウェールズ商会というのは引き込めれば心強いと思われている。その一方で野放しにしておけば目障りになりかねないと敵愾心を抱く一派もあるのは事実だ。権力に対して従順では無いというのは、行使する側から見れば危険な存在だ。

 

 ユリウスとラグナの間にあった一件の全てをラモラックは把握しきれていなかったが、パーシヴァルは直ぐにラモラックと入れ替わるように支持して現在に至っている。


(何かまた起こらないといいんだけれど……)


 平穏に過ごせるのならばその方がずっと良い。そう思いながらラモラックは仮面の下から、自分の顔を横目で見つめて来るラグナへと冷めた視線を送る。彼は決して、ラグナの事を嫌ってはいない。自分の主のお気に入りでもあるし、言葉を交えれば理性的で狂犬などという肩書きには程遠い人物だ。だが、彼がこの学院での騒動の種となっているのは間違いない。


 時は今から遡り、今の寒さとは真逆の──人々が太陽の暑さから逃れようと潤いを求める【水の季】にこんな話がある。

 ラグナ・ウェールズはグラニム大公の娘であるアリステラと仲が良く、頻繁に中庭にて話をする光景が見られる。あらぬ誤解などを生みかねない異質な光景だが、二人は何処吹く風だ。その光景にラグナに興味を持った貴族の令嬢が彼に言い寄った事がある。それもアリステラとラグナが会話に花を咲かせている真っ最中にだ。

 その令嬢の名はマリエラ──王国の貴族の中でも比較的に美女と名高い令嬢だ。だが、性格は典型的な王国貴族の思想に染まっており、王国の貴族が持っている公国の貴族への辺境貴族という偏見と優越意識から見下している。王国貴族には好かれているが、公国貴族からは嫌われているという典型的な存在の一人だ。


 実際、ラグナ・ウェールズへの評価も、権力を嫌う狂犬と揶揄される一方で、正義感の強い好人物しいう評価もあって二分化されている。

 それともう一つ──意外にもラグナは令嬢の間では密かに人気を集めている。傍から見れば長身で同年代の子供達からは掛け離れた大人びた外見と雰囲気に、隻眼とはいえ端整な顔立ちと大きな商会を束ねる財力もある。身分のどうこうはあるが、基本的に令嬢から見てラグナは美男子である。

 その話し相手であるアリステラも、周囲からは忌避される黒髪である事を除けば色白で

淑やかさを身に纏った麗しき令嬢だ。

 

 マリエラ嬢も自分の美貌には自信があったからあの二人の間に割って入ろうとしたのだろう。結論からいうと、マリエラ嬢は彼の歯牙にも掛からず袖にされて逃げ帰った。


(まぁ、それならもっと早くに別の誰かがやっていただろうな……)


 そんな事を思いながら隣で教鞭を聞いている当事者──ラグナ・ウェールズを横目で見る。交流試合での一連に加えて王太子への態度を自覚なしでやっているのならばただの愚か者だろうし、自覚があってやっているのならば質の悪い蛮勇者だ。

 だが、彼はそうではなく自覚があり且つ、その後の出来事の覚悟もあってやっているのだ。主のパーシヴァルが気に入るのも良く分かるし、この後、どのような展開になるのかが不謹慎と自覚しつつも鬼になった。


(今度はどうなるのかな……)


 ラモラックもラグナの人柄に対しては信頼を置きつつも、それが彼に騒動を引き起こさせる要因となっていることは分かっていた。


(全かいは王国貴族で、今度は王子──)


 不安と期待が入り混じった視線を横の当事者へと向ける。ラグナの横顔はいつもと変わらぬポーカーフェイスであった。




 アリステラの専属従者ミーアは他の従者と共に来客に備えて準備をしていた。主の指示を受けて一足先に植物園にたどり着いた彼女等は主達の為に最高の持て成しが出来るように手を動かす。外は寒いがこの植物園内は動植物が活動できるように魔道具によって暖かい気温に調整されている。

 ミーアにとってアリステラは、敬愛する主であると同時に親愛なる友人であり、何よりも憧れだ。そんな彼女の最近の楽しみは主を眺める事だ。

 

 ミーアが記憶を遡ること半年前、アリステラが中庭で見知らぬ男に迫られていた。その時は咄嗟に主を庇いその男を威嚇して追い払ったのだが、実は迫られていたのではなくアリステラの方から声を掛けていたのを知った。同時に、あの背丈の高い男は平民の新入生であったことも知って驚いた。

 だが、アリステラは貴族であり例え周囲から忌み嫌われる黒い髪だとしても交わるべき相手は同じ身分の者であるべきだと思った。事実、彼女はその言葉をハッキリとアリステラに言って行動を諌めるように言った。

 しかし、彼女はその諌言を聞かず、その後も中庭にてあの男……基、男子と出会って話をしていた。子供という観点から見れば不釣合いな長身に、高貴を抱かせる金色の髪に世にも珍しい紅蓮色の隻眼──ラグナという名前の平民との邂逅は他の貴族の子女達からの陰口の的になると、ミーアは何度も諌めた。しかし、彼女は頑なに首を縦に振らなかった。

 

 今まで見せた事の無いその強情さに、ミーアも首を捻るしかなかった。そんな中で一つの事件が起こる。貴族と平民の生徒達による交流試合の中で、平民生のラグナが乱入し対戦相手の貴族生の腕を圧し折ったのだ。

 闘技中に怪我をするなど考えれば当然の事だ。しかし、ラグナは貴族側の権限によって投獄されてしまう。普通ならばこれで話は終わる筈だった。

 だが、ミーアの主はその投獄に対して真っ向から抗議した。彼女からすればたかが平民の一人だ。主が何故そこまであの男に執心しているのか分からなかった。全幅の信頼を寄せていたから、同時に寄せられていたからこそ──彼女は主から隠し事をされているという風に考えるのに時間が掛かった。

 そして、アリステラとラグナが決闘裁判を行う前日にミーアはアリステラに問い質して、彼女の口からあの男子と主がかつて出会った事があり、その時に身の危機から救ってくれたこと、そして助けられた身でありながら何も返す事が出来ず、彼の心に深い傷が負うのを見ている事しか出来なかった事を聞かされた。主が語った言葉で彼女があのラグナに対して恩返しと贖罪をしているのだと思った。

 

 だが、その考えは二人の戦いを見ていて間違いだと理解した。剣戟を合わせて激しい攻防を繰り出し、命懸けの戦いだというのに二人は楽しげに刃を振るう。

 恩返しもあるのだろう。贖罪もあっただろう。だが、アリステラは何よりも証明しようとしていたのだ。ミーアにはアリステラの心の声が聞こえていた。


 貴方との出会いが、私を変えるきっかけになったと──。

 貴方との出会いが、私に変わりたいという勇気をくれたと──。

 貴方との出会いが、私へ目標を与えてくれたと──。

 貴方との闘いが、今まで私が積み重ねたものをぶつける舞台なのだと──。


 ありがとうと、ごめんなさい──という二つの思いが混じった彼女の闘いぶりに、そしてそれに応えるようラグナの戦いに、皆が圧倒された。

 結果だけを語れば、アリステラは負けてしまった。その後直ぐに無粋な横槍は入ったが、ミーアは誰よりもアリステラの奮闘を、これまでの鍛練と研鑽を讃えた。

 そして、そのきっかけを与えたというラグナに対してしっかりと向き合ってくれた事に感謝した。


 その後、平民生ラグナが、王都にて頭角を現している【ウェールズ商会】の子息である事が発覚して貴族内にて一混乱あったのだが、そんな事はアリステラ達には関係のない事だ。

 中庭に行き、中央に聳える枝は生い茂る樹木の下にて到来を待てば、主の待ち人がやって来る。

 ミーアはもうアリステラに何も言う事は無い。何故ならラグナと顔を合わせる時、彼女は花のように華やかで陽のように眩しい笑顔を、一瞬見せてくれるのだ。きっと、それは無意識に表に出てしまった彼女の喜びなのだろう。

 ならば自分に何が出来るか? ミーアはその考えに直ぐに答えを出した。その時間は二人だけの時間である。それなら自分はこの場を遠くから見守ろう。主を見守る者として、彼女の友人として、敬愛しその背を追う者として──従者は主の幸福を見守り、その生活を支えるのだ。


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