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78話:戻る場所

日が暮れた頃──ラグナは学院に戻って来た。

そして、いつもの場所を訪れる。中庭の中心に聳えた樹木の下には、彼を待つアリステラが座っていた。その傍らには、最初に邂逅した時にラグナに敵意を向けた、彼女の従者であるミーアが控えていた。

ラグナは何も言わずに彼女の下へと近づく。ラグナに気付いたアリステラ達──アリステラはミーアのほうを向く。意外にも彼女は最初に出会った時とは嘘のように、アリステラとラグナに対して深く礼をしてからあっさりとその場からはなれる。

 そしてアリステラはラグナに対して「おかえりなさい」と、声を掛ける。ラグナもまた「ただいま」と、小さな声で返した。


「正直、もう居ないかと思ってた」

「貴方なら、此処に来るって思っていたから」

 

 普段の背中合わせの会話ではなく、キチンとお互いの姿を正面で見据えて二人は言葉を交わす。


「それに、もう会えなくなるのでしょう? 貴方が来るまで此処に居るつもりだったわ

「……ああ、そう言ったな」


 ラグナは数日前を思い出す。

 彼女に対して此処から去るということを言った……その結果、彼女と戦うことになった。だが、結果的に考えれば、ラグナはこれを好意的に受け取っていた。

 彼女は強かった。それは渇望していた自分の心を満たすのには十分だった。

 だから、彼女にこそ最初に答えを述べる為に、ラグナもアリステラのことを求めていた。


「……すまない」

「良いの。あの時、私は全力で戦った。それでも貴方がそう決めたのならば、もう私に止める権利は無い。短い間だったけど、とても楽しかったわ」

「いや、以前に言ったこと言葉だが……取り消させてほしい」


 ラグナの言葉に、アリステラは驚いたように目を見開いた。


「此処にはもう暫く居る事にした。止めるという事は、アリステラ以外の誰にも言ってなかったからな。こんな形で自分の意志を曲げる事に、剣を取ってくれたアンタにこういうのは、正直、申し訳ないと思ってる


「……いいえ。それは気にしなくていいわ。でも、如何して?」

「そうだな。理由は色々あるが、大きな事が二つある。一つは、このままだと無責任になるのが、嫌だったからだ」

「無責任?」

「ああ。もう俺がウェールズ商会の人間だというのはバレているから話すが、あそこで雇っている殆どの者は俺やフェレグスがかき集めた人材が多い。中には……理不尽な理由で放逐された者もいる」


 アリステラはラグナが言葉を濁した事を聞き逃さなかった。だが、彼の目に僅かに宿った怒りから、その理不尽を行ったのが誰なのかを理解して、申し訳ないと思いながら言葉を押し込めた。


「俺がこの学院を去れば、この王都でウェールズ商会を続ける意味は殆どなくなる。そうなれば、大半の人間は再び拠り所を失う。俺達には、彼等が安心して暮らせるまでの所まで皆を導く責任がある。それを途中で投げ出すのは、彼等を不当に捨てた連中と変わりない事だ……それを今日改めて理解して、それが嫌だから、止めた」

「なら、もう一つは?」

「アリステラの存在だな」

「────」


 面と向かって、ラグナから自分が考えを変えた理由に自分の名を指し示されてアリステラは暫く硬直して、やがて言葉を理解すると顔を一気に赤くした。

 混乱するアリステラは何とか平静を保とうとする。


「そ、れは……どういう、意味かしら」

「まあ、アリステラだけじゃないが……一番、それを見せてくれたのは君だった」


 次いだ言葉で、少しだけ冷静に戻った。


「正直、嫌なものもたくさん見たが……綺麗なものも沢山あったんだ。それを全部無かった事にするのは、あまりにも勿体無いと思った。それに──」


「それに?」

「いつか話しただろ? 強くなりたいのに、此処にいると足が止まっているような感覚がするって──」


 ラグナが空を仰ぎながら告げた言葉を、アリステラは覚えている。

 遥か先に居る強者に追い付くべく、強者になろうと駆け抜けてきた中での、挫折でもない停滞というどうしようもないもの。


「打ち明けるのならば、俺はきっと退屈してたんだろうな」


 強者のいない環境で、智者のいない場所で、ラグナは何を学び何を身につければいいのかが分からなかった。弱者を相手にする中でそれが見出せるのかと思い教員側の提案を聞いていた時期もあったが、結局分からなかった。

 残酷な言葉で当時のラグナの心境を語るならば──時間の無駄、と表すのが最もだった。

 そんなラグナの心にこそ、何よりもアリステラという凛然とした強者の姿は誰よりも輝かしいものとして映った。


「だから、アリステラと戦った時……なんていうか、その……あんまり、こういういい方は良くないとは思うんだけど、凄く楽しいって思ったんだ」


 興奮した。高揚した。血潮が湧いた。

 自分とは異なる戦い方を編み出した智者の姿に、傷つきながらも懸命に太刀を振るう剣士の姿に、最後まで多くの可能性を魅せて自身と渡り合ってくれた少女の姿に、誰よりもラグナは心を躍らせた。

 楽しい。出会えないと思っていた強者との闘いはラグナにそう思わせた。

 ラグナが言葉を選ぼうとしたのは……ラグナは別に戦う事が好きではないからだ。そして、戦いは楽しむものではないという兄弟子の教えもあった。

 それでも、敢えてラグナはあの時の心境を言葉にするというのならば──やはり、楽しかったという言葉でしか言い表すことが出来なかった。


「だから、残るの?」

「ああ、またアリステラと勝負したいなって……まあ、無理なら諦めるけど」


 ラグナの言葉にアリステラは慌てて首を横に振った。

 同時に、自分の努力がラグナの心に届いたことに喜びを心の中で噛みしめた。


「後、パーシヴァ……パーシーという友人にも出会えた。それに、漸く周囲の人間とも話ができるようになったのに、その機会を全部捨てるのは、勿体無いなって思った」

「──そうね、それは、勿体ないわ。貴方は優しい人だから、もっと多くの人に好かれるべきよ」

「そうか? そうなのかな……」

「ええ、そうよ。私、アリステラ・フォン・テュルグ・グラニムは、貴方に嘘は言いません」

「──アリステラがそういうのなら、きっとそうなのだろうな」


 胸に手を当てて断言するアリステラに、ラグナは照れ臭そう笑う。それにアリステラも笑った。二人が笑い合うその様子を、ミーアは遠目で見守る。

 そして、ひとしきり笑った後、ラグナは一息ついて口を開いた。


「俺は多分、人間が嫌いなんだと思う。でも、アリステラみたいな人間は好きだ」


 それは思い切った言葉だった。

 言った当人もそれは自覚しているし、聞いたアリステラは笑っていたのが一変して頬を赤く染める。惜しむらくは時刻は既に夕暮れで、黄昏に照らされる少女の顔色はラグナの目からは分からない事だろう。

 だが、直ぐにアリステラはその言葉が、自分が最初に抱いたものとは別の意味であることを理解して、息を吐いた。

 しかし、一度大きく跳ね上がった少女の鼓動は直ぐには収まらないのだが……


「ええ、私も貴方ような人は好きよ」


 だから、その意趣返しと彼女も同じ言葉を返した。

 だが、ラグナはその言葉を「そうか」と一言、しかし嬉し気な声音で返す。そして右手を差し出した。


「なら、これからもよろしく頼む」

「──ええ、こちらこそ」


 アリステラは差し出されたその手を握る。握りあった手は、繊細そうに見えて、積み重ねた修練の成果から硬く……そして温かいものだった。


「……」


 ラグナはアリステラを見つめるとき、ふと遠い昔の事を思い出した。

 おぼろげな少女の面影のようなものは記憶に霞んでしまっているが……大事な何かだとラグナに訴えている。


「……どうしたの?」

「いや……なあ、前にも聞いたけど、俺達ってどこかで会っているのか?」


 確かに何時ぞの中で、ラグナがアリステラに問いかけた言葉だった。

 その答えに対してアリステラは否定した。


 だが、再びの問いに対してアリステラは再び考える。

 今度こそ打ち明けるか、再び否定すべきか。アリステラの想いは変わらなかった。


「いいえ、私はまだ、貴方の事を知らない。だから、これからも教えて……ラグナの事を──」

「…………そうか、分かった」


 あの時と同じ答えに、ラグナは静かに困った顔をして答える。


「なら、俺もアリステラの事を知りたい。だから、教えてくれないか? 君の事を──」


 だが、変化はあった。

 それは純粋で無垢な言葉だったが……あの時の冷ややかな言葉とは違う、どこか弾んだ声をしていた。ラグナは、アリステラに心を許した証だった。

 それでもアリステラの望みに一歩近づいていた。だから、彼女は踊りそうな心を抑えて頷き、自分を知りたいと言ってくれた想い人の言葉に応えた。


 この場所でラグナは本当に多くを見て、多くを聞いた。

 だが、彼女をの事をまだ多く知らない。だから知りたいと思った。

 アリステラという存在が、此処に居るラグナを変えた。もう彼は──孤高では無かった。孤高である必要が無くなった。

 彼と彼女は、ようやく始まりの地点に辿り着いたのかもしれない。


これにて第三章・完!!

まだまだ人間編は続きますがッこの後も読んで貰えると幸いです。


ラグナが【黄昏(太陽)】でスカハサが【月】

それに対するアリステラは【星】のイメージです。

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