81話:驕れる獅の子
寒気が外を支配する季節の中──ラグナは早歩きである場所に向かう。彼にとっては最早、日常の中の楽しみの一つだ。
普段ならば中庭だが寒さのことを考えて、別の場所を邂逅の場所にしている。それを知っているのは極僅かな人物しかいない。そのまま中庭を抜け、闘技場へと続く道を暫く進む──そこで進路を外れて向かったのは、学院からも寮からも離れた蔓に覆われたガラスの建物──かつて植物園と呼ばれていた施設だ。
元々、貴族生徒の課外授業の一つとして設けられていたものだったが知識としての必要性の有無を疑問視されて、閉鎖とまでは行かないが殆ど忘れ去られた場所だ。
殆どの者が忘れているゆえに、その場所を知っている者達にとっては、学院に存在する静寂と安息の地となっていた。
内部は様々な植物を管理すべく、密封された施設内は、魔道具の力によってやや暖かな温度に調整されている。学院に務める庭師も職人の血が騒ぐのか【暇つぶし】程度には手入れをしているので、外観とは裏腹に中は清潔だ。
ラグナはその植物園お扉を開けて中を見渡して、直ぐに彼女を見つける。
彼女──アリステラ・フォン・テュルグ・グラニムの方も、既にラグナに気付いており微笑みながら小さく手を振っていた。その傍らにはアリステラの給仕であるミーアも控えているが、ラグナがアリステラに気付いたのを見ると両者に一礼してから邪魔にならない位置にて待機する。
「すまない。少し遅れてしまった」
「ううん、いつもご苦労様」
ラグナの謝罪に対して、アリステラは全く気にしていない素振りで彼を労う。
まだ寒さが本格的になってくる前までは頻繁に二人は会っていた。中庭が学院内にあってそこに誰がいるか見える構図だったからだ。だから互いにそこに居るのかが把握できていた。当然周囲からも見えていたのだが、親しい友人と話すのに周囲の目や声はどうでも良かった。
しかし、植物園そのものは郊外にあるのでこれまで通りにはいかない。だからラグナとアリステラは事前に次はいつ会えるかを決めるようにしていた。平民生と貴族生では授業内容も異なるので、会う事はさらに難しくなった。
それでも言葉を通わせる二人は、以前よりもはるかに打ち解けていた。花園に囲まれた地の中心に拵えたテーブルと二つの椅子は、アリステラがラグナと面と向き合って話が出来るように設置したものだ。二人の間には身分という隔たりは完全に取り払われ、対等な関係が完成していた。
「……大丈夫?」
「いきなりだな。どうした?」
「眉間に皺が寄っているわ」
アリステラに指摘されてラグナは自身の眉間に手を当てる。確かに皺が出来ていた。普段はポーカーフェイスを貫いているラグナには非常に珍しい状態だ。
「ああ……ここ数日、頭の痛い事があってな」
「変なもの?」
「これだ。きちんと断りの返事をしたのに、しつこく文を贈ってきて困っている」
ラグナはそう言いながら一通の手紙をアリステラに見せる。それは数日前からラグナの元に贈られているユリウスからの招待状だった。
ラグナが言ったように、あれから何度も参加を促す文が贈られてきているのだ。二通目も同様に辞退の返事を失礼が無いように書いて送ったが、三通目が届いた時点でそれ以降のものを無視するようになっていた。
「随分と自分勝手な王子なのだな」
「ごめんなさい。また私達の方が迷惑を掛けていたのね」
「アリステラが謝る必要は無いだろう……そこで気になっていたのだが、ユリウスとはどんな人間なんだ?」
以前、パーシヴァルの口から聞こうとしたが、彼からの言葉は痛烈な一言の後、ユリウスという男の話をあまりしたくない、という意思を汲み取った為に断念していた。
だが、こうして今も接触を図ろうとしている大して知りもしない相手だ。興味が全くないとは言い難い。あまりいい話は聞かないものの、もう少し知っておきたいと思っていた。
なので、上流階級に精通していて、且つ話が出来るアリステラに尋ねる事にしていた。
「私は、そこまで交流があるわけでは無いから言葉にし辛いけれど……。率直に言って、貴方の中で固まっている人評が正しいと思うわ
「……まあ、そうだろうな」
二度も断っているのに、こっちの意思を無視して『来い来い』、と考えを押し付けてくる人間に好感が持てるだろうか? 真っ当な人間ならばそんな人間を嫌うのが自然だ。
アリステラの言葉に対して、ラグナは溜め息混じりに答える。だが、その人物像の固定は彼に新たな疑問を抱かせる。
「だが、一国の頂に立つ血筋なのだろう? 何故そこまで自己中心的なんだ?」
人の上に立つのは貴族達、上流階級の生まれだけではない。殆どは隠れ蓑だが、ウェールズ商会とそこで働く者達を束ねる者としての側面を持つラグナ・ウェールズ。大半の事はフェレグスに任せていたが、ラグナもその与えられただけの地位に甘えるのではなく、経営の一部に目を通し疑問の解消や人材の育成に尽力していた。
だからこそ、その場所に居て大事なのは地位に恥じる事のない人格と教養である事が分かる。だがユリウスという人物像からはそれが感じられない。
何故か? ラグナにはそれが疑問だった。それに対してアリステラは少し困った様子で溜め息を吐いてから、思い切ったように口を開く事にする。
「王の血筋は尊きもの──だからこそ、王の地位に就いた者には責務とそれに応じた激務。そして、後継の安泰を図るべく早急な世継ぎの誕生が望まれているの。けれど、現国王は妃との間に子供が出来なかったの……何か理由があったのかもしれないけれど、それによって周囲も焦るようになっていったそうよ」
「ふむ……」
「現国王には異母弟が居たから、万が一今の王が世継ぎを作らず崩御された際には王弟が、新たな王に繰り上がる事で問題視をしない者も居たけれど、王と周囲からすれば、やっぱり自分の息子に継承させたいと思ったはずよ」
「その王の弟が王位につくのでは駄目なのか?」
「昔からの取り決めで継承権の優劣は、現王の嫡男が第一位で、その次がもしも産まれた代二王子……王となった人のの血筋を優先するから王弟でも優先権は低いの仕組みなのよ」
「……仮にだが、王子が上も下も分からない赤ん坊の状態で、王が崩御したらどうするんだ?」
「取り決めに従って嫡男を新王として祭り上げて、政務は代理として側近達が取り仕切るわ」
アリステラに指摘されて直していた眉間に再び皺が寄る。こめかみに手を当てながらラグナは瞑目し、呆れたような溜め息を吐き出す。
下手をすれば国を則られかね無いのではないかとも思える危険極まりない処置だ。その保険も含め、四大公の国が控えているのだが……それを知らぬラグナには危惧するまでが限界だった。
「その話だと、殿下が産まれたのは現王が幾つの時なんだ?」
「大よそ、五十を迎えた頃よ」
「今は六十以上か」
基本的に人間の平均的な寿命は60前後だという。悪く考えるならば、現国王はいつ倒れてもおかしくない領域に差し掛かっているともいえる。
「皆が待ち望んでいた待望の子供──それも男の子が生まれたのは、諦めかけていた陛下たちにとっても喜ばしい事だった。だから、王子としての教養と共に、国の新たな指導者として皆から寵愛されたわ。それこそ、望めばなんでも叶えてもらえる程の、ね」
「祝福されすぎた結果か……王妃もよく産んだものだ。その歳で子を産むのは命懸けだったろうな」
「それについて心配ないわ」
「何故だ?」
ラグナの言葉に対してアリステラは困ったように、そして目の前のラグナではなく虚空を見つめるような表情で言葉を続ける。
「恒例に差し掛かったあたりから、王は王妃と離縁して新たな若い妃を迎えたの。だから、王と妃はそれこそ親と娘くらい離れているのよ」
「…………そうか」
ラグナは、アリステラの言葉に対して理解はしつつも微塵の納得もしていないという意思を示すように不機嫌な言葉で返して、彼女から視線を外した。
人間の社会は男尊女卑の意向が強い。大抵のことは男側が優遇される。男は導く者、女は傅く者という昔からの風習や価値観の沁み込んだ結果とも言えるだろう。
ラグナはその価値観が嫌いだし、理解しようなどと思わない。
人間社会とは隔絶された環境や組織の中にいたラグナにとっては、性別での待遇変化は無意味にしか感じられない。
そもそもラグナにはこのロムルス王国の生活の中で、産まれた時点での身分の出自や性別で優劣を組み分けるこの仕組みが無用な軋轢を生み出しているように感じられてならない。過去を遡り現在までそれが正常に機能していたならば、ラグナも何も言わなかったかもしれないし、それが人間社会のあり方なのだと理解を示したかもしれない。この学院という小さな立場でさえ、不全に陥っている現状が見てとれる。
腐り果て、いつ崩れ落ちてもおかしくない土台の上にあるものなど先行きが不安でならない。
「──教養はあったが、それ以外は甘やかされて育った。鞭に対して飴の方が多かったわけか」
とにかく、アリステラの言葉を聞いてラグナの中ではユリウスという人物が如何なる者なのかというのが少しずつ象り取れてきた。しかし、ラグナの中にはまだ多くの謎が残っている。
(そもそも何故ユリウスは執拗に接触しようとする? 欲しいものがあるのならば他にも伝手など幾らでも作れるだろうに……)
元々ラグナは平民生として学院に入る前、貴族院側の生徒としての入学招待を受けていた。大手の商会の子息は貴族との関わりを持たせる機会を与える為だ。なので、王都に居を構える大商人の家系は貴族院の生徒として入学している者もいる。豪商の伝手ならばラグナ以外にはあるのはずだ。
(何を考えて────)
気配を感じた瞬間、ラグナはそこで思考を止めて自分が入ってきた扉へと振り返り睨みつける。一人ならともかく、ぞろぞろとやって来るのだから彼には直ぐ分かった。
そして、こういう時に大所帯でやってくるというのは、大抵が碌な奴ではない事もだ。アリステラもラグナの変化に誰かが来る事を悟って扉を見つめる。
扉を開け……否、開けさせて入って来たのは少年だ。とにかく目立つ赤色に装飾が施された豪奢な服は、貴族の生徒であることが人目で分かった。ラグナよりも色の濃い金髪に鋭い琥珀色の眼をした一見、端整な顔立ちだ。
当然だがラグナはあの少年を知らない。アリステラの方へと視線を送り反応を確認すると、彼女は驚きを隠せない様子で闖入者を見つめている。
「アイツを知ってるのか?」
「──ええ。彼が、ユリウス・フォン・ユーグ・ロイ・ロムルスよ」
その言葉に再びラグナは少年を毛先から爪先まで見つめ、あの人物がこの国の王子であるのだと脳に焼き付ける。
対するユリウスは、複数の供を連れて此方に近づいて来てラグナの目の前で立ち止まる。
「貴様がラグナ・ウェールズだな?」
「…………如何にも」
会って早々に貴様呼ばわりされた不遜に小さな怒りを抱きつつ、ラグナは椅子に座ったまま肯定する。アリステラは椅子から立ち上がりユリウスに跪いている。遠目でラグナとアリステラのことを見守っていたミーアもアリステラの後ろにて彼女と同じく跪いている。
しかしラグナは椅子に座ったままユリウスという男を真っ直ぐに見つめている。
「貴様! 殿下の御前に跪かないか!」
沈黙を破ったのはユリウスに傅く者の一人だ。ユリウスに対して椅子に座ったまま対応するラグナに激昂したように怒鳴りつける。
「……これは失礼しました。貴族間の礼儀というのには疎い者で──」
ラグナはそう言って椅子から下りて跪く。ラグナはアリステラに倣った方が正しいというのは分かっていた。だが、敢えて椅子に座ったままで居たのは、ユリウスの反応を見てどれ程の人なのかを見てみたかったからだ。
ユリウスよりも先にお供のほうが激昂したので測る事が出来ず、自分の思惑が上手く行かなかった事を、心中で残念に思いながら言葉を続ける
「それで、私のような平民に何か御用があるのでしょうか?」
「とぼけるな。再三、貴様に文を渡しただろう」
ラグナは直ぐにユリウスの言いたい事が最近自分を困らせているあの文なのだと分かった。心の底では面倒臭いといってやりたい気持ちだったが、それを抑えて成るべく敬う姿勢を貫こうと、努める。
「……無礼を承知でお言葉を変えさせていただきますが、その件に関しては返答を返させて頂いた筈です」
「関係ない」
「……は?」
ラグナは垂れたまま目を鋭くする。それから心を落ち着かせてからもう一度だけ、言われた言葉の意味を考える。そして、やはり考えても分からなかった。
「…………言葉の意味が測りかねます」
「余が来いと言っているのだ。何故、余の言葉に従わずあまつさえ我が文を無視するようになった」
ラグナは言葉を考える。此処で罵詈雑言の一つでも浴びせてしまうのは簡単に終わらせる手だが、それにはまだ早いと思った。
だからと言ってユリウスの言葉に従うつもりなど無い。折れるのが一番楽な事は分かっている。しかし、この横暴極まりない物言いがラグナの心を意固地にさせる。
「──それでも無理なものは無理なのです。しかしながら、こうして言葉を通わせているのも何かの縁です。此処で、お話だけでも聞く事はできます」
形ばかりの言葉を放つラグナ。ちらりとアリステラの方へと目を向ければ、彼女と目が合った。此方を案じる視線を受けてラグナは心の中に蓄積される不満を取り払い、最低限の礼儀を貫く。
「ウェールズ商会の名は父上の耳にも届いている。この国で唯一、公にニルズ公国と、それも国主であるニルズ大公と取引をしているとな」
「国王陛下にまで耳が届いているとは光栄です」
「本来ならば、属国たるあの国は王家の命令を聞くのが道理だが、あの国は王国に非協力的だ……そこでだ。貴様の伝手を使いニルズの中でも特に高価な物を私に献上せよ」
「…………」
ラグナは自分の拳を、血が滲むほど強く握る事でどうにか熱くなった感情に自制させる。もしもラグナがもっと感情的な人間だったなら、目の前でふんぞり返っている男の顔面を殴り飛ばしていただろう。
「お待ちください殿下。その言葉は身勝手が過ぎるものと思います」
ラグナが言葉を発するよりも先に、アリステラが言葉を発する。
言葉を聞いていたアリステラも、ユリウスの言葉が領分を越えている事を感じ取った。ラグナを庇うこともそうだが、同時に彼の横暴への怒りを向けさせない為の行動だ。
だが、そんな彼女の献身はユリウスには届かなかった。
「ニルズ大公や彼の家にも事情や取り行いがある筈です。その意を汲み取る事も王となる者の度量かと──」
「誰の許しを得てこの会話に口を挟むアリステラ・フォン・テュルグ・グラニム。余の許し無く会話に入って来るな」
「──申し訳、ございません」
アリステラの説得に対し不快を隠そうともしない尊大な言葉をユリウスは吐き出す。その言葉を言われてしまえば、これ以上彼女に言葉を紡ぐことは許されない。貴族という立場に居るからこそ、アリステラは言わなければいけない言葉を飲み込まなければならなかった。
「黒髪の娘は、そのような礼も知らないようだな」
吐き捨てるように言われた悪口もアリステラは耐えるしかない。それに追随するような小さな嘲笑もだ。ミーアも服の裾を握り締めて耐える他無い。
だが、それがラグナの怒りに触れる。
「…………お前の方こそ礼儀知らずだな」
小さな嘲笑を掻き消す冷たい怒りを放ってラグナは立ち上がる。ユリウスはその言葉に対して改めてラグナを見た瞬間、怯んだ。
巨躯の若者が怒りを隻眼に宿して此方を睥睨している。無言の圧はユリウスだけでなくそのお供も飲み込んで、嘲笑を畏怖の感情で塗りつぶした。
「き、貴様誰の許しを得てッ──」
最初にラグナの態度に怒鳴った側近が震えた声で再び怒鳴りつける。だが、今のラグナにはそんなものは効果が無い。刃のように鋭い眼でそれを萎縮させる。
ラグナからすれば権力という武器は【刃の付いていない柄だけの剣】にしか映っていない。そんなものを突きつけられたからといって、こうなった彼はもう歯止めをしない
それが最も顕著に表れたのは、彼がかつて引き起こした交流試合での乱入騒ぎだ。
そもそも、此処はラグナとアリステラにとっての数少ない言葉を通わせられる場所であり時間だ。強者であり智者であるアリステラとの会話がどれほど彼の心に潤いを与え、かつての恩人であり、進む道の先に居る憧れの相手であるラグナとの会話が彼女の心に安らぎと活力を与えるのか。それは当人達にしか汲み取れないものだ。
いつ会えるか分からない故に彼にとってこの時間は貴重であり、そんなラグナから見て今のユリウスは、ハッキリと言ってしまえば【邪魔者】だった
「さっきの言葉に対して一商家として言葉を返すが、テメエは取引する価値も無い相手だ。他を当たれ」
「何、王子の命令に逆らうのか」
「そうだ。人に頼みごとをする時は、対等に接するのが礼儀というものだ。そんな事も分からない奴と言葉を交わすつもりはない。用が済んだならさっさとこの場から立ち去れ」
ユリウスの言葉に対してラグナは顔を突き合わせながら肯定する。怒りの感情が宿る赤の隻眼に対して、ユリウスも負けじと睨み返そうとする……しかし、猛者であるラグナを相手にするにはその行動は無謀すぎた。畏怖を隠し切れないユリウスの眼は小刻みに震えてラグナの捉える事が出来ない。
「狂犬め。必ず後悔させてやる」
負け惜しみのように吐き捨てるとユリウスはその場を立ち去っていく。
「理解していて後悔なんざかするかよ」
この後に何があるか、何が起こるかをラグナでは理解し推測している。それでも行動するのは覚悟が出来ているからだ。ユリウスの言葉に対してラグナは言葉を返したが、それに振り返ることはせずに彼とその供回りは去って行った。
それを鋭い目つきで見送った後、ラグナは申し訳ない表情でアリステラに頭を下げる。
「……悪い。我慢出来なかった」
ラグナも王太子を眼前に、そしてアリステラの手前では波脚を立てないように努めたつもりだったが、あまりの無礼千万な態度に抑えることを止めた事を謝罪する。
「謝るのはこっちの方よ。ごめんなさい、また私達側が貴方にいやな思いをさせてしまったわ」
「アリステラがアイツ等の代わりに謝る必要は無いだろ。それに嫌な思いをしたのは君もの筈だ」
貴族社会では黒い髪は不吉の象徴とされている。その為、彼女は大公の娘でありながら冷遇される立場にあった。ユリウスが放った言葉は彼女が日常の裏側で囁かれている言葉のほんの断片に過ぎない。
辛いことなのだが、アリステラは優しげな笑みを浮かべて否定する。
「私は良いの。あんな言葉は言われ慣れてるから」
「いや良くないだろ。君はあんな連中に蔑まれていい人間じゃない」
「──そう言って貰えると嬉しいわ。ありがとう」
アリステラの脳裏には幼い頃、自分が卑屈で弱かった頃に助けてくれた、彼も忘れてしまった小さな頃のラグナの姿が浮かび上がり、今の彼と重なる。あの出来事があったからこそ自分は強く変わりたいと思った。彼女にとって目の前の彼は憧れそのものだ。
「……しかし、アイツのせいで時間が無くなってしまったな」
「そうね。もう少し話がしたかったけど、今日は此処でお別れね」
「次は何時会える?」
「なら五日後でどうかしら?」
「分かった」
次に会う日取りだけを決めてラグナは名残惜しいと思いながら教室へ戻る。しかし、そんな彼をアリステラが「待って!」叫んで制止する。
「どうした?」
「その時にだけれど、貴方に会いたいという人が居るの。同席させても良いかしら」
「……アリステラが連れてくる人なら何も心配は無いだろ。他に、何かあるか?」
「それと…………またね、ラグナ」
「────ああ、またな。アリステラ」
次に会う約束をしてラグナはアリステラ達に見送られながら教室へと戻る。彼自身は特に意識していたわけではなかったが、その足取りは普段よりも軽いのだった。




