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79話:強さの秘密

新章スタート!


 火の季──【火のとき】と人間の社会では呼ばれる季節。それは空から白雪が降り注ぐ寒さの季節だ。

 何故、寒さとは真逆の火と呼ばれるか? それは、寒さをしのぐべく多くの人は竈の中に火を灯し、薪をくべる事で暖をとるからだ。

 その生活の中でいつしか人々の中ではこの時期は寒さではなく温かさを求めるものだという考えに至り、人間達はこの寒い季節を敢えて【火】と準えて呼ぶのだ。

 そして、この時期になると人々はあまり外を出歩くことは無くなる。当然だ。寒い外よりも温かい家の中にいた方が心地良い。それでも若き者達は寒さをものともせずに白い吐息を吐き出しながら切磋琢磨に耽る。


 レムス学院に設置されている闘技場にて彼らは木剣を手に鍛練を行っている。観戦している者は寒さ対策にと着込んでいた毛皮作りの厚着を着込んでおり、戦っている者は皮鎧と篭手で防御を固めている。

 寒空の中で木剣同士がぶつかり合う。

 その中で特に目立つのは少年達よりも長身に深緑のコートを着込んだ金髪の若者だ。その長身故に大人見られがちだが、現在打ち合っている少年と同い年──つまり、この学院の生徒の一人だ。

 数合目の打ち合いの最中、放たれた蹴りが相手を突き飛ばし、地面へと転がせる。防具を見に纏っているとはダメージはある。蹴られた相手は冷たい石畳から身体を起こそうとするが、苦しさから膝を立たせることが出来なかった。


「──次ッ!」

「応ッ!」


 蹴り飛ばした相手が動けなくなったのを見て戦闘不能と判断し、次の相手を呼ぶ。観戦していた一人が上着を脱いで木剣を手に襲い掛かる。

 彼等は前回の平民と貴族の生徒による交流試合にて、代表として選出されていた生徒達だ。そして、その相手をしているのはその行事に乱入して人騒動を起こした彼等と同年代の生徒ラグナ・ウェールズである。

 ラグナの処遇を巡る様々な出来事から漸く解放されたときには季節はもう直ぐ一回りをしようとしていた。

 それからぶつかり合い、全員がラグナに黒星を付けられて一区切りが付けられる。


「どうした? もう終わりか?」


 中心でラグナは問う。それに対して倒れ伏す面々──ある者はやられたダメージから、ある者は疲れから答える事が出来ない。

 見渡してからラグナは構えていた木剣を解いた。


「凄いな。全然疲れてないじゃないか……」

「……これくらいはセタンタ。兄弟子とは日常茶飯事だったからな」


 五人との連続組み手を観戦していたパーシーはラグナに近づく。それに対してラグナは短い言葉で返しながら倒れている面々たちに手を差し出して起きるのを手助けする。

 ラグナと代表五人の模擬戦が何故行われていたか? それは彼等と教師のアデルからの要望からだ。

 元々ならば、ラグナは代表の一人として選ばれても──否、選ばれる方が自然と言う立ち位置にあった。しかし、ラグナの人柄が交流試合において不適切と教員側に判断されて彼は選ばれていなかった。最も、そういったものに興味を示さないラグナの価値観も起因して【その時には】大事にはならなかった。

 その後の騒動があったにしろラグナの人格・実力は改めて評価される事になり、限定的な部分はあるがラグナは鍛練の教えを乞われるようになっていた。今回もその一環に過ぎない。


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃねえよ、何でそんなに速いし重いんだよ」


 打ち負かされた一人が立ち上がりながら悪態を吐く。口にはしないが他の四人も同じ顔をしている。彼等もこの学院に通う前から身体を鍛えてきて剣術を学んで来た身だ。だから、闘うことにはそれ相応の自負はあるし、その実力もある。だから、彼等は他の生徒達と比較すれば、十分に強い。

 だが、ラグナはそのさらに上を領域に居る。それを彼らは体で理解させられてしまったが納得がいかないと、何度も挑んだ。それを何度も繰り返して等々、先に彼らの体力が尽きてしまった。


「何か秘密があるのか?」

「秘密……と、言えるか分からないが、ある」


 秘密がある。との言葉に、彼らはラグナを見る。


「基本的に俺は、こういう武術を使う時には身体強化を使うようにしている」

 

 人間と言う種には優劣の差はあるが等しく魔法を使う才能は内包している。それは人間という種族そのものは【神】という超常の存在を模倣して作った存在だからだが、ラグナはそれは黙した。

 魔法とは基本的に魔法とは現象を発現させる【属性魔法】が中心となっており、身体を魔法の力によって補い高める【強化魔法】は殆ど注目されていない分類として解明されていない。


「それが、お前の秘密……なのか?」

「ああ。何だ、その落胆したような表情は……」


 がっかりした……という言葉を含んだその言葉を、ラグナは少しムッとした表情で返す。


「何かと思えば魔法かよ、それもそんな目立たない強化魔法なんて……」

「目立たないからどうした? 理解して使えば非常に役立つ」

「でもなあ、どうせ魔法を使いながら戦うなら火を出して操りながらとかさ。水とか、風とかを操りながら戦うのが良いぜ」

「俺がそれを出来るようになったのは、俺が身体強化を使いこなしてからさらに後の段階だ」


 夢見がちなその一言を、ラグナは経験に則った現実的な一言で両断する。


「…………ならさ、お前が戦ったお嬢様みたいなことは出来ないのか?」


 ならばと、さらに言葉が放たれる。

 お嬢様──それもラグナと剣を交えた人物と言えば貴族院にて勉学に励むアリステラ・フォン・テュルグ・グラニムしかいない。だが、その名前を知っているのはラグナや貴族の生徒達だけだ。


「あの戦い方は俺とは違う道だからだ……あの技を極めたいのならば、彼女に師事した方が良い。最も、出来るとは断言することは出来ないし、後の責任に関しては保証しない」


 それに対してラグナは溜め息を吐きながら答える。

 傍から見物していたパーシーからは、その予想以上の過酷さのあるラグナの鍛錬への理不尽な文句を言う理由も分からなくもない。

 だが、それに対して律儀に応える姿勢は面倒見の良さが見えている。


「大体、強くなりたいという意思があるのに、何故、武術だけに偏った? 魔法を学ぶ機会はこの学院であった筈だぞ」


 尚も不満気な面々の顔を見ながらラグナは言葉を続ける。

 そもそも、ラグナが扱ってみせたものは、自分の研鑽と鍛錬の積み重ねに則った経験によって培ったものだ。

 魔法は誰にでも使えるが、決して簡単に扱えるものではない。特に此処に居る面々は魔法をそっちのけで腕一本を豪語して磨いて来た者達だ。座学の一部で魔法の基礎知識を学んだが、それから魔法に興味があったか──と聞かれれば、素直に首を縦に触れない。

 敢えて悪く言えば、彼らはその時に【良い機会】を自ら放棄してしまったともいえる。


「身体強化も魔法の一つだ。いい機会だから、お前達にそれを教えてやる」

「でも、ラグナ君は戦いながら属性魔法を使っているよね。それだと、さっきの言葉に矛盾が生じないかい?」

 

 ラグナはジロリと視線を送る。横やりを入れたのはパーシーだった。

 普段からラグナの戦い方を知っているからこその言葉だが、今のラグナからすれば、余計なことを言いやがって、と悪態を吐きたい気持ちだ。

 睨まれているパーシーだったが良いから良いからと言うように片目で瞬きしてみせる。そして、視線を戻せばジッとラグナを見つめる五人と目が合う。


「……まとめて説明するから、休みながら聞け」


 後頭部を少し乱暴に掻きながらラグナは改めて説明に入る。


「強化というのは、自分の体の身体能力を魔法の力で引き上げるというのだが──原理として細かく説明すると、簡単に言えば肉体の本来の力を出しているに過ぎないんだ」

「本来の力……?」


 何時の間にか座って聞く側に映っているパーシーの言葉を敢えて無視してラグナは続ける。


「生き物の体というのは面白い事にな……普段発揮できる力とは精々、二割か三割が限界らしい」

「おいおい、嘘だろ」

「……俺に知識や武術を教えてくれた人たちの言葉だ。とにかく、聞け」


 ラグナはそう言って冗談と笑い飛ばそうとした一人に鋭い視線を向ける。刹那とはいえ、ラグナの中で最上級の怒気を向けられた者は体を小さくして黙る事にした。


「──つまり身体強化とは、魔法でさらに力を引き出す魔法だ。という事なのか?」

「そうだ。要は身体強化のやり方は、自分が力を発揮するという意思に対してさらに力を引き上げようっていう思考を持ち続けることが大事なんだ」

「じゃあ、ラグナ君の戦いながらの魔法の使い方については?」

「あれは身体強化からの応用だ。自分の行動と、魔法を使うという意識を繋ぎ合わせた。頭に植え付けた無意識。簡単な言葉にするなら癖にみたいなものだ」


 失敗の日々を思い出して溜め息を吐きながらもどこか懐かし気にそう言うラグナ。

 だが、癖──などとそんな言葉で片付けたラグナに対して五人が何を言っているんだこいつはという視線を送る。その点、観察眼を持っており、尚且つラグナの事を良く知るパーシーは、あの表情からそれらを汲み取って苦笑いする。


「とはいえ、これは聞いたから出来るなんて思われたくはない。だから、これについては忘れても何も言わない」

「いや、聞いて諦めたよ」


 ラグナは別に反応を返さなかった。

 当然だ。その状態でラグナが扱えるのは魔法の中でも初級の分類に留まっている。そこに行きつくまでに何度、セタンタに打ち負かされ地面を転がり、魔物相手に不覚を取って怪我を負ったか……言った所で信じられるとは思っていない。目指すならば可能な限り手助けはするつもりだったが、諦めると言った面々に対し、無理強いをするつもりは彼には無い。


「要するに、俺達はまだ発揮できてない力を魔法でさらに引き出すようになれればいいんだな?」

「そうだ。だが、気を付けるべきことはある……下手をすれば命に係わるかもしれない事だ」


 そう言ってラグナは、石畳を勢いよく踏み付けると、六人の前に直方体の石柱が出来上がる。先程のラグナが言った。魔法と行動の繋ぎ合せだと全員が理解させられる。

 それからその石柱の上──石畳一枚分を、腕を強く薙ぐ事で発生させた、風の刃で別ける


「分かりやすく形にして説明する。この石柱の内切り分けた上の部分が普段の自分達が発揮している力。そして残る大部分を占める下の部分が身体強化で引き上げた力だとしよう。さて、この状態で身体強化を解除すればどうなるか? 答えは──」


 再びラグナは石柱の下の部分を殴って破壊する。

 当然、石柱は壊れて消えてなくなる。そして分かたれていた上の部分は宙へと投げ出される形になり、直ぐに重力に落下し──彼らの目の前で粉々になる。

 嫌でも理解させられた答えに顔が青白くなる。


「さっきも言った生き物が本来の力を発揮できないのは、全ての力を発揮するのに体そのものが負荷や反動に耐えられないからだ。使い方を間違えればこうなる」

「待てよ。冗談じゃないぞこんなの……どうすんだよ!」


 たまらず一人が叫ぶように聞いた。当然だ、自分達が教わった事がこんな危険な事だと知れば聞かない筈が無い。皆が同じ気持ちだ。


「方法は様々あるだろうが、俺自身がやってる二つの方法を説明する。一つは単純に、自分の地力を上げる。要は鍛える事だ」

「もう一つは?」

「反動や負荷を軽減させるんだ。先程見せたのは最悪手──十割の力を発揮した時の事を想定したものだ。だから、魔法の力で二割増幅──五割を目標に維持するようにするんだ」

「それは……簡単にできるのかな?」

「簡単ではなさい。大事なのは自分の体としっかり向き合う事……後は慣れだ」


 慣れ──というラグナの言葉に、パーシーは結局そこに行くのかと小さく肩を竦める。


「当然やってみて初めは、魔法の使用に体が馴染まず、直ぐに疲れるだろうそこまで行けば、身体も魔法に馴染んで来る。まずは戦いながらではなく日々の鍛錬の中でそれらを行う様にしてまずは身に付けるんだ」


 ラグナは言い聞かせるように言葉を紡ぐ。そもそも、彼が話した内容はラグナ自身の失敗や経緯を全て含めた経験に則った手段だ。出来ない事を教えようというつもりは毛頭ない。


「それが出来るようになれば……強くなれるか?」

「なれる。後は、自分の気持ち次第だな」


 ラグナは断言に彼らの心に火が付いたのは一目瞭然だった。早速、五人はラグナに乞うて身体強化の練習を始める。

 そしてその様子を見て、そして講義に混ざっていたパーシーは再びラグナに近づく。


「君ってさ。他人興味ないみたいな顔をして、案外と面倒見良いよね」

「そうか? 知りたいなら教えるさ。それに心底から何kも教わる気がない者が学ぶ場所にいるとは思わん」

「ハハッ。確かにそうなのかもね」

「お前も混ざるか?」

「うん、これは後々参考になりそうだ。お手柔らかに頼むよ」


 後に、彼ら五人は優秀な成績を収めて学院を卒業する。ある者は冒険者として勇名を馳せ、ある者はさらなる研鑽の果てに新たな流派を生み出す。

 未来にその高みに立つ者達に大きなきっかけを与えた事を、ラグナは知らないのだった。


「…………」


 ふと、ラグナは闘技場の一角を見る。影に隠れてしっかりとラグナの方を見つめる何者か。ラグナは暫くそちらを見た後、興味を無くしたように視線を外す。

 未だ学院生活は半ばにすら差し掛かっていない。この大きな国から見れば小さな世界の中で、新たな騒動の影がラグナを巻き込もうとその足元まで這い寄っていた。


一念発起して今年一発目の投稿です!!

もし良かったら感想・アドバイス、何でも良いのでお願いします!

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